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2024.07.10

地元の見る目を変えた47人。

第27回| より広いエリアで多くの人と繋がり、地域の課題解決をしていく。〈ドット道東〉代表理事・中西拓郎さん。

「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。

 

第27回にご登場いただくのは、「道東」と呼ばれる北海道のエリアを拠点に、累計1万部を売り上げた『.doto』というローカル雑誌を創刊した〈ドット道東〉の中西拓郎さん。メディアでの発信だけではなく人と人をマッチングさせたり、地域の困りごとを解決したりするプロジェクトを手掛けています。北海道はその広さゆえに、なかなか他の地域との連携が難しかったそうですが、今では道東を拠点にしているクリエイターや住人たちとのつながりを生み、みんなでより豊かに暮らせる環境をつくるために活動をしています。

 

(文:宮原沙紀)

Profile

中西拓郎さん(なかにし・たくろう)

北海道北見市生まれ。一般社団法人〈ドット道東〉代表理事。高校卒業まで北見市で生活し、その後防衛省に入省。千葉県木更津市に引っ越す。2012年に北見市に戻り、デザイン会社に就職。独立後の2015年、『道東をもっと刺激的にするメディア Magazine 1988』創刊。2019年5月に一般社団法人〈ドット道東〉を設立した。ローカルメディア運営や、編集・プロデュース・イベント企画などを手掛けている。

生まれ育った街を出て、気がついたこと

面積の大きい北海道。そのなかでも「道東」と呼ばれる地域は、北海道の東側を指し、オホーツク、十勝、釧路、根室管内の50もの自治体が含まれています。その道東エリアで活動する一般社団法人〈ドット道東〉の代表理事である中西さんは北見市で生まれ育ちました。高校を卒業した後は、防衛省に入省と同時に千葉県木更津市へ引っ越しました。その頃は首都圏に住むことに憧れがあったと語ります。

 

「千葉県に引っ越してカルチャーショックを受けたことは、テレビで紹介されているお店やイベントなどに行こうと思えば行ける距離だったこと。北見市で生活している頃は、東京のお店が紹介されていても行けないので、まるでフィクションを観ているようでした。首都圏から離れた場所に住んでいても、東京の情報ばかりに接していたので必然的に東京に憧れを持ったのかもしれません。今まで北見市で受け取っていた情報は一体なんだったんだろう、と考えるきっかけになりました」

 

全国放送で流れる情報は、東京近郊のものが中心。そして北海道の情報を扱うローカル局も、札幌市の情報が主だったようです。

 

「北見市から札幌市は車で5時間くらいかかります。同じ北海道といってもかなり遠く、気軽に行ける場所ではありません。北見市に住んでいた時は、地元に密着した情報を手にいれるのが難しかったということに地元を離れて初めて気がつきました」

北見市の市街地の景色

地元の情報発信をするべく、北見市へUターン

2011年に東日本大震災が起こった時、中西さんは防衛省に勤務していました。

 

「防衛省は自衛隊の組織で、自衛官の方達は直接現地に入っていました。しかし僕はバックオフィスで働く立場だったので被災地に行くことは叶わなかったんです。非常時のためにある組織なのに、自分にできることはあまりにも少ないと無力感を感じました。それまで楽しく働いていたのですが、これが今後のキャリアについて考えるきっかけになったんです」

 

いつかは地元に帰るという思いを漠然と抱いていたという中西さん。千葉に住んでいる時は、北海道出身で関東圏に住んでいる知り合いも多かったので、集まる機会が度々ありました。

 

「僕と同じように、将来は道東で生活したいと考えている友人もたくさんいました。でも関東に住んでいると、地元の情報が全然入ってこない。帰るにしても情報収集が難しいという現状を知りました。そんな経験から、地元を離れている人たちに情報を届ける仕事がしたいと思ったんです」

 

2012年、北見市へUターン。地元の情報を発信するフリーペーパーを発行しているデザイン会社へ入社しました。

 

「いざ帰ってみると、自分は地元のことを全然知らないと痛感しました。学生時代は部活ばかりで知り合いも同年代の友達ばかりだったので。引っ越した当初は、ここにはどんな人たちが住んでいてどんなものがあるのか、それを知るように努めていました」

 

積極的に街の人との交流を図っていった中西さん。街の人たちとのコミュニケーションはとても楽しかったと話します。

 

「自分はこういうことがやりたい!とアピールするのは簡単ですが、いきなり来たやつにそんなことを言われても受け取る側は反応に困ってしまう。それよりも街の人に信頼してもらうことが先だと思ったんです。例えば街で祭が開催されるなら率先して参加する。いろんな場所に顔を出すことは心掛けていました」

 

既にあるコミュニティに入っていくなかで、街の人たちの役に立つよう前向きに取り組んでいました。

道東エリアで、志を同じくする仲間たちと出会う

デザイン会社で、2年ほど働いた後に独立。企画、編集の仕事をフリーランスで始めました。その時につくったのがローカルメディア『道東をもっと刺激的にするメディア Magazine 1988』。当時から目線は北見市に住んでいる人だけではなく、道東に広がっていました。

独立して1年ほど経った頃の中西さん

「北見市には10万人ほどが暮らしています。これから人口がどんどん減っていくなかで、北見市だけをフィールドにするのは先細りしてしまうんじゃないかという不安がありました。そこで道東に住んでいる人たちに届けることを目標にしたんです。かつての自分がそうだったように、今は地元を出ているけれど、いつかは帰りたいと思っている人に、道東の情報を伝えることを目的につくりました」

 

取材を通して多くの人と知り合っていくうちに、情報発信よりも、地域の方が抱える課題を一緒に解決をしていくことが求められていると気づいた中西さん。

 

「取材をしていくなかで、道東の他のエリアで自分と同じような活動をしている人とも知り合いました。話していると近くに仲間がいないとか、この先も1人でやっていく不安など、みんな同じようなことに危機感を持っていたんです。そんな閉塞感を感じているなら、みんなで力を合わせようと自然と集まっていきました」

 

2019年に5名のメンバーで〈ドット道東〉を設立。道東をフィールドに、編集やプロデュース、イベントの企画、運営などの活動をしていきます。

〈ドット道東〉の立ち上げメンバーの5人

地元の人に向けたガイドブックを創刊

団体を立ち上げ、まず名刺代わりになるものをつくろうと創刊したのが『.doto』。2020年に発行した『.doto Vol.1 アンオフィシャルガイドブック』は、道東エリアのガイドブックですが、観光客に向けたものではなく地域の住人のためにつくりました。

 

「道東に住んでいる人、ゆかりのある人に向けてガイドブックを制作しました。北海道は広すぎて、隣のエリアのことを全然知らない人も多い。だからなかなか連携が取りづらいんです。まず道東というエリアを地域の人たちに知ってもらう。地域の人が地域のことを知るためのガイドブックです」

発売後の反響は大きく、中西さんのもとにはうれしい声もたくさん届きました。

 

「何冊も買って周りの人に『これが自分の地元なんだよ』と紹介しながら配ってくれた人がたくさんいたんです。実際、僕も北海道以外の地域に住む人に『北見市』と言っても伝わらないという経験は何度もしてきました。今でこそカーリングで、ちょっと有名になってきましたが、千葉県で働いていた頃は全然知っている人がいなかった。どんな地域なのか説明するために役立っていることはとてもうれしかったです。ガイドブックに付箋をつけながら、誌面で紹介されているお店を回ってくれた方もいたみたいで、お店の方からも喜んでいただきました」

 

2022年には2冊目となる『.doto Vol.2アンオフィシャルビジョンブック』を発売。道東に関わる1,013人分の「道東でやりたいこと」を掲載しました。

 

地域の魅力を伝えるガイドブックの他に、地域の課題解決にも力を入れています。

 

「地元の企業の方に、働き手がいないという話をよく聞いていました。そこで働きたい人とマッチングができるよう、求人マッチングメディア『#道東ではたらく』を立ち上げたんです。特定の地域だけでなく、道東というスケールで情報を捉えられることで人材のマッチングがうまくいきやすい、というメリットがあります。僕たちの活動は、住民の人たちの地元を広くすること。自分の住んでいるところだけでなく、自分ごとになるような関心の範囲を広げることに取り組んでいます」

人口が減っていく地域で、どう豊かに生きていくか

これからも取り組んでいきたいのは、道東の人たちの郷土愛を熟成していくことだと中西さんは語ります。そのためのアイデアもたくさん浮かんでいるようです。

 

「僕が挑戦し続けたいのは、道東に住む人たちが『自分は道東の一員で、この場所が好きだ』と思えるきっかけをつくっていくこと。例えば道東全体で開催するお祭りがあったら面白そうですよね。みんなで『道東音頭』みたいな踊りをつくって、音楽をかけたらみんなが踊り出すとなったら絶対に楽しい。そんなふうに文化をつくっていくなど、やり方はいろいろあるなと思っています」

 

『.doto』3冊目の構想はあるのでしょうか。

 

「これまで『.doto』を2冊出して、ガイドブックは現在のこと、ビジョンブックは未来のことをテーマにしました。次は過去をテーマにしても面白いかもしれません。道東の偉人たちを紹介したり、そのエピソードや歴史を紹介したりする。こういう歴史があって今があるんだと実感できると思います」

 

この地域に住む人たちに、道東の一員であるというアイデンティティーを育むために。そして道東を、そこに住む人、関わる人たちの理想が実現できる場所にしていくために。〈ドット道東〉の活動は、近隣の地域の協働を促して、新しい解釈の「地元」をつくっていると感じられます。今後も人口減少は避けられない地方自治体において、新たな地域活性のモデルとなっていくでしょう。

〈ドット道東〉を通じて出会った仲間たち

〈ドット道東〉

HP:https://dotdoto.com/

Instagram:@dotdoto_official

X:https://twitter.com/dot_doto_yuchi

fb:https://www.facebook.com/doto.yuchi.doto

DOTO-NET:

https://dotonet.dotdoto.com/

道東の仕事探検メディア「#道東ではたらく」:

https://doto-job.com/

【編集後記】

中西さんはじめ、関わる方々の道東への想いが、シナプスのごとく活性化しどんどん伝達して道東のアイデンティティーにつながっていったお話をはじめ、どのエピソードも胸熱で、ずっと聞いていたかったです。

北海道は少し前なのですが業務で数年間に渡りさまざまな場所を訪れた経験があり、道東は帯広、厚岸、大樹町、北見、網走など今も記憶を映像で思い出すことができます。そして訪ねていった牧場や工場、お店の皆さんの、地元を愛しむ姿を思い出しました。改めて「地元を見る目を変えた47人。」でひしひしと感じるのは「そうだったらいいな」や「こういうものがあったらいいな」を実行する力の尊さ、大切さ。道東に対する中西さんのスタンスを、見習いたい!と思いました。

(未来定番研究所 内野)

家族に出張先がどこだったかを説明するのに愛用していたラバーマグネット

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