F.I.N.的新語辞典
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2019.03.05
アーティストがもっと輝ける未来に。<全2回>
今、日本国内のアーティストはおよそ50万人。
その中でも、アート一本で生計を立てられている人はほんの一握りと言われています。日本ではアートを気軽に飾るライフスタイルが定着しておらず、アートが一般化していないことも一因と言えるかもしれません。
そうした中、アートのあるライフスタイルを提案し、アーティストを”食べられる仕事”にするべく、様々なサービスが登場しています。
2018年からスタートした「mecelo」はアーティストを支援しながら、そのお礼として作品を受け取るという、アーティストを身近に感じられるサービスです。この新しいサービスは、アートの未来をどのように変えるのでしょうか。事業部長の宮前賢一さんと、参加するアーティストKayo Nomuraさんにお話をうかがいました。
アーティストが活躍できない社会、感受性が育たない教育
FIN編集部
「mecelo(メセロ)」という名前の由来を教えてください。
宮前さん
フランス語で文化芸術支援を意味する「mécénat(メセナ)」と、舞台や現場という意味の「locale(ロケール)」を合わせた造語です。このサービスを、文化芸術支援の場所にしたいという想いを込めました。
FIN編集部
昨年スタートしたこのサービスは、「パートナープラン」に契約した利用者が、アーティストを支援し、そのお礼として、アーティストからのリターンを受け取る仕組みです。このサービスを始めたきっかけは?
宮前さん
僕は留学時代、アートとデザインを勉強していました。卒業後のことを考えると、アートを仕事にするのは不安があり、ウェブデザインを本格的に学んで「ピクスタ」にウェブデザイナーとして入社したという背景があります。芸術系の大学には年間15,000人ほどが入学し、同じくらいの人数が社会に出るわけですが、作家として生きていく人はそのうちの1%にも満たないそうです。お金と時間をかけて学んだことが、社会で使えない技術になってしまう。それが非常にもったいないと感じていました。
FIN編集部
今の日本では、創作だけでは生活できないということですね。宮前さんの同級生はどうされているのでしょうか。
宮前さん
フォトグラファーやデザイナーにシフトした人がほとんどです。そんな風に、アーティストが活躍できない社会には、潜在的な課題があると感じています。SNSが発達し、著名人の発言や情報が簡単に受け取れるようになり、「なんとなく正しそうな答え」を得やすい世の中になりました。でもその中で、自分が何を好きで何をやりたいのか、なんとなくではなく自分が心から納得する答えを見つけて動ける人と、そうでない人がいます。それは感受性と感性の差なんじゃないかと思うんです。日本では、感受性や感性を育てる教育がおざなりにされてきた結果だとも言えますが、子どもたちのためにその流れを変えたい。アートを通じた愉しい体験が、感受性や感性をも育むという認識が高まれば、社会の中でアートの価値が高まり、アートを経済に転換できる機会が増え、創作だけで生活できる人も増えるはずです。アーティストが社会で活躍できないもったいない現実と、子どもたちの感受性や感性が育まれる環境にしていかなくてはいけない、そのためにはまず私たち大人が変わらなければいけないという課題意識が結びついて「mecelo」を立ち上げました。
作家への共感で、アートの愉しみ方をアップデートする
FIN編集部
感受性を育てるという意味では、ワークショップなどもありますよね。
宮前さん
それもひとつの手段ではあると思います。ただ、それが「愉しさ」につながらないと継続に繋がらないし、社会に浸透していきません。それで、アートを愉しむ入り口のひとつに「作家への共感」があると考えました。例えば、自分の子どもが親のために描いた絵は、どんなものでも感動しますよね。それは、赤ちゃんのころから寄り添ってきた経験があり、何もできなかった子どもが、絵の具を混ぜて何かを描くくらい成長したことに感動するんです。それが自分の子どもじゃなくてプロの作家だとしても、その人の背景や作品への思いを知ることによって、作品への理解が深まり感動につながります。「mecelo」のウェブサイトでは、作家さん一人ひとりに生い立ちから、作品への想いまで、詳しくインタビューをしています。読んでくださる方が、作家さんに共感する点を見つけてくれたら、それが作品を愉しむ要素になるのではないかと思っています。
FIN編集部
アーティスト支援というアートとの関わりは、日本では馴染みが薄いかもしれませんね。
宮前さん
このサービスのヒントにしたのが、ここ10年で市民権を得たクラウドファンディングです。行動しようとする人への共感という点で、親和性があると思いました。「mecelo」は新しいサービスですが、今後は、利用者の体験もウェブサイトに掲載したり、ウェブ上やイベントなどでも、作家と利用者がより深くコミュニケーションできる場所も作ったり、地道な活動でアートに対する認識が変化していったらと思っています。
普通の会社員からアーティストへ転身
FIN編集部
「mecelo」に登録されている作家は、どのように集めたのですか?
宮前さん
本気で創作活動をされている方とご一緒したいと思っていたので、個展に足を運んだりウェブで探したりして、こちらからお誘いして、我々のコンセプトに共感してくださった方が、登録してくださいました。
FIN編集部
アーティストのKayo Nomuraさんに「mecelo」に参加された経緯を伺います。もともと会社員だったそうですね。
Kayo Nomur
はい、私は美大卒でも、ずっと絵を描いていたわけでもありませんでした。帰国子女だったので、得意な英語を生かして、海外で経験を積めるような会社を目指しました。新卒で入った会社はそれが望めなかったので、外資系企業へと転職し、その後日本を抜け出してシンガポールの会社に転職しました。でも、そこで忙しく働いていたときに、ふと「私は何のために生きてるのだろう」、「私の求めていた道は本当にこれなのか」という疑問が湧いてきたんです。結婚のタイミングもあって、日本に戻ってきたのですが、その時に夫に「何をしてもいいと思うけど、どうせなら好きなことをやった方がいいんじゃない?」と言われたのです。
FIN編集部
それで絵を描き始めたのでしょうか。
Kayo Nomura
すぐに絵にたどり着いたわけではなくて、自分が好きなことを見つけられないまま、通訳の学校に行こうとしていたんです。その時に夫に「そもそも英語が好きなの?」と聞かれて、「好き、ではないかも」と気付いてしまったんです。
FIN編集部
「得意なもの=好きなもの」ではなかったんですね。
Kayo Nomura
それでしばらく悶々としていたのですが、小さい頃は絵が好きだったことを思い出して、近所の絵画教室に通うことにしました。中学校の時に写実的に描かないと絵が上手ではない、という教えの先生と過ごした結果、私は絵が好きだけど下手なんだ、と思い込んでいたんです。でも、その絵画教室は「何でも好きに描いてええで」という自由な先生でした。「植物も見たままの色でなくてもいい」と言ってくれて、絵は自由だったんだことを思い出したんです。その後、会社で勤めながらも画家として活動している方と知り合って、絵を描いているなら絶対に個展を開いたほうがいい、と勧めてくれたんです。それならと半年後に個展を開いたら、周りの人が「突然、絵を描きはじめてどうしたんだ」と応援してくれ、多くの方が絵を購入くださったのです。絵の先生が「絵が売れたら一人前のアーティストだよ」と言ってくれたことが心に残り、その後も様々なご縁が続いて、こうやって絵を描いて個展で発表するということを続けています。
FIN編集部
今は、生計はどのように立てていらっしゃいましたか。
Kayo Nomura
最初は画材費を稼ぐために絵と関係ないアルバイトもしていましが、そのために絵を描く時間がなくなるのは本末転倒だということに気づき、思い切って辞めました。その代わり「絵の活動だけで生計を立てるためにはどうしたらいいのか?」と真剣に考えて、行動するようになりました。
FIN編集部
「mecelo」に参加したきっかけは?
Kayo Nomura
一昨年、京都文化博物館別館で個展を開いたときに、共通の知人を介して、宮前さんが個展に足を運んでくださったのです。その後しばらくして、宮前さんが「mecelo」という面白そうなサービスを立ち上げたのを知りました。ウェブサイトを見たら、とてもていねいに作り込んでありましたし、お話を伺ったら興味深く、理念にも共感したため、ぜひ参加したいと思いました。
FIN編集部
絵を経済活動につなげるには、個展もそうですが、ギャラリーに所属するなど色々ありますよね。
Kayo Nomura
色々な方法があるかと思いますが、一般的なルートにこだわっていません。それに、ギャラリーに所属することはメリットも多くあると思いますが、私は、これまでの経験や、いろんな人と関わりながら自由に活動していくことの方が自分らしいと思っています。
FIN編集部
野村さんのように、美大を通らずにアーティストになるという方は少数派なのでしょうか。
Kayo Nomura
日本ではそのように感じることが多いです。それに、大学を出たら企業に就職し、30までに結婚・出産と、年齢で生き方を区切る風潮も根強くあるように感じます。様々な価値観があると言われても、そのレールから少しでも外れると「自分はダメなんだ」と思い込んでしまう方もいるようです。でも、思い切ってやりたいことに向かって一歩踏み出してみると、意外と応援してくれる方もいるし、いろんな道や選択肢があることに気づけると思います。
5年後の定番は、一人ひとりが主体的に生きる時代に
FIN編集部
最後に5年後の未来に、定番になりそうなものを伺います。
Kayo Nomura
周りの価値観に合わせて生きる人よりも、自分のやりたいことを通して、それぞれが輝き出す時代であってほしいです。「自分は本当はどうしたいの?」と自身に問いかけ、立ち止まれる人が増えることで、主体的に生きる人が増えていくと思っています。自分もそのひとつのサンプルになれるように、活動し続けたいと思います。
宮前さん
5年後は、自分はどうしたいのか、自分自身とコミュニケーションできる機会やしくみがもっと求められる時代になるのではないでしょうか。主体性を獲得するには、他人の言葉を借りるのではなく、自分のことを自分の言葉で表現することが必要です。それを育むこととして、アートやそれを日常生活に取り入れることで、愉しみながら主体的に考えられる人が増えて、その結果、より心豊かな社会になったらいいですね。それは願望ではありますが、子供たちにはそういう環境を準備したいし、「mecelo」を通じて多くの人にその体験を届けられたらと思っています。
(写真左)Kayo Nomura
名古屋生まれ。幼少期をカリフォルニアですごし、帰国後も多くの土地で暮らした経験をもつ。大学卒業後、マスコミや外資系企業、シンガポール勤務などのキャリアを経て、アーティスト活動を開始。「目に見えるものと目に見えないもの」「大胆さと繊細さ」「強さと弱さ」など両極の要素を合わせ持った表現を目指す。
(写真右)宮前賢一
ピクスタ株式会社mecelo事業責任者。2006年、ピクスタの創業期に、デジタル素材のマーケットプレイス「PIXTA」の開設とともに入社。ウェブデザイナー、ウェブディレクターを経てPIXTAのサービス責任者を務める。2017年よりピクスタの新規事業を任され京都で活動を開始し、2018年芸術家支援プラットフォーム「mecelo」をスタート。
取材時にアーティストさんにお会いして人となりを知り、その後にその方の作品を見ると、作品から受ける印象や見え方が変わり、驚きました。
アートを作る側と、アートを楽しむ側。その2者の距離がもっと縮まれば、なんとなく敷居が高いと思っていたアートも、もっと身近に感じられるようになりそうだと思いました。
(未来定番研究所 菊田)
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