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2024.06.28

未来定番サロンレポート

第35回| 寄席文字を受け継いで想う、伝統文化と未来の関係。

初夏らしくからりと晴れた2024年5月25日(土)、35回目の「未来定番サロン」が開催されました。未来定番サロンは未来の暮らしのヒントやタネを、ゲストと参加者の皆さんが一緒に考え、意見交換する取り組みです。

 

「今、伝統文化を受け継ぐこと」というテーマのもと、寄席文字書家の橘さつきさんにご登壇いただき、寄席文字の文化について教えていただきました。また、イベントの後半では寄席文字体験も実施。参加者の皆さんが実際に手を動かしながら、江戸時代をルーツとした寄席文字とその未来について考えました。

 

(文:大芦実穂/写真:西あかり)

寄席文字とは、どんな文字?

午後1時半、江戸文字で名前が書かれた半纏を着た橘さつきさんが登場。会場からは温かい拍手が起こりました。

 

まずは「寄席文字」「勘亭流文字」「江戸文字」「相撲字」の違いの説明から。

寄席文字(左上)、勘亭流文字(右上)、江戸文字(左下)、相撲字(右下)。2007.02 橘右橘作成

「寄席文字」は、寄席ビラで使われていた「ビラ字」を基にしています。「ビラ字」をより合理的にまとめたのが「寄席文字」で、確立させたのが橘右近(たちばな・うこん)です。まっすぐきれいな線を大事にしますが、線の中にもまろやかさ、ふくよかさを感じられるように書くことで、温かみのある印象にしています、とさつきさん。

 

「勘亭流文字」は、歌舞伎でおなじみの文字。歌舞伎の踊りのように、滑らかなイメージで書いていきます。くねくねしているように見えますが、キメルところはしっかり書かないと単に緩い字になってしまいます。さつきさん曰く、一つの線の中でより繊細な気遣いが必要になるので、寄席文字に比べて難しく感じるかもしれません。

 

「江戸文字」は、千社札や半纏、提灯といった身近な生活、文化の中でよく使われる文字です。他の文字とは違い、先に輪郭をとってから中を塗っていく書き方もします。

 

「相撲字」は、その名の通り、相撲界で使われる文字。起筆や払いに見える筆先のバサバサした跡をそのまま残しているのが、寄席文字や勘亭流文字との違い。力強い相撲の雰囲気が伝わってきます。相撲字は行司さんの間で受け継がれている技で、専門の書家がいるわけではありません。

 

これらをまとめた意味でも「江戸文字」と呼びます。江戸趣味に基づいて生まれたデザイン書体の総称です。

寄席文字・勘亭流文字書家と

会社員のパラレルワーク

続いて、さつきさんの自己紹介に移ります。

 

さつきさんは橘流寄席文字一門で「橘さつき」、勘亭流文字で「荒井三都季」を名乗り、現在は会社員でありながら寄席文字・勘亭流文字書家として、パラレルワークをしていらっしゃいます。

そんなさつきさんが寄席文字を始めたきっかけは、荒川区の匠育成事業。2011年、28歳の時に橘流寄席文字・勘亭流文字・江戸文字書家の橘右橘(たちばな・うきつ)氏のもとに弟子入りし、会社員をしながら寄席文字の修業をする毎日が始まりました。

 

「もともと落語が好きだったので、寄席文字はよく目にしていました。その頃、新卒で印刷会社に入社して3年目。仕事には慣れてきたけど、今後この仕事で自分がどうしていきたいのか先が見えない。20代のうちに新しいことに挑戦したいという気持ちもありました」

 

そんなある日、たまたま見つけたのが、荒川区の匠育成事業です。

 

「寄席文字の募集を見つけて、もうこれだ!と。迷いはありませんでした。面白そうだし、ちょっとやってみたらいいんじゃないという感じで飛び込みました」

まずは3カ月の見習い期間があり、正式に弟子入りが決まると、3年間は師匠のもとで修業をする決まり。さらに3年間の延長ができ、最長6年間は荒川区のサポートを受けながら学ぶことができます。

 

「匠育成事業の期間内は区からの補助金がありますが、満了の6年が近づくにつれ、どんどん不安になってくるんですね。名前を許されなければそもそも仕事はできないですし、先の目途がまったく立てられない状況でしたので。たまたま6年目で橘流寄席文字の一門として名前をいただけましたが、それまでの間はほんとうに名前がもらえるんだろうか、もらえなかったらどうなっちゃうんだろうと不安ばかりで。だけど考えてもどうしようもないことだったので、先のことは考えるのをやめて、とにかく目の前のことをやっていこう、そんな感じでした」

寄席文字書家になるため、弟子入りを決めた際には、実は会社員は辞めるつもりだったとさつきさん。

 

「当初は、仕事を辞めるというのが条件だったのですが、やっぱり心元ない。師匠も『心配だよね』ということで、両立していくことになりました。幸い会社には配慮していただけて、今でも週3日働いています。印刷会社に勤めているのですが、文字の仕事にも関係するので役立つこともあり、ありがたいなと。違う環境、違う関係性があるということはある意味安心感にも繋がっているように思います。また、個人で仕事をする上で戸惑うこともたくさんあるのですが、会社の場合どんな風に対応していたかな?などと照らし合わせて考えることができ、客観的な視線を持てるのもいいことだと感じています」

寄席文字書家としての

気になる仕事内容は?

2017年に寄席文字書家としての活動を開始。どのような仕事があるのか伺いました。

 

「最初は師匠からお仕事をいただいて、めくり*を書くことからでした。そこから木札やチラシ類と広がっていきます。ご依頼は芸人さんや落語会の主催者さんのほか、一般の方からも寄席文字で書いてほしいというご希望をいただくことがあります。その用途はさまざまです。また、新真打ちになられる皆さんは寄席文字を使ったアイテム、幟や後ろ幕をはじめ必要なものを用意されますが、文字を書くだけでなく完成の手配まで対応させていただくことも。少しずついろいろなお仕事を経験させてもらっていますが、つまずくことが多く、今はそういった仕事の広がりにどう対応していけるかが悩みというか、課題ですね」

 

*…寄席などの演芸場で、出演者名を書いた紙の札

江戸文字の千社札

こちらは千社札です。神社仏閣に名前(題名)を書いた札が貼ってあるのを見たことがあると思います。千社札を貼ることで自分がお籠りをして参拝していることを表しました。趣味として広がることで、本来の意味とは別に、札そのものを交換して楽しむようになり、こうした色付きの趣向を凝らした札も作られるようになりました。

 

「こちらは寄席文字ではなく江戸文字です。師匠は江戸文字書家でもあり、東都納札睦(120年続く千社札愛好家の集まり)で文字を書いています。私は師匠の弟子ですから、やはり江戸文字も書けるようにと思っています。最近少しこういった札の題名も書かせてもらい、鍛錬の機会をいただくようになりました」

荒川区荒川ふるさと文化館での作品展のために制作

「これは普段お世話になっている、荒川区立荒川ふるさと文化館のギャラリーに展示する作品として書きました。縁起がいい大入りの色紙です」

林家錦平師匠の会のプログラムも作成

右橘師匠の古希のお祝いの札。福禄寿、鶴、日の丸の組み合わせのデザインはさつきさんがセレクト

便利じゃないからこそ、

生まれる豊かさがある

今改めて伝統文化を継承していくことについて、さつきさんのお考えを伺いました。

 

「現代はパソコンやスマホが身近にあって、何か行動する時に自分で選択しているようでいて、選ばされているような感覚もあって。その中で、自分で手や頭を使って書くことは、すごく能動的な作業だなと。便利なものがなかった時代に、もっとよく見せるにはどうしたらいいだろうと考えて、工夫をして、それがどんどん磨かれて、そして文化として今も伝わっているんだと思うんですよね」

さらに、人が本来持っている感性について、次のように続けます。

 

「私たち人間は、そもそも感じる力とか、表現する力を持っているなと思っていて。でも今は手軽なものがあるから、どうしても便利な方に流されてしまう。本来持っている感性を引き出さないのはもったいないじゃないかと。伝統文化の世界に飛び込んだ今、感じていることです。

 

それに体を使って能動的に生きる方が、より豊かになれるのではないかと。便利なこともいいですが、どちらも両立していけたらいいですよね。私自身、こうした仕事に関わる者として、もともと人に備わっている能力を意識して使うことの重要性を伝えられたらいいなと思っています」

いよいよお待ちかねの

寄席文字体験です

貴重なお話を聞いた後は、お待ちかねの参加者の皆さんが楽しみにしていた、寄席文字体験です。ですが、いきなり書くのは難しいので、書く文字を一文字選ぶことに。いくつかの候補の中から参加者の皆さんが選んだのは「笑」の文字。まずはさつきさんにお手本を書いていただきます。「笑点の文字ですからね、いいチョイスですね」とさつきさん。

色紙に大きく「笑」の文字

続いて、さつきさんが参加者に1枚ずつお手本を書いていきます。その間、参加者の皆さんは、練習用の紙に縦棒と横棒を書く練習。これが意外に難しい。さつきさん曰く、均一の太さになるよう腕を引きながら書き、余白も均等にすることがポイントだそう。

この円卓で使っている硯(すずり)は、未来定番研究所が製硯師(せいけんし)の青柳貴史さん(あおやぎ・たかし)とご一緒に企画して特別につくっていただいた『みんなの硯』。硯の産地として有名な宮城県石巻市雄勝町で採掘して作られました。今回が初めてのお披露目の場となりました。

未来定番研究所のためにつくっていただいた、青栁貴史による『みんなの硯』

円卓の中央に置いて、鍋をつつくように、わきあいあいと書くことを楽しめたらいいね、というコンセプトのもと制作されました。墨汁を入れると中央に集まっていく仕組み。寄席文字を書く際は墨をすらずに墨汁を使うのも特徴です。さつきさんが墨汁を垂らすと、室内に墨のいい香りが広がります。

 

墨は筆の根元までたっぷりつけるのがいいそう。筆の持ち方は、鉛筆式。机になるべく平行になるように書きましょう、とさつきさん。

さつきさんが皆さんにお手本を書き終えると、それぞれが「笑」を練習していきます。練習用の紙には、四角形の線が薄くひかれていて、その四角いっぱいに「笑」を書きます。

着物をお召しになられた参加者の方も

最後に、小さめの色紙が配られて、いよいよ清書です。

「集中しすぎて疲れました」という声が上がるほど、皆さんの表情は真剣そのもの。「まだまだ練習したい」という方も。

 

はんこを押すと、ぐっと作品らしくなりますよ、とのことで、皆さん「福」のはんこを押して完成。どの作品も素晴らしい出来となりました。

最後に、参加者の皆さんに感想を伺いました。

 

「見ているのとやってみるのじゃ全然違う。いつも寄席で見ていたけど、どう書いているか知らなかったから、こうやって書いているのかと感心しました」

 

「落語が好きなので楽しかったです。めくりは見ていましたが、どんな方が書いているんだろうと思っていたので」

「もともと勘亭流の字は知っていましたが、先日、ラジオ放送局の『J-WAVE』でたまたまさつきさんのお話を聞いて、今回来てみました」

 

「昔、書道をやっていましたが、筆の持ち方も全然違うから面白かったです」

 

「線を引くだけで緊張しました」

 

参加者の皆さんのお話を聞き、改めてさつきさんも本日の未来定番サロンを振り返り、ご感想をくださいました。

 

「同じお手本を見ていても、皆さんがどこに注目しているか、何を大事にしているかで、できあがる文字がそれぞれ違ってきて、面白いなと感じました。豪快だったり、繊細だったり、性格が文字にも出ますよね(笑)。

 

今は江戸文字のフォントもあって、簡単にパソコンで打つこともできますが、手と脳を連動させて能動的に書くって、うまくいかないからこそ面白味があるし、人間味もあると思っています。皆さんもぜひ手を動かしながら、全身を使って文字を書いてみてください」

 

こうして第35回の未来定番サロンはお開き。伝統文化から未来の可能性を感じられる会となりました。

各々の作品を持つ、参加者の皆さん

Profile

橘 さつきさん(たちばな・さつき)

寄席文字書家。2011年、東京都荒川区の匠育成事業を通じて橘右橘のもと勘亭流文字・寄席文字・江戸文字を学び始める。2017年1月橘流寄席文字一門となり橘さつき、2022年4月荒井三禮の流れを汲む勘亭流において荒井三都季の名を許される。荒川区伝統工芸技術保存会会員。

X:@v3rF7nIv6rHGLPw

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