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2023.05.19
地元の見る目を変えた47人。
「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。
第13回にご登場いただくのは、2013年に新潟県加茂市で、ボーダーカットソーの受注生産を行う〈G.F.G.S.〉を立ち上げた小栁雄一郎さん。実家の縫製業を継承して、新しいファクトリーブランドを創業しました。「ものづくりの街で生まれ育ち、たまたま好きな服を作る環境が揃っていた。そんな偶然が積み重なって生まれたのがこのボーダーカットソー」だと小栁さんは語ります。小栁さんが〈G.F.G.S.〉を立ち上げたきっかけや、それに伴う街の変化、未来のまちづくりについてお話を伺います。
(文:宮原沙紀)
小栁雄一郎さん(おやなぎ・ゆういちろう)
新潟県加茂市生まれ。実家は1964年から縫製業を営んでいた。サラリーマンとして会社に勤務したのち、燕三条の刃物工場で職人として働く。2013年に〈G.F.G.S.〉を創業。完全受注生産の「オーダーボーダー」はその質の高さとサステナブルなものづくりシステムで、全国的に注目を集める。その他にもマガジンの発刊、現代音楽レーベル、クリエイターとのコラボアイテム、車とボーダーのある日常を発信するなど、好きなものを追求し続け独自のG.F.G.S.カルチャーを創出。20年には加茂市土産物センターをリニューアルし、ドーナツとコーヒーを提供するカフェ兼土産物店の〈BBC Kamo Miyagemono Center〉をオープン。加茂市駅前の商店街に活気を生み出している。
ものづくりの現場が近くにある環境で
見えてきた課題
色の組み合わせやボーダーの太さを自由に選べるボーダーカットソー。新潟県加茂市にある〈G.F.G.S.〉ではそんな特別な一着を作ることができます。素材にはオーガニックコットンを使い、着心地も抜群。このファクトリーブランドは、この街出身の小栁雄一郎さんによって2013年に設立されました。
加茂市は、もともと木工業を営んでいる人が多い地域でした。伝統工芸品に指定されている「加茂桐箪笥」と呼ばれる桐で作られた箪笥が有名で「全てのクラスに、桐箪笥屋さんの家の子が何人かいるほどだった」と小栁さんが語るほど。また近隣には国内でもトップクラスのニットの産地である五泉市があります。そのため繊維業も盛んだった歴史があり、小栁さんの両親は縫製の会社を創業し五泉市のニットメーカーの仕事を請け負っていました。
「他にも隣には金物や刃物の生産が盛んな燕三条があり、ものづくりがとても身近にある環境だったんです。僕も自然と、将来は何かつくりたいと思うようになりました」
しかし、年月を経て盛況だった産業は次第に衰退。近所の木工メーカーが閉鎖してしまい、会社も工場も少なくなっていく現実を小栁さんは目の当たりにしてきました。
「家業の縫製業も時が経つにつれ、斜陽産業になってきていました。父は自分が興した会社を僕に継いでほしいという気持ちも昔はあったようですが、母は継がせたくないと猛反対。僕は家業には入らず、いくつかの会社でサラリーマンをした後、燕三条のはさみメーカーではさみ職人をしていました」
毎日はさみを作る生活のなかで、気づいたことがあると言います。
「はさみメーカーでは、ピークの時で1日600個ものはさみを作っていました。単純に計算しても月に20日間働いたら12000個。1年ともなると、その数は14万個以上。こんなに大量に作って、一体誰が使うんだろうとずっと疑問を持っていました。メーカーは売るためにはどうしたらいいのかということに重点を置いていて、本当に欲しいものを作っているのかなと。また実家の縫製業を思い返してみても、工場で服づくりに携わっている人がファッションを好きで作っているとは思えなかったんです。ものづくりの現場がこれでいいのだろうかと感じていました」
実家のピンチからの起業
環境だけは整っていた
刃物職人として腕を磨く一方で、ものづくりに対して疑問を感じ始めた小栁さん。大きな転機となったのは、40年以上続いていた家業が岐路に立たされたことでした。
「リーマンショックの影響で、実家の縫製業がそのあおりを受けました。それを契機に廃業するか、このまま続けるかと選択を迫られることに。せっかく服を作れる環境があるのに、その現場がなくなるのはもったいないと思い実家の仕組みを利用して何か作れないかと考えました」
会社の休日を利用し、週末起業として服づくりを開始。ボーダーカットソーの受注生産をするというブランドのコンセプトを定めました。
「昔から服は大好きだったんですが、自分が着たい服が翌年買えなくなるのがすごく嫌でした。これはファッションの世界ではよくあることで、今年買って気に入って着ていても、翌年はもう作っていない。一枚買い足したいと思ってもできないんです。そして、ボーダーのカットソーを作っている日本のメーカーといっても、ぱっと思い浮かぶメーカーがなく、浮かぶのはファストファッションばかり。だったら自分が本当にほしいボーダーを作れるブランドにしようと決めました。ボディのサイズと袖の長さ、ボーダーの幅、そして色合わせ。全て自分の好みで選べる一点もののボーダーカットソーです」
もともとファッションが大好きだった小栁さん。当時海外ではすこしずつ浸透していたオーガニックの素材を取り入れたいと考えていました。
「当時まだ日本ではオーガニックコットンは主流ではありませんでしたが、試作で作ってみたらとても着心地がいい。しかしまだまだこの素材がどれだけ売れるか糸の商社さんも予想ができず、すぐに採用というわけにはいかなかったんです。父にどこの糸の問屋さんに依頼すればいいかを相談し、ある問屋さんに辿り着きました。今だったら別注の商品を作りたいと思ってもものすごい数を注文しないとなかなか作ってくれませんが、この時はトライさせてあげようと対応してくれたんです。環境や巡り合わせもあって本当にラッキーでした」
地盤があったからこそ実現できたオーガニックコットンのカットソー。「最初はサラリーマンと兼業でやっていこう」と小栁さんは思っていました。しかし、創業するやいなや、多くのアパレル店が取り扱いをはじめてくれ、メディアの取材も殺到。とても会社の休みだけで対応できる状況ではなくなり、勤めていた会社を退社しました。
サステナブルの先取りは、
自分の感覚を信じた結果。
大量生産からの脱却、オーガニックコットンの使用など、現在その大切さが叫ばれているエシカルな商品づくりを10年前から行っていた小栁さん。この従来型よりも環境負荷の低い仕組みができたのは、未来の定番となると予想していたからなのでしょうか?
「まったく考えていませんでした。在庫を持たずに必要な分だけ作る、オーガニックコットンを使用する、これは僕がこうありたいと思う理想です。社会的な波がどうくるかと予想するよりも、自分の好みを追求していった結果この形になったんです」
まさに目利きの先見の明。ボーダーカットソーを通して、加茂市自体にも注目が集まることを見越していたのか聞いてみました。
「実は『この商品は僕がこの街を愛しているが故に生まれた』なんて経緯は一切ありません。たまたま僕はここで生まれ育った。そして幸運なことにその産業がここにあった。だからこの服は今ここに存在している。そんな偶然の積み重ねです。僕は生まれてこの方一度も加茂を離れたことがない。だからこの街にいて、生活していくことが僕にとっては当たり前だったんです。しかし結果的にボーダーカットソーを実際に見るために、加茂市へ足を運んでくれる人が増えました」
リスクを負わなければ、
変化はない
創業当時は金髪がトレードマークだった小栁さん。目立つ存在だっただけに小栁さんがこれから何をはじめるのか周りからの視線も集まっていました。G.F.G.S.をスタートさせてからも、地元の人からの反応は応援も反発もあったといいます。ラボをもっと大きな場所に移転することを計画してもなかなか物件が借りられないなど、さまざまな困難にぶつかったこともありました。
「最初は地元の会社と協業で作っていましたが、今では編み機を導入して完全に私たちの会社で服を作れるようになりました。やっと大きな物件も見つかり、もともと歯医者だった建物をリノベーションしてラボにしています」
2020年には加茂土産物センターをカフェ兼土産物店〈BBC Kamo Miyagemono Center〉に改装。美味しいドーナツとコーヒーが人気です。
「昔からあった市の施設、加茂土産物センターをリニューアルするという話があり、そこの運営管理に手を挙げました。ドーナツなどを出したいということも決まっていたし、店の雰囲気も具体的にイメージができていた。BBCを始めるときには、お土産を置いてくれている会社に一度商品を引き取ってもらうことからはじめました。これには反発の声もありましたが、2年経った今、なにか言われることはほとんどありません。商店街が変化する様子を僕も見たかったし、街の人にも見て欲しかったんです」
リスクを負う覚悟がなければ、変化はできないと力強く語る小栁さん。BBCリニューアル当初は、G.F.G.S.に来てくれた人も含めて喜んでもらえるカフェにしようと考えていたようですが、今ではドーナツを目当てに訪れてくれる人がほとんど。拠点が増え、加茂の商店街には活気が出てきています。
「G.F.G.S.やBBCがオープンしてからの加茂の変化は感じています。先ほども話したとおり、やはり一番は若い人の出入りが増えたこと。市外や県外からたくさんの人が訪ねてくれます。インタビューを受けることも増えましたし、いろんな人が毎月のように各方面から来てくれます。多くの人の往来があることは商店街にとって刺激になっているのではないでしょうか」
どんなにインターネットが普及しても
リアルで感じることの大切さは失われない
オンラインが主流になっている現在、そしてますます拡大していくであろう未来でも実物に触れる機会を大事にしています。それは買い物でも観光でも同じ。
「ネット上でそのアイテムに関する情報を入れ込みすぎると、見た目やその情報だけで商品が欲しくなってしまうことがあります。その服が持つ手触りやフィット感を感じてもらうには、やっぱりリアルに現場に来てもらう以外に方法がありません。だからこそカフェを開いたり、来てくださったお客さんにラボを見学してもらったり、あとは全国でポップアップも行っています。ポップアップで、実際に袖を通してもらい色なども確認してもらう。ファッションも観光も、実際にその空気に触れて雰囲気を体感してもらうことが大切だと思っています」
自分にとって居心地の良い場所づくりと、街の変化
小栁さんの創業は「地元を変えたい」という強い思いからはじまったことではありません。しかし、自分の好きなことやものを追求し、好きな環境をつくっていたら、街づくりに自然とつながっていきました。
「この加茂市の商店街は1km以上にわたる大きなものですが、つい数年前までコンビニがなかったんです。それくらい静かでのんびりしている街。看板が少ないことに驚く人もいます。きっと時間を忘れてゆっくりできると思います。デジタルデトックスにもいい環境かもしれない。わざわざ加茂市を訪れてくれるお客さんは、僕よりずっとここに詳しいんですよ。今日朝市がやっているとか、他にどこを周ろうかとかすごく調べてきてくれる。そして訪れてくれたこの場所を、好きになって帰ってくれます。加茂市はもともと観光のない街。僕は観光をつくり出したいと考えています。リアルタイムで変化していく街を見ているのはとても楽しいので、もっと多くの人にこの街を楽しんでもらえるように今後も観光要素をつくっていきたいと思っています」
常に自分を貫き続ける小栁さん。焦らずに自分の感性を磨き続ければ、きっとチャンスが巡ってくると語ります。好きなことを追求していけば、地元の産業が活かせる機会もあるかもしれない。後継者不足が多くの産業で課題になっている今、そんな自然な継承の形も増えていくかもしれません。
G.F.G.S.
BBC Kamo Miyagemono Center
住所:〒959-1371 新潟県加茂市穀町8−27
営業時間:11:00~17:00
定休日:水曜日・木曜日
Instagram:https://www.instagram.com/bbc_kamo/
【編集後記】
社会で流行っているからこれをやった方が良いではなく、自分がその方が良いと思ったからやるべきと常に考えながら行動してきた小柳さん。何かをやる時には既に最終形がイメージ出来ているとも仰っていました。だからこそ、新しいことをやる時には避けて通れないネガティブな意見にも揺るがずに前に進めたのだろうと思います。小柳さんのお話を聞いていると、新しいことに挑戦するときには恐れなくても良いんだよととても背中を押してもらえるような気がしました。
(未来定番研究所 榎)
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