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2022.12.26

F.I.N.的新語辞典

第88回| セラピースピーク

F.I.N.編集部が未来の定番になると予想する言葉を取り上げて、その言葉に精通するプロの見解と合わせながら、新しい未来の考え方を紐解いていく本連載。今回は、「セラピースピーク」をご紹介します。

 

(文:大芦実穂)

セラピースピーク【せらぴー・すぴーく/Therapy Speak】

セラピストが話すメンタルヘルスにおける専門用語を、一般の人々が使うようになった状態のこと。相手を過剰にケアする話し方や、「トリガー」や「トラウマ」などの精神医学用語、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やOCD(強迫性障害)といった病名を、普段の会話の中で用いることを指す。2019年頃から徐々に聞かれるようになり、2021年3月26日に公開された『ザ・ニューヨーカー』の記事「The Rise of Therapy-Speak」をきっかけに、世間に急速に知られることになった。

日本ではまだ馴染みのない「セラピースピーク」をいち早く紹介したのが、米国在住のZ世代で作家の竹田ダニエル氏。言葉が生まれた背景や会話の中での使われ方、米国と日本のメンタルヘルス事情などについて話を伺いました。

 

「アメリカのZ世代は、友人に『相談したいことがある』と言われて断りたい場合、『今忙しいからちょっと無理』ではなく、『今の私にはあなたと向き合うキャパシティがなくて、他の人にその精神的な不安を打ち明けることはできる?』と、相手のメンタルヘルスを気遣ってかなり丁寧に説明するんです。それから、映画の印象的なシーンに対して『めちゃくちゃ刺さった。セラピストに話さなきゃ!』と言うことも。ケアに関する話は、かなり日常的に見聞きするようになりましたね」

 

セラピースピークが生まれた背景には、次の3つの要因があると言います。

 

「1つ目は、セラピーにアクセスしやすくなったことです。例えば10年前は、セラピーというと医療機関のイメージが強く、通うまでのハードルが高かったのですが、最近ではオンラインでも受けられたり、アプリでセラピストとマッチングもできたり、テキストメッセージだけのセラピーなどもあったりします。セラピーの需要が高まったことで、さまざまな形態が存在し、人々が簡単にセラピストに相談できるようになりました。2つ目に、インスタグラムなどのSNSに、メンタルヘルスに関するインフォメーションやアドバイスを発信するアカウントがいくつもできたことが挙げられます。これにより、セラピストや資格を持った人の情報に手が届きやすくなりました。3つ目が、メンタルヘルスの話題に触れることがタブー視されなくなったこと。インターネット上で盛んに議論されるようになり、多くの人の目に触れることになりました」

 

さらにこれらを後押ししたのが新型コロナウイルス。「コロナ禍で人と会えず、うつや不安症になったり、症状が悪化したという人も多かった。これを機に初めてセラピーへ行った人もたくさんいました」と竹田氏。

米国で展開されているオンラインのカウンセリングサービス「Better Help(ベター・ヘルプ)」。免許のあるカウンセラーのカウンセリングを、電話やメール、ビデオチャットといったウェブベースで受けることができる。

では、セラピースピークが普及したことで、世間にとってどのような効果があったのでしょう。

 

「良い点で言うと、自身を何かしらの症状に当てはめることで、『私は怠け者でも、変なわけでもない』と肯定できるようになったこと。病気か健常かの1か100かの話ではなくなり、いろんな性質を持った人がいるということが世の中に浸透したのはよかったと思います。一方で、課題もあります。セラピースピークとは、自分の考えではなく、専門家の言葉を借りることになるので、ある意味発言の責任を放棄できます。他者を傷つけることや、自分が傷つくことへの恐れから、深い関係を避け、客観的な意見しか言えなくなっていると感じます」

 

最後に、日本でセラピースピークが広まるかという問いに、竹田さんは次のように話してくれました。

 

「日本では、うつや不安症になるのはよくないことで、セラピーや精神科、心療内科に通うことが恥ずかしいという風潮があります。それではセラピースピークどころか、セラピーに対する知見も広まりません。よりライトにメンタルヘルスについて話せるようになったらいいのですが、『メンヘラ』という言葉のように違う文脈で軽くなってしまっているように思います。正しい知識をつけて、向き合う姿勢から変えていくことが急務ではないでしょうか」。

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