今、興味を持ったことを学ぶ場や手段が、以前よりも多様に広がっています。ただ知識を増やすのではなく、新しい視点と出会い、自分自身の世界が広がっていく。そんな体験に、本質的な豊かさを感じる人が増えているのではないでしょうか。知ったり学んだりする経験は、人や社会に何をもたらすのか。そして、これからの暮らしとどのように繋がっていくのか。さまざまな目利きたちとともに探っていきます。
全国13の地域を巡り、現地で暮らしながらプロジェクトに取り組む〈さとのば大学〉。地域を「学びの場」とし、社会との関わりのなかで主体性を育む、新しいスタイルの市民大学です。今回は発起人の信岡良亮さんに、なぜ地域を学びの場に選んだのか、そして「自分ごと」から始まる学びとは何かを伺いました。
(文:大芦実穂)
信岡良亮さん(のぶおか・りょうすけ)
〈さとのば大学〉理事長、発起人。1982年生まれ。同志社大学卒業後、東京でITベンチャー企業に就職。大きすぎる経済の成長の先に幸せな未来があるイメージが湧かなくなりその後退社。人口約2,400人の島根県海士町に移住し、2008年仲間と共に「持続可能な未来へ向けて行動する人づくり」を目的に起業。6年半の島生活を経て再び上京。都市側からもアプローチし、都市と農村の新しい関係をつくることを目指し、〈さとのば大学〉を運営する〈株式会社アスノオト〉を創業。
誰かの課題ではなく、自分の問いから始める「マイプロジェクト」
F.I.N.編集部
〈さとのば大学〉は、座学だけでなく、地域から学ぶなど、一般的な大学とは異なる学びを実践されています。具体的にどのようなことをされているのか教えていただけますか?
信岡さん
「地域を旅する大学」というキャッチコピーを掲げ、学生たちは北海道から鹿児島まで、連携する13地域のなかから留学先を選び、1年ごとに地域を移りながら、卒業までに4地域を巡ります。
学びの軸となるのは、プロジェクト学習です。社会起業家を育てる、というと少し大げさかもしれませんが、自分で課題を見つけて、自分なりの仮説を立て、検証できるようになっていくといいなと思っています。
プロジェクトの内容は、本人が興味関心のあることであれば、なんでもOK。例えば、ご当地パンを開発するとか、自然農の田んぼをやるとか、本当になんでもいいんです。
島根県海士町(あまちょう)で田んぼ作業を行う学生の様子
F.I.N.編集部
なぜ、プロジェクトを学びの中心に置いたのですか?
信岡さん
名誉学長を務める井上英之が、プロジェクトを学びの中心に据える「マイプロジェクト」の提唱者の1人なんですね。僕自身、マイプロジェクトの考え方に深く共感したというのが最初の理由です。
通常のプロジェクトというのは、例えば会社員であれば会社側が設定しますよね。目標が他人に設定されているので、どうしても成果を出すことが目的になってしまう。マイプロジェクトは、「自分は何がしたいか」から始まり、さらに「社会に向けてどういう問いかけがしたいか」という、自身の気持ちと強く紐づいています。自分がやりたいことだからこそ、いろいろピボットしながら、最終的にゴールに向かっていけるエネルギーがあると考えています。
F.I.N.編集部
地域の人と関わりながら学ぶなら、地方創生プロジェクトというカタチもありえそうです。あえて“大学”という仕組みを選んだのは、なぜですか?
信岡さん
地方創生プロジェクトとして社会人が取り組むとどうしてもどう稼ぐかが中心になりがちですが、それ以外にも地域だから学べることがたくさんあります。地域活性化の多くは貨幣経済のなかの話なので、社会の根本的な仕組み(社会OS)は変わらないわけで。僕が変えたいのは、都市に人が集まる社会から、地域に分散していく社会なんですね。よく「トリプルエコノミー」という言い方をするのですが、貨幣経済、自給経済、贈与経済の3つを使って生きるということです。貨幣経済は今のところ都市のほうが有利ですが、知的生産の仕事はオンラインでも成立する。一方で、自然とともに生きる自給経済と、人を頼って生きる贈与経済は、都市ではなかなか育たない。3つ全部を使える地域のほうが、皆で豊かになれると思っているんです。じゃあどうやったら社会OSまで変えられるかというと、それにはやっぱり時間が必要なんです。
F.I.N.編集部
でも、会社員にはあまり時間がない……。
信岡さん
おっしゃる通り。しかも日本は、自己学習に投資する時間がすごく少ない。スウェーデンなどでは教育やキャリアチェンジのために、最大1年間の休暇を取れる公的な制度が整っていたりしますが、日本はそうではありません。一方、日本では、高校卒業後、多くの若者が大学に進学しますし、すでに4年という時間と、学ぶための予算が確保されている。だから、大学という仕組みが、社会へ与えられるインパクトが大きいのではないかと思ったんです。
アウェーに行き、ホームを増やす。地域を巡る意味
F.I.N.編集部
信岡さんの言う「地域」には、東京や大阪のような大都市は含まれないですよね?
信岡さん
メインは、人口1万人以下の小規模な地域です。というのも、都市では社会の仕組みが見えにくく、仕事の背後にいる人の存在を忘れやすい。一方、以前僕が暮らしていた島根県の海士町(あまちょう)のような場所では、運送業者が数人しかいないので、誰かが風邪をひくだけで島の運送が半分止まってしまう。一人ひとりの営みの上に暮らしが成り立っていることを、リアルに体感できます。
F.I.N.編集部
学生の一人ひとりが地域に与える影響力にかなり差がありそうです。
信岡さん
そうですね。でも、各地域には1年くらいいないと、その場所の喜びとか悲しみは味わいきれないと思っています。東北の方には「夏のいい季節じゃなくて、冬の雪かきを一緒にしてほしいんだよな」と言われたりします(笑)。だから、最低でも1年。
一方で、1つの地域に何年もとどまるのも、もったいない。1つの地域でうまくいったことが別の地域では通じなかったり、逆に自分は社会とうまくやっていけないかもと思っていた学生が、違う場所に行くとすごく必要とされたりする。環境を変えると、評価も自分の得意不得意も変わってくるんです。今いるコミュニティだけに隷属するのではなく、アウェーに行ってホームをつくる。依存先を増やして自律性を高めることが、これからは大事になると思っています。
F.I.N.編集部
学生が地域に入ることは、地域にとってもプラスになりますか?
信岡さん
地域側も人材を求めています。よくいうのが、地域にはお金を持っている「富裕層」と、やる気があって時間もある「浮遊層」の2種類の「ふゆう」層が必要だという話で。地方にはフリーランスのような「浮遊層」があまりいないので、新しいことを始めようとしても、右腕になる人がいない。そこにさとのば生が関われたら理想だと思っています。
学生が企画した地域の方々と繋がる「朝ごはん会」の様子
チャレンジしたことが、自身の経験として生きてくる
F.I.N.編集部
さとのば生にはどんな方が多いのですか?
信岡さん
高校を卒業した18歳前後の学生が中心で、都市部と地方の両方から集まってきます。ずっと都市で暮らしているから地域に行ってみたいという人もいれば、いつかは地元のために頑張りたいから修行をする、という学生もいます。ここにたどり着いた学生たちの性質としては、今の社会にモヤモヤしているとか、ギラギラしたアントレプレナーシップ(起業家精神)というよりも、もっと等身大で、手触りのある仕事がしてみたいという人が多いですね。
F.I.N.編集部
手触りのある仕事ですか。少し前までは多くの人がIT業界を目指していたのに、時代の変化を感じます。皆さんどんなプロジェクトを実行しているのでしょうか?
信岡さん
岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)に行った学生は、子どもたちに食と職の「2つのしょく育」を行うプロジェクトに取り組みました。西粟倉村は林業が盛んな一方、深刻な獣害に悩まされている地域です。にもかかわらず、地元ではあまりジビエが食べられていないと知り、まずは子供向けに「鹿肉のハンバーガー料理教室」を開催しました。実際にジビエを加工している方に教えてもらいながら、皆でハンバーガーを作ったんです。そこから地域の方とのご縁も重なって、イベントに参加してくれた小学生と一緒に、学校給食のレシピも開発することができました。実際に給食にもなって、幼稚園児から中学生まで約180人の子供たちに食べてもらいました。
鹿肉のハンバーガー料理教室で子供たちと一緒に作ったハンバーガー
F.I.N.編集部
たしかに、都心ではできなさそうなプロジェクトです。とはいえ、そこまでに着地させるのは簡単ではなさそうな……。
信岡さん
たくさん失敗してますよ(笑)。でも、チャレンジって7〜8割は失敗するものだと思っていて。だから、「トラブルがたくさん起きるのが挑戦のしるしだからね」と学生には伝えています。未知のものにチャレンジすると、基本的には失敗する確率が大きいのですが、「失敗の祝福」という言葉があって、学びってそういうチャレンジを含めたものだと思っています。失敗しても、いいチャレンジだったねと言ってくれる地域が多いし、大学生だからこそ失敗できるところもあるじゃないですか。大学生って、おいしい期間だと思いますよね。
F.I.N.編集部
そうした4年間を過ごした学生は、卒業後どこへ向かうんですか?
信岡さん
卒業後の進路は、大企業と地域就職が半分半分です。これだけ自分で動ける人材って、今すごく貴重で。今年の4年生に就活どう?って聞いたら、無双してますっていう表現が返ってきました(笑)。20社受けて9社ぐらい最終面接まで進んだそうです。
F.I.N.編集部
無双!羨ましいです。
信岡さん
学生は、自分で経験を積むことに慣れていて、人間、経験したことは話せるじゃないですか。すると、面接時にテンプレート的な回答でなく、実体験の話ができるわけです。何を聞かれても、自分の言葉で返せるのが大きいと思います。
生涯学び続けることで、オリジナルキャリアをつくる時代
F.I.N.編集部
最近はAIを通しての学びも身近になりました。それでも実際にその場に足を運んで学ぶことは、どんな価値があると思われますか?
信岡さん
仕事がAIに代替されるとよくいわれますが、AIに置き換えられるような仕事は、ここ50〜60年くらいの間に生まれたものだという話があるんです。例えば、コンサルティングや事務など、パソコンや頭を使う仕事ですね。
一方で、農業や建設業のように昔からある仕事は、まだまだAIには代替できません。そう考えると、頭を使う仕事をしていた人は一部しか残らず、中間層の仕事は減っていくかもしれない。結果として、体や心を使う仕事の価値が、これからはより高まっていくのではないかと思っています。
F.I.N.編集部
そうしたなかで、学ぶことそのものはどう変わっていくのでしょうか?
信岡さん
学ぶと働くが、シームレスになっていくと思っています。これから、自分がどんな仕事をして、どんな暮らしをするかさえわからない時代が来ると思います。だからこそ皆学び直しをし続けるんじゃないかと。職業も転々としながら、3つの仕事を掛け合わせて自分のオリジナルキャリアをつくるような世界になっていく時に、結局、学び続けられる人が一番強い。学び続けるための筋トレ方法を学ぶのが、大学生の間なんじゃないかと思っています。
【編集後記】
信岡さんにお話を伺い、人や地域の中に入って学ぶことで、調べるだけでは気づけない自分の一面が見えてくるのだと感じました。ある場所ではうまくいかなくても、別の場所では必要とされることがある。実際にやってみることで、自分にできることが分かり、次の選択肢も増えていくのだと思います。
また、取材の最後に、「自ら動ける人と動けない人の違いは、どこから生まれるのでしょうか」と尋ねました。そのなかで信岡さんから伺ったのが、リーダーシップだけでなく、周りにいる人がどう支えるかという「フォロワーシップ」も大切だというお話です。うまくいかなかったとき、それを挑戦した人だけの責任にしてしまえば、次に手を挙げる人はいなくなってしまう。たしかに、その通りだと思いました。
自分がどう行動するかというだけでなく、誰かが動いたときに、周りにいる自分はどう振る舞うか。とても大切な視点を教えていただきました。
(未来定番研究所 榎)