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2023.01.06
地元の見る目を変えた47人。
「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。
第8回にご登場いただくのは、静岡見熱海市でまちづくりを行う市来広一郎さん。「100年後も豊かな暮らしができるまちをつくる」というビジョンを掲げ、熱海の中心市街地再生のための民間まちづくり会社〈株式会社machimori〉を設立。「熱海から社会を変える」という志のもと日々まちづくりに取り組んでいます。そんな市来さんがまちづくりに興味を持ったきっかけや熱海の街の現状、取り組む上で大切にしている哲学について伺います。
(文:高野瞳/写真:宮﨑美咲)
市来広一郎さん(いちき・こういちろう)
1979年静岡県熱海生まれ、熱海育ち。
東京都立大学大学院 理学研究科(物理学)修了後、アジア・ヨーロッパを放浪。その後、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)に勤務し、2007年に熱海にUターン。ゼロから地域づくりに取り組み始める。2011年熱海の中心市街地再生のための民間まちづくり会社〈株式会社machimori〉を設立、2012年に空き店舗を再生しカフェ<CAFE RoCA>を、2015年にはゲストハウス<guest house MARUYA>をオープン。2013年より、静岡県、熱海市などと共同でリノベーションスクール@熱海も開催。一般社団法人熱海市観光協会 理事。一般社団法人オンパク理事。
社会ともっとダイレクトに関わりたい。
旅が教えてくれたこと
「100年後も豊かな暮らしができるまちをつくる」というビジョン掲げ、熱海の街を中心に地域づくりを続けている、〈株式会社machimori〉代表取締役・市来広一郎さん。温泉地として知られる熱海の街がどんどん衰退していく姿を見て、「熱海から社会を変える」という志のもと活動しています。そんな市来さんがまちづくりをはじめたきっかけとは?それは、学生時代にまで遡ります。
高校まで熱海で生まれ育った市来さん。物理の研究者を志し、東京の大学・大学院で物理学を学びます。高校時代から、熱海の街が寂れて観光客も人口も減少、旅館やホテルがどんどん廃業していく様子を目の当たりにし、「熱海の街をなんとしなくては」そんな思いを持っていたといいます。しかし当時は「それまでは、社会とはまったく関係なく生きていきたい」そう考えながら大学生活を送っていました。
そんな市来さんの考えが大きく方向転換したのは、20歳頃から目覚めた旅との出合い。「バックパッカーでいろいろな国を旅するなかで、新しいものに次々と出合うおもしろさに心が躍ったのを覚えています。いろいろな国を訪れ、いろいろな人たちと話して、いろいろなものを見て肌で感じたことで知的好奇心が刺激されました」それからというもの、本を貪るように読み漁った市来さん。さらに、それまで当たり前のように感じていた身の回りの社会に対して問題意識を持つように。就職して3年半後には熱海へ戻り、まちづくりに奮闘しています。
「熱海には何もないです」
その言葉に、ショックを受けました
市来さんが熱海に戻った15年前。「とにかく観光客が減少して、シャッターも増えて人もいなくなって。それだけでなく、旅館やホテルが次々とリゾートマンションに建て替わっていきました。このままでは東京と変わらない風景になってしまう。それで熱海が生き残ったとしても意味がないなと思いました」
それでも、昭和がそのまま息づいたような独特の空気感と、海や山といったリゾートの要素が共存する熱海を、改めて魅力的だと感じていた市来さん。「旅を通して、観光地というのは異文化交流ができる場所であることが理想だと感じました。この場所は多面的に見てもおもしろい街。だからこそそういう風になっていけたら」そんな熱海の未来の姿を思い描いたといいます。しかし裏を返せば、今は本来持っている可能性を1%も発揮できていないということ。「この街の可能性をもっと見てみたいと思ったんです」
そんなある日、ショックな出来事が起こります。「『どこかいいところはありますか?』と尋ねる観光客に、街の人が『何もないです』と答えたそうなんです。それも3人に尋ねたら3人とも同じ答え。そんなことを言われたら、僕だったら二度と行きません」ショックを受けた市来さん。だが同時に「自分もそれとあまり変わらないかもしれない」と気づかされたそう。「やっぱり熱海を変えないといけない」市来さんのそんな気持ちに火がついた瞬間でした。
街を知ること=「人」
「人」から変わるまちづくり
まずは自分自身が熱海のことを知ろうと、街のおもしろそうな人たちを取材したり、街を徹底的に歩きまわったりして、それをwebで発信。「おもしろい人たちがたくさんいるし、おもしろいところもたくさんある。そんな熱海の街をもっと体験して欲しい」そんな想いでスタートしたのが「熱海温泉玉手箱(オンたま)」です。地域の体験ツアーを通して、まずは地域の人たちから街のファンになってもらおうという取り組みでした。
街のことを知る方法として、「人」にフォーカスした市来さん。「地域の物や資源も大事だけど、それを磨き上げる『人』がいないと光らない。何かひとつの商品ができたからといって、街が変わるわけじゃないし、商品があってもそれを生み出し続ける『人」』がいないと続かないと思ったんです。街のファンになるということも、結局は人が重要だなと思います」そして、街で暮らす「人」が変わることが、まずやるべきことだと。
100万人が一回訪れるより、
1万人が100回訪れるような街に
市来さんがまちづくりに取り組んで15年、今の熱海についてこう語ります。「いろいろな意味で大きく変わったと思います。一概に良いことばかりではありませんが、街の人たちの意識はとても良い方向に変わりました。改めて、この街にはプレイヤーが多いなと感じています。街の多くの人たちが自分たちで何かをやっていたり、チャレンジしたりする数が単純に多いし、それも多様であることも、いい傾向だと思っています」30代、40代の移住者も多く、最近は20代も増えていると言います。
大きく変化できた一方で、市来さんは「今は観光に振りすぎている」という課題も感じています。「大事なのは、『観光』『暮らし』『別荘』のバランス。一見さん向けの観光を考える事業者が増えてしまっていることは、観光地としてはよくない傾向だと感じています」満足度を高めて、街のファンになってもらうことをもっと考えていく必要があると。
市来さんが考える「観光」とは。「本来の観光の価値は、異文化交流にあると思っています。この街の文化に触れ、そこで刺激を受けてもらったり、単純におもしろかったと思ってもらったり、あるいは学びになったり。この土地にあるもの、ここでしかできないことをちゃんと用意できるかということが大事。それがいわゆる、泊まってお土産を買ってもらえばいいだけの観光地になってしまうと、すごく狭いですよね。そういった『いわゆる観光地』から脱却していくことが必要なんじゃないかと思っています」
リピーターが多い熱海。だからこそ、「もっと街での滞在や関わり方を多様化することが大事。観光と定住のグラデーションのような。単純に観光スポットを回るような観光ではない滞在の仕方や目的を提供することで、『100万人が一回訪れるのを、1万人が100回訪れるような街』を。訪れる人との関係を継続していくことで、地域の人にとってもプラスになるような仕組みを目指したいと思っています」
楽しむ場として、働く場として。
熱海を訪れる目的の多様化
「いわゆる観光地」としての熱海が残る一方で、一部では熱海を訪れる目的が多様化しはじめているのも事実。最近では、副業やワーケーション、就職などが目的で熱海と関わる人も増えていると言います。
「これまでに比べて20代が増えたという印象です。起業だけでなく、働く場として熱海を選んできてくれています。旅館、ホテル、飲食店、介護施設とかしかなかったようなところに、多様な人たちが新しいことを始めて、働く場も多様化しているということ。規模としては小さいけど、新しい変化を今感じています。週末だけ熱海で林業をする団体もあったり、弊社で運営しているゲストハウスに月1で通う人もいたり。弊社の活動にも副業やフリーランスで関わってくれているスタッフが20人くらいいます。外からの人だけでなく、地元の事業者や旅館が新しいチャレンジをしていることも嬉しい動きです」
次の世代がどんどん現れ、新たなプレイヤーが増えている現状を見て、「自分たちがやってきたことは間違ってないなと思える瞬間でもあります。行政に頼らず自分たちでなんとかしていくという僕たちの価値観を大事にしながら、そのなかで自分たちは何ができるか考え、事業としてやっていこうという人たちが増えています。その価値観が伝わるのは、自分たちが何をやるかだと思うので、自分もチャレンジし続けることが大事だと思っています。しばらくお休みしていた地域体験ツアーも「熱海おんぱく」と名前を変え、2023年1月から復活する予定です」
課題先進地域である熱海
できることからひとつずつ
大きく変わりつつある熱海ですが、現在も課題は山積み。もともと課題先進地域でもあり、全国でも空き家率は57.2%とトップクラス。高齢化も加速し生活保護者が多い。それは昔から根本的には変わっていないといいます。いろいろとあるなかで、「課題先進地域」だからこそ、ひとつひとつ課題解決していくことが、「課題解決先進地」になることにも繋がると市来さんは話します。「熱海での成功事例が、他の街にも生かせように、常にこのローカルな課題に向き合い続けることが大事だなと思っています」
市来さんが活動の拠点としている熱海銀座は、数値的にみても再生してきたといえる地域の一つ。人口も雇用も増え、空き店舗もなくなり、土地の価値も上がっている。「小さいエリアですが、街を再生していくことが波及効果としてあるかなと思っています」と市来さん。
「課題解決をひとつひとつやっているけれど、課題が進んでいくスピードの方が速いので、なかなか解決するまでは追いつかない。3年前からは、企業に地域課題をテーマに考えてもらったり、研修を行ったりしながら、企業と一緒に地域のフィールドを使った事業開発をしていくことを始めています」次のフェーズに向けて、着々と歩みを進めていると話してくれました。
「Be the Change」
自分たちが変化を体現しよう
あらゆる課題と向き合う市来さん。行き詰まる場面も多くあるなか大切にしているのは「リラックスすること」なのだそう。「あまり根詰めて悩んでも良い答えは出てきません。何も考えず、温泉に入ることが一番ですね」
「Be the Change(自分たちが変化を体現しよう)」とは、市来さんが会社のバリューに据えていること。「何か問題が起きたときは、自分の行動や考え方に問題がある。それは街の課題も含めて、問題が起きたなら自分たちもそれに加担しているはず。自分たちの行動と考え方が変わらない限り、根本は変わらないということです。まわりで起きていることの原因をみつめて、1人1人が行動を変えていき、その行動の連鎖が、物事を変えていくことに繋がると思っています」と市来さん。
最後に、かつては物理の研究者を目指していた市来さんに、まちづくりと物理について尋ねると、「まちづくりの底流には、物理をやっているのとあまり変わらないんです」と意外な回答。「学生時代はアインシュタインに憧れていて、彼は100年後の世界を変える発見をした人だなと思ったんです。そういう『世界を変える、社会を変える』という発想は当時からあったかもしれません」
そして「カオス理論」もまた、市来さんのまちづくりにおいて、切り離せない考え方になっているといいます。「旧来のまちづくりの都市計画は19世紀までの物理学のように静的なもの。でも、物事は、複雑であればあるほど予測ができません。現代社会のような複雑度の高い環境では、決まったゴールに向かって作るのではなく、仮説と実験を繰り返しながらでしかつくれない。そして、大事なのは『カオスの縁』。秩序とカオスの境界に位置する領域のことを指すのですが、混沌としたカオスの状態からは何も生まれないし、秩序の中でも固定化しすぎていて何も生まれない。その境界である『カオスの縁』でこそ、物事が生まれるんです。都会は混沌としていているし、田舎は固定化しすぎている。そのちょうど間をどうつくるかを意識しています。熱海はそれがつくりやすい場所。だからこそ、何かおもしろいことを生み出せるのではないかと思っています」
【編集後記】
誰もが知っている有名な観光地でも、地元の人はその地域の良さを知っていそうで、知らない。地域課題の正体の一つのように思えます。 連載を通して、課題の解決方法は、地域によって変わり、正解もたくさんあるようです。 まずは、自分を知り、地域を知り、人々とつながり、変化を体現しながら行動し続ける。そしてリラックス。その循環から、地域の未来が見えてきそうです。
(未来定番研究所 窪)
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