今、興味を持ったことを学ぶ場や手段が、以前よりも多様に広がっています。ただ知識を増やすのではなく、新しい視点と出会い、自分自身の世界が広がっていく。そんな体験に、本質的な豊かさを感じる人が増えているのではないでしょうか。知ったり学んだりする経験は、人や社会に何をもたらすのか。そして、これからの暮らしとどのように繋がっていくのか。さまざまな目利きたちとともに探っていきます。
「ヤスダ屋」として、料理教室、ケータリングなど、食にまつわる活動を行う安田花織さん。その活動の根底にあるのが、国内外の各地に足を運び、その土地に根づく食文化や暮らしの知恵を探るフィールドワークです。東北や北陸、滋賀、韓国、タイなどを訪ね、土地の人とともに作り、食べ、話を聞きながら学びを重ねてきました。学ぶことで、見える世界や暮らしはどう変わっていくのでしょうか。「自らの学ぶこと」がもたらすものについて伺いました。
(文:竹田理紀/写真:嶋崎正弘)
安田花織さん(やすだ・かおり)
「ヤスダ屋」主宰。在日韓国人の祖母と農家の日本の母の味、2つの豊かな食文化に触れながら育つ。土地に根ざした食文化を学びに各地に足を運ぶかたわら、見聞きした先人達の知恵を今の暮らしに落とし込む料理教室や食のイベントを開催している。
Instagram:@yasudaya
「知らなかった」と気づくことから学びは始まった
安田さんがフィールドワークを始めたのは、30歳の頃。それまでは、フェアトレードを軸に、生産者とのつながりを大切にする飲食店で働いていました。農家から届く、季節ごとの食材を使って料理を作る日々。生産者と直接やりとりをするなかで、ある時、自分が思い描いていた食の風景と、実際の生産者の暮らしとの間にある隔たりに気づいたといいます。
「農家さんから『新米ができましたよ』と連絡が来た時に、『どうやって食べてますか?』って聞いたんです。炊きたてをそのまま食べるのかな、梅干しと食べるのかな、と想像していたら、『それどころじゃない』って。収穫の時期は、食べる暇もないくらい忙しく、食べているのは古米や古古米だという話を聞いたんです。りんご農家さんに家でよく作る料理をたずねた時も、『出荷で大忙しだから、こっちが聞きたいくらい』と返ってきたこともありました」
10年ほど飲食の仕事をしてきたはずなのに、「食のことが全然見えていない」と気づいた安田さん。
「一番大事な根っこの部分を知らないなって。その時、30歳だったので、40歳までの10年間は、いろんな地域に行ってみようと思ったんです。生活はバイトでも何でもすれば何とかなるだろうって。その時の私には、知らないことを学びに行くことの方が価値があると思ったんですよね」
そうして、自然や生産者の都合に合わせて自由に動けるよう、店を辞め、各地へ足を運ぶ生活へと舵を切りました。
「知っているつもり」が覆された現地での出会いと学び
初めは知人に生産者を紹介してもらい、農作業を手伝うなどしてフィールドワークを始めた安田さん。そこから人の輪が広がり、土地の文化や暮らしに触れる機会も増えていきました。現地に行くたびに、知らなかったことを知るだけでなく、自分の中にあった「こうだろう」が覆されていく。そのことに面白さを感じていったといいます。
「神楽を見に岩手を訪れた時のことです。石鳩岡(いしはとおか)神楽の方々が『食に興味があるなら門付について来なよ』と誘ってくれて、同行させてもらいました。家に災いが起こらぬよう、繁栄していくよう家々に芸を納め、そのお礼に漬物や郷土料理が振る舞われるのですが、最後神社での奉納後の直会(なおらい)(※)で、千切りの野菜と餅が入った雑煮をいただいたんです。作ってくれたおばあちゃんに『岩手のお雑煮って、こんな感じなんですね』って言ったら、『違うよ。うちは南部藩だから』って言われたんです」
(※)神事や祭りのあとに、神様にお供えした酒や食べ物を参加者でいただく儀式。
岩手県内に、かつて南部藩と伊達藩という異なる文化圏があったことは知っていたものの、それが今も土地の暮らしや食文化に息づいていることに驚かされたと安田さん。
「その視点を持って改めて歩いてみると、同じ岩手県内でも食文化が違うし、かつて南部藩だった地域には、今の県境を越えて似た食文化が残っている。今の地図では見えないものが、自分で足を運ぶと見えてくるんです。もっと細かく見れば、川向こうとこっち、山向こうとこっちでも違う。行くことで知らないことが見えて、ようやくそこから学べるというか」
南部藩と伊達藩というフィルターで東北を見るようになったことで知った「八助梅」。梅といってもあんずの一種で、種を抜いてから漬け、さらに赤紫蘇で包み、1〜2カ月間保存瓶の中で馴染ませる
1つ知ると、それまで見えなかったものが見えてきて、そこからまた新しい疑問が生まれる。
「思っていたのと違う」という経験を重ねるうちに、知らないことの多さそのものが、安田さんにとってフィールドワークの面白さになっていきました。
「自分が『こうだろうな』と思っていることって、思っていた以上に小さいんだなって。外に出ることで、それを知れるんです」
正解を覚えるのではなく「組み立てる力」を育てる
フィールドワークを重ねるうちに、安田さん自身の「見る目」も少しずつ変わっていきました。それがよくわかるのが、各地で撮ってきた写真だといいます。
「以前の写真を見ると、自分が何を見ていたのかがすごくわかるんです。おばあちゃんの手元とか、いかにも郷土料理らしいものばかり撮っていたり。井戸に花が落ちているのを見て、『素敵』と思って撮っていたり(笑)。でも振り返ると、その横にもっと見ておきたかったものがいっぱいある。写真って、その時の自分の考えがすごく出ると思うんです。見たいものしか見ていないというか」
タイの北部、カレン族の村に行った時の写真。「この家は高床式になっていて、洗い物の水や生ごみは下にいる鶏や豚の餌になります。ミニマムなスペースに無駄のない知恵が詰まった台所だと、写真を見るたびに思います」
今では料理そのものだけでなく、どんな道具を使っているのか、周囲に何があるのか、その土地の環境や人の暮らしにも目が向くように。見えるものが増えれば、そこから新たな疑問も生まれます。わからなければ、もう一度その土地へ行く。そして、教わったことを自分でもやってみる。それも安田さんが学ぶうえで大切にしてきたことです。
「疑問が湧かないということは、まだ見えていないということなんです。自分でやると、圧倒的に相手と話せる共通言語が増えるんですよ。失敗したら、『失敗しちゃったんですけど』って聞けば、『どうした?』って、そこからまた話が始まるので」
そうして経験を重ねるうちに、安田さんの中には、個々のレシピだけでなく、その料理が成り立つ仕組みや考え方が蓄積されていきました。
例えば、へしこを作る時に余った魚の頭は魚醤に。少しずつ残った豆や麹は、まとめて味噌にする。山菜は塩漬けにして、食べる時に塩を抜く。目の前にある食材を見て、「この方法が使えそうだ」と考えられるのは、さまざまな土地で見聞きし、自分でも試してきた経験があるからです。
「私にとって学びは、『知恵の引き出しが増えていくこと』に近い感覚です。土地ごとに異なる知恵や暮らし方を知って、引き出しが増えるほど、暮らしの選択肢も広がっていきます」
へしこを作る時に余った鯖の頭で魚醤を、タケノコをたくさんもらったので塩漬けに。使い切るための知恵を暮らしに生かしている
タイの少数民族が暮らす高温多湿の村で作られる干し肉を見て以来、1年中仕込むようになった干し肉や干しえび。各地で出会った保存方法を、環境も含めて知ることで、適切な保存方法を試し、暮らしに落とし込んでいく
「やらなくてもいい」を知る
各地で知恵を学び、自分でも手を動かすうちに、料理や保存食には、それが生まれ、続いてきた理由があることが見えてきたと安田さん。
例えば滋賀の鮒ずし。琵琶湖に生息するニゴロブナを塩漬けにし、大量のご飯とともに長い時間をかけて発酵させる料理です。
「鮒ずしって、ご飯をめちゃくちゃ使うんです。だから、そもそも米が豊かな土地じゃないと作れない。滋賀には近江商人もいて、贅沢品として食べられてきた背景もある。そういうことを知ると、なぜこの土地でこの料理なのかが見えてくるんですよね」
作ってみることで、手間も時間もかかる料理であることがわかり、「なぜ贅沢品なのかも腑に落ちる」と安田さん
雪国で山菜や野菜を塩漬けにするのも、春まで長く食材が採れない時期をしのぐため。郷土料理や保存食の多くは、その土地の気候や採れるもの、暮らしの規模に合わせて生まれてきました。
「昔の郷土料理って、皆で集まって作るものだったり、大量に採れたものを保存するためのものだったりするんです。今とは暮らしの構造そのものが違うんですよね」
そう考えると、昔と同じ量を、同じ方法で作ることだけが「受け継ぐ」ことではありません。
「前は、とにかくたくさん仕込んで、瓶をわーっと並べて、『いいな』みたいな感じだったんです。でも、使う速度と合わなくて。梅干しも漬けるけど、どんどん増えていく。瓶はいっぱいあるのに、夕飯に何を作っていいかわからない、みたいな(笑)。それって結局、誰かの暮らしを真似しているだけで、自分の暮らしには合っていないんですよね」
「保存瓶は目が届くところに置きます。不思議なんですけど、忘れて興味を持たなくなると、カビたり腐ったりする。まさに生き物、面倒を見きれないものは、飼わないことが大事」
今は、作る量も含めて「自分のサイズ感やリズム」を考えるようになったといいます。家にある梅干しは、一番古いもので10年ほど。でも、それも「10年もつ」と考えるのではなく、「10年経っても食べきれなかったということ」。
「『もうちょっと作っておけばよかった』ぐらいが、ちょうどいいと思うんです。なるべく自分で把握できる範囲でやりたいと思っていますね」
味噌を作る知恵を持っていても、毎年仕込む必要はない。食べたい味噌があれば、蔵から買えばいい。それは手間を省くというだけでなく、買うことで、その土地の食文化を支えることにもなります。
「仕事が大変なのに、『今、梅干しを漬けないと、日本人として終わっている気がする』みたいな感じで、寝不足になってまでやるのは違うなって(笑)。梅干しを漬けている友達と仲良くなって、自分はお菓子を送って、梅干しをもらったっていい」
知恵の引き出しが増えることは、「できること」が増えるだけではない。作る、買う、もらう、誰かに任せる。いくつもの方法を知っているからこそ、その時々の自分に合うものを選ぶことができるのです。
キッチンには、自分で仕込んだ保存食と、各地で購入した調味料が一緒に並ぶ。
安田さんが各地で学んだ食文化や郷土料理の知恵を、ワークショップや料理教室でシェアする際にも、ただ1つの正解として教えることはないといいます。
「私はAだと思っていたとしても、BもCもDも正解。大事なのは、『あなたにとっての正解は何ですか?』ということだと思います。おいしさを大事にするのか、作りやすさなのか、体にいいことなのか。それによって、選ぶものは変わりますから」
学んだからやらなければならないのではなく、学んだからこそ、やらないことも選べる。「こうあるべき」から離れ、自分の暮らしに合った答えを選べるようになるのだといいます。
自分の中の価値を、人と交換できるようになる
フィールドワーク先で何かを教わった時、安田さんは「自分は何を返せるだろう」と考えるといいます。
「お金を払うこともあれば、自分が知っている料理を伝えることもある。韓国の食文化を学んできた経験を生かして、キムチの作り方を教えることもあります。何をお礼にしようかと考えるのは、すごくいい頭の体操になるんです。お金以外の価値を自分で考えて、お返ししていく。知恵の交換みたいな感じですよね」
教わる側だった自分が、学びを重ねるうちに、誰かに渡せるものを持つようになる。そして、相手もまた、自分にはない知恵や経験を持っている。そんなふうに互いの持つものに目を向けることが、安田さんの現在の活動にも繋がっています。
「人生は一度きり。自分で主導権を持って運転していくことが醍醐味だと思うんです。先人の知恵を上手に取り入れ組み合わせながら、気がついたら、自分にとって居心地のいい暮らしになっていたらいいなと思っています。そのために学ぶ、という感覚ですね」
【編集後記】
「地図では見えないものが、自分で足を運ぶと見えてくる」。
自分が「知る」ための主要な手段にしているWebや書籍やセミナーの「情報」が世界のごく一部にすぎないことを痛感するインタビューでした。
今回の取材で印象深かったのは、安田さんの学びが「自分なりに学ぶ」という主体的なものである一方で、そこには交流や交換、つまり「何かを受け取って持ち帰る・手渡す」営みが常にあることです。学ぶという言葉には人間が1人で机に向かうようなイメージがつきまといますが、本来はそれだけにとどまるものではないはずです。無数の人々がそれぞれの視点から学ぼうとし、何かを交換しては別々のものを持ち帰り、その結果として無数の知の集合が生まれ、何かをのこす力や社会を少しだけ変える力になりうる。そんなダイナミックさと「みんな違う学びを持っている」ことのおもしろさを生活のなかでどう感じていくかが未来に向けたポイントなのではないでしょうか。
(未来定番研究所 渡邉)