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2020.05.12

谷中日記

第58回| 吾輩は、草枕

下町情緒あふれる谷中・根津・千駄木は、偉大な文学者たちの足跡が沢山残っています。
名作にインスピレーションを与えたその場を訪れる時間は、文学好きにはたまりません。

今日は千駄木の夏目漱石の旧居跡です。
明治36年、イギリス留学から帰ってきた夏目漱石が住んでいた場所で、ここで漱石は初めての作品「吾輩は猫である」を書き上げたとの事です。

その舞台として「猫の家」と呼ばれていたらしく、今も可愛いネコが待ってくれています。

この場所で漱石は「倫敦塔」「坊っちゃん」「草枕」などの初期の名作を次々に発表し、一躍文壇に躍り出ます。

 

私と夏目漱石はちょうど、100歳差。笑

偶然、漱石の息吹を感じる街で働く事になり、今はステイホームなので、この巡り合わせを活用して夏目漱石を読む事にしました。

13冊読んで感じましたのは、雲の上の文豪と思っていた漱石との、びっくりする程の距離の近さでした。
「虞美人草」以降の小説は、全て恋愛事が舞台。
「どうした!」「頑張れ!」と言いたくなるような欠陥、弱さを持ち、恋人や妻や家族や社会に流されていく登場人物達。
作中の主人公に対して、自分はこんな男にはならない、と鼻で笑いながら、時に自分の経験の痛い部分をえぐられる感覚です。

 

彼の人生と呼応するように、書を重ねる毎に内容は暗くなり、しかし表現力は洗練されていきます。
学者から、朝日新聞社に転職せざるを得なかった当時の天才作家の苦悩。
純文学という苦しい分野で、命を削り、作品を残した神業の数々に、人間として生きる事への漱石の思想を叫びとしても感じました。

 

ただ、だから終始一貫読み飽きる事はありませんでした。
やはり夏目漱石は、本当に読む価値のある素晴らしい作家でした。

「どの作品が一番良かったですか?」と聞かれても、どの作品も素晴らしく甲乙は付け難いですし、読む人々によって好みも様々なのでしょうが、

 

吾輩は、「草枕」である。「夢十夜」もまた良い!

 

2作品とも、映像として鮮明に頭に焼き付いており、一生忘れる事はないでしょう。
(未来定番研究所 出井)

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