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2019.03.22
未来定番サロンレポート
澄み渡った青空が広がる2019年2月24日。東京・谷中にて、7回目の「未来定番サロン」が開催されました。未来定番サロンは、未来のくらしのヒントやタネを、ゲストと、参加者の皆さんと一緒に考え、意見交換する取り組みです。今回、ゲストとしてお迎えしたのは水引デザイナーとして活躍する長浦ちえさん。古より日本に伝わる「水引」を切り口に、しきたりを重んじる伝統文化とその未来のカタチを探求するトークイベントに加え、水引結びを体験するワークショップが、和気あいあいとした雰囲気の中で進んでいきました。
(撮影:河内彩)
まず最初に知っておきたい水引の歴史
水引と聞くと、結婚式のご祝儀袋を彩るお飾りをイメージされる方が多いのではないでしょうか。もともと水引とは、細長く切った紙を紐状にし、紙縒(こより)に水糊を引いて固めたもののこと。明確にいうと、まっすぐな状態を「生水引」、加工や結びを施した状態を「水引細工」と呼んでいます。はっきりとした資料が残っていないため起源や語源は諸説ありますが、日本に初めて水引が伝わったのは飛鳥時代まで遡るといわれています。遣隋使・小野妹子が日本に持ち帰った隋の使者からの献上品に、紅白に染め分けられて結ばれていた麻紐が原型。その後、長い間宮中のみで使用され、武士の礼法が確立され始めた鎌倉時代から室町時代にかけて、武家社会で用いられるようになりました。そしてこの時期、素材が麻紐から紙に変わったのだとか。江戸時代に入り豪商人などを中心に広がり、明治時代には一般庶民の間にも浸透。昭和初期までの女学校の教科書には、「水引は女性のたしなみである」として結び方が図示されていたほど。また、語源は「神聖な地域と一般社会を区切るために紅白の幕を張り、水を引いて(打って)清めたことから『水引』と名がついた」ともいわれています。
水引について学び、考えるトークイベントがスタート
今回の未来定番サロンは、参加者の皆さんの自己紹介から、スタートします。長浦さんの著書『水引アレンジBOOK』の愛読者や、水引結びを趣味にされている方、日本の伝統文化を入り口に水引に興味をもたれた方など、それぞれがイベントに参加したきっかけを話してくださりました。
そして長浦さんがご自身の経験を交えながら、水引の歴史や産地、製造工程を話します。合間合間に質問も飛び出し、参加者の方々の水引に対する関心の深さにも驚かされました。
基本的な水引の結びは、何度でも結び直せる「蝶結び」と、一度結んだらほどけない「結び切り」の2種類。蝶結びは、「何度繰り返してもおめでたい」として出産祝いや入学祝いなどに使われ、結び切りは「2度と繰り返すことのないように」との願いを込め婚礼やお悔やみ全般に用いられます。水引アレンジはさまざまな結びを組み合わせたものですが、ベースとなるのは「あわじ結び」。これは結び切りの一種で、左右の輪が互いに結び合い、両端を持って引っ張るとさらに強く結ばれることから、縁起のよい結びのひとつとされています。
「水引を使う理由は主に3つあると考えています。ひとつは包みがほどけないようにする機能的な役割、2つ目は結び直しがきかないという特性を活かして無断に開けられるのを防ぐ役割、3つ目は結びの意味・色・本数に自分の気持ちを託し、贈る相手に礼を尽くすという役割。私はこの3つ目が、水引の本質だと思っているんです。時代が変われば、常識も、生活も、文化も変わっていく。だけど本質を大切にしながら、暮らしに寄り添う形で取り入れていくことが、大事なのではないでしょうか。私がデザインしたご祝儀袋や広告での飾り、そして作品も、決して“しきたり”を無碍にしているわけではないんです。時代が許容する範囲で瀬戸際を見極めるっていうのかな。水引が培ってきたしきたりを重んじ、しきたりに則って制作をしているんですよ」と長浦さんは話します。
水引飾りをつけたポチ袋づくり
休憩をはさみ、いよいよ水引体験のワークショップが始まります。制作するのは、ぽち袋とそれを彩る水引の「梅結び」。梅結びはあわじ結びを応用した結びです。
まずはポチ袋の本体と端紙の色を選びます。一見難しそうな水引ですが、初めての方でも手軽につくれてしまうのもなのだそう。
参加者の方々がつくった水引とポチ袋。みんなで同じ結びをつくっても、個性が現れています。みなさんとてもお上手!
「1人でつくるのもいいけれど、コミュニケーションをとりながらのワークショップはとても楽しかったです」、「水引をもっと暮らしに取り入れていきたいなと思いました」など、大盛況のうちに幕を下ろしました。
水引という伝統の火を守っていく
イベントを終えたばかりの長浦さんにお話をお伺いしました。
F.I.N.編集部
本日はありがとうございました!
長浦さん
参加されたみなさんそれぞれが、ご自身の取り組みやライフスタイルに「水引を取り入れたい」とお考えになられていて、その意識の高さに驚きました。
F.I.N.編集部
今回の未来定番サロンは、参加者の応募開始から数時間で定員に達してしまうほどの人気だったんです。いま、水引がたくさんの方々を惹きつけている理由は、どこにあるとお感じになられていますか?
長浦さん
日本人が元来もっていた気持ちのあらわれだと思うんです。水引を添える場面って。だから私は、それを思い出すきっかけをつくる作業をしているんだなって感じるんですよ。
小さい頃から「どうしてこんなにもたくさんの人がいるのに、出会う人と出会わない人がいるんだろう」って思っていたんですね。そして物をとても大切にする子供だった。物を捨てられないし、「ありがとう」って話しかけたりしてて。それが“ご縁”や“八百万の神の存在”に繋がった時、「私がずっと不思議に思っていた感覚はこれだ」って結びついたんです。これって日本人独特だと思うんですよね。
F.I.N.編集部
そんな日本人ならではの感覚を、水引は伝えることができる。
長浦さん
水引は結びの形や本数に「お渡しする相手が幸せになりますように」といった願いを込めます。やっぱりそこなんじゃないかなって思うんですよ。もともと神事にも使われてきたものですから、結びに気持ちや魂が宿っているんです。
F.I.N.編集部
長浦さんが制作される水引は、伝統を重んじながらも新しさを纏っている印象を受けます。
長浦さん
水引を変えようって気持ちはないんです。今日のトークでもお話ししましたが、瀬戸際を探るというか。仕事でいうと、しきたりや伝統に敬意を払いながら、どのくらいなら飛び出していいのか、飛び出してはいけないのか、塩梅を探っていくイメージですね。
「これ面白いでしょ?」というだけの提案はダメなんです。不快感を与えては絶対にいけません。水引には約1400年の歴史がありますし、私よりしきたりを重要視されている産地の方もいらっしゃる。そこだけを意識しているわけではないけれど、水引は人の幸せを願うためのものなのに、ネガティブな感情を抱かせてしまったら本末転倒になってしまいます。
どんなに可愛くっても、結婚式に蝶結びはマズイじゃないですか。真っ黒なご祝儀袋だって許されない。よっぽど相手のことを知っていての黒だったら別ですけど、やっぱり、ね。
水引のしきたりやTPOは、時代の変遷とともに変わっていくとは思うんです。いま、自分がどう死ぬかを考えられる時代になってきましたよね。だから弔事用の袋も、故人らしさを尊重して華やかになったらいいなって感じているんです。黒と白だけではなくて。私のお葬式は音頭とか流してお祭りみたいにしたいなって考えていますし(笑)。その意識も変わってくるのでしょうね。
F.I.N.編集部
どのようなコンセプトのもとに活動を行われているのですか?
長浦さん
「水引を古典からロックまで」が基本活動のコンセプトです。私は水引を使って、表現の幅を広げていきたい。結納などは古典でしょうし、以前音楽家のバッハを水引で制作した作品はロックになると思います。だけど、古典ができないとロックもできないんですよ。歌舞伎役者の故・中村勘三郎さんが仰っていた「型があるから型破り。型が無ければ、それは形無し」という言葉が、ストンと自分の中に落ちたんですよね。まさにその通りで、自分の範囲を広げるためにも、自分が飽きないためにも、振り幅をもって制作に取り組んでいこうと考えています。
F.I.N.編集部
長浦さんの活動により、水引は私たちの生活の中でより身近な存在になったように感じています。
長浦さん
小さな風穴は開けられたかな、とは感じています。2013年に『手軽につくれる水引アレンジBOOK』を刊行するまでは、「水引ってなんですか?」ってよく聞かれていましたし。「ご祝儀袋のアレです」って答えたりしてて(笑)
ただ昨今、水引が“流行っている”というのには違和感を覚えるんですよね。“注目されている”なら分かるんですけど……。
作曲家の故・グスタフ・マーラーが残した「伝統とは火を守ることであり、 灰を崇拝することではない」と言う言葉に、すごく納得したんです。「そうだそうだ」と。江戸時代と現代では、文化も生活スタイルも全然違います。江戸時代の良識で水引という火を守ろうとしたって難しんですよ。火の守り方っていろいろある。だから私は、めまぐるしく動く社会やライフスタイルのあり方を見極めながら、火を守っていく。水引という文化のバトンを次世代に渡すことが、役割なんだと思っています。
F.I.N.編集部
これからのご活躍も、楽しみにしています!
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