もくじ

2019.02.27

アーティストがもっと輝ける未来に。<全2回>

第1回| アートの定額制レンタルサービス「Casie」って?

今、日本国内のアーティストはおよそ50万人。

その中でも、アート一本で生計を立てられている人はほんの一握りと言われています。日本ではアートを気軽に飾るライフスタイルが定着しておらず、アートが一般化していないことも一因と言えるかもしれません。

そうした中、アートのあるライフスタイルを提案し、アーティストを”食べられる仕事”にするべく、様々なサービスが登場しています。

例えば、個人がアートを定額でレンタルできるサービス「Casie」。カジュアルにアートを取り入れられると同時に、その利益の一部はアーティストにしっかりと還元されるなど、今、次世代のアートビジネスとして注目を集めています。今回は、創業者の藤本翔さんと参加アーティストのMoeistic Artさん稲垣尚毅さんにお話を伺いました。

レンタルしてアートのある生活を経験する

F.I.N.編集部

まず創業者の藤本翔さんにお伺いします。定額制で好きな絵画をレンタルできる「Casie」のサービスを始めたきっかけを教えてください。

藤本さん

このサービスを始めるきっかけに、僕の2つの原体験が背景にあります。1つは、僕自身の父親がアーティストだったこと。画家として活動していたのですが、個展を開いても来廊してくれるのは3日間で4人ほど。子供だった頃、ギャラリーの前でビラ配りをしたこともありました。画家としての収入では生活できなかったので、父親は商業施設やマンションの完成予想図や会社案内の表紙を描いたり、今でいうデザイナーさんのような仕事をしたり、母親は美容室でパートしたりしていました。芸術家では生活が成り立たないんだと、子供心に感じたのが最初の理由です。

F.I.N.編集部

2つ目は?

藤本さん

自分の結婚を機に引越しをして、新しい部屋に絵画を飾ろうと、画廊と百貨店に足を運んだのですが、そこには高級な絵画ばかりが並んでいて、自分がよく知らない画家の作品を高額で買うことに決心がつかなかったんです。それで、フリマアプリの「メルカリ」や「BASE」などで、個人が出品している作品もいろいろと見たのですが、やっぱり現物を見ないと意思決定ができなかった。それで、実際に試しながら、作品を購入できるシステムがあればいいのにと思ったんです。

F.I.N.編集部

そこから、絵画をレンタルするサービスを思いついたわけですね。

藤本さん

最初はカジュアルなアートの販売も試したのですが、ほとんど売れませんでした。それで、気軽にアートを楽しんでもらうには、買い方革命が必要なんじゃないかと感じました。その場で気に入っても、自宅に合う作品かどうかは部屋に1週間くらい飾ってみないとわからない。好きな作品やアーティストを着せ替えするように楽しむには、定額制でいろんな作品を楽しめるレンタルという方法にたどり着いたわけです。

F.I.N.編集部

参考にしたサービスはありましたか?

藤本さん

参考にしたのは、ブランドバッグをレンタルできる「ラクサス」さんです。これも買い方革命のひとつですよね。今でも、ベンチマークとして追いかけています。

F.I.N.編集部

作品はどのように集めたのでしょうか。

藤本さん

最初は美大や個展に足を運んで、こういうサービスを始めるから作品を預けてくれないかと交渉していました。でも、馴染みのないサービスに、作品を預けるのはアーティストさんにとっても勇気の要ることです。1年くらいは作品集めに集中しました。まず、ウェブサイトを作りサービス内容をできる限り公開して、アーティストさんとの信頼関係をしっかり築いて、カジュアルアートオークションなどで認知度をあげる取り組みも行ないました。2018年8月から病院や会社などのプレミアムプランが始まり、11月から個人宅向けのライトプランとレギュラープランを追加して、現在は約70%が個人のユーザーです。

F.I.N.編集部

絵画を自宅に飾りたいと思っていた人が、結構いたんですね。

藤本さん

そうなんですよ。個人ユーザーの65%が、これまでご自宅に原画を飾った経験のない方で、いざアートを買ってみようと思っても、どうしたらいいのかわからずに断念した方が多かったんです。今、僕らのサービスでは、作品だけでなくアーティストがどんな思いでこの作品を作ったのか、なぜ画家を続けるのかなどをまとめたプロフィールも一緒に届けています。それから、抽象画をオーダーしたら「抽象画にはどんな種類があるの?」「世界で一番高い抽象はどれ?」「そもそも抽象画とは?」と、アートの基本の「キ」から学べる冊子も同封しています。作品をレンタルしているうちに、アートの知識もつく、アート界のディアゴスティーニを目指しています(笑)。

F.I.N.編集部

年齢層は40代、大都市圏にお住まいの方が多いですが、北は青森、南は宮崎まで、日本全国の方に利用していただいています。賃貸マンションにお住まいの方も多く、作品と一緒に傷がほとんど目立たない絵画フックも同封しています。

アーティストが創作だけで生活できるように

稲垣さんの作品

F.I.N.編集部

アーティストさんとの契約はどのように?

藤本さん

作品がレンタルされたら、35%を報酬として還元します。作品を気に入ったユーザーさんが購入することになったら、その値段はアーティストさんが決定し、60%はアーティストさんの報酬、40%は僕らの手数料になります。作品の保管料は一切いただいていません。来春には、もっと作品を購入しやすいシステムを整備する予定です。そうすれば、ユーザーさんが気に入った作品をもっと気軽に購入できるようになります。

F.I.N.編集部

Casie」に参加しているアーティスト、Moeistic Artさんと稲垣尚毅さんにもお話を伺います。「Casie」さんに参加したきっかけは?

Moeistic Artさん

まず、家に描いた絵がたくさんあって、これどうにかできないかなと思っていたときに、たまたま「Casie」さんを知って登録することにしました。

稲垣さん

普段は書家として活動しているのですが、絵を描くことにも興味があって、インスタグラムで公開していたんです。そんなとき、たまたま「Casie」の方と知り合って、もっと絵を見てもらえる機会があると知り、本格的に絵画も始めました。

Moestic Artさんの作品

F.I.N.編集部

「Casie」に参加するまで、作品を売りに出すことは?

 

Moeistic Artさん

作品は自分の子どものように大事なものです。ギャラリーで絵が売れても画家の報酬が少ないですし、ギャラリーに所属することも難しい。作品を売る機会が頻繁にあるわけではないので、作品が手元にどんどん溜まっていたんです。「Casie」さんに絵を預けて1年以上経ちますが、レンタルしていただいたり、メディアの取材を受けたりする機会も増えてきました。

稲垣さん

自分は、書家としてはイベントでパフォーマンスしたり、お客さんの目の前で言葉を書いて買ってもらったり、徐々に作品で生計を立てる方法がわかってきたのですが、絵画はそれとは違うので、どうしていいのか全くわからなくて。こちらに参加して半年ですが、レンタルにも出ているし、いい感じや、と手応えを感じています。

F.I.N.編集部

作品を見てもらい報酬も得ることで、創作意欲に火がつきますね。

Moeistic Artさん

そうですね。それまでは、自分の思うまま描いていたけれど、どういう作品がレンタルされやすいのか、どういうお家に飾ってもらえるのかを意識するようになりました。

 

稲垣さん

自分は逆に意識せずに描いています。でも、どのくらいのサイズ感がいいのか、アドバイスをいただけるのはありがたいですね。

 

F.I.N.編集部

来春から作品販売のシステムが整備されるとのことですが。

稲垣さん

それは、めちゃくちゃありがたいです。

Moeistic Artさん

レンタルしていただくのも嬉しいことなんですが、一番嬉しいのは売れることです。作品の登録料もかからないので、アーティストにとって、とてもありがたい機会だと思います。

5年後の定番は、絵画のある暮らし

F.I.N.編集部

最後に、5年先の未来に、定番になりそうなものを伺います。

Moeistic Artさん

今、日本ではアートは難解なものとして扱われていますが、本当は、ボーリング行くような感覚で楽しめるようなものです。5年後にはもっと身近で気軽に楽しめるものだと、ひとりでも多くの人が思ってくれていたら。

稲垣さん

5年後は、ますます人工知能が活用されているかもしれません。でも、絵画を生み出すことは機械にはできない。機械化されるほど、人間が手で作ったものは魅力が際立つはず。温もりだったり、心があると感じたり、きっと僕たちアーティストの魅力が、より伝わる時代になると思います。

 

藤本さん

今、「Casie」は5年後のスタンダードを目指しています。まずは、レンタルという形で、アートと触れる機会と購入体験を増やすことがミッションです。自宅に絵画を飾ることが普通になり、アートが身近になれば、クリエイティブな発想の子どもたちが増えて、日本から面白いことが発信できるんじゃないかと思っています。

F.I.N.編集部

それが「買い方革命」なんですね。

藤本さん

それに「作り方革命」でもあります。僕らがデータを解析して、どんな作品を描けば買ってもらえるのかを研究し、アーティストと共有していけば、世の中に流通するアートの総数自体が増えていくと思うんですよ。僕はこれまで、才能あるアーティストが、結婚・出産を機に、会社員に転職するという姿をたくさん見てきました。仲間がサラリーマン社会に奪われていくと感じていたんです。僕の父は35歳のときに病気で亡くなったんです。僕は35歳のときに、このサービスを始めました。「Casie」がスタンダードになり、作品で収入を得る人が増えれば、きっと、5年後には、職業・画家の人口が増えているはずです。

 

Profile

藤本翔

「Casie」代表取締役社長

1983年生まれ。京都の大学卒業後、大手総合商社に入社し国内外にてセールス・マーケティングを経験。その後自身でいくつかのレンタルサービスを開発。2017年3月、アートサブスクリプションサービスを展開する株式会社Casieを設立、同社の代表取締役社長CEOに就任。
https://casie.jp/

Profile

Moeistic Art

アーティスト

大阪府出身。高校からは美術系の学校に通い、18歳の頃に、絵の勉強の為にイギリス・バーミンガムへ4年間留学。現在は、学童保育の指導員をしながら、絵画の他にアクセサリーの制作など幅広い創作活動を行う。

https://www.instagram.com/moeistic

Profile

稲垣尚毅

書家・アーティスト

1989年生まれ、京都府出身。2010年から路上詩人として活動。2014年からは書家として活動を開始し、「JAPAN EXPO 2016」など国内外でパフォーマンスを行う。現在は、全国で書き下ろしイベントやパフォーマンス、看板や名刺デザイン、絵画など幅広い分野で活躍する。

https://artistnaoki.thebase.in/

アーティストがもっと輝ける未来に。<全2回>

第1回| アートの定額制レンタルサービス「Casie」って?