2023.01.13

分かち合う

産後の喜びを分かち合う。〈マームガーデンHAYAMA〉から考える、産後ケアの未来。

近年、家族のかたちが多様化する中、そのライフスタイルの延長線上にある出産・育児を「分かち合う」ための、産後ケアサービスが増えつつあります。なかには岩盤浴やエステも楽しめる、夢のような環境で産後を過ごせるホテルも。しかし、その夢のようだと思っている環境、実は海外ではほとんどのママたちが利用するほど、当たり前にある選択肢なのです。今、日本でも浸透しつつある産後ケアの現状や、その先の未来はどんな変化があるのか。産後ケアホテル〈マームガーデンHAYAMA〉 を運営する斎藤睦美さんに伺いました。

 

(文:對馬杏衣)

Profile

斎藤睦美さん(さいとう・むつみ)

株式会社マムズCEO 産後ケアホテル〈マームガーデンHAYAMA〉事業責任者。

保育と幼児教育を学んだ後、発達障害の子どもの療育や親子のペアレントトレーニングを行う企業に入社。父親の会社である株式会社NSグループに入社、2016年に保育園を立ち上げ、園長として0~2歳児を担当。2020年、産後ケア事業の事業責任者に就任。2021年、神奈川県に日本最大の産後ケアホテル〈マームガーデンHAYAMA〉を開業。

共働き、高齢出産の増加。

産後ケアの現在地

突然ですが、2021年4月に母子保健法の一部改正が交付され、出産後の母と子の産後ケア事業が市町村の努力義務として法定化されたことはご存じでしょうか。妊娠期から育児期にかけて切れ目のない支援の充実化を図るため、デイケア施設や訪問型のサービスと連携する自治体も増えています。しかし、日本の産後ケアの現状に対して「まだまだ充実しているとは言えない」と話すのは、株式会社マムズCEO、産後ケアホテル〈マームガーデンHAYAMA〉 事業責任者の斎藤睦美さん。

 

斎藤さんは2021年神奈川県内に助産師、保育士、専門スタッフが 24 時間産後の女性やその家族をサポートする、日本最大の産後ケアホテルを立ち上げました。

なぜ今、産後ケアなのか。現代のママたちが取り巻かれている状況は、想像以上に負担が大きいと斎藤さんは話します。

 

「産後ケアの需要が増えてきたのは、共働きが当たり前の時代になったことや、女性の社会進出によって高齢出産が増えているといった社会的背景が大きいです。産後すぐに仕事復帰をしないといけなかったり、年齢的に体力が低下している中で大きな負担があったり。それが引き金になって、『産後うつ』に陥るお母さんもいるのが現状です」

 

斎藤さんは大学で保育・幼児教育を専門に学び、発達障害の子どもをサポート支援する企業に就職。その後、現在の産後ケアホテルを運営するグループ会社に入社しました。そんな斎藤さんが産後ケアを知ったきっかけは、意外にも保育の現場ではなく、お姉さんの出産だったと話します。

 

「保育園で働いていた時は基本的に子どもと接することがほとんど、お母さんとは育児の話しをすることがメインで、産後のお母さん自身のお話を聞いたり、ケアをする機会はほとんどなかったんです。でも、この時期に姉の出産を間近で見たことがきっかけになりました。高齢出産かつ帝王切開での出産ということもあり、産後はボロボロで。私の中でしっかり者のイメージだった姉が疲弊していくのを見て、出産の大変さを知りました。

 

そんな時、姉が産後ケア施設を利用していて、私も訪れる機会がありました。こんな場所があるんだという衝撃と、保育の現場に携わる自分でも初めて産後ケアという言葉を知ったということは、まだまだ知らない人がいるのではと思いました。『産後うつ』が問題になっている中で、産後回復もままならない中、いつの間にか子育てがはじまってしまう、そのもっと手前からサポートできれば、その先の子育てが大きく変わるだろうなと強く感じたのです。」

グループ会社を含めリゾートホテルやカラオケ、飲食事業、保育を展開したこともあり、それぞれのノウハウを活かして、産後に夢を持てるような産後ケアホテルをつくろうと走りはじめた斎藤さん。準備を進める中で、韓国や台湾などの隣国の産後ケアの普及率の高さも後押しになったと話します。

 

「視察で訪れた台湾には200〜300の産後ケア施設があって、街中の商業テナントやデパートの中にも併設されているほど、普及していました。さらに、妊娠初期の診察時から産後ケアサービスを利用することを前提に話が進んでいて、産後ケアが当たり前の存在であることに驚くと同時に、やっぱり、日本には産後のママたちが頼れる環境が少なすぎると感じました」

産後ケアが進んでいる韓国・台湾の視察にて。

分かち合いながら、

ゆっくりママになっていく場に。

2021年に開業した〈マームガーデンHAYAMA〉には、海の見えるエントランス、24 時間赤ちゃんを預かるベビールームや、海の見える足湯、岩盤浴やヨガルームも完備されています。さらに、24時間体制で専門スタッフがついて充実した産後の日々を送ることができます。

 

「病院や産院は医療が入り口になりますが、マームガーデンはリゾートホテルとしても満足できて、さらにケアの専門要素もプラスすることで、心身ともにリラックスできる産後を過ごしていただける環境を目指しました」と話す斎藤さん。

滞在中は決まったスケジュールやセオリーはなく、その時の自分の状態に合わせて好きな時間に好きな場所で過ごすことができる。

 

「まずは積極的に赤ちゃんをベビールームに預けて、しっかりと睡眠をとってもらいます。徐々に体が回復してきたら、育児の練習をしていく方が多いです。病院や産院では数日しか滞在できないことがほとんどなので、『今日どうしても伝えなきゃいけない』ということがどうしても発生してしまいます。でも、産後ケアホテルは平均2週間ほどご滞在される方が多いので、『もうちょっと回復してから、沐浴頑張ろう』とか『ちょっとゆっくりしてからにしようね』と余裕を持った声がけができるうれしさもあります。コンセプトの通り、『ゆっくりママになれる場所』です」

実際にマームガーデンを利用する方が、次の出産に前向きになれたという経験談を話してくれました。

 

「利用者さんが『産後が大変すぎて次の出産はないと思っていたけれど、産後ケアホテルを利用して日々がすごく楽しかったので、次の出産も前向きに思えました』と声をかけてくださったんです。産後ケアホテルは物理的なサービスも充実していますが、それ以上に、産後の身体の痛みやはじめての育児で感じる戸惑いやもどかしさなどを、ここにいる全員で『しんどいよね』と分かち合いながら過ごせる環境が、心のケアにプラスになっていると思います。ちょっと痛そうにしているママを見ながら言葉はかけないけど、『わかる、わかる』って。空気感で分かち合うイメージです。『うまくいかないこともあるけど、私だけじゃないんだと思えた』と、よく利用者さんたちが感想をくれますね」

出産をもっと前向きなものに。

産後ケアという選択肢

産後の新たな選択肢として、つらいことから喜びまでを分かち合う場になっている〈マームガーデンHAYAMA〉。ママたち、そしてその家族にとって、産後が楽しみになる場所にしたいと話す斎藤さん。

 

「赤ちゃんが生まれることはとてもハッピーなことで、ご家族にとっても一生に一度のかけがえのない時間です。その反面、出産育児というのは命懸けで、体や心の負荷も大きい。ネガティブな気持ちになってしまったり、産後うつになってしまったり。出産はすごく幸せな瞬間であるはずなのに、マイナスなイメージを抱いている部分が今の日本にはあると思うんです。

 

そんな大変な時にしっかりケアを受けることで、『産後楽しかったな』とか『妊娠期間も楽しかったな』と思えるような、出産や育児がハッピーなイベントになったらいいなと。その結果、家族としてもいいサイクルが回っていき、さらにその先が日本の未来につながっていくんじゃないかと思うんです」

今後、日本で産後ケアの認知が広がることで、どんな変化が起きるのでしょうか。

 

「『出産や育児は大変だ』というイメージが払拭されて、サポートしてくれる環境が整うことで大きく言えば少子化対策にもつながると感じています。産後ケアの価値観が広がることでポジティブな変化は必ず生まれると思っていますし、今後の日本で当たり前の選択肢になってほしいです。そのために、全国各地のママが産後ケアを利用できる環境もつくっていきたいと思います。

 

また、産後ケアの費用の考え方に関しても、新たな考え方を普及させていきたいと思っています。よく、産後ケアにお金を使うなんて勿体ない、と考えられることがあります。しかし、価値の比較を考えた時に、結婚式・新婚旅行は一生に一度、せっかくだから、と大きなお金を使うことはよくあり、周りも素敵だね、と費用がかかっていることに疑問も感じません。でも、命懸けの出産を乗り越えて、その後に産後ケアでお金を使うのは、贅沢とみられがち。そこを変えていくには、産後ケアの必要性、選択肢が増えることが必要だと考えています。」

〈マームガーデンHAYAMA〉

住所:神奈川県横須賀市湘南国際村1-4-3

車の場合、東京都内から1~1時間半、横浜から30分

公式サイト: https://www.mom-garden.jp/

■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント

・家族、民間、社会全体で、少子化対策にもつながりうる産後ケアホテルに理解が深まる潮流。

・ケアサービスとして、物理的な設備の充実だけでなく、その場の空気づくりにも着目していること。

【編集後記】

産後ケアホテルの存在意義は、産後の妊婦をサポートすることはもちろんですが、出産という、そもそも幸せなイベントを、家族、社会全体で分かち合うことができる場のように思えます。その恩恵は、昨今の社会問題でもある、少子化対策にまでつながりそうです。

当事者ではなくても、そんな素敵な場所があることが、寛容な(分かち合う)社会だと認知できる一つの要素になりそうです。

(未来定番研究所 窪)