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2023.10.18
地元の見る目を変えた47人。
「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。
第18回にご登場いただくのは、富山県南砺市井波で「お抱え職人文化の再興」を掲げて活動するデザイン会社〈コラレアルチザンジャパン〉の代表、山川智嗣さん。代表的なプロジェクトの一つが、分散型ホテル〈Bed and Craft〉の運営です。山川さんが拠点とする井波は、伝統工芸品「井波彫刻」の産地。この地域に多数いる職人に弟子入りできる宿をコンセプトに、〈Bed and Craft〉を立ち上げました。職人の技に直接触れられることが評判を呼び、国内外からたくさんの人を迎え入れています。海外でも活躍されていた山川さんが、なぜ井波を選んだのか。山川さんを魅了した井波彫刻の美しさ、活動をしていくなかで変化してきた町の様子などを伺いました。
(文:宮原沙紀)
山川智嗣さん(やまかわ・ともつぐ)
富山県富山市生まれ。明治大学理工学部建築学科で建築を学び、カナダに留学。2009 年に中国の上海へ渡る。建築設計事務所〈MADA s.p.a.m. Shanghai〉にてチーフデザイナーとして多くの公共建築、商業建築の設計に携わる。2011年、上海で自身のデザイン会社〈トモヤマカワデザイン〉を設立。2015年に帰国し、富山県南砺市井波に移住。2017年「お抱え職人文化を再興する」をコンセプトに、ものづくり職人と新たな価値を創造するデザイン事務所〈コラレアルチザンジャパン〉を設立。職人に弟子入りできる宿〈Bed and Craft〉をプロデュースし、コンセプトの異なる6つの棟のホテルを運営している。
大都市での生活から一転
井波への移住
富山県南砺市井波でデザイン会社を営む山川智嗣さん。建築家の山川さんはカナダへの留学、中国での起業など長らく海外で生活をしていました。一転、2016年には富山県南砺市の井波に移住。なぜこの土地を選んだのでしょうか。
「僕は富山市の出身なので、井波という土地の存在は知っていました。地元の小学生は遠足で井波に出かけることもあり、昔から職人がたくさん住んでいる町というイメージは持っていたんです」
もともとものづくりに興味があった山川さんは、自由にものが作れる環境に住んでみたいという夢があったそうです。
「大学は東京に進学し、卒業後は東京で就職。それからカナダに留学し、その後中国の上海へ。ずっと大都会を転々としてきました。そして2011年に上海でデザイン事務所を起業。6年ほど中国に住んで、そろそろ日本にも拠点が欲しいと思った時に浮かんだのが職人の町である井波でした。移住を考えてから改めて井波を訪れると、至るところに工房がありどこからともなく木を削っている音が聞こえてくる。とても情緒がある町だと感じました」
移住してみると、建築やデザインにおいてとても仕事がしやすい環境だったと話します。
「ものづくりをしている人が周りにたくさんいて、職人が身近な存在です。だからこそ建築の仕事で、家を建てる際など彫刻家の方に『こんなドアハンドルが欲しいから、一点物で作ってほしい』とお願いすることができます。それが建築物に入ると、唯一無二の空間が出来上がるんです。こんなふうにやりとりができることは、作り手として非常に面白い。クリエイターや建築家にとって、とても魅力的な場所だと思いました」
伝統工芸「井波彫刻」の面白さ
富山県出身の山川さんは井波彫刻には幼い頃から触れていたそうです。
「富山県には天神様と言って、菅原道真の木彫りの像を子どもが生まれたお祝いに贈る文化があります。お正月には天神様の掛け軸や木彫りの像を床間に飾ります。木彫刻を手配するのに、それぞれの家で代々頼んでいる工房があるんです。そんなお抱え職人の文化が、この地域には根づいています」
井波に越してきてから、ますます井波彫刻の奥深さを知った山川さん。他の伝統工芸とは異なる体制や、文化があることを知りました。
「伝統工芸は一子相伝というイメージがありました。ずっと続いている家業として、仕事を継いでいる方が多くいらっしゃいますよね。しかし井波はそうではありません。戦後間もない1947年に〈井波木彫刻工芸高等職業訓練校〉という学校が設立されました。彫刻を志す人が5年間そこに通い、デッサンや書道などを学びます。残念ながら今年休校してしまいましたが、このシステムがあったおかげで、井波には職人が全国から集まってきています」
伝統工芸の世界では50歳以下はまだ若手。他の伝統工芸品の産地は高齢化が課題となっていますが、井波の職人は4人に1人は若手で、他の伝統工芸品の産地より若い人の割合が多いのも特徴です。しかし全国の伝統工芸と同じく、井波彫刻のニーズは年々減ってしまっています。
「日本人のライフスタイルが変わってしまいました。家を建てる時に、床の間のある和室をつくる人はほとんどいません。井波彫刻は装飾品です。装飾品があっても住宅に飾る場所がない。木彫の欄間も、二間続きの和室がないと必要ありませんよね。ライフスタイルの変化によって、井波彫刻の生産量が減ってしまっているのが現状です」
ニーズは減ってしまっても、魅力のある作家や作品が井波にはまだまだたくさんある。井波で生活していると、そのことを強く実感するようになりました。
「井波には彫刻師と彫刻家が混在しています。彫刻師は職業職人として、寺社仏閣の復元や修復装飾を担当。彫刻家はその技術を使いながら、アーティストとして活動している人たち。彼らの作品を見た時、とても面白いと思いました。ただ同時に世の中の人は彼らの作品を全く知らない。それはもったいない。では、どうやったら多くの人に見てもらえるだろうと考えているうちに〈Bed and Craft〉の構想が少しずつ出来上がってきました」
「職人に弟子入りできる宿」のオープン
この町が好きで、職人が好きで、井波彫刻が好き。山川さんは、もっと多くの人にこの魅力を伝えたいと思い、2016年に〈Bed and Craft〉という宿をオープンしました。
「南砺市は石川県との県境で金沢市が近く、南に行くと白川郷もあります。それらの場所にバスで旅行に行く時に、井波にも立ち寄るコースのツアーもいくつかあるんです。井波の八日町通りという目抜き通りは、町屋が並んでいて京都のような雰囲気です。瑞泉寺という大きなお寺もあり、町のメインの観光スポット。それらを見るために、ツアーで来たお客さまは大体30分ほど滞在してくれます。しかし彫刻を買ってくれる人はほとんどいません。作品は一個30万円から、高いもので100万円くらいするものもあります。たった30分の滞在で、そんな高価なものを買いませんよね。僕はこの滞在時間を、24時間にできないかと考えました。井波を立ち寄る町ではなくて、目的地にしてほしい。そうなると町の機能として足りないのは、宿です。ここに宿ができたらいろんな工房巡りをしたり、職人と話をしたりする時間が持てるようになる。今すぐに彫刻を買わなくても、『いつかこの人の作品が欲しい』と思ってもらえる関係性がつくれるのではないかと考えました」
この宿の特徴は、職人に弟子入りする体験ができること。職人の工房に行って木彫刻や漆器などを自分で作ることができます。
「作家さんの工房で直接手解きが受けられます。当初、僕たちは1人6,000円と値段を設定しました。日本人の友人からは高いと驚かれたんです。『木のスプーンなんて量販店で買ったら500円で買えるのに』と。でも、それはものの価値しか見ていないから高いと感じたのではないでしょうか。始めたばかりの頃は海外からのお客さまがほとんどで、逆に彼らからは『この体験が6,000円でいいのか』と言われました。日本のプロフェッショナルな職人と3時間も一緒にいられて、話も聞けて、一緒にものづくりもできる。その空間や体験に価値を感じてくれていた。今は1人1万円でやっています。最近は日本のお客さまも増えてきていて、旅行やリアルな体験に対する価値観が変わってきているのを感じます」
町に点在する6つの宿は、古民家をリノベーションしていて、それぞれ彫刻家、漆芸家、陶芸家、作庭家など井波のアーティストとコラボレーションしています。館内には作品が飾られ、一つひとつの宿が各作家のギャラリーのようです。
暮らす人が、井波を誇らしく思えるように
井波に暮らす人や、地元の子どもたちも〈Bed and Craft〉に興味を持ってくれていると言います。活動を続けるなか、山川さんがとても嬉しかったというエピソードを話してくれました。
「〈Bed and Craft〉を始めて3年目くらいのときに、定年退職した地元の方が喫茶店をオープンしました。人口も減っている今、町の将来性を感じられなかったらわざわざ身銭を切ってお店をやろうなんて思う人はいませんよね。僕の活動や、国内外からこの町を訪れている人々の様子を見てそういう行動を起こしてくれる人が出てきたことも嬉しかったです」
子どもたちも山川さんたちの活動に注目しています。
「地元の中学校で、〈Bed and Craft〉の取り組みを劇にしてくれました。中学校の授業で、郷土の歴史を知るためにグループワークをする時間があります。大抵は地元の神社をリサーチしたり、街道の歴史を調べたりする生徒が多いと思います。でもある生徒が『〈Bed and Craft〉を調べたい』と言ってくれたそうです。20人以上の希望者の中から選抜された5名の生徒がインタビューに来てくれました。生徒たちも最初は、単純にオシャレな宿だったから興味を持ったというのがきっかけだったのかもしれないけれど、インタビューでは『なぜ〈Bed and Craft〉をつくったのか』、『町や社会にどんなふうに貢献しているのか』など私たちの想いを深く聞いてくれました。それを劇にまとめて、文化祭で発表。その劇を見た親たちもこの宿の存在を知ってくれました。この町で生まれ育って、伝統工芸としての井波彫刻の存在は知っていても生活する上では関わりがない。だから〈Bed and Craft〉を通して彫刻のことを知ったり、職人の暮らしを知ったり、興味を持ってくれる人が増えてきているのはとても嬉しいことです」
他にも、この町には可能性がある。そう思ってくれる住民が増えているという手応えを感じられていると山川さんは言います。
「『田舎には仕事がないから帰ってくるな』と子どもに言う親が多かったと思います。でも今、井波では東京に住んでいる子どもに親が『うちの近くに空いている場所があるから、帰ってきて何か始めたら』なんて話している。大人たちも、井波が面白くなっていると感じているんだと思います。最近は町の人も宿に泊まってくれる機会が増えました。宿は一棟貸しでキッチンも付いているので、大勢で集まって料理をして、飲んで楽しんで寝て帰る「女子会」をする人や、お盆やお正月に子どもが帰省するからと借りてくれる人もいます。町の人にとってインフラのような存在になれているのかなと思います」
職人の地位向上を目指し続ける
「僕はずっと作家の方たちに『将来、フェラーリに乗れるよ』と話しています」と笑いながら語る山川さん。作家として有名になり、作品も売れるように一緒に頑張ろうと声をかけているそうです。
「フェラーリというのは比喩ですが、それぐらいわかりやすいアイコンがあってもいいなと思っています。作家さんがフェラーリに乗っているのを子どもたちが見たら『彫刻師になったら、かっこいい車に乗れるんだ!』と夢を与えられる。職人を、子どもたちから憧れられる職業にしていきたいんです」
〈Bed and Craft〉はホテルの名称ですが、プロジェクトの名称でもあります。宿だけではなくさまざまな取り組みで、町や職人の地位向上を日々目指しています。
「今までは、空き家の古民家を改修していました。次に課題となっているのが空き公共施設や空き工場。一個人ではどうしてもできない規模のものが多くあります。南砺市は昔の4町4村が一つになった市なので、昔の図書館が各町内にあるなど、公共の施設が乱立しているのが現状。市は20、30年かけて公共施設を半分にすると言っています。これからますます人口が減って維持管理も大変ですから、そうした施設を地域のストックとして残していけるか、地域の人のためにどう利活用していけるかを考えています。今後何かベンチマークとなるようなものをつくり、他の地域でも参考になるような事例を広げていけたらいいなと思っています」
〈Bed and Craft〉
Instagram:@bedandcraft
【編集後記】
「最近、井波の大人たちが都会に住む子どもたちに『帰ってきて何か始めたら?』と会話するようになっている」という山川さんのお話がとても印象的でした。まさに、井波の伝統産業であるものづくり文化、つまり”地元の誇り”を磨くことで、地元へ注がれる目線を変えているように感じました。また勝手ながら、先日取材させていただいた藤原徹平さんの街の「宝」のお話にも通ずるものがあるように思いました。
地域や人によってさまざまな事情があるとは思いますが、自身と関わりのあるまちに誇りを持ち、それを次の世代にも胸を張って伝えられるのは、とても素晴らしいことだと思います。これからの未来、わたし自身も関わりのあるまちをそのように捉えたり、そのように思ってもらえるような暮らしをしていきたいです。
(未来定番研究所 中島)
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