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2024.11.06
地元の見る目を変えた47人。
「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。
第31回に登場いただくのは、広島県の中東部に位置する世羅郡でお茶作りに挑んでいる〈TEA FACTORY GEN〉の髙橋玄機(たかはし・げんき)さん。日本で栽培されているお茶の2%ほどの希少品種「在来種」を無農薬・無施肥で育てています。一度は衰退した世羅の茶畑に、今再び光が当たるようになりました。
(文:大芦実穂)
髙橋玄機さん(たかはし・げんき)
1988年、広島市生まれ。京都の老舗茶舗や鹿児島の茶園で働きながら修行を積む。2016年に独立し、広島県世羅郡で在来茶を栽培・製造する〈TEA FACTORY GEN〉を設立。2019年、尾道市に〈TEA STAND GEN〉を、2023年に2店舗目〈茶立玄 山手〉をオープン。
広島にお茶作りの文化を取り戻す
広島県世羅郡世羅町は、標高350〜450mの「世羅台地」から成る地域で、町全体が高原に位置しています。昼夜の寒暖差が大きいため、ぶどうや梨などの果物や米、野菜の栽培が盛ん。昭和初期にはこの地形を生かし、「世羅茶」と呼ばれるお茶の栽培が行われ、最盛期には年間約300トンが出荷されていたそうです。しかし人口減少や高齢化によりお茶農家は激減。現在ではわずか2軒を残すのみに。そんななか、再びこの土地でお茶作りに挑戦する人がいます。〈TEA FACTORY GEN〉代表の髙橋玄機さんです。
〈TEA FACTORY GEN〉の看板商品は、「広島在来浜茶」。世羅郡の茶畑で育てた茶葉を尾道市の潮風に当てて天日乾燥させた、広島ならではの番茶です。
「広島らしいお茶がつくりたいと思い悩んでいた時、尾道で見た魚の天日干しがヒントになりました。近所に住む漁師さんに聞くと『干すと甘みが増して、塩味もつくからええんよ』と。これだと思い、浜茶作りがスタートしました。
1週間から10日間ほど潮風に当てているので、浜風のような塩っぽさが感じられて面白いお茶に仕上がっていると思います」とうれしそうに話す髙橋さん。
お茶の世界に足を踏み入れることになったのは、ハワイの短期大学への留学がきっかけでした。
「日本を出た時に、改めて日本文化について考えるようになって。着物や華道など、さまざまな文化があるなかで、特に惹かれたのがお茶でした。岡倉天心の『茶の本』を読んで、嗜好品としてのお茶というよりも、お茶が持つ精神性の部分に興味を持ちました」
日本に帰国し、お茶の文化を実践的に学ぶため、京都の老舗〈一保堂茶舗〉に入社。毎週、家元から先生が来て、お茶を教えてくれるなどの福利厚生にも魅力を感じて働いていたそうです。しかし、店舗で販売員として働くうち、ただお茶を売るだけではなく、どこの誰によって、どのように作られているのか知りたいという気持ちが強くなり、〈一保堂茶舗〉を退社。鹿児島県の〈西製茶工場〉へ再就職します。
「〈西製茶工場〉は有機栽培で茶葉を育てるスーパースター農家のようなところ。見学に行ったら、その日のうちに就職が決まってしまって(笑)。社長が『明日から来い!』と。すごく豪快で気持ちのいい方なんです。そこで修行をさせてもらって、2016年に独立しました」
放棄されていた「在来種」の茶畑を発見
独立にあたって、一番の問題は「どこでお茶を作るのか?」ということ。そのまま鹿児島に残るか、地元・広島に帰るか悩んだそうです。しかし、日本茶生産量第2位(2023年)の鹿児島にはすでにたくさん生産者が。ならばみんなとは逆のことをやろうと、広島でお茶の生産をすることを決意。「アウェイな場所でやるほうが、新しいカルチャーをつくりやすいと思った」と当時を振り返ります。
広島にUターンすることにしたのはいいものの、どの地域にするかまだ迷っていた髙橋さん。そんな折に出会ったのが「世羅茶再生部会」という、世羅でかつて盛んだったお茶作りを復活させるべく取り組んでいる人々でした。そこで「在来種」の放棄畑があることを知り、この町に移住・就農することに決めました。
日本で出回っているお茶の98%は「改良品種」と呼ばれる、いわゆるクローン技術で作られた木からできているそう。
「在来種」とは種から育てるお茶のことで、国内でわずか2%ほどの希少品種なのだとか。
「在来種は改良品種に比べて土っぽく、野生味のある香りが特徴です。私たち人間と同様、1本1本に個性があって、まったく同じ味というのは存在しないんです。でも商品化するなら、同じ味が出せないと困りますよね。その結果、茶農家はみんな改良品種に切り替えてしまったんです。でも僕は逆にこの個性に魅了されてしまって。初めて飲んだ時はもはやお茶の概念を超えていると感じたほど。これでやっていこうと思いました」
茶工場の再稼働で地域の人々が歓喜
しかし、最初の2年は工場が見つからず、県外の茶工場を借りるかたちで茶葉を製造していたそうです。
「お茶がほかの作物と異なるのは、収穫した後に製造しないといけないところ。だから茶畑と工場は必ずセットなんです。けれどなかなかいい物件が見つからなくて、はじめのうちは町外の工場に収穫した茶葉を持ち込んでいました。でもそれだと鮮度が落ちてしまう。悶々とした日々を送っていたある日、役場の方から『来年取り壊す予定の工場がある』と連絡をもらって。その時見せてもらったのがこの工場です。もともとは今から70年前に建てられた〈津久志製茶工場〉の建物だったようです。中はボロボロだったので、使えるようにリフォームするところからのスタートでした」
再び工場に灯りがともると、地域の人は大喜び。「お年寄りが多いこの町の人にとっては、子供の頃に見た景色が蘇ったんでしょうね」と髙橋さん。「懐かしい」「ここで茶工場をやってくれてありがたい」と言われたこともあるとか。
「お茶の生産が盛んだった昭和の時代に子供だった方は、お茶摘みの時期になると学校の行事としてみんなで茶摘みに行っていたようなんです。『お茶の香りをかぐと、昔のことを思い出す』と言って、近所のおじいちゃんがいつの間にか工場の中にいたりして、びっくりすることもありますけどね(笑)」
世羅のお茶を世界的なブランドにしたい
世羅町の課題は、移住者が増えないことと、国からの補助金が出る作物が限られているため、やりたい農業がやりにくいことだと髙橋さん。とはいえ、近年では新規就農の若い世代が少しずつ増えてきているともいいます。
「農業は難しくて、新規就農しても2、3年で辞めてしまう人がほとんど。僕はなんとか8年続いているので、若い世代の方から『教えてほしい』と言われることも。その都度アドバイスをさせてもらっているんですが、少しずつ農業をやる人口が増えてきているかなという印象はあります」
また、公民館で定期的に開かれるお茶の講座の講師を勤めたり、地域のマーケットに出店したり、経営者が同じお風呂に浸かりながら話す「26(ふろ)会」に参加したり、地域ともゆるくつながっているそうです。
「消防団への加入とか、祭りの参加とか、どれも強制ではないんです。だからこそいい距離感で続けてこられたのかなという感じがします。移住者が暮らしやすい町だと思いますね」
現在は世羅で育てた茶葉を尾道のお店で販売するなど、広島県内でお茶の普及に努めている髙橋さん。最後に、5年先、10年先の目標について聞きました。
「お茶の素晴らしさに気づかせてくれたのが海外だったので、広島から世界に向けてお茶を発信するグローバルな茶農家になりたいですね。台湾や中国、スリランカなど、外国にもお茶畑がたくさんあるので、国外でお茶を作ってみたいという野望もあります。これまでの茶農家のカタチにとらわれない、自由なやり方を模索していきたいです」
かつてのお茶工場に光が灯った世羅のまち。一度は途絶えたお茶作りのバトンが、再び次の世代へと渡されようとしています。「お茶といえば、世羅」といわれるその日まで、髙橋さんの挑戦は続きます。
【編集後記】
大きなやかんいっぱいに毎日母により煮出されていた番茶を飲み、茶畑でお茶の実を拾い集め、地元の商店街を歩けばほうじ茶を焙煎する香りに包まれる環境で育った私の日常には、大人になった今も日本茶は切っても切り離せません。わくわくしながら髙橋さんの「広島在来浜茶」をいただくと、熱湯で淹れるということで野趣あふれる風味かと思いきやとても甘く上品な味わいで、工夫を重ねられた愛情をしみじみと感じました。ペットボトルでお茶を買う文化がすっかり定着した時代となりましたが、ひとに淹れるのも淹れてもらうのもおいしいので、こうした個性的で産地を大切にするつくり手のお茶が広く飲まれるようになるといいな、知ってほしいなと思います。
(未来定番研究所 内野)
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