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2023.09.22

未来定番サロンレポート

第30回| 時代とともに変わる。これからの落語の可能性。

まだまだ暑さが厳しいお盆明けの8月19日、30回目の「未来定番サロン」が東京・谷中で開催されました。未来定番サロンは未来の暮らしのヒントやタネを、ゲストや参加者のみなさんと一緒に考え、意見交換する取り組みです。

 

今回のテーマは、「落語の楽しみ方の今とこれから」。伝統演芸である落語の起源は、室町〜戦国時代とも言われ、姿かたちを変えながら今日まで繋がれてきました。現代においても、寄席はもちろん、テレビやラジオ、雑誌、配信メディアなどで、新しい潮流が起きています。そこで今回は、日本で唯一の演芸専門誌『東京かわら版』編集長・佐藤友美さんと、落語家でありながら落語協会黙認誌『そろそろ』の編集長を務める柳家小はださん、メンバーの三遊亭伊織さんにお話を伺い、落語という伝統文化の楽しみ方の今と未来を考えます。

 

(文:船橋麻貴/写真:武石早代)

お客さんとの距離を近づける、

伊織さんと小はださんの落語

いつの時代も常に新しい潮流が起きている落語。落語家たちが2022年に創刊した落語協会黙認誌『そろそろ』と、1974年から続く日本で唯一の演芸専門誌『東京かわら版』から、そのヒントを探る今回のイベント。誌面作りを行う3人にお話を伺う前に、まずは落語自体の魅力に触れるべく、三遊亭伊織さんと柳家小はださんが落語を1席ずつ披露しました。

 

最初に高座に上がったのは、小はださん。世間話や本題に入る前の話「マクラ」では、今回の会場となった未来定番研究所との関わりや『そろそろ』での立ち位置を語りました。

 

「未来定番研究所の縁側が美しくて、『そろそろ』の表紙に2度も使わせていただきました。そのご縁で今日も呼んでいただいたのですが、何しろ高座の背景にある縁側がキレイすぎて、私自身が負けてしまっている。みなさんからは美しい庭が見えていると思いますが、私は一寸先も見えていないような人間。『そろそろ』でもお飾り編集長です」

そんな「マクラ」で早速会場を盛り上げた小はださんが披露したのは、イベントが行われた夏日にふさわしい「猫と金魚」。『のらくろ』シリーズの作者・田河水泡が書き上げた演目だけあって、漫画的な展開とそれを巧みに描写する小はださんの姿に、お客さんは釘付けに。

 

続いて伊織さんの1席。ここでも「マクラ」から、会場のお客さんの心をグッと掴みます。

 

「お客さまの中には、落語が初めての方も、私自身を初めて見る方もいらっしゃると思います。『病み上がりの奥田民生』として、ぜひ名前と顔を覚えていただければ」

お客さんからどっと笑いを起こした伊織さん。一気に会場が温まったところで落語を披露すると、伊織さんの演技力にどんどん引き込まれ、会場中が笑いに包まれました。

落語の魅力を届けるため、

コロナ禍に『そろそろ』を創刊

落語2席を楽しみ、その魅力にどっぷり浸った後は、佐藤さん、伊織さん、小はださん3人による落語談義へ。演芸関連のインタビュー記事や全国の演芸会情報、演芸番組予定表などを掲載し、来年50周年を迎えるという『東京かわら版』の編集長・佐藤さんが、『そろそろ』の創刊経緯にまず耳を傾けます。

小はださん

師匠の家で、20年くらい前に廃刊になった落語協会誌『ぞろぞろ』に出会ったことがきっかけなんです。その時はコロナ禍に突入したばかりで、どうにかして落語を届けたいと考えていて。YouTubeでの発信も考えたんですが、伝統芸能ということもあって紙媒体の方が、親和性が高いと思ったんです。それでさまざまな先輩方を巻き込んでいって……。

伊織さん

そうそう。偶然会った時に「やりませんか」って声をかけてもらってね。今は10人で編集会議をして作っています。とくに第1号は、小はださんがスマホでレイアウトしたりして、苦労したんだよね。

小はださん

今はプロの方に助けてもらっていますが、最初は製本も自分たちでやりましたよね。いろいろな人に手伝ってもらううちに、落語もそうだなと思ったんです。お囃子さんや手ぬぐいを作ってくださる方など、たくさんの人の力があるから落語会ができていて。そうした方々に光を当て、その存在を知ってもらいたいという気持ちで、創刊まで漕ぎつけました。

雑誌作りは素人だけど、

落語家らしいコンテンツを

続いてのトークテーマは、「雑誌の制作」について。落語協会に所属する二ツ目(*)中心の落語家で編集部が構成される『そろそろ』について、編集長を務める佐藤さんだからこその疑問が投げかけられます。

佐藤さん

編集部の中で小はださんが一番若手なのに、編集長ですよね。やりにくさは感じないですか?

小はださん

どちらかというと、自分はマネジメント的な動きが苦手。だから、後輩という身分を大いに使って兄さん方に甘えっぱなしです。

伊織さん

落語の世界は縦社会。だから先輩が編集長をやってしまうと、なんだか従わなきゃいけない雰囲気になっちゃうんですよね。その点、『そろそろ』は小はださんが編集長なので、意見を言いまくって大丈夫(笑)。それに、小はださんがスケジュール管理が苦手なら、そこはできる人がやればいいしね。でも、『そろそろ』を作るために人を集められるのはすごいと思うよ。

小はださん

や、優しい。今日のトークも、伊織兄さんに頼ります…!

伊織さん

油断するなよ(笑)!

*二ツ目・・・落語家の最初の階級「前座」の一つ上。

佐藤さん

ふふふ。『そろそろ』は落語家さんだからこその視点があって、面白いですよね。

小はださん

落語家らしいコンテンツを届けたいとは思っていますね。真打(*)のインタビューでは、芸について聞くというより、パーソナルな質問をしてみたりして。

* 真打・・・寄席で最後に出演する資格をもつ落語家のこと。

見た人だけがライブ感を味わえる。

3人が考える落語の魅力とは?

佐藤さんの的確な問いと答え、そして小はださんと伊織さんの笑いどころ満載の心地良いトーク。あっという間に終了の時間が近づき、最後には会場のお客さんからの質疑応答も行われました。「落語を見たことがない人が楽しむコツは?」という質問に対して、3人はこんなトークを繰り広げました。

佐藤さん

落語って、今までの経験を用いて自分の脳内で映像を描いて楽しむ稀有なコンテンツ。全員が同じ言葉を聞いているのに、それぞれの頭の中で世界が描かれるから面白いんですよね。エンタメとしては高度かもしれませんが、自由度が高いので子どもでも楽しめると思います。

伊織さん

初心者の方には、柳家喬太郎師匠の「午後の保健室」という落語をぜひ聞いてみてほしいですね。初めてでもきっと心を掴まれるはず。諸先輩方の演目を聞いていただいたらわかると思いますが、落語って本当に面白いものなのに、今の人たちにあまり伝わっていないのがもったいなくて。だから私は寄席の高座に上がった時、お客さんの中に初めての人が数人いるならば、その人たちに向けて丁寧に落語を届けたい。初心者の方が落語の世界に踏み出せるような、落語家になりたいんですよね。小はださんはどう?

小はださん

〈新宿末広亭〉に行ってみるのもいいと思います。1席15分ほどで終わるし、途中で飽きたら寝てもいい。実際に寄席に来てもらって、身近に感じてもらいたいですね。

伊織さん

うんうん。そこから好きな落語家を見つけて、独演会に行ってみたりすると、落語の深みにハマっていけると思う。

佐藤さん

確かに、実際に寄席を見るのが一番ですね。あのライブ感を享受できるのは、そこに居合わせた人だけの特典ですからね。

無駄が省かれる時代だからこそ、

落語の未来はきっと明るい

落語の披露から始まり、3人の落語談義で幕を閉じた同イベント。最後に、「落語や伝統演芸の5年先の未来は?」という問いを投げかけると、それぞれ本音を真っ直ぐに語り合ってくれました。

佐藤さん

スマホが手放せず、情報が常に流れてくる現代。遊びに行ってもどこか目の前のことに集中できていない人が多い気がします。楽観的かもしれませんが、そんな時代だからこそ、日常に潤いを与えてくれる落語はこの先も廃れないと信じています。

伊織さん

確かに、SNSや口コミで結果を見てから映画を観に行く時代ですもんね。今はタイパやコスパで無駄を省くことが良しとされているけど、それってやっぱり寂しいし疲れちゃう。どこかで余白や無駄が欲しくなると思う。それを補えるのが寄席であってほしいけど、若いお客さんは少ないし、私は落語界の未来に対しては悲観的なんですよね。

佐藤さん

そう言われて半世紀くらい経っていますから、きっと大丈夫。生きる上で必要なものだけを摂取しているのは、人間の心と体に必ずしも良いことではないはず。私は、遊びや無駄なことこそ、学びや発見があると思うんですよね。

伊織さん

私が理想とする落語は、人間の本質を描くこと。それを丁寧にやっていれば、落語は未来に残っていくと信じるしかないですね。そのためにも、落語聞いてみようという人の心を掴んで、もっともっと興味を持ってもらえるよう頑張っていかなきゃですね。5年先の未来が来るまでには売れていなきゃなぁ。小はださんはどう?

小はださん

僕は落語にもっと親しんでもらうため、アニメっぽくしたいと考えていて。伊織兄さんとは真逆かもしれませんが、落語をデフォルメして届けてみたいんですよね。あまりやりすぎるとスベる可能性大なので加減が大事ですし、これが正しいかはわかりません。だけど、落語とお客さんとの距離を近づけていきたいんです。それから、ここ数年はコーヒー屋やDJを始めたり、落語以外のこともやっていますが、5年先の未来でもいろいろなことをやっていると思います。それこそ無駄だと思われるかもしれないけど、何が自分の栄養になるかはわからない。それが落語のためになっているといいなぁって思います。

佐藤さん

お二人のお話を聞いて、私はこの先、健康に気をつけて長生きしたいと思いました。だって、こんなに模索している二ツ目の2人の将来は、可能性しかありませんから。2人が70歳になった時の落語を楽しみにしています!

Profile

佐藤友美さん(さとう・ともみ)

月刊演芸専門誌『東京かわら版』編集長。

東京都渋谷区恵比寿生まれ、育ち。浅草で旅館を営んでいた祖母の影響で、幼少の頃より古典芸能に親しむ。学生時代から愛読していた『東京かわら版』で「アルバイト募集」の記事を見て応募、そのまま社員になり、2004年より編集長を務める。著書に『ふらりと寄席に行ってみよう』(辰巳出版)など。

Profile

三遊亭伊織さん(さんゆうてい・いおり)

落語家・『そろそろ』編集部。

1987年生まれ。神奈川県大和市出身。2012年に三遊亭歌武蔵に入門し、見習いとして修業開始。2013年に前座「歌むい」として楽屋入り。2016年に前座修行を終え、二ツ目に昇進。「伊織」と改名。現在は、古典落語を中心に、はじめて落語を聞く人にも楽しんでもらえるように心がけている。都内の寄席の他、各所で勉強会を開催する。

Profile

柳家 小はださん(やなぎや・こはだ)

落語家・『そろそろ』編集長。

1989年生まれ。東京都目黒区出身。2015に柳家はん治に入門。2016年、前座となる。前座名「小はだ」。2020年に二ツ目昇進。コロナ禍で始めたコーヒー屋業(※不定期)が話題に。『そろそろ』の発起人であり編集長。

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