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2024.08.19

地元の見る目を変えた47人。

第28回| 親や地域の人とつながって、子供も町も育てる〈森のようちえん ウィズ・ナチュラ〉代表・岡本麻友子さん。

「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。

 

第28回にご登場いただくのは、自然のなかで子供を育てる〈森のようちえん ウィズ・ナチュラ〉を奈良県天理市で運営している岡本麻友子さん。子供の自主性を重んじた幼児教育だけではなく、保護者や支援者と協力したプロダクトの開発や、天理市の文化を継承し発信していく活動などを幅広く行っています。

 

(文:宮原沙紀)

Profile

岡本麻友子さん(おかもと・まゆこ)

奈良県生まれ。〈森のようちえん ウィズ・ナチュラ〉代表。NPO法人〈森のようちえん全国ネットワーク連盟〉副理事長。小さい頃から保育士を目指し、短期大学卒業後に保育士として勤務。自身の子供が生まれたことをきっかけに通年型の〈森のようちえん ウィズ・ナチュラ〉を立ち上げる。子供を通してつながったネットワークを生かし、保護者たちとさまざまな活動を続けている。著書に『常識を変える! 親子で伸ばす自然な子育て』(ギャラクシーブックス)。

憧れていた保育士の仕事

〈森のようちえん ウィズ・ナチュラ〉を主宰する岡本麻友子さんは、4歳の頃から保育士になるという夢を持ち続けていました。

 

「私が幼稚園の時に担任の先生に憧れて『こんな人になりたい』と思ったのが、保育士を目指したきっかけです。その後、短大を卒業し念願の保育士に。地元の保育園に勤めました」

 

憧れていた保育士の仕事でしたが、理想と現実のギャップに悩むようになります。

 

「子供の成長をそばで見守ることができる素敵な仕事だと思っていたのですが、子供と接する以外の仕事が多すぎて。行事やその準備がとても忙しいという現状があり、果たしてその行事が子供のためになっているのかということにも疑問を持っていました。保育士不足も深刻で、私も含めて余裕のない先生がほとんどだったんです」

 

保育園で5年間働き、その後エステの仕事に転職。一度は保育の現場から離れました。

偶然知った「森のようちえん」の存在

ある時、偶然「森のようちえん」というものを知りました。それは、北欧で誕生した自然環境を利用した幼児教育のこと。園舎を持たずに、森のなかで保育を行います。

森のなかで自由に遊ぶ、〈森のようちえん ウィズ・ナチュラ〉の子供たち

「保育園を辞めて半年ほど経った頃、偶然つけたテレビで長野県にある森のようちえんが紹介されていました。そこに通う子供たちの目が見たことないほど輝いていて。付き添っている大人たちは、子供を引っ張って誘導するわけではなく、少し離れたところから様子を見守り適切な声かけをする。そんな姿に衝撃を受け『私がやりたかった保育はこれだったのかもしれない』と思ったんです。でも私は保育の現場から離れてしまっているし、もうこの業界には戻らないと決意して離れたので、少し残念に思いました」

 

「エステティシャンとして働いている時間はやりがいがあり、とても楽しかった」と話す岡本さん。しかし「森のようちえん」のことはたびたび脳裏をよぎっていたそうです。

 

「今後の人生を考えるたび、あの時にテレビで見た森のようちえんの子供の表情や、大人の関わり方が思い浮かんでいたんです。そんなに気になっているなら一度やってみようと、イベントを企画しました」

 

2010年、月に2、3回のペースで週末に森のようちえんを開くイベントを開催。自然のなかで自由に子供と遊べる環境を提供しました。

 

「子供の自然体験が少ないことに危機感を持っている人や、外でどうやって子供を遊ばせていいのかわからないという人たちが参加してくれました。実際に体験してみたら、子供も大人も楽しんでくれて。これは子供だけではなく、自分にもいいことだと気づいてくれた保護者の方もたくさんいました」

娘を預けたい保育園を自分でつくる

岡本さんは、2014年に長女を出産。娘を預ける保育施設をどこにしようかと考えた時、なかなか決められなかったそうです。

 

「だったら今、私がイベントでやっている保育園を日常型にしようと舵を切りました。イベントだけだとどうしても子供の成長のプロセスを連続的に見ることができず、モヤモヤした気持ちを感じていたこともあり決意したんです」

 

始めるからには先生たちにも同じ思いを共有してほしいと思い、志を同じくする仲間を探しました。

 

「子供の成長をしっかり見守れるよう、心に余裕がある人に先生になってほしかった。だから先生たちが幸せであるかどうかという部分にこだわりました。毎日野外で過ごして、子供が自由にやりたいことを決めて活動するので、それをしっかりと見守るためには園児の数はだいたい20人前後。そこを保育スタッフ3人で担当しています」

〈森のようちえん ウィズ・ナチュラ〉の子供たち。農作業を体験した後の記念写真

ウィズ・ナチュラでは、子供たちはどのように1日を過ごしているのでしょうか。

 

「現在は、3学年の年齢が異なる18人が一緒に活動しています。朝の会では体調のチェックをし、子供たちは今どんな気持ちかを発表。そして一人ひとりが今日は何をするかを宣言し、お昼ご飯までの間それをとことんやり切ります」

 

夏はセミを取りに行く子や、カエルやオタマジャクシを捕まえに行く子など森を探検する子が多いといいます。他にもお絵描きや折り紙、水遊びなどやりたいことを自分で決めて自由に過ごしています。

 

「大事にしているのは、本物の体験をさせてあげること。大人が見て無謀だと思うことでも挑戦して失敗をすることで『じゃあどうしたらいいだろう』と考えられる。行事やルールも大人が決めるのではなく、子供たちと一緒に考えています。例えばお芋掘りをしたいという意見が出たら、種芋を近所の農家さんにもらいに行くところから始める。それを植えて、水やりして育て、秋になったら収穫します。それを自分たちで焚き火をして、焼いて食べる。一からすべてを行うんです」

 

火起こしも園児たちが自分でやっているというから、驚きです。

火起こしから調理まで、子供がチャレンジ。卒園する頃にはみな野外でご飯とお味噌汁をつくれるようになるそう

「雪の降る日も基本的に外で活動します。ここは山のなかなので、冬場はとても寒い。寒い日は朝登園してきた子から、焚き火のために火を起こします。そのやり方も、大人が教えるのではなく年長さんが小さい子たちに教えてあげています。でもやりたくない子に無理やりやらせることはしません。子供のやりたい気持ちを見守っていたら、子供たちはいつもキラキラ目を輝かせていられるんだと実感しています」

保護者たちのコミュニティづくり

岡本さんは、〈自然な暮らしcommu+cafeコリコック〉というカフェも運営し、子育て世代がコミュニティを築ける環境をつくっています。

 

「小さい子供を連れて安心して過ごせるカフェが、奈良県内にあまりなかったので、ウィズ・ナチュラを立ち上げた時と同じく『ないなら、つくろう』と思ったんです。クラウドファンディングで資金を集めました。悩みもシェアできる場所にしたかったので、子育てセミナーも定期的に行っています。また、月に1回「てんり高原マルシェ」開催して、高原地域の認知度アップ、地域の安全性向上を目指しています。人と人がつながることができる場所を増やし、この地域の良さを発信していきたいと思っています」

〈自然な暮らしcommu+cafeコリコック〉で過ごす家族。コミュニティ形成はもちろん、お母さんの働く場としても機能

ウィズ・ナチュラ、カフェ、そしてマルシェなどを通して、子育てのコミュニティが広がっていきました。そんな岡本さんが力を入れているのは子供たちの教育やコミュニティづくりだけではありません。

 

「ウィズ・ナチュラは、その子らしさが発揮できる場所だと思っていますが、やっぱりもっとも子供たちに影響を与えるのは親御さんなど近しい大人の存在。だから周りの大人たちがありのままの自分を受け入れられているのか、本音で対話ができる仲間がいるのか。大人たちの在り方が重要になってきます」

 

そのために、ウィズ・ナチュラの運営においても保護者の方が参加するなど密接に関わりあえる環境をつくっています。

 

「園児のお母さんたちが、運営を手伝ってくれているんです。耕作放棄地に畑を作って、給食で使う野菜を育ててくれる人。園で発行しているフリーペーパーの編集部を立ち上げてくれた人。また『てんり高原マルシェ』の運営もお母さんたちが担当してくれています。そういう活動をしていると、お母さん同士が密に関わり濃いコミュニケーションができるようになります」

 

活動は多岐にわたり、食品などのプロダクトの開発も始まっています。

 

「去年から〈&88〉というプロジェクトを立ち上げました。お母さんたちからこんな商品があったらいいなと思うものの意見を募り、それを実際に製造して社会と繋がる活動です。今作っているものは、ふりかけと米粉のパンやスイーツ。ふりかけは、子供が安心して毎日食べられるものを料理家の方に監修していただきました。また小麦アレルギーの子たちもたくさんいるので、その子たちが食べられる米粉パンやスイーツをつくってマルシェなどで販売しています。日本の米の自給率を増やすことにも貢献できたらと思っています」

2019年8月から月に1回、「てんり高原マルシェ」を開催。天理市山田公民館(旧山田小学校)などで開催している

町の人たちも一緒に子育てをする

ウィズ・ナチュラに通うために家族で天理市に引っ越してくる方も多いそう。

 

「園児は全国から集まっていて、近隣から1時間半かけて毎日通っている子もいます。この地域は、過疎化が進んでいていつ消滅してもおかしくないと言われていましたが、この6年ほどで12世帯が引っ越してきて子供がすごく増えました」

 

町の人たちと、園児たちの交流も盛んです。

 

「天理市の高原地域のすべての人と伝統行事や自然環境を、保育資源として活動することをテーマに掲げています。だから、子供たちが散歩している時に畑仕事や作業をしている人に会ったらお手伝いするなど積極的に交流しています。この町の人と一緒に暮らしを紡いでいるんです。地域の清掃や、伝統行事のお手伝いなど最近ではいろんな行事に関わらせてもらっています」

 

今後は地域の伝統を継承する活動を、もっと広げていきたいと岡本さんは語ります。

 

「交流を深めていくなかで、町の人たちもこの町の将来には夢があると感じてくださることが増えたように思っています。次の課題は、今までこの場所で伝統を繋いできてくれた人たちの思いを、私たちがどうやって受け継いでいくか。1つ1つ行事の意味を学び直してしっかり継承し、それを未来に繋げていくこと。子供、保護者、町の人たち、ウィズ・ナチュラに関わってくれる人みんなで、この地域らしい持続可能な方法で、町の人の思いを継承していきたいです」

〈森のようちえん ウィズ・ナチュラ〉の卒園式に集まった親子、町の皆さん

〈森のようちえん ウィズ・ナチュラ〉

住所:奈良県天理市大和高原地域

 

HP:https://www.withnatura.com/

Instagram:@with_natura

【編集後記】

おだやかなトーンでゆったりと話される岡本さんの、お話の中で特に印象的だったのは「気持ちのゆらぎを見つけるんです」という言葉でした。さらりとおっしゃっていたのですが、日々丁寧に接していないときっと見つけられない、とても難しいことだと思います。先生に見守られ子供たちも反応して行動が変化し、いろんなことが自主的にできるようになったり、小さい子に技を伝えたり、絶妙に場を理解していくといったお話は驚くばかりでした。行動力とコミュニケーション力がネイティブに身についた子供たち。頼もしすぎます。ゆくゆくはどんな大人になってどんなことをしようと思うのか、子供たちサイドにも話を聞いてみたくなりました。

(未来定番研究所 内野)

谷中事務所の庭にて

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