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2024.12.06

地元の見る目を変えた47人。

第32回| 島根・隠岐島をけん玉で元気に。〈OKIけん玉ひろば〉代表・森欣空さん。

「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。

 

第32回に登場いただくのは、島根県の日本海沖に浮かぶ隠岐諸島でけん玉教室を主宰している、隠岐水産高校3年の森欣空(もり・きんぐ)さんです。自身も選手としてワールドカップに出場するほか、隠岐の木を使ったけん玉をつくるプロジェクトを発足するなど、島で暮らす子供たちに夢と希望を届けています。

 

(文:大芦実穂)

Profile

森欣空さん(もり・きんぐ)

2006年、三重県生まれ。隠岐水産高校3年生。2022年に〈OKIけん玉ひろば〉、2023年に〈隠岐の木けん玉プロジェクト〉を立ち上げ、代表を務める。公益社団法人日本けん玉協会けん玉検定5段、2級指導員資格、審判ライセンスを保有。グローバルけん玉ネットワークのエキスパート2級、けん玉先生の資格を取得。高校卒業後は隠岐の島にある教育現場で実践を積みながら、通信制大学で教員免許も取得予定。

https://yamedai.com/

「けん玉」を理由に隠岐島の高校に進学

島根県沖から高速船で約1時間、本土から約50〜70km離れた場所に位置する隠岐諸島は、島前(西ノ島町、海士町、知夫村)と島後(隠岐の島町)の主要4島で形成されています。「星が奇麗で驚いた」「とにかく人が温かくて朗らか」と島の魅力について話す森さんは、隠岐の島町に暮らす高校3年生。現在、隠岐水産高校で養殖業や海洋環境を学んでいます。三重県桑名市出身の森さんがこの町へ越してきたのは、高校生になる15歳の時でした。

 

「祖母の実家があり、もともと隠岐には縁があったのですが、この町に来た大きな理由は『けん玉』なんです。中学1年生でプロになって、世界大会でも優勝している有名なプレーヤーの中尾美澄さん(なかお・みすみ)が、隠岐島前高校に島留学をしたことを知って。もしかしたら一緒に練習できるかも…なんて淡い期待もあり、隠岐水産高校へ進学を決めました」

右は隠岐島前高校の先輩で世界チャンピオンの中尾美澄さん

森さんがけん玉を始めたのは、小学校4年生の時。学童がきっかけだったと言います。

 

「学童で毎週金曜日にけん玉の時間があって、そこで初めて触れました。でもすぐに飽きてしまって……。それからしばらく経って、中学校では文化部に入ったものの、土日が暇だったんですよね。それで思い出したように押し入れからけん玉を引っ張り出してきてやってみると、小学生の時には難しかった技が簡単にできるようになっていたんです。そこからどんどん楽しくなって、三重県のけん玉教室に通うようになりました」

 

あれよあれよとけん玉沼にハマっていき、中学3年生で公益社団法人日本けん玉協会けん玉検定4段合格、またワールドカップにも初出場を果たしました。

隠岐の島町指定の無形民俗文化財である西村神楽で舞を披露する森さん

自由に遊べる〈OKIけん玉ひろば〉をスタート

高校生になると、イベントやワークショップでけん玉を教える機会も増え、周りから「けん玉教室をつくってほしい」という声が聞こえるようになりました。そうした声を拾い上げる形で2022年に立ち上げたのが〈OKIけん玉ひろば〉です。

 

「誰でも自由に出入りできる広場のような場所にしたくて、〈OKIけん玉ひろば〉と名付けました。現在は月1回、公民館を借りて開催しています。他にもマルシェなどのイベントで教室を開いたり、子供会や老人会などに出向いてワークショップを行なったりしています」

訪れる人は子供から大人までさまざま。小中学生がメインですが、一緒に来られた親や祖父母の方がハマってしまうこともあるんだとか。「けん玉は人と人を笑顔で繋ぐツール」と話す森さん。その理由を次のように話します。

 

「大勢でワイワイするのが苦手で、普段は学校に行けない子が、〈OKIけん玉ひろば〉には来ることができて、そこにいるメンバーとなら話ができるということもありました。それを見たお母さんはすごく感動されていましたね。あとは娘さんを連れてきていたお父さんのほうがのめり込んで、娘さんのレベルを追い越しちゃったりとか(笑)。それから、けん玉にハマる子は、家で1人でゲームをしていたような子が多いんです。『ゲーム以外に夢中になれるものが見つかってよかった』とご両親に感謝されることもあります」

〈OKIけん玉広場〉の合宿で浜田市へ。大阪、滋賀、広島の子供たちとも交流。

子供たちに「どうせ島だから」と諦めてほしくない

〈OKIけん玉ひろば〉には、子供たちの心の成長を促したいという大きな目標があります。なぜなら、森さん自身が感じている島の課題があるからです。

 

「20代から50代くらいまでの働き手の数が少ないなど、高齢化や過疎化の課題はありますが、僕が一番問題だと思っているのは、『どうせ島だから』とやりたいことを早々に諦めてしまう風潮。大人も子供も口癖のようになっているような気がします。例えば、本当はサッカーを続けたいと思っていても、『どうせ島だからサッカーで上は目指せない』とか、進路についても『どうせ島だから、水産高校に行って船乗りをするしかない』とか。でも僕は、島だからこそできることがあると思っています。まずはみんなの意識から変えたいと思い、〈OKIけん玉ひろば〉を始めました」

そのために必要なのは、島にいてもなんでもできるんだという姿を子供たちに見せること。そこで始めたのが〈隠岐の木けん玉プロジェクト〉。隠岐の木でつくったけん玉で、子供たちと「けん玉ワールドカップ」に出場することを目標に活動しています。

 

「子供たちにいくら『島にいてもなんでもできるんだよ』と言っても、ただ言葉で伝えるだけでは限界がある。じゃあ行動で見せようと思って、このプロジェクトを立ち上げました。隠岐の木でつくったけん玉でワールドカップに出たらすごくないですか? 最初は3人で始めて、今は島外の方も含めて12名がボランティアで手伝ってくれています」

 

けん玉を販売して得たお金は〈OKIけん玉ひろば〉の運営費に充て、持続可能な仕組みをつくりたいと森さん。実際、最初につくったけん玉は発売から2日で完売してしまったそう。

隠岐の木でつくったスペシャルなけん玉

いちからつくったけん玉へのこだわりは随所に見られます。まずはその形です。

 

「一番こだわったのは、技が決まりやすい形にすること。初めての『できた!』が体験できるようなつくりにしています。それから、けん玉にはいろいろなプレースタイルがあるのですが、僕の得意な『乗せる』技が決めやすいモデルにしました。乗せた時にバランスが取れる設計になっています」

 

隠岐の木けん玉は見た目もかっこいいと評判。デザインもすべて森さんが考えたのだそう。

 

「隠岐の木の良さを生かしたかったので、ペイントはせず木目がよく見えるようにしました。表面の幾何学模様は隠岐の海の波と山を表しています。玉のてっぺんには僕が感動した隠岐の星空を表す星マークと、自分の名前の欣空(きんぐ)にちなんだクラウンが入っています」

完売後から追加注文の問い合わせが殺到している隠岐の木けん玉ですが、「簡単には増産できないんです」と森さん。

 

「けん玉にはサクラやケヤキなどの硬い木が適しているのですが、木の乾燥にサクラで2、3年、ケヤキで5、6年かかるといわれているんです。隠岐に木はたくさん生えていますが、今から乾燥をさせてもできあがるのが数年先になってしまいます。今回は地元の大工さんたちからすでに乾燥させてあった木材をいただいて、なんとか25本のけん玉をつくることができました。丸太のように芯が入ったまま乾燥された木は細かいヒビが入って割れやすいので、けん玉の素材としては使えないんです。木材の調達が一番の問題ですね。とはいえ、隠岐の木を使わないと意味がなくなってしまうので、ゆっくり時間をかけてやっていけたらいいなと思っています」

©︎ mizuno yura

高校卒業後は島の教育現場に従事

高校を卒業後は隣の島、島前への「大人の島留学」が決まっています。海士(あま)町教育委員会か海士中学校で教育に携わっていく予定だそう。また並行して通信制の大学へ通い、「教員免許の取得に向けて勉強に励みます」と森さん。

 

「不登校支援の団体の方とお話しさせていただく機会があり、教育の必要性をすごく感じました。1日でも早く教育現場に携わりたいと思い、島留学をすることに決めました。もちろん、けん玉の活動も続けていきます。僕自身、自分が選手として活躍するよりも、隠岐の子供たちがけん玉で活躍するための伴走者になりたいという気持ちがあります。そのためにはまず僕がワールドカップに出ていい成績を残し、子供たちに夢を与えないといけないなと思います」

2024年ワールドカップに出場した際のメンバー

最後に、5年先、10年先、隠岐がどんなまちになっていてほしいか、森さんの理想を伺いました。

 

「昨年、紅白歌合戦の『けん玉チャレンジ』に出場したのですが、テレビを観た友人たちから『隠岐はけん玉のまちになるの?』と聞かれました。隠岐は相撲で有名ですが、相撲に並んでけん玉も知られるようになったらうれしいです。それから、同世代がもう少し増えて、いろんな業界で活躍しているところを見たいです。そして自分もその一員になれたらいいですね」

2023年のNHK紅白歌合戦に出場したメンバー

「けん玉」をきっかけに隠岐にやってきた高校生が、未来の隠岐の担い手になろうとしています。けん玉と教育を組み合わせて、子供たちに夢や希望を届ける活動は、隠岐の木のようにたくましく成長し、島全体に広がっていくでしょう。

【編集後記】

「けん玉は人と人とを笑顔で繋ぐツールなんです。」冷静さと情熱、大人びた目線と高校生らしさ。生き生きとした口調で語られる未来への想いと、心からけん玉を楽しんでいる少年らしさのギャップがとても素敵でした。伺っているこちらももちろん笑顔になりました。けん玉から教育へと情熱が広がっていく経緯のお話では、目頭が熱くなってしまいました。いろんなジャンルで若いながらも努力を重ね、信念を貫き、才能を輝かせている方々が登場していますが、森さんも間違いなくその1人だと思います。ボランティアなどで支えている周囲の皆さんと同じ気持ちで活動を見守らせていただきつつ隠岐に思いを馳せ、遠くからですが応援していきたいです。

(未来定番研究所 内野)

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