二十四節気新・定番。
2020.03.16
2019年4月、「テンアップ」が独自開発したVR系コミュニケーションプラットフォーム「VR school」を利用して、東京大学、慶應義塾大学、早稲田大学、一橋大学の学生が、高校生向けにオンラインでの相談会・オープンキャンパスを実施しました。企画したのは、茨城県水戸にある進学塾「典和進学ゼミナール」。地方在住の高校生が遠方までオープンキャンパスや説明会に行くことは大きな負担でしたが、これを機に都市と地方の教育格差の解消も期待されています。またVRを使った授業は、子供たちが勉強を楽しむきっかけづくりにも。このVRシステムを開発した「IQ Lab」代表取締役社長金谷建史さんに話を聞き、テクノロジーで叶う教育の未来を考えます。
(撮影:小野真太郎)
地方と都市、私立校と公立校が抱える、さまざまな教育格差。
F.I.N編集部
最初に、今の教育における課題について教えてください。
金谷建史さん(以下、金谷さん)
地方の教育格差や私立と公立の格差なの改善が課題となっています。地方の学生は、オープンキャンパスで遠方に行くのも、時間や金銭面でも負担ですし、実際に行っても知り合いがいないとどうすればいいかわからないことが多いんです。学校の先輩を知っていると、校内や教科のことなどリアルな情報がもらえますが、地方の学生はそういう機会が少ないので、そこで格差が生まれてしまいます。また、私立の学校と公立の学校では、設備の充実具合が異なります。わかりやすい例だと、理科の実験。私立では実際に行える実験が、公立では教科書などで見るだけになってしまうケースも少なくありません。さまざまな場所や条件で、教育の格差が生まれているのが現状です。
F.I.N編集部
そのような教育格差を解消する「VRschool」とは、どんなサービスですか?
金谷さん
世の中には、インターネットを介して誰でも参加することができ、アバター同士で会話ができるバーチャルな空間がもともとあるのですが、その中に私たちは学校を作りました。
教室ではホワイトボードを使って授業をすることができます。先生はパソコンからの操作で、ホワイトボードに文字を書くこともできますし、教室の背景を外の画像や映像に切り替えることができるので、ゲーム感覚で授業を行えます。また、普段行けない場所へもバーチャルの世界を通して、ボタン1つでどこへでも行くことができるんです。360度カメラで撮影しているので、その場所をリアルに感じられます。
勉強の楽しさに気づく、きっかけづくりにVRを活用。
F.I.N編集部
ゲーム感覚でできると、楽しみながら学びに繋げることができますね。VRを使った授業コンテンツは、具体的にどのような内容ですか?
金谷さん
VRの授業コンテンツは、「勉強って楽しい」を気づくきっかけづくりにとても有効です。現在は小学5、6年生〜中学1年までの授業に主に使用しています。特に人気なのは、国語の俳句の授業。「蛙飛び込む水の音」の俳句を例に挙げ、静かな場所で池にぽちゃんと飛び込むのと、賑やかな場所で飛び込む2つの音を、VRを使って体験するんです。どちらも蛙が飛び込む音ではあるけど、ここで松尾芭蕉は何を伝えたいのかと先生が誘導すると、実際に体験したことで、「本当に伝えたいのは、蛙がぽちゃんと飛び込む音ではなく、その音が聞こえるくらい静かな場所にいるということを言いたいのではないか」と、子供たちが気づき始めるんです。子供からの興味が低い俳句の授業も、追体験させることで想像しやすくなり、次からはVRなしでも興味を持ってやるようになります。こんな風に授業に興味を持つきっかけづくりをVRで行なっています。
方位磁石の授業では、課外授業のような形で、教室の壁をとって外にいる想定で進めます。公園の時計を見ると夕方だということがわかり、自分の影を見て太陽は西、その逆は東ということがわかります。そうするとこっちが北でこっちが南だなと、体験しながら学ぶことができるんです。
F.I.N編集部
VR授業のメリットとは具体的に何でしょうか?
金谷さん
これまでは、教科書で学んだことを、VRの中で画像や映像を通して体験と結びつけることで理解が深まり、記憶が定着します。いわゆる“詰め込み式学習”ではなく体感することで、受動的になりがちな学びを能動的に学ぶことができる「アクティブラーニング」で、“使える学び”になっていると思います。例えば、宇宙体験や理科の実験もそう。危険なのでやってはいけない実験も、VRならできるんです。なぜやってはいけないかということも体験するからこそわかる。VRを使うことで、知識だけでなく“経験”になるんです。
F.I.N編集部
そもそも、金谷さんがVRscoolの開発を始めたのはどんなきっかけだったのでしょううか?
金谷さん
もともと教育へ関心があったんです。IT関係でVRの開発にも携わり、ものづくりが得意ということを活かして、子供たちにもっといい教育を届けてあげたいという想いからはじまりました。また、その時に茨城県水戸市にある「典和進学ゼミナール」の経営もすることになり、そこで世界初のVR学習を取り入れた塾をはじめました。
VRで現役大学生のリアルな声を届ける、オープンキャンパス
F.I.N編集部
授業コンテンツ以外に、VRはどのように活用されていますか?
金谷さん
地方の学生と東京の大学生をVRで繋いで、直接進路の相談ができるオープンキャンパスを開きました。大学生がキャンパスで撮影した360度カメラの映像を見ながら、いろいろなことを相談できるんです。文学部に入りたいけど、○○大学と●●大学はどちらがいいか、○○大学なら、文学部より法学部がいいよ、など、実際に通っている大学生だからこそわかるリアルな話が聞けるので、学生にとっては両親や先生の話よりも心に響くんですよね。学生にとって、情報を「誰から聞くか」はとても重要。2、3歳上の先輩の話には不思議と真剣に耳を傾けます。行きたい高校や大学の先輩だと尚更です。話を聞いた瞬間からがらりと人が変わったようにやる気になる子もいます。
F.I.N編集部
遠隔コミュニケーションの代表的なものにスカイプがありますが、これら従来のサービスとVRとではどう違うのでしょうか?
金谷さん
スカイプでは顔しか見えないですが、VRだとその場の風景を見ながら話が聞けるのが大きな違いです。また最近は直接目を見て話すのが苦手な子が多いですが、VRならアバターを使うので、実際にお互いの顔がわからない分、緊張せずにお互い本音で話せる点が。メリットと言えます。
人と人とのコミュニケーションを取る手段としての、VRシステム
F.I.N編集部
生徒たちが「VRschool」を活用しているのを見て、金谷さんの中で何か変化や気づきはありましたか?
金谷さん
いろんなVRを試行錯誤していたところ、さまざまな授業コンテンツを作って失敗もしましたが、VRの授業内容よりも、これを通してコミュニケーションをとることが一番の価値なのではないかと感じました。子供たちにとっては、行きたい大学の先輩と直接話せるといったことに価値があるんだなと。突き詰めると結局のところそこに行き着くんです。VRは、手段のための手段。VRでも複合現実であるMRでも関係なくて、本音が話せる生のコミュニケーションを取る場を作ることが大切なんです。テクノロジーばかりに目が行きがちですが、本質はそこではないんですよね。特に高校生は、直接コミュニケーションが取れるととても喜びます。今の東京の大学事情をリアルタイムで知り、生の声を聞くことができるのは、確実にモチベーションアップに繋がります。つまり、VRはモチベーションアップのきっかけにすぎません。それをわかった上で、新しい道具としてVRを活用しています。またVRの授業コンテンツも、きっかけづくりにすぎません。最初に興味を引きつけてきっかけを掴んだら、その後は通常のカリキュラムを行っています。最後は自分でやらないと意味がないんです。最終的に学ぶのは自分。楽しく学ぶことは人生を楽しくしてくれると思います。結局大切なのは、人と人とのコミュニケーションなんですよね。
F.I.N編集部
今5年先には、どんな未来を見据えていますか?また「VRschool」はどうなっていると思いますか?
金谷さん
塾に通う子供が減っている昨今、「典和進学ゼミナール」では、生徒は着実に増えています。今後は生徒の人数はもちろん、受け入れる塾の数も増やしていくことを目指しています。教育面では、暗記ではない学びを当たり前にすること。日本の競争力を上げるためにも、暗記ではなくクリエイティブに、“使える学び”が広がっていてほしいですね。そうなれば日本の教育力も上がるはず。また、遠隔地との距離を縮めるのは、物理的なものではなく、人と人とのコミュニケーションを近いものにすること。そうすれば、地方との教育格差も解消することができるのではないでしょうか。VRをコミュニケーションのツールとして使うと、うまく機能するだろうと考えています。
編集後記
「楽しく学ぶ」と「学びは楽しい」は、ちょっとニュアンスが違う言葉です。
手段か、目的か、とも言い直せるかもしれないですが、金谷さんに会うまでは、
本来のVRという手段が、目的になってしまわないかと、少し困惑していました。
しかし、VRは「教育格差」の是正を目的とする手段です、
という金谷さんの言葉によって、全てが腹に落ちました。
同時に最先端技術の導入は、使う人も問われる、という教訓も教えていただいた気がします。
(未来定番研究所 富田)
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