2019.07.02

未来定番サロンレポート

Vol.11 銭湯×コミュニティの未来

春の訪れを感じる2019年3月24日。東京・谷中にて、8回目の「未来定番サロン」が開催されました。未来定番サロンは、未来のくらしのヒントやタネを、ゲストと参加者の皆さんが一緒に考え、意見交換する取り組みです。今回のテーマは「銭湯×コミュニティの未来」。ゲストに、編集者の伊藤ガビンさん、銭湯文化協会の理事を務める町田忍さん、台東区の銭湯建築「快哉湯」の再生プロジェクトに携わる中村出さんをお迎えし、銭湯の歴史を辿りながら未来の在り方について探っていきました。

(撮影:河内彩)

ゲストと銭湯の関係性とは?

今回の未来定番サロンでトークセッションを行ってくださる伊藤さん、町田さん、中村さん。このお三方の共通点こそ、ズバリ「銭湯」なのです。それぞれの銭湯との関わりについて、未来定番サロン開催前にお話をお伺いしました。

江戸時代の湯屋を再現する作品を構想中

F.I.N.編集部

伊藤さんは2020年に開催される「東京ビエンナーレ」にて、「湯屋」をテーマにした作品を発表されるご予定とのこと。なぜ湯屋を題材にした作品を製作されようと思ったのでしょうか?

伊藤さん

正直、僕は銭湯にすごく興味があるわけではないんですよ(笑)。だから作品も、「銭湯」というより「湯屋」をテーマにするつもりなんです。江戸時代の湯屋を復活させたいっていうのかな。

 

いろんな文献を読んでいくと、江戸時代の人たちって、現代の“だらしない系の人たち”と近いんです。子育ては長屋の住民みんなで行っていたし、食事は屋台で買ったものを食べていた。いわばコンビニ食ですよね。そっちが本来の日本の伝統であって、「母親が一生懸命料理をつくる」とかいう、「昔の人たちは倫理観が高く、それが美しい日本である」といった考えはむしろ伝統に反している。そういう締め付けが、ある意味プレッシャーになっている気がするんですよ。だからきちんとした歴史理解をもって、「正しい古き日本」を作品で表現したいと考えているんです。

F.I.N.編集部

確かに誤った固定観念に捉われている風潮はありますよね。

伊藤さん

僕にとって、そのだらしなさや猥雑さは美点なんです。お風呂屋さんはまさに当てはまっていて、江戸時代の銭湯は売春宿としての一面ももっていたじゃないですか。もともとは混浴だったりね。

 

あと、お風呂屋さん自体も面白いなと感じているんです。大勢の人間が素っ裸でお湯の中に入る行為そのものが。昔はお湯の中でおしっこしちゃったり、不潔な環境だったわけですよ。その辺りも興味深くて。

F.I.N.編集部

2018年に開催された「WHY Tokyo Biennale? 東京ビエンナーレ2020構想展」では、作品の構想を発表をされていました。コンセプトは「猥雑に浸かる」、ですね。

伊藤さん

そうそう。まだいろんなことが構想段階なんですけど、江戸時代の湯屋を再現したり、「二十六夜待ち」っていう旧暦の7月26日の月を見る行事をモチーフにしたオールナイトイベントを開催しようと考えています。江戸時代、この日は屋台がたくさん並び、人々は歌ったり踊ったり大盛り上がりだったそうなんですね。それらを現代的な解釈で催したらどうなるのかなって。

F.I.N.編集部

とても面白そうですね!

どんどん湧き出る「謎」こそが銭湯の魅力

F.I.N.編集部

町田さんは日本の銭湯の研究を始められて2019年で36年目だそうですね。なぜ銭湯にご興味をもたれたのですか?

町田さん

1980年、オーストラリアの友人が日本に遊びに来た時、自宅の近所にあった宮造りの銭湯「永生湯」へ案内したんですよ。そうしたら銭湯の外観を見た友人から、「日本のお寺や神社に似ているのはなぜ?」と質問を受けたんです。残念ながら私は答えることができなかったんですけど、ずっとその問いが頭の中にあったんですね。そんなある日、街中で取り壊し中の銭湯を見て、非常にショックを受けました。日本人にとってとても大切な場所だったはずなのに、ひっそりと姿を消していき、誰も気にもとめないなんてって。銭湯巡りがスタートしたのはそこからです。

F.I.N.編集部

長きに渡り、町田さんの興味を引き続ける銭湯の魅力をお聞かせください。

町田さん

まず、研究を始めた頃は、誰も銭湯に注目していなかったんですよ。当時は全国に1万数千軒あったけど、今は約3000軒。東京も約1800軒あったのが500軒くらいになっちゃいましたし。減りゆく銭湯の今を収めようと、写真を撮りながら全国各地の銭湯を訪ねるようになりました。すると、銭湯のご主人やペンキ絵師や煙突掃除の方など、知り合いが増えていくんです。いろんな話を聞いていると、銭湯の謎がどんどん出てくる。そこが銭湯に魅了された理由かもしれませんね。研究対象が尽きないから。結果、銭湯の多種多様な謎を解き明かした『銭湯の謎』(扶桑社)という本も出版しました(笑)。

F.I.N.編集部

それは興味深いです! 今回の未来定番サロンのテーマは「銭湯×コミュニティの未来」ですが、このようなイベントを通じて伝えていきたいことはありますか?

町田さん

「本物のよさ」です。銭湯の役割は、一番は体の汚れを落とすことですが、コミュニケーションや教育の場として機能していることも大切で、それは江戸時代も現代もほとんど変わらないんです。人と人との触れ合いこそ、銭湯がもつ本物。極論は「禊」までいっちゃうんですけどね。ほら、お風呂に入ると「極楽、極楽」っていうでしょ。まさに極楽の世界なんですね。

廃業した銭湯をシェアオフィスに再生

F.I.N.編集部

東京都台東区下谷には、2016年11月、惜しまれつつも銭湯としての営業に幕を下ろした〈快哉湯〉がありました。中村さんは現在、この〈快哉湯〉をシェアオフィスとして再生するプロジェクトに携わっていらっしゃるそうですね。

中村さん

はい。〈快哉湯〉は1928年に建てられた素晴らしい宮造りの銭湯です。実は僕の父が〈快哉湯〉のある下谷の生まれで、幼少期からよく通っていたそうなんですよ。そんなご縁から、父が代表を務める建設会社・ヤマムラがこの銭湯建築を借り受け、シェアオフィスとして運営していくことになりました。家主さんが「建物を活用してほしい」と強く望まれていたことも大きいですね。

 

〈快哉湯〉は地域の方々に親しまれた銭湯です。ですから、新しく生まれ変わった〈快哉湯〉にも変わらず足を運んでいただけるよう、カフェを併設するなどして、地域に開かれた場にしていきたいと考えています。

僕は大学時代から歴史的建造物の再生保存活動を行っていて、現在はヤマムラの社員でもあります。2018年にヤマムラ建物再生室を立ちあげ、築100年ほどの古民家を活用した「未来定番研究所」のリノベーションのお手伝いもさせていただきました。そのような経緯があり、2019年の竣工を目指して現在〈快哉湯〉の改修工事を進めているところです。

F.I.N.編集部

銭湯時代の〈快哉湯〉に行かれたことはありますか?

中村さん

僕が初めて体験した銭湯が〈快哉湯〉なんです。生まれ育ったのは山形県ですが、父が東京に滞在していた時、遊びに行ったら連れて行ってくれて。非常に珍しいものとして、目に映りましたね。大学は東京でしたので、その頃から〈快哉湯〉へ頻繁に通っていましたよ。

F.I.N.編集部

〈快哉湯〉は中村さんにとっても思い出深い銭湯なんですね。年々、銭湯は減少傾向にありますが、銭湯が生き残っていくためにはどのような活路があると思われますか?

中村さん

〈快哉湯〉のように、もともとの建物を生かして再生・保存できるケースは非常に珍しいんです。価値のある建物だとしても、諸々の事情で廃業した銭湯を再生、保存するのは難しいんですよ。設備投資や建物の耐震面から、営業を続けていくことが困難になってしまう銭湯もありますし……。

 

営業中の銭湯における新しい需要としては、ゲストハウスの利用客なのかなと感じています。ゲストハウスに宿泊する外国人旅行者は全国的に増えていますが、シャワルームしかないところが多い。近くに銭湯があると、日本ならではの空間を体験できると、利用されている方も多いんです。実際、営業中の〈快哉湯〉でも、外国人の方をよくお見かけしましたしね。

F.I.N.編集部

銭湯には、海外の方をも惹きつける、独特な魅力があるのですね。ありがとうございました!

江戸期の銭湯ジオラマを見ながら当時の姿を垣間見る

いよいよ未来定番サロンがスタート。銭湯は古くから地域の人々が集う、ひとつのコミュニケーションの場でした。しかし、内湯の普及など、さまざまな事情から、銭湯の数は年々減少しています。江戸時代の銭湯の様子、現代における銭湯と人々との関わり、銭湯の未来はどうなっていくのか、銭湯の過去・現在・未来について語り合っていきます。

ゲストの自己紹介を終え、参加者のみなさんと向かったのは未来定番研究所の土間スペース。今回は特別に、町田さんが江戸期の銭湯を再現したリアルなジオラマを持ってきてくださいました。これらはなんと、江戸時代の浮世絵や資料などをもとに、町田さんとジオラマ作家の山本高樹さんとの共同制作されたものだそう。

ジオラマを見ながら、町田さんが銭湯の歴史について解説をしてくれます。「江戸時代の銭湯には混浴が多く火災も多かったので、建物は簡素なつくりなんですよ。武士も庶民も子供も、みんな一緒に入浴していました。2階には刀掛けが置かれているので、武士が刀を預けられるくらい平和な時代だったんですね。お見合いの場として機能したり、男女別浴の銭湯ではおかっぴきが女風呂に入り、男湯から聞こえる会話で犯罪の情報収集をしていたとか。天井にはお客さん共有で使うクシがぶら下がり、番台には貸し出し用の爪切りも用意されていたんですよ」

 

江戸時代、銭湯の様式は大きく分けて2種類ありました。ひとつは「戸棚風呂」と呼ばれた蒸し風呂形式。深さ30センチほど湯が張られ、主にそこから出る蒸気浴を楽しむもので、現代のサウナのようなものだったといいます。蒸気を逃さないよう周囲を板で囲んでいるため、中は真っ暗。一度にわずかな人数しか入れないという欠点もあったそうです。そこから考え出されたのが「柘榴口」と呼ばれた形式。高さ1メートルほどの出入り口をくぐると、畳3枚ほどの湯船があり、多くの人が入浴できるようになりました。とはいえ蒸気を逃さないための基本的なつくりは同じだったので、中は相変わらず薄暗かったといいます。

屋形船の銭湯もあったというから驚きです。「江戸時代は水運が中心でしたから。『湯船』の語源になったという説もあるんですよ」と町田さん。

 

みなさん町田さんのお話とジオラマに興味津々。さまざまな質問が飛び出しました。

銭湯の「いま」と「これから」について

居間に戻り、中村さんの〈快哉湯〉での取り組みについてのお話を伺いながら、銭湯の現在について話し合っていきました。

 

「週に2回は通っています。銭湯の方とも顔見知りなので、いろんなお話をしますよ」という方や、「気分をリセットしたい時に銭湯へ行きます」という方、銭湯の歴史に惹かれて銭湯をリノベーションをしたさまざまな施設に行ったことのあるという方など、銭湯の数が減っているとはいえ、参加者のみなさんは日常的に銭湯へ行かれているそう。

 

「そんなに興味があるわけではないんです」とお話されていた伊藤さんも、「頻繁ではありませんが、近所の銭湯や地方の銭湯には行っていますね。やっぱり大きいお風呂って気持ちがいいんですよ」とのこと。

銭湯の未来について、トークは進んでいきます。

「サウナ大使のタナカカツキさんは僕の友人なんですけど、彼とかサウナ好きな人と打ち合わせをする時って、サウナを指定されるんです(笑)。最近のサウナ施設はWi-Fiが完備されていたり、ワーキングスペース化しているので、交流スペースとお風呂って相性がいいと思うんですよ。銭湯とスーパー銭湯は分けて考えなければいけないと思うんですけど」と伊藤さん。

町田さんが続けます。「銭湯は減少していますが、スーパー銭湯は増えていますからね。現在の日本の住環境では、基本的に内風呂があるのが前提。だから銭湯はいかにお客さんを呼べるかがキーポイントなんです。入浴が第一目的ではありますが、それ以外の面での魅力をつくる必要があると思いますよ」

「僕がスーパー銭湯ではなく〈快哉湯〉に行っていた理由って、時間が止まったような空間がすごく落ち着いたからなんですよ。体力的にも精神的にも回復できるというか。現役の銭湯がどれだけ残っていけるかは非常に難しい課題ですが、再生についても考えていかなければならないなと思っています。個人的には、人間のメンタル的な部分を優先した施設が増えていってくれたら楽しいだろうなと感じています」と中村さん。

 

さまざまな視点からのお話が繰り広げられた未来定番サロン。終了後は希望された方々と一緒に、〈快哉湯〉の現場見学会も行われました。