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「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。
第40回にご登場いただくのは、鳥取県鳥取市鹿野町で〈鳥の劇場〉を立ち上げた中島諒人さん。20年近い活動のなかで、古典演劇の上演をはじめ、演劇を取り入れた教育や、さまざまな人たちと演劇を作るワークショップ、ものづくりなど活動の幅を広げてきました。今では、鹿野町で演劇を志す若者も増えてきているようです。中島さんは、表現や創造を通して町の人たちと一緒に社会や未来について考え続けています。
(文:宮原沙紀)
中島諒人さん(なかしま・まこと)
1966年鳥取県生まれ。演出家。〈鳥の劇場〉芸術監督。鳥取県の高校を卒業後、東京大学法学部に進学。大学在学中から演劇を開始し、卒業後自身の劇団を旗揚げ。2006年より鳥取県の鹿野町に拠点を移し、廃校になった小学校と幼稚園を劇場に改修した〈鳥の劇場〉をスタート。2020年には、「第11回地域再生大賞優秀賞」を受賞した。
地域に必要とされる演劇を目指して
鳥取市鹿野町にある〈鳥の劇場〉は、廃校となった小学校と幼稚園を活用して生まれた地域の劇場です。約200人を収容できる劇場のほか、大道具や衣装の保管・制作を行いワークショップなどにも開放しているアトリエ、カフェなど3つの施設を一体的に運用しています。この劇場の芸術監督を務めるのが中島諒人さん。大学在学中に演劇と出会い、その世界にのめり込みました。
「1980年半ばの東京では、下北沢などを拠点とした若者の小劇場文化が盛んでした。地方から上京した私にとって、それはとても刺激的で、『東京にしかない文化』だと感じたんです。そして大学在学中から演劇活動を始めました」
卒業後は自身の劇団を旗揚げし、演劇の世界を突き進んでいきました。演出家としてさまざまな舞台を手掛け、演劇祭への参加やコンクールでの受賞など、評価も高まっていきます。
「現代演劇を突きつめていくと、その源流であるヨーロッパにたどり着きます。本場のヨーロッパでは、必ずしも都市だけに演劇があるわけではないんです。地方のいろんな場所に劇場や劇団があり、いろんな世代の人が劇場に通っている。地域社会のなかで演劇という文化が非常に大事にされている風景がありました。せっかくならば日本でも演劇を地域社会に必要とされるものとして位置づけたいという思いが強くなり、40歳の時に地元の鳥取に戻り活動を始めることになりました」
2006年、鹿野町に拠点を移し〈鳥の劇場〉をオープン。町民ミュージカルの伝統があり、演劇が身近な存在として親しまれていた鹿野町では、舞台芸術に対して理解のある人たちも多く、中島さんたちの活動を受け入れてくれました。町の人々が大切にしていた小学校と幼稚園の跡地は将来、駐車場になる予定でしたが、それまでの間に演劇の場として使っていいと貸してもらえることになりました。
「町全体として私たちの新しい活動を寛容に受け入れてくれたと思っています。私は今でも町の人たちに対して深い感謝の気持ちがあります。結果的に跡地を駐車場にするという計画はなくなり、学校の建物はそのまま〈鳥の劇場〉として使わせていただいています」
演劇を通した町との関わり
「地域のために演劇をしていますとはあえて言いません」と中島さんは語ります。
「『地域のために』というと、なんだか押しつけがましく感じませんか?私たちはあくまで、面白くて質の高い演劇をつくりたいという思いで活動を始めました。その結果、地域の暮らしに少しでもいい影響を与えられたら、それが一番いいカタチだと思っています」
今、中島さんがもっとも力を入れているのが、演劇の手法を取り入れた教育活動です。
「押し付けがましいことは言わないと前述しましたが、もちろん地域のために何かを残すことは重要なテーマだと思っています。演劇は子供たちの教育にも効果的。鳥取で活動を始めた初期の頃から、学校で演劇ワークショップをさまざまに実践しました」
鹿野町の小中学校は、1校に統合された小中一貫校(鳥取市立鹿野学園)。全校生徒が1年生から9年生まで、単学級で同じクラスメートと過ごします。
「ワークショップの内容は多彩です。短い会話をもとに場面を作ってみたり、詩を少し演じてみたりすることをしています。そういった表現活動を通して子供たちが生き生きとし、普段はしないような豊かな表情や面白い動き、キャラクターが出てくるという場面もよくあります。時には夢中になりすぎて喧嘩になることも。日常では起こらない出来事が演劇を通して起こると、その喧嘩に誰かが仲裁に入ってまた新しい関係性が生まれることもあります。そうした経験をうまく意味づけたり、話し合いのきっかけにしたりすることで、一人ひとりの多様な個性が伸びていくんです。鹿野学園は児童生徒の数が少ないのでクラス替えもなく関係性が固定されがちな環境。『あの人はこういう人』と決めつけてしまう状況を、表現活動を通じて揺さぶることもできます。演劇は『こんな一面もあるんだ』と新しい自分や他者に出会うきっかけにもなるんです」
長らく続けてきた教育への関わりのなかで、子供たちの演劇への関心が高まっていることを中島さんは感じています。
「演劇を学べる大学に進学する子供もいます。そして演劇以外にも、建築を勉強したいという子も出てくるんですよね。演劇に触れることによって、デザインや全体設計に興味が出てくるようです。演劇に限らず、アート系の分野に興味を持つ子供たちが増えてきました」
劇場の活動は子供たちだけでなく、さまざまな年代の人たちに広がっています。
「私たちのワークショップへの高齢者の参加も増えています。特に65歳以上の方はセリフを覚えるのが難しいといわれますが、台本を持ったまま参加することも可能です。こうした活動には女性が積極的ですが、最近では高齢の男性も少しずつ参加してくれるようになり、いい流れを感じています」
中島さんや劇団にとっても、地方で活動するからこその意識の変化もあったようです。
「日本では演劇はまだ一部の人のもので、多くの人が気軽に足を運ぶメディアではありません。YouTubeなど動画メディアの映像コンテンツに日常的に触れている人の方が圧倒的に多いのが現状です。そんななかで私たちは、都市ほど演劇の価値が広く理解されていない場所で、演劇とは何か、その本質を考えながら活動してきました。演劇は古代ギリシャから続き、日本でも能などの伝統が今も息づいています。なぜ人は演劇を必要とするのかという問いに対して、作品づくりを通して答えを探り続けています。シェイクスピア、イプセン、チェーホフ、ブレヒトなどの古典作品を上演しながら演劇の可能性を模索し、初めて観る人にもその面白さが伝わるよう努めています。この場所で演劇と改めて向き合い、その価値を掘り下げていく作業は、私たちにとっても大きな意味があることだと感じています」
演劇やものづくりを通して、未来を考える
公演『帽子屋さんのお茶の会』の様子。
中島さんの活動は、障害者とともにつくる〈じゆう劇場〉や朗読教室、演劇祭など多岐にわたります。また演劇以外にも力を入れているのがものづくりです。
「これまでは、消費によって都市が祝祭空間となり、その喜びが人生を動かしてきたと思います。けれどこれからの社会では『ものづくり』が人の喜びとして重要になってくるのではないでしょうか。ものづくりを通じて、一人ひとりの価値が認められ、互いを尊重し合う社会が実現できる。それが目指すべき成熟した社会の姿だと思います。2025年に新設した〈鳥の劇場 アネックス〉では、大道具や衣装などをつくる場を外から見えるように設計し、見学や体験ができるようにしました。最近では、公民館と連携して木工のワークショップの開催や、ミシンを使った古着のアップサイクルも行っています。もちろん、ものを買う楽しさもありますが、自分でつくることにはまた違ったワクワク感があります。うまい下手に関係なく、そこにはその人ならではの個性が表れ『素敵だね』『面白いね』と言い合える喜びがあるんです。私は劇場を単なる観劇や創作の場にとどめず、ものづくりを通して人と人が出会い、繋がる場所に育てていきたいと考えています」
中島さんは、今後の社会や地方ではますます演劇やものづくりは必要とされるものになっていくと考えています。
「演劇は、目に見えないイメージを見せることができる表現です。人間だけが持つ想像力の素晴らしさを感じさせてくれるのが演劇であり、そのイメージを他者と共有できるのが劇場なんです。劇場では、見知らぬ人同士が同じ作品を通じて感情を動かされ、その思いや考えを共有できます。1つの出来事を皆で観て、想像力を通して共に考え、『人間にとっての幸せとは何か』を探る。そんな場が劇場なのです。私は、こうした体験こそが今の社会にとってとても大切だと思っています」
演劇の力を信じながら、中島さんは地方の未来にも目を向けています。
「私が子供の時、鳥取県の人口は約60万人いましたが、今53万人ほどになってしまってどんどん減っているんですね。おそらく今後もっと人口は減るし、高齢化も進んでいきます。子供もますます少なくなってしまうでしょう。そんななかで、人間の未来について劇場という場で多くの人と同じ空気を共有しながら考え続けることが、本質的に意味があることなのかなと思っています。演劇やものづくりの空間、ものづくりの事業などを通じて皆が『いいね』と言いあえるような、皆が笑顔でいられるコミュニケーション空間をつくっていきたいです」
〈鳥の劇場〉
HP:https://www.birdtheatre.org/birdtheatre/
Instagram:@bird_theatre
【編集後記】
ガラスの仮面には夢中になった私ですが、正直なところ現実の演劇にあまり関心がありませんでした。しかしながら中島さんの語られる演劇にまつわるお話はどれもキラキラとワクワクにあふれていて、印象が変わっていきました。多くの知らない人と、同じ空間で舞台を観て、笑ったり泣いたり感情やイメージを共有する場。人間の力だけで見えないものを見せることができる場。そして演じるための衣装を作るなど、自分で行い、ときめくものづくりの場。子供たちは演劇に参加することで、個性を磨いたり、興味を持つ子が出てくる。大人たちが楽しそうに育んでいる文化がある環境を、とてもうらやましく感じます。今回も豊かさとはどういうことか、そして、難しい課題ほど面白がってどうすれば楽しくなるかを考えたい、と思いました。
(未来定番研究所 内野)
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第40回| 未来を見つめ、地域にひらかれた表現と創造の場を育む。〈鳥の劇場〉芸術監督・中島諒人さん。
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