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2019.03.19
未来を仕掛ける日本全国の47人。
F.I.N.編集部が1都道府県ずつ順番に、未来は世の中の定番になるかもしれない“もの”や“こと”、そしてそれを仕掛ける“人”をご紹介します。今回取り上げるのは、静岡県静岡市。丹波・篠山でセレクトショップ〈archipelago〉を営む小菅庸喜さんが教えてくれた、建築家・アーティストの大橋史人さんです。
この連載企画にご登場いただく47名は、F.I.N.編集部が信頼する、各地にネットワークを持つ方々にご推薦いただき、選出しています。
“心地良さ”を感じる「共」の空間を作り出す人
静岡県静岡市に事務所を構え、建築家・アーティストとして活動する大橋史人さんは、住宅や店舗の建築設計を中心に、展示空間の設計やアートイベントへの出展など幅広く活動しています。ご紹介いただいた、兵庫県篠山市で器や暮らしの道具を扱うお店〈archipelago〉を営む小菅庸喜さんは、「現代では、公的サービスや社会システ
ムなどの『公』と、スマホやプライバシー保護などの『私』が極端に強くなり、『共』の空間が弱まっていると感じています。そんな中で大橋さんは『共』の空間を作る人ではないでしょうか。承認欲求を求める共感とは違う、日本の田舎には少し残っている『共』を表現できているところが素晴らしいと思います」と話してくださいました。今回は、大橋史人さんの空間づくりの考え方や大切にしていることなどについてお話を伺ってみます。
F.I.N.編集部
今回は、大橋さんに空間づくりへの考え方、未来に繋がる空間づくりに必要なことなどについてお話を伺えればと思います。よろしくお願い致します。最初に、大橋さんが活動の拠点を置く静岡県静岡市について教えていただけますか?
大橋さん
気候が温暖で富士山が暮らしの一部にあります。私の住居兼事務所は海岸線に近く駿河湾が望める豊かな場所です。土地に高低差があるので食材が非常に豊富、冬は暖かくて雪がほぼ降らないし、雨も少なく晴天率が高いのも特徴です。夏も比較的涼しくて、とても快適で過ごしやすい土地です。私は神奈川県横須賀市の出身なのですが、温暖な気候が似ているせいかとても暮らしやすく居心地が良いですね。
F.I.N.編集部
それで、静岡に事務所を構えられたのですか?
大橋さん
住みやすさ、居心地の良さは理由の一つですね。ご縁があって静岡の建築設計事務所で勤務し、独立して建築設計事務所を立ち上げてから今年の秋で10年になります。東京でたくさんの仕事をこなしながら働くというよりは、1つの仕事にじっくり取り組みたい気持ちもあったことと、仕事関係の繋がりも広がっていたことで、その関係性を大切にしたいという気持ちもあって、静岡で事務所を構えました。
F.I.N.編集部
大橋さんは「建築設計」の枠を超えて、幅広く活動をされていらっしゃいますね。現在の主な活動内容を教えていただけますか?
大橋さん
住宅や店舗の設計・現場監理など建築家としての仕事が中心ではありますが、「FOAS FURNITURE」の名義でオリジナル家具や照明のシェードのデザイン・販売なども行なっています。暮らしにまつわる様々なものに以前から関心があって、これからももっと関わって幅を広げていきたいですね。あとはオーガニックの朝市や作家さんの展示空間など仮設的な空間構成のデザインを行ったり、建築家であり発明家でもあるバックミンスター・フラーが考案した哲学ともいえる「テンセグリティ」のモデルを作るワークショップも開催したりしています。また2018年に京都府木津川市が主催の「木津川アート」や静岡県掛川市で開催された「かけがわ茶エンナーレ」などのアートイベントへ作品を出展するなどアーティスト活動も行っています。今回推薦してくださった小菅さんとは、京都府船井郡京丹波町和知で開催された「森の展示室」に出展した際に知り合いました。
F.I.N.編集部
とても幅広く活動をされているのですね。そのような活動を始めたきっかけや理由などはありますか?
大橋さん
どの分野にも言えることですが、建築分野の常識、家具分野の常識というように各分野の中に“常識”が存在します。そして各分野でその常識が「正しい」という概念があると思うのですが、日常で人が暮らす中にはその分野による境界線はなくすべてが繋がっていますよね。だから自分の活動も、「建築」で区切る必要性はないのかなと。自分の興味や関心がある分野の知識を深めたり、その分野の専門家と関わり合うことで、その領域をまたいでいけるのです。そんな考えで一つひとつのプロジェクトに関わっていくたびに、見えていそうで見えていない新しい面があらわれて、そこに触れていくことが大事だと気づきました。
F.I.N.編集部
他の分野の方や環境に触れることで視野も広がって、それによってより良いものを生み出すきっかけにもなりそうですね。
大橋さん
建築設計事務所という肩書きや枠にとどまっていては何も変わらない。意識して枠を超えようとしているわけではないけれど、自然と枠に囚われないようになってきていますね。建築家なのにやっていることがずれていると思われることもありますが、自分の中では、すべてが繋がっています。設計事務所はつくったもの、デザインしたものだけで個性が語られてしまいがち。どんな職種のどんな人もそれぞれ生き方や働き方が異なり、それによって仕事の仕方も変化して活動する場が広がっていくのは自然なことだと思います。どうすれば暮らしやすい社会や環境になるのか、自分に何ができるのか、自分がどう関わればより良くなるのかを考えていく必要があるし、それを実践していくと結果的に枠というものを気にしなくなり、同じような志をもつ人同士の関係性が広がっていきますね。
F.I.N.編集部
大橋さんは、「空間を作ること」「空間の意味」についてどのような考えをお持ちですか?
大橋さん
大切にしていることは、“心地良いと感じられる場を作り出すこと”。どんな仕事でもこれに立ち返るようにしています。例えば住宅だと、陽が当たって気持ちいい、ひんやりした日陰が気持ちいい、風が吹き抜けて心地良い、風景が眺められて心地良いといったように、場所や条件によってさまざまな心地良さの種類が現れてきます。家具を作る場合は、その場の状況に合わせた形、高さ、素材などが心地よさに繋がる。住宅も家具もそのものがもつ心地よさと共にそのものがもたらす空気感から心地良さを考えられないか?と常に意識しています。それに対してアートや展示の空間構成などの場合は、仮設的な場所だからこその賑わいや、作品をよりその場に相応しい条件で示すにはどうすればいいかを考えています。例えば、木津川アートの作品は、田園風景の残る地域の小さな神社の参道と田圃に作品をつくりました。そこからは、日常の中に埋没してしまっているけれど、なんとも美しい風景が広がっていました。その風景を感じられるように、風景を切り取れる壁と木のフレームを制作。稲藁でつくった壁に囲われた中でお茶会をおこない、ゆったりとした気持ちでここからの風景に触れてもらえる場をつくりました。小菅さんが話してくださったのは、結果的にそれが「公」でも「私」でもない、このような何かと向き合う場を作り出せていると感じてくださったのでしょうか。意識して作り出そうとしているわけではないのですが。
F.I.N.編集部
それが「共」の場づくりに繋がるのかもしれませんね。
大橋さん
人間が感じる快適性や日本人が感じる快適性、例えば日本人なら畳のない生活を送っていたとしても、畳のある空間があると寝転がりたくなるしくつろげる、DNAに刻まれた感覚のようなものに触れることが、結果的に普段気づいていない感覚を呼び覚ますきっかけになるのかなと思います。そしてそれが、落ち着きや心の解放に繋がるのかもしれません。快適さや心地良さを共有できる場だからこそ、知らないもの同士、話し始めてしまうとか、子どもたちが自然とはしゃいでいるとか、その空間で予想しない方向に、広がりや繋がりが生まれていくことを感じてもらえたら嬉しいです。田舎なら空き地などの広いスペースがあると、子どもたちはそこで自然と遊びを作り出して、知らない子同士でも遊べてしまう。僕が目指している“場“は、それに近いのかなと思います。具体的にウケることを狙いすぎてもひろがりはつくり出せない。心地良さの質や何を求めているのか、目に見えない部分を扱っているという感覚でいます。空間デザインやアート作品をつくるときはコンセプチュアルにせめられるので、よりその感覚的な部分を感じてもらいやすいのではないでしょうか。
F.I.N.編集部
小菅さんと出会うきっかけになった「森の展示室」ではどのような作品を展示されたのですか?
大橋さん
森の展示室では、兵庫県神戸市の茅葺職人・相良育弥さんとの共同作品を展示しました。木の幹に縄を固定し人が二人くらい寝転がれる、鳥の巣のような空間を作りました。あえて、ツリーハウスのようなしっかりした構造ではないつくりとしました。イベントのテーマが「森の中の線」でした。自然と向き合い人間と森との間に線を引く時、建物の中にいると境界が明確となり守られますよね。そうなると自然は鑑賞するもので自分とは切り離された状態に感じられます。そうではなく、鳥の巣の薄くやわらかく包まれた空間の中で、より近くに自然と向き合える状態を作りたかったのです。自然の中にいて不安になるような、でも守られているようなギリギリの境界線。外の風景は視覚的にはっきりと感じられないけれど、隙間から木々のひろがりが見えたり、風の音が聴こえたり、隙間から入る風の冷たさや茅の匂い、差し込む光を感じたりできる。やわらかく遮断されることによって、森との向き合い方が変わり、五感が研ぎ澄まされる感覚。巣に入るという経験っておそらく誰もしたことないし、この先も経験しないであろう空間に、子どもだけでなく大人からも、普段体験できない経験に心躍った方は多かったようです。
F.I.N.編集部
現代の日常ではなかなか経験できない感覚かもしれませんね。とても興味深いです。最近では京都にあるホテルのコンセプトルームを手がけられたそうですね。
大橋さん
京都府綾部市の伝統工芸である黒谷和紙の職人・ハタノワタルさんと共に、ハタノさんの絵画や和紙でコンセプトルームをつくるというプロジェクトで、空間とコンセプトに携わり、「oku」というテーマで表現しました。〈ホテルカンラ京都〉は、「洛」を「感じる」が由来、テーマになっています。「洛=都」を感じるということは、「京都」を感じること。僕にとっての京都とは、「奥行き、奥深さ、奥ゆかしさ…」など、奥に関連するキーワードが浮かび、京都の「oku」とはなにか?をテーマに空間を構成しました。宿泊施設ということもあり、ハタノさんの作品のもつ奥行きと京都の奥深さが重なって、旅の途中、この部屋に泊まることで、各々の意識の中の「oku」へと旅立てるようなしつらえや仕掛を施したので、是非多くの方に宿泊体験していただきたいです。
F.I.N.編集部
観光だけでなく、泊まることでも「京都」の魅力が感じられるような素敵な空間なのでしょうね。大橋さんの「空間づくり」において、今後の展望などをお聞かせください。
大橋さん
目に見えるものを作るのが建築・家具のデザインだとしたら、作られたものによってはじめて目に見えない“空気感”や“心地良さ”が生まれると思っています。その“空気感”を作るために、住宅や店舗などの建築、室内空間は継続して携わっていきたいです。京都のホテルや「森の展示室」での展示などは、その“空気感”に一度にたくさんの人に触れてもらえるので、そんな機会をもっと増やしていけたらいいですね。自分が大事にしているものに共感してくれる人がまだまだいるはずと信じています。今までと変わらず自分のスタイルを保ちながら、活動を広げていきたいです。
F.I.N.編集部
最後に、地方事業や伝統産業など、「地方のこれから」について、どんなことが必要だと考えていますか?
大橋さん
衰退してしまっている伝統や地域の行事、習わしがあって若い人や後継者がいないという問題があることを耳にしますが、一人でもその文化や伝統的なものに関心を持って引き継ごうと、弟子入りする人がいる、ということを同時に聞いたりしていることも事実。その人たちは、客観的に現状を見ているからこそ、その伝統や文化に寄り添い、自らが関わり残していきたいと感じるのでしょう。現状の流れではなくなってしまうかもしれないこともあるけど、客観的にみられる人が関わることはいいなと。今回〈ホテルカンラ京都〉のお仕事に誘っていただいた和紙職人のハタノワタルさんも、伝統工芸師としての確かな技術を持ちながら、その先を意識して、和紙を用いてプロダクト製品としてデザインしたり、床や天板にも貼れるように耐久性をあげたりして、和紙が古くからもつ特性を大切にしながら新しい要素をうまく融合させている方です。そのような活動の積み重ねで、世の中が黒谷和紙だけでなく、広く和紙全体の魅力に気づかされるんです。伝統的な手法だけではなく、今の時代に合う感性を加えていき、そこに焦点を当てつつ進んでいけば、新しい何かが生まれるのではないでしょうか。現代の人が魅力を感じる要素をみつけて、継続できる仕掛けを施すことが大事。大事なことは意外なところに潜んでいる。それに気づけることが必要なのですよね。また何事も一人ではできないので、目に見える形で客観的に状況をみられるたくさんの人に携わってもらうことも大切。関わり合うことにより、それを伝えようとする行為が生まれるのです。人との関わりから生まれる要素を整え、意識を共有していくことをもっと大事にしたいですね。私の仕事でいうと、図面を描くことだけではないそれ以外のコミュニケーションが実はかなり大事だなと。共有すると何かわくわくするような共通認識をもって、これから携わるものことや暮らしに寄り添っていきたいですね。
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