2026.08.26

学び合いから生まれた街の居場所。アーティストの宮田明日鹿さんと〈港まち手芸部〉の10年。

今、興味を持ったことを学ぶ場や手段が、以前よりも多様に広がっています。ただ知識を増やすのではなく、新しい視点と出会い、自分自身の世界が広がっていく。そんな体験に、本質的な豊かさを感じる人が増えているのではないでしょうか。知ったり学んだりする経験は、人や社会に何をもたらすのか。そして、これからの暮らしとどのように繋がっていくのか。さまざまな目利きたちとともに探っていきます。

 

今回F.I.N.編集部が伺ったのは、愛知県名古屋市港区で2017年にスタートした〈港まち手芸部〉。予約不要・手ぶらで誰でも参加でき、参加者同士で手芸を教え合うコミュニティです。主宰するのは、アーティストの宮田明日鹿さん。10年かけて育まれてきた、誰しもがフラットに学び合える場が手繰り寄せたキーワードを通して、これからの学びのあり方を探ります。

 

(文:船橋麻貴/写真:中垣聡)

Profile

宮田明日鹿さん(みやた・あすか)

アーティスト。1985年愛知県生まれ。テキスタイル、ファッション、現代美術の領域で手芸、改造した家庭用電子編み機などの技法で作品を制作。自分や他人の記憶を用いて新たな物語を立ち上げ、顧みることなく継承されてきた慣習や風習に疑問を投げかけている。近年では、手芸文化を通してさまざまな街の人とコミュニティを形成するプロジェクトを各地で立ち上げている。おしゃべりしながら編む手を動かし、さまざまな世代が学び合い、何気ない会話を交わすなかで、見過ごされてきた出来事や家のなかの事柄も社会と密接に繋がっていることを参加者自身が再認識する作業を試みている。

https://asukamiyata.com/

https://www.instagram.com/minato_shugei/

【脱・先生】誰か1人に頼らないための「学び合い」

地域の拠点スペース「港まちポットラックビル」の一角で、毎週木曜日に開催されている〈港まち手芸部〉。小学生からシニアまでさまざまな世代が同じテーブルを囲み、それぞれが手を動かしています。

 

印象的なのは、誰かが特別に主導権を握るわけでもなく、それでいて手芸の技術と知恵が引き継がれている不思議なフラットさ。誰かが「ここ、どう編むんだっけ?」とつぶやけば、隣に座っている人が覗き込み、そっと教えています。お互いに持っている技術と知恵が、当たり前のように手渡されていきます。

〈港まち手芸部〉が生まれたきっかけは、宮田さん自身が地域の人から編み物を教わりたいと思ったこと。1人で習うのは続かないからと、街の人たちが集う場として立ち上げた

「実は最初、ここ港町で手芸店を営んでいた行田(貞子)さんに、先生になってもらってスタートしたんです」と、宮田さんは立ち上げ当時を振り返ります。

 

「でも、行田さんが何でも教えられるから、行田さんばかりが大変になっちゃって。ほかの参加者のなかにも手芸が得意な人がいるのに、『私なんて教えられないわ』と遠慮しちゃったり、一般的な教室のように『先生を立てなきゃ』という空気になったりして」

 

誰か1人に依存すると、その人が抜けた時に場が立ち行かなくなる。それに、「教える/教えられる」という固定された関係性では、一人ひとりが主体的に関わりづらくなってしまう。そんな構造に気づいた宮田さんは、「先生と生徒」という関係性を丁寧にほどき、自身も1人の参加者・伴走者として立ち位置を変えながら、「皆で教え合い、学び合う場」へと舵を切りました。

 

「〈港まち手芸部〉で教わった技術を、別の参加者に教える。教えることを全員で共有すれば、誰も大変にならない。手芸の技術だけじゃなく、人生の先輩から暮らしの知恵を学ぶこともありますし、若い世代の感覚から年上世代が学ぶこともある。それぞれの経験や背景を想像しながらフラットに学び合う、そういう場にしたいと思ったんです」

一方的に教える場ではなく、誰もが教え手であり学び手になり得る「循環」。誰か1人が頑張りすぎなくても、自然と場が回り続ける仕組みが〈港まち手芸部〉が10年続いている理由なのかもしれません。

【脱・私なんて】技術を可視化し、作り手を肯定する

手芸部に通う参加者たちの手元では、驚くほど緻密で高度な技が次々と繰り出されています。宮田さん自身も感心する一方で、「ただの趣味だから」「家でやっているだけの、たいしたことないもの」といった謙遜の言葉が返ってくることが少なくなかったといいます。

 

「こんなに素晴らしい技術を持っているのに、皆『私なんて』って言うんです。それがすごく疑問だったんですが、社会の構造のなかで、女性の手仕事や家庭内でのケアワークって、ずっと『無償の趣味』や『たいしたことないもの』として扱われてきた歴史があることに気づいたんです。家庭内で疎まれたり、価値を低く見られたりされてきたことが、そういう言葉を発する人のなかで内面化されちゃっている。その構造自体に違和感を持つようになりました」

そこで宮田さんは、〈港まち手芸部〉で出会った人々の手仕事とその作品にまつわる物語を書籍『Knitting ’n Stitching Archives.』(ELVIS PRESS)にまとめ、その技術を「可視化されたアーカイブ」として社会に提示。ただの作品集にとどまらず、手芸の技術や思い、手芸にまつわる個人的なエピソードを丁寧に拾いあげることで、「ただの趣味」と埋もれかけていた日常の営みが、社会と繋がる豊かな文化であることを示しました。

 

「皆で褒め合いながらやっていくうちに、少しずつ謙遜する言葉が減ってきたり、『私にできることなら次の世代に教えたい』と言ってくれるようになったり。〈港まち手芸部〉の活動は、自分たちが持っていた価値に気づき直していくプロセスでもあったような気がします」

『Knitting ’n Stitching Archives.』には、〈港まち手芸部〉で出会った1926~1963年生まれの7人の作り手の作品や物語が収められている

「趣味的な活動」として矮小化されてきた営みを可視化して、互いに称え合う。手芸を通してその価値を取り戻していくプロセスは、現代の「学び」が持つもう1つの重要な役割なのかもしれません。

【自己紹介はいらない】手芸という共通言語でひらく関係性

編み棒やかぎ針が動き続ける一方で、おしゃべりも止まりません。和気あいあいとした雰囲気のなかに、参加者たちの仲の良さが垣間見えます。ところが、「ここでは、5回目くらいでようやくお互いの名前を聞き合う、なんてこともよくあるんです」と宮田さんは笑います。

 

「『○○について話しましょう』って言われると構えちゃうけど、ここには『手を動かす』という共通の目的がある。『今、何を編んでいるんですか?』という手元の話題から自然に入れるから、出身も肩書も自己紹介もいらないんです」

一般的なコミュニティやワークショップで求められがちな自己紹介を、あえて手放す。〈港まち手芸部〉ならではの「手を動かす」という媒介があるからこそ、初めて訪れた人も、夏休み中の小学生も、ベテランのシニアも、構えることなくスッと同じ空間に馴染むことができます。

【言葉を添える】違和感や無意識の偏見を持ち込まないために

柔らかな雰囲気が漂う〈港まち手芸部〉に、宮田さんが2023年に設けたのが、誰もが傷つかずに安心していられるための「グランドルール」。年齢も育ってきた環境も政治的な考え方も異なる人々が集まるからこそ、無意識の偏見や価値観の衝突が生じる場面もあります。

 

「例えば勝手に性別を決めつけちゃったり、相手の見た目や背景に無自覚に触れてモヤモヤさせてしまったり。本人は悪気がなくても、言われた側は傷つく。私自身もフェミニズムや社会構造、権利のことを学ぶなかで、そういう違和感に気づけるようになって。誰かが我慢したり傷ついたりするのを放っておきたくないと思ったんです」

LGBTQ+のコミュニティなどで大切にされているルールを参考に、「グランドルール」を作成。そこには、相手の属性を勝手に決めつけないこと、外見についての言及に気を配ることなどが掲げられています。

 

「最初は伝えるのにすごく緊張しました。でも、一度伝えて終わりではなく、気になったら1対1で対話をしたり、繰り返し伝え続けたりすることが大切なんだと実感しています」

 

さらに近年では、能登半島地震の被災地・珠洲で〈本町手芸部〉を立ち上げたり、パレスチナ支援の企画でモチーフを編み繋いだりと、日常の小さな手仕事が社会課題や政治、ケアへのアクションへと繋がっています。

 

「パレスチナのことを突然話すのは難しくても、『手芸部でこういうモチーフを編んだんだ』という作品を通せば、日常のなかで社会や世界で起きていることについて話すきっかけになる。個人的な手作業と、社会の理不尽に対する問いは、ずっと繋がっていると思うんです」

ニットを通じて、ガザの子供たちに「エール」と「支援」を届けるアクション「KNIT4GAZA」の企画で、〈港まち手芸部〉の参加者たちが編んだモチーフを1つに繋ぎ合わせた

誰もが傷つかず、安全で自由にいられる場所を目指して設けたグランドルール。そんな土台ができたことで、参加者自身が社会に対する視点を広げたり、違和感や問いに気づいたりと、次のアクションへと紡がれていくようです。

【変わりなくある】ただ「そこにあり続ける」ことの価値

2017年の活動開始から、毎週木曜日に開催を重ねて10年目。社会の変化や目覚ましい成果ばかりが求められがちな現代において、〈港まち手芸部〉が示しているのは「持続すること」そのものの価値です。

 

「毎週毎週開催して、10年やり続けることの意味って何だろう?と考えることもあるんです。でも、地域に住んでいる人たちの人生には、それぞれのタイミングがあります。『親の介護が終わったから』『仕事を退職したから』『育休中だから』。7年目、8年目になって初めて手芸部にやってくる地域の方もたくさんいるんです。その人たちが『行ってみよう』と思えた瞬間に、そこに変わらずあり続けること。10年毎週やってきたからこそ、長く維持し続ける意味があるんだと気づきました」

宮田さんがお休みする週があっても、別の参加者が自然と場を回してくれるという。そんな信頼と仕組みがあるからこそ、無理なく10年間開かれ続けている

「これから近くの喫茶店にコーヒー飲みに行く?」「展示やってるから上の階に行ってみようか」。2時間の活動時間が終わると、示し合わせたわけでもなく、参加者たちは部活動の「続き」を楽しむために街へ繰り出します。

 

参加者たちは、ここで一体何を学び、何を持ち帰っているのでしょうか。そんな問いを投げかけると、宮田さんからはこう返ってきました。

 

「ここで何か特別なスキルを得て帰るというより、普段交わらないような人たちと出会って情報共有したり、他愛もない会話をして『楽しかったな』って帰ってもらえたらそれでいいと思うんです。私自身もこの10年で、いろいろな大人の生き方や元気な年の重ね方を知ることができたし、自分の当たり前を疑うきっかけをもらいました。〈港まち手芸部〉の活動を通して、私自身が人として大切な感覚を学ばせてもらえたと感じています」

【編集後記】

港まちポットラックビルに入り、すぐ感じたのはアツすぎる熱気でした。学園祭の準備を彷彿する、気合いのような、もうすっごく楽しい!という感情が場にあふれ、仲がいい、というのとも少し違う確かな何かがありました。様子をうかがっているとその輪に皆さんが入れてくださり、これは今何を編んでいるかや、できあがりつつある作品やときめく大型手芸店のことなどをお話ししてくださいました。ここでは技術や知恵が惜しみなく受け渡しされ、皆でやっているけれど1人でもあり、お互いにリスペクトがあるのが素晴らしく、場と時間を皆さんが大切にされているのを実感しました。編み物の持つ力を日頃よりひしと感じていますが、市井で素晴らしい技術を培ってきた作り手を尊重する宮田さんの姿勢に、大きな学びを得ました。

(未来定番研究所 内野)

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