2026.09.16

「個人の語り」が誰かの人生の一部になる。BOOKWORM主宰・山崎円城さんの言葉。

今、興味を持ったことを学ぶ場や手段が、以前よりも多様に広がっています。ただ知識を増やすのではなく、新しい視点と出会い、自分自身の世界が広がっていく。そんな体験に、本質的な豊かさを感じる人が増えているのではないでしょうか。知ったり学んだりする経験は、人や社会に何をもたらすのか。そして、これからの暮らしとどのように繋がっていくのか。さまざまな目利きたちとともに探っていきます。

 

詩人・音楽家の山崎円城さんが主宰する、フリースタイルのリーディングイベント「BOOKWORM(ブックワーム)」。そこにはミュージシャン、会社員、作家、学生、クリエイターといったさまざまな人が集い、一人ひとりが好きなことや個人的なことを自由に語り、それぞれの話に耳を傾けます。こうした個人の語りを“浴びる”時間は、私たちに何をもたらすのか。28年ものあいだ支持されてきた理由はどこにあるのか。昨年、はじめて参加した編集者の井上春香さんに、現場で感じたことや、山崎さんへのインタビューをもとに「BOOKWORM」という場が持つ魅力について語っていただきました。

 

(文:井上春香/写真:小松原英介)

BOOKWORM

1998年から現在まで続くリーディングイベント。ルールはいたってシンプルで、約10分間のあいだに自分の好きなことを自由なスタイルで話すというもの。東京や神奈川エリアを中心としながらも、日本各地で不定期開催中。

http://book-worm.info/

Profile

山崎円城さん(やまさき・まどき)

詩人、音楽家、アーティスト。10代の頃から独学で音楽活動を開始し、1990年頃よりグラフィティやダギングの手法で言葉や詩を発表し始める。2003年、ジャズパンク・トリオ「F.I.B JOURNAL」としての活動を開始。近年はタギング作品の個展を国内外で開催しており、10月9日よりAXISギャラリーで開催される〈錦山窯〉の企画展にて新作を発表予定。

Instagram : @madoki_yamasaki

http://madoki-yamasaki.org/

 

井上春香さん(いのうえ・はるか)

編集者・ライター。1987年山形県生まれ。大学卒業後、美容業界を経て、美容・健康雑誌『Body+』、暮らしをテーマとした月刊誌『nice things.』編集部に所属し、取材・執筆に携わる。その後、実用書やエッセイ、絵本を中心とした出版社〈アノニマ・スタジオ〉で広報・流通業務などを担当。現在は東京を拠点に、フリーランスの編集者・ライターとして活動している。

ライブの臨場感と、読後の充足感のような

訥々と話す人。小説や詩を朗読する人。「あの人」について語る人。マイクを握り締めて叫ぶ人。自己紹介をしながら歌う人――。参加者たちは気の済むまで延々と、入れ替わり立ち替わりマイクの前に立って言葉を放ちます。もちろん聞いているだけの人もいて、それぞれの立場や価値観はまるで違うのに、互いに受け止め合ったり共感したりしながら不思議と癒やされる。それが、私が初めて体験したBOOKWORMというものでした。

 

トークテーマも決まっていなければ、タイムテーブルも存在しない。当日その場で話す順番を決めるだけ。ここまで情報が少ないと少々戸惑うかもしれませんが、私が参加した時は、気づけば10時間近く誰かの語りを聞き続けていました。ライブでしか味わえない臨場感と、分厚い本を読み終えたときのような充足感。これらを同時に味わうことができる、贅沢で豊かな時間がそこにあったのです。

2025年12月、〈白楽UPPERS〉会場にて。「無印の紙袋の匂いが好き」と言って被る人(写真提供:井上春香)

山崎さんとの出会いはある取材がきっかけで、そこからBOOKWORMという言葉のイベントを長年続けていることを知り、興味を持ちました。それは、私自身が人の話を聞いて書くことを生業としていることに加えて、かねてから人前で話すことに対する苦手意識を持っていたからかもしれません。

 

「『人は自分の好きなものについて語る時、とても上手く語ることができる』。ミヒャエル・エンデのあるインタビュー集にあるこの一節との出会いから、BOOKWORMは生まれました。このイベントの面白さは、肩書きも年齢も違う人同士が混ざり合って、同じ空間で一緒にやっているところ。『好きなものを皆で共有する』というのがコアにあるから、来る人や場所が変わっても成り立つんです。

 

著名な人の語りには熟練した素晴らしさがあるけれど、高校生の子が初めて人前でマイクパフォーマンスする時の初々しさもすごく衝撃的で素晴らしい。その時、そこにいなければ立ち会えない瞬間も多いですし、いったい何人の、何冊の本を読んだんだろうっていうぐらい、毎回疲れますね。本当にそんな感じです」

2019年6月、墨田区〈VISCUM FLOWER STUDIO〉にて(撮影:飯坂大)

個人的なことは、他者の存在があってこそ

「いいこと言ってやろうとか、ちゃんとしゃべらなきゃって思うと、言葉って全然出てこないんです。余計なことを考えずにシンプルにしていくと、そこに人が入り込む余白ができて、共感してくれるようになるっていうか。それに、言葉って生ものなので、できるだけ頭に浮かんだその時に言ったほうが思いが乗るんですよ。上手に話す必要なんてないから、まずは自分の気持ちを吐き出してみることが大事です」

 

どんな人でも言葉を持っていて、その人だけの語りが存在します。ただそれは、内側に留めているものと、声に出して外へ出したものとでは、自分にとっての意味合いや作用が変わってきます。心理学者・河合俊雄さんによる、エンデの代表作『モモ』にちなんだ解説のなかには、こんな一節があります。

話というものは、一人で持っていても話にはなりません。必ず誰かに語られる必要があります。何十年も経ってから犯罪を告白する人がいるように、自分の中にある話は人に語らないと自分にとっての真実にはならないのです。

(『100分de名著』NHKテキスト、ミヒャエル・エンデ『モモ』より引用)

人は好きなものについて語る時、当然ながら苦手なものに比べて上手く話すことができるし、少なくとも「いい顔」をしているものです。さらに、聞いているうちに引き込まれ、その語り手に思いを馳せたり、語られている映画のワンシーンや物語の主人公に感情移入することも。「好き」という気持ちが乗った言葉は周囲に伝播し、たまたま目の前にいる人の語りが自分の人生の一部になってしまう。BOOKWORMでは、そんな現象がたびたび起こります。

 

語りの場では、登壇者だけでなくオーディエンスの聞く姿勢も重要です。個人的な話をする時や自分の気持ちを吐露する時は、心理的安全が保たれた環境でなければ難しいもの。ここでは参加者の半数以上が初対面であるにもかかわらず、登壇者の語りに対して参加者が問いを返す場面もあり、そこから新たな学びに繋がっているようにも感じます。さらにいえば、他者に対する配慮を言語化しているわけでもないのに、不思議と終始和やかなムードが保たれていて、互いを肯定し合うケア的な場としても機能しているように見えるのです。この点について、山崎さんは場を形成している参加者たちの「嗅覚」や「言葉の向き」、すなわち発せられた言葉が誰に向けられているかを想像することが大切だと話します。

2010年4月、代々木上原〈coruri / cafe 家〉(現在は閉店)にて(写真提供:山崎円城)

言葉の共有地、「BOOKWORM」の誕生

90年代後半、当時はまだソーシャルメディアがなかった時代。言葉を共有するコンテンツといえば、インディペンデントな文芸誌や雑誌が中心でした。そもそもBOOKWORMとは、どのようにして始まったのでしょうか。

 

「僕は元々、音楽だったら1人でも、DJを介して複数でも楽しむことができるのに、どうして言葉には誰かと一緒に楽しめる場所がないんだろうとずっと思っていました。言葉のための場所を作りたいと考えていたちょうどその頃、原宿の〈ジョンブル〉というデニムブランドのビルの一角を、いろんなアーティストと展示をしたり自由に使わせてもらっていて。僕はまだ20代で、1998年頃、そのビルで始めました。

 

一緒に始めたのが〈LITTLE CREATURES〉というバンドの青柳拓次君で、当時から面白い本やレコードを見つけては持ち寄って教え合っていたんです。今思うと、その体験が原点かもしれません」

それぞれの立場で感じていることを言葉にしながら、フラットな関係性で共有できる場を作りたいと考えていた

ポエトリーリーディング(詩の朗読)やポエトリースラム(※1)のようなスポークンワード(話す言葉そのもの)が注目されていた背景もあり、どちらかというと最初は自己表現の場として「話す」ことが中心にあったと振り返る山崎さん。しかしながら時代の移り変わりと共に、徐々に「聴く」ことのほうが重要なのではないかと感じるようになったと語ります。

 

「僕らは音楽を演奏する時にいつもマイクの前に立つから、マイク1本あれば何かできるだろう、ぐらいの感じで始めました。当初はオープンマイク(※2)の文化があることすら知らずにやっていたんです。それがアメリカで発展したスタイルだということはのちに知るんですけど、僕らがはじめたBOOKWORMとはリーディングの趣旨が全然違うんです。完成された表現じゃなくて、言いたいことや思いを自分の言葉で自由に語ろうとすることや、そのなかに面白さを見出したいというのがBOOKWORMの考えです。実際にやってみると、これが思った以上に濃厚だったというか、純粋に面白いなと」

 

※1 ポエトリースラム…ポエトリーリーディングおよびスポークンワードの大会。1984年にアメリカ・シカゴで始まったとされる。

 

※2 オープンマイク…誰でもその場で飛び入り参加できる自由なステージのこと。

2026年4月、三宿〈kong tong〉会場にて。話す順番はあみだくじか先着順。当日の飛び入り参加も歓迎(写真提供:井上春香)

「言葉のための場所」は、これからどこへ向かうのか

普段は音楽を演奏したり作品を手掛けるなど、パフォーマンスをする側の山崎さん。BOOKWORMでは、自身の役割を「編集者的」と話していたのも非常に印象的でした。

 

「主役は僕じゃないので、いつも後ろのほうで様子を見ながら、いろんな人に話しかけるようにしているんです。何かやろうとすると、決まった人を中心に物事が進んでいくじゃないですか。それだと長く続かないし、何も残らない。BOOKWORMにおいて大事なのは、これからは僕が手放していくことだと思っていて。やってみたいと手が挙がったら、僕はサポートこそしますが、開催場所も、登壇者として呼ぶ人も、手を挙げた人に委ねます。主宰という立場ではあるけど、協力してくれる人にどんどん手渡していく。面白い人たちに声をかけて、編集するような感覚に近いですね」

 

さらに、BOOKWORMのコンセプトや目的を、あえて1つのカタチにまとめることが難しく、かえってそれでいいと山崎さんは考えているようです。イベントやコンテンツを考える時、最終的な形を決めて動かしていくことはよくあるものの、山崎さんは予定調和を超えた先にあるもの――今、その時その場での時間こそがすべてであり、結果よりも過程にこそ価値があると考えているからです。

BOOKWORMを別のカタチでコンテンツにまとめようとしていたら、今のスタイルにはなっていなかっただろう、と話す

オンラインやAI全盛の時代に、オフラインかつクローズドな場所で自らの言葉でオープンに語るということを、山崎さんはどのように捉えているのでしょうか。

 

「マネタイズが目的になってしまうと純粋さを失っていってしまうので、そこだけは間違えないようにしたいんです。例えるなら、きれいな花を咲かせたいというよりも、咲いた花がきれいなだけ、のほうがいい。結果に結びつけて物事を考えようとすると、余韻って消えていくんですよね。言葉もそうでじゃないですか。『今日すごく面白いことがあった』と書いて、皆に見てもらうと余韻が薄まっていくみたいな。大切なことってある程度黙っておいたほうがいいとも思っていて。だからBOOKWORMでの話は、そこにいた人たちの特別な思い出として、心の中にしまっておけばいいような気がしているんです」

参加者のなかには高校時代から通っている人も。今ではイベントの運営側にも関わるようになり、人生の一部をBOOKWORMとともに過ごしている

「今の時代だからこそ、予定調和じゃないことを楽しむというか、もっと慣れるべきです。そこを楽しめないと、面白いものが生まれないので。誰もが面白いと感じるほうに行きたい気持ちを持っているはずなのに、その手前で『ちゃんとしなきゃ』とか別の気持ちが働くと、素直にそっちに行けなかったりする。それってつまり、自分がいつか死ぬってことが、頭からすっぽり抜けてるんですよ。人生には限りがあるし、いつ何がどうなるかわからない。だからこそ、もっとちゃんと自分の言葉に耳を傾けてもいいんじゃないかなと思います」

 

知ることや学ぶことの手段は多様に存在するものの、そのなかで「予定調和を超えた先にしか生まれないものがある」ということもまた、1つの大きな学び。情報が体験とともにある時、そこで過ごした時間や空間が身体的な記憶として強く残るものなのでしょう。

【編集後記】

誰かが好きなものについて話すのを聞くのは、いつも面白いものです。何について話すかだけでなく、そこから思いがけず出てくる記憶や言葉に、その人らしさが表れるからかもしれません。おふたりの話を伺い、BOOKWORMでは、話す人も聞く人も、予定調和ではない語りを一緒になって楽しんでいるのだと感じました。何が出てくるかわからない話に耳を傾けていると、思いがけない方向へ進むことそのものが、少しずつ面白くなってくる。そんな時間を重ねることで、今まで気づけなかった面白さを見つけられるようになっていくのかもしれません。

(未来定番研究所 榎)

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