2022.11.18

分かち合う

世代や街を超えて分かち合う。全地域に広がる〈街中スナック〉の可能性。

11月のテーマは、「分かち合う」。ここ最近、シェアリングエコノミーが着目されていたり、SNSで感情を共有し合ったりと、さまざまな場面で「分かち合う」ことが一般化しつつあります。そこで注目したいのが、東京都荒川区に本店を構え、全国792市、23区合わせて815地域への展開を目指す〈街中スナック〉。従来のスナックとは違い、あえてカラオケの設置をせず、深夜営業も行わないこちらは、若者からシニアまでがつながることで、どんな世代でもこの空間で過ごす時間を分かち合う場所となっています。どうして今、世代を超えたつながりが街に必要なのでしょうか。そしてつながった後の世界線は? 運営を手がける〈イナック〉CEOの田中類さんに尋ねます。

 

(文:船橋麻貴/撮影:武石早代)

多世代が繋がれば、街のお悩みごとも解決できる。

今年3月の福井店のオープンを皮切り、東京、沖縄、京都、千葉と全国に広がりつつある〈街中スナック〉。事業展開を行う〈イナック〉CEOの田中類さんが、さまざまな世代が交流するような今までにないスナックを作ろうと思ったのはコロナ禍より少し前。自身が営んでいた東京都荒川区のたい焼き屋さんで、「昼のスナック」を始めたことが契機となります。

 

「実は僕、お酒を飲んでこなかった人間なので、スナックに行ったことがなかったんです。街の人の居場所となるスナックを作りたかったんですけど、夜営業の想像がつかなかった。だから昼にやろうと考えて。しかも、スナックとうたっているのに提供するのは、たい焼きとコーヒーという(笑)。それでも、街のおばあちゃんたちや学校帰りの子どもたちがたくさん店に来てくれて、一緒に楽しくおしゃべりする場所になっていきました。

それからコロナ禍に入ると、売上的にも厳しくなったので〈スナックるい〉という名前で夜の営業を始めることにしたんです。すると、近隣で働く学校の先生や会社員、ご近所のシニアとか、街に関わるいろいろな人が来てくれて。当時、とくにシニアの人たちの居場所がなくなっていたし、働く世代は保育園の閉鎖などによって子どもを預かってくれる場所を失っていたんですが、そういう異なる世代がスナックでつながることで、暮らしのちょっとした困りごとが解決していったんです。『私のお店で子どもを見ておくよ』『新しい事業にチャレンジするなら融資するよ』といった感じで。こうした古き良き時代の光景を目の当たりにし、スナックには世代が違った人たちをつなぎ、そこで暮らす人たちのお悩みごとを解決する力があると気づいたんです」

 

街の人も街自体も元気になるような居場所を作りたい——。そんな田中さんの思いに、同じ街でシニアの暮らしのお手伝いを行う〈MIKAWAYA21〉代表・青木慶哉さんも共鳴。彼の助言やサポートもあり、田中さんが思い描く新しいカタチのスナック〈街中スナック〉ができあがりました。

空間と時間を分かち合うため、カラオケも深夜営業もなし。

〈街中スナック〉はカラオケもなければ、深夜営業も行いません。従来のスナックと異なる形を取るのは、お酒を飲むことを本来の目的としていないから。

 

「僕たちが大切にしたいのは、あくまでもコミュニケーション。さまざまな世代がその空間と時間を分かち合い、交流できる場所にならないと意味がありません。だから、会話を楽しめないカラオケは設置しませんし、深酒になりがちな深夜営業も行いません。人と人がつながれるような安全でクリーンな場所であることが大事なので、もちろん色恋沙汰は禁止です」

さらに、外からも店内が見えるような空間づくりを行うなど、スナックに馴染みのない若い世代も入りやすく、楽しめるような仕組みも。

 

「ママ・マスターとなるのは、〈街中スナック〉独自の研修を受けた20代の若い世代。この世代がお店に立つことでスナックに馴染みのない世代でも入りやすくなるでしょうし、なにせシニア世代も若い人たちと話すのが好き。頑張っている若い世代を応援してくれるんです。こうした異世代のコミュニケーションを学んだママ・マスターが媒介者となってつなぎますし、メニューもひと工夫。その場に居合わせた隣の人に1杯おごることでドリンクが100円引きになる『乾杯メニュー』や、1日頑張った人など自ら決めたテーマに合ったお客さんに1杯ドリンクをご馳走する『シェアボトル』などと、世代が違っても楽しく交流できる仕組みを作っています」

〈街中スナック〉のママ・マスター研修では、コミュニケーションや運用などを教えている

街の人と人をつなぐだけではなく、ほかの店舗との交流をはかるため、全国の〈街中スナック〉各店にモニターを設置。オンラインで他店同士の交流も行っているそう。

 

「他店のママ・マスターやお客さんたちがつながると、近くに来たからあの店舗に寄ってみようとか、ちょっとあの街まで行ってみようとか、街を超えたリアルな交流が生み出せるんです。街の中はもちろん、違う街にも知り合いができることで、新しいアイデアやビジネスが生まれることも。世代や街を超えたつながりが、誰かの新しい一歩を踏み出すきっかけになったらいいなと思ってます」

古き良き姿を残しながら、街と人を元気にしていく。

〈街中スナック〉では、街の人と一緒にゴミ拾いを行っている

これまでのスナックにはない、新しい形で空間と時間を分かち合う〈街中スナック〉。ママ・マスターが中心となり、街の人と一緒にゴミ拾いをしたり、夜の見回りを行ったりと、お店を飛び出して街中での活動もしています。街づくりの活動としては派手ではないかもしれませんが、小さなアクションこそ、街の人にとって必要なことだと田中さんは言います。

 

「僕が当初思い描いていた暮らしの困りごとを解決するスナックになるには、街の中での活動も重要だと思っていて。というのも、店外にも街の人とのつながりができれば、それだけたくさん街についての情報が集まるから、誰かが何かに困った時の助けにきっとなるので。実は高齢者を狙った詐欺が街で横行したことがあったんですが、それを何気なく街のおばあちゃんから聞き、あまりにも怪しすぎて止めることができたんです。街の健康状態を常に知っておけば、セーフティネットとしての機能を果たすこともでき、街の人たちがより安心して元気に暮らしていける。〈街中スナック〉がその一助になっていけたらいいなって」

家とも職場とも違った、新たな居場所となる〈街中スナック〉。多世代が交流する場所が全国に増えていけば、街やそこで暮らす人にどんな変化が起こるのでしょうか。

 

「やっぱり街の中には、一世代だけでは解決できない困りごとばかりなんですよね。アイデアとやる気に満ちた若い世代、それをサポートする現役・シニア世代。お互いを理解し、次に世代にバトンをつないでいくことができれば街にいい循環が生まれ、街の課題もクリアにできるはず。それにアナログよりデジタルが増えた今こそ、自分では解決できないような何かが起きたとき、頼れる人が街の中にいたら安心ですよね。街や人と上手に分かち合うことが求められていると感じます。こうした古き良き時代の姿が街に少しでも残っていれば、街の人が元気に暮らしていけると思います」

街中スナック荒川本店

住所:東京都荒川区西尾久3-20-4

電話番号:090-1403-5715

営業時間:17:00〜22:00

定休日:日曜・祝日

https://inac.co.jp/

■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント

・多世代が「分かち合う場所」が街にあると一世代だけでは解決できなかった困りごとも解決に導くことが可能になる。

・他店同士の交流にオンラインが活用されていた。今後デジタルは日常生活に溶け込むように活用されていく。

【編集後記】

今回取材をするにあたって街中スナック荒川本店さんを訪れた時、今まで「スナック」に抱いていたネガティブな側面は完全に払拭されました。ネオン管のPOPな感じ、そして店内が見える仕様、とても気軽に入れると感じました。そしてママ・マスターの存在や乾杯メニューなども相まって、ここでは人と人がつながりやすい空気が日々醸成されているのだろうととても納得しました。

またそこでつながった人同士がお互い助け合いながら暮らすことができる。 近所付き合いが薄れつつある今だからこそ分かち合うための場所や時間はより大切になってくるのだと感じました。

(未来定番研究所 榎)