F.I.N.的新語辞典
2024.07.03
体感する
私たちの暮らしはデジタル・バーチャルでできることが増えたと実感しながらも、一方で手放せない「リアルの重要性」も痛感しています。私たちはこれから、そんな社会の中でどう生きていくのか。F.I.N.では、現実・仮想それぞれを体感して、それぞれの魅力を追求。5年先の「現実と仮想社会」を思い描き、世の中に何をもたらすのか、ヒントを探っていきます。
今回は、新たな表現方法のひとつとしてクリエイターの注目を集める「陶芸」に着目。お話を伺ったのは、人気の陶芸教室〈P&A〉を主宰し、自身もアーティストである坂爪康太郎さんです。「電動ろくろ」を使った作品を制作する一方で、「バーチャルろくろ」も取り入れるなど、現実と仮想を行き来して制作する坂爪さんに、それぞれにおける体感の違いや、未来についての話をお聞きしました。
(文:大芦実穂/写真:西あかり/サムネイルデザイン:millitsuka)
坂爪康太郎さん(さかづめ・こうたろう)
1988年、東京都生まれ。2012年武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科陶磁専攻卒業。2017年、陶芸教室〈P&A Pottery class〉をオープン。同時に、「バーチャルろくろ」システム「roquro」を用いて制作される「medium」シリーズや、陶芸教室で出る再生土によって作られる日用食器、触覚の豊かさを伝えるスプーンなどのオリジナルプロダクトも販売している。
電動ろくろにハマったのは
SFアニメがきっかけだった!?
東京都品川区・大井町に、今クリエイターがこぞって通う陶芸教室があります。坂爪康太郎さんが主宰を務める〈P&A〉です。教室を開いたのは2017年のこと。それまでアトリエとして活用していた築60年ほどの一軒家を一般向けの教室として開放したのが始まりでした。
そんな坂爪さん自身も陶芸作品を制作するアーティスト。初めて陶芸に触れたのは大学生の時でした。
「総合的に工芸を学ぶ学部だったのですが、2年から専攻が分かれて、その際に陶芸を選択しました。理由は、なんとなく土という素材が面白そうだなと思ったから。本当にそれくらいの感覚でふわっと決めてしまって。その頃はやきものの器にも興味がなくて、どちらかというと彫刻やオブジェに興味がありました」
現在、坂爪さんは主に「電動ろくろ」を使用した立体作品を中心に制作しています。ですが、大学生の頃はまだ「電動ろくろ」の魅力に気付けていなかったと話します。
「今でこそ『電動ろくろ』が面白いから陶芸をやっているようなところもあるんですが、当時はうまくできないし、汚れるし、正直何が楽しいんだろうと思っていました。『電動ろくろ』って結構難しいんです」
そんな坂爪さんが、「電動ろくろ」にハマったのは、とあるアニメがきっかけでした。
「友達に『天元突破グレンラガン』というSFのような設定のロボットアニメを勧められて。主人公の少年がロボットで敵を倒しながら成長していく話なのですが、進化のためには『螺旋力』という螺旋状のエネルギーが必要なんです。それを観た時に、もしかしてろくろも螺旋エネルギーなんじゃないの?と気付いてしまって(笑)。それからろくろを引くのが楽しくなったんです。ちょっと頭のネジが外れていたのかもしれないですね(笑)。僕はアニメがきっかけでしたが、何が陶芸への入口になるかわからない。そのきっかけを1つでも多くするために、教室をやっているところもあります」
無重力空間でろくろを
引いたらどうなるか?
主に「電動ろくろ」で作品を制作していた坂爪さんが「バーチャルろくろ」を使ったプロダクトを作り始めたのは、2018年頃。知人から、「バーチャルろくろ」のシステム開発者でデザインエンジニアの東信伍(あずま・しんご)さんを紹介されたことがきっかけでした。
「そもそも回転で土をコントロールできる『電動ろくろ』ってすごく面白いなと思っていて。普通、ろくろって地面に置いて引きますよね。でも実は壁に垂直にろくろをくっつけたとしても引けるんです。重力と回転の関係って不思議だなぁと。そこから、じゃあ無重力空間でろくろを引いたらどうなるんだ?と妄想し始めて。例えば宇宙でろくろを引くとか。でもすぐには実験できそうにないから、コンピューターでのシミュレーションならできるかもしれない、と。そんなことを知人に話したら、『バーチャルろくろ』というのをやっている人がいるよ、と教えてもらったんです」
「バーチャルろくろ」は、ブラウザ上で仮想のろくろ体験ができるシステム「Roquro」を使って、自由に手を動かしながら、好きな形(3Dモデル)を成形するサービス*。必要なものはコンピューターとリープモーションという手や指を感知する機器のみ。誰でもどこでもろくろを引くことができます。
*「バーチャルろくろ」の使用には事前にシステムの導入が必要。詳しくはhttps://roqu.ro/
実際に「バーチャルろくろ」を実演してもらうと、手を空中でふわふわと動かす姿はまるで魔法使いのよう。「電動ろくろ」とは手の使い方が違います、と坂爪さん。
「『電動ろくろ』の延長というわけではないので、ろくろの上手い陶芸家が、急に『バーチャルろくろ』を引いてもうまくできないと思います。むしろ先入観があるから、難しいかもしれません。リープモーションに手の動きを感知してもらうために、機械にとってわかりやすい動きが必要なんです。例えば、土を使う『電動ろくろ』では指を閉じますが、『バーチャルろくろ』では開いたほうがいいとか。細かい動きよりも大きな動きのほうが感知されやすいので、手だけではなく肩から動かした方が形になりやすいとか。『バーチャルろくろ』ならではの動き方があって面白いですね」
「バーチャルろくろ」の
制作フローを徹底解剖
〜必要な機材〜
・パソコン(「Roquro」をブラウザで開く)
・リープモーション
※作品を焼成する際に必要なもの
・電気窯
・石膏型
・土
・釉薬 etc
〜「バーチャルろくろ」を使用した器作り〜
まずは「Roquro」で、バーチャル上のろくろを引きながら成形します。表面のテクスチャーは滑らかなものからポリゴン状のものまで7種類。好きなテクスチャーを選んだら、両手を画面の前に出して、直感的に手を動かしていきます。形状の外側から内側に向けて触ると狭くなり、内側から外側に向けて触ると広がる仕組み。また、高さなども自由に変えられます。気に入った形になるまで、何度でも調整が可能。最終的なデザインを保存したら、3Dプリンタでプラスチックを出力します。
次に、3Dプリントで出力したプラスチックの原型をもとに、石膏型と呼ばれる鋳込みの技法で使われる型を作っていきます。石膏型を作るには専門の技術が必要なため、ここでは割愛。あらかじめ用意した石膏型に、液状に溶かした粘土を流し込みます。約7分経ったら、流し込んだ粘土を外に出します。石膏型をトンカチで叩き、ゆっくり外していきます。すると、「バーチャルろくろ」で作った形と同じものが出てきました。まだ柔らかいので、このまま乾燥させます。
水分が飛ぶまで乾燥させたら、一度低めの温度で素焼きをします。そこに好みの釉薬をかけ、最後はさらに高い温度で本焼きをして完成です。
「電動ろくろ」と「バーチャルろくろ」
それぞれの作品を比較してみる
「バーチャルろくろ」の作品と「電動ろくろ」の作品を見比べてみました。それぞれにどんな違いがあるのでしょうか。坂爪さんに解説していただきます。
「『バーチャルろくろ』は、人の手では手間がかかったり、作りにくい形を表現するのが得意です。例えば、ブロックが連なったようなポリゴン型などは、『電動ろくろ』ではなかなか作れません。一方で、『バーチャルろくろ』にはシステムの限界もあります。設定の範囲内でどんなものを作るか考えるのも楽しいですね」
「比べてみるとわかるように、『電動ろくろ』で作ったものは、『バーチャルろくろ』より少し分厚くなります。『バーチャルろくろ』の作品は幾何学的でラインがはっきりしているのに対し、『電動ろくろ』で作ったものはふんわりとしたラインになるのが特徴です」
「バーチャルろくろ」と「電動ろくろ」、それぞれの技法にはどんな良さがあるのでしょうか。
「『バーチャルろくろ』は初心者でもある程度の形が作れるのが特徴です。早い人では10分くらいでモデリングができると思います。ただ、実際のやきものにするには、3Dプリントをして、石膏型を作って、それから流し込みをして……と時間がかかります。その点、『電動ろくろ』は技術さえあれば、その場で形になり、そのまま焼く工程に進めるのでスピード感が違います。変幻自在に形を表現できるところも『電動ろくろ』の利点です」
リアルとバーチャルで制作することで見える、
「陶芸」の未来。
仮想と現実、それぞれの世界を行き来して陶芸作品を制作する坂爪さんに、これからの「陶芸」の未来について聞いてみました。
「今はまだ『バーチャルろくろ』で作った形が、実際にやきものとして手元に届くまでには結構な時間がかかるのですが、将来は3Dプリンタでそのまま粘土が出てきて、すぐに焼く、ということもできるようになるんじゃないでしょうか。つまり、鋳込み技法を経ずに焼成ができると思います。それから、メタバースなどの仮想空間で陶芸教室を開いて、『バーチャルろくろ』を体験するのも楽しそうです。やきもの屋さんもあって、『バーチャルろくろ』でつくった商品が買えたらなお面白そう」
「『電動ろくろ』だったら、何百人の方と一緒に大きなろくろを引いてみたいです(笑)。『電動ろくろ』でこんなことできたらいいなというのを、より現実的にイメージする上でも『バーチャルろくろ』が役立っています。『バーチャルろくろ』は僕にとって、自分の内にある想像や妄想と現実を行き来するための扉のようなもので、毎回その扉を開いて仮想の産物を現実に引っ張り出している感覚。文化がつくられる過程や、拡張されていく過程には、何かと何かを繋ぐ仲介のようなものが必要だと思っていて。そうした概念に興味があるので、『電動ろくろ』と『バーチャルろくろ』を掛け合わせること、現実と仮想の狭間で制作することで、新しい文化をつくっていきたいですね」
最後に、改めて「陶芸」の魅力についても伺いました。
「陶芸って、すごく時間がゆっくり流れているんですよね。形をつくるのにも時間がかかるし、乾燥させたり、釉薬をかけたり、焼いたり。それにすぐに思い通りの形ができるわけじゃなくて、ちょっとずつトライ&エラーを繰り返して作っていくもの。
一方で、現代社会の流れってすごく早いと思うんです。みんな乗り遅れないように必死になる。もちろんそうした生活が肌に合う人はいると思いますが、ゆっくりしたい瞬間って誰しもあるものだと思います。そういうときに、陶芸とかやきものって、自然にペースを落としてくれるものだと思っていて。焼くにしても、乾かすにしても、土という素材特有の時間に合わせなくてはいけないので。人の時間ではなく、土という素材の時間に合わせていくことで、結果的に僕たちの癒しにもつながっているんじゃないかなと思います」
【編集後記】
以前ろくろを体験したとき、その難しさに思わず「何か手に負えない力がはたらいているのではないか?」と途方に暮れたことを覚えています。自分の手だけが力を加えているとはとても思えない、その驚きも含めて陶芸は忘れられない体験でした。
今回の取材で見せていただいた、手のひらで感じる粘土の感触がない「バーチャルろくろ」。バーチャルは一見すると陶芸の対極にあるようですが、「自分ではないものの力をはたらかせて形をつくる」という点では電動ろくろと通ずる部分もあるのかもしれません。現実と仮想空間それぞれに作用する不思議な力をリアルな手触りとして体感できる未来の陶芸体験は、想像を超えた驚きに満ちていてとてもおもしろそうです。
(未来定番研究所 渡邉)
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