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2018.05.08

未来を仕掛ける日本全国の47人

6人目 山形県大江町 デザイナー・吉田勝信さん

毎週、F.I.N.編集部が1都道府県ずつ巡って、未来は世の中の定番になるかもしれない“もの”や“こと”、そしてそれを仕掛ける“人”を見つけていきます。今回向かったのは、山形県大江町。イクス代表の永田宙郷さんが教えてくれた、デザイナーの吉田勝信さんをご紹介します。

 

この連載企画にご登場いただく47名は、F.I.N.編集部が信頼する、各地にネットワークを持つ方々にご推薦いただき、選出しています。

土地の文脈を一つひとつ丁寧に読み解き、新しい“もの”や“こと”をデザインする人。

山で採集を行なう吉田さん。(撮影:稲葉鮎子)

グラフィックデザインを軸にしつつ、自治体の里山再生事業の一貫として、山村で古くから継承されてきた技術を用いたプロダクトレーベル「技術|gijutsu」を立ち上げたり、家業の絹織物工房「YUIKOUBOU」のブランディングや、草木染めを手掛けたり。さらには地域の食や手仕事、暮らしの継承をテーマに、本や展覧会、旅を作るリトルプレス「アトツギ編集室」のメンバーでもあるなど、民俗学的な領域をベースに幅広く“もの”や“こと”をデザインする吉田さん。推薦してくれた永田さんは、「彼は流行やマーケティングよりも、ローカリティとオリジナリティに問いを持ったデザインをしています。これからのデザインが求められるであろう“越境・分断・編纂”を実地でやってるところも新しい」とプッシュ。ご本人にお話を聞いてみました。

F.I.N.編集部

吉田さん、はじめまして。

吉田さん

こんにちは。

F.I.N.編集部

今は山形県の大江町にお住まいだそうですが、これまで色々な土地を転々とされてきたんですよね?

吉田さん

はい。生まれたのは東京都の新宿区で、2〜8歳くらいまでは奄美大島に、9〜18歳までは仙台市に住んでいました。19歳で大学に入学してからは、現在まで山形県に住んでいます。

F.I.N.編集部

いろいろな土地で暮らしてきた吉田さんだからこそ感じる、山形の特徴や魅力ってどんなところですか?

吉田さん

大きく4つあります。1つ目は食材が豊富でおいしいこと。春になって雪が溶け始めると山菜が採れ、その後、野菜が出始めます。暖かい間は果物がとれますし、秋は木ノ実やキノコがおいしいですよ。2つ目に、お店を開いたり、事業を起こしたり、社会の中で活発な30代から40代が多いこと。基本的に大きな会社は少なく、一人親方や中小企業がとても多いので、新しいプロジェクトを進めるのにも話が早くて助かっています。3つ目は、デザインという業界が出来上がっていないところ。山形はデザイナーと看板を掲げておくと、グラフィック、プロダクト、テキスタイル、ブランディング、キャッチコピー、文章、販路開拓や経営の相談など、本当にいろんな話が舞い込みます。4つ目は、現代的な社会と地続きに民俗的な世界があることです。例えば、僕が住んでいるところでは、“隣組”の文化が残っています。お葬式は隣組で運営をし、参列するときも親族よりも隣組のメンバーの方が近いところに案内されるんですよ。

F.I.N.編集部

それは独特ですね。土地柄、デザイナーという職業はなかなか珍しいのではないですか?

吉田さん

最近、山形県ではグラフィックデザイナーが増えて来た印象です。大江町には、地元出身の若手のデザイナーが一人いるみたいです。ただ、今住んでいるところでは、デザイナーが分かりづらかったようで「芸術家が住んでいる」という認識になっています。その扱いと枠があったことにも驚きました。

F.I.N.編集部

なるほど(笑)。吉田さんはデザイナーとして幅広く様々なことをされている印象ですが、今のお仕事について具体的に教えていただけますか?

吉田さん

グラフィックデザイン領域を軸に、中小企業の自社商品の企画制作や価格決定、パッケージングや販路開拓などのブランディングなどをやっています。また、実家が絹織物の工房なので、草木染めや織物のテキスタイルや装飾品をデザインしています。変わったところだと、公民館からの委託業務で、その集落と山をフィールドワークし、山を使う技術で蔓や樹皮などと地域産材を組み合わせた商品開発などもしていますよ。

絹織物工房「YUIKOUBOU」

和紙に藍染。肘折温泉街にて、アーティストが灯篭を滞在制作し、街を灯すプロジェクト「ひじおりの灯」の制作物。

プロダクトレーベル「技術|gijutsu」

中山間地で暮らすために磨かれてきた「山を使う技術」で生活用品を作る。

F.I.N.編集部

クライアント発端ではない、自発的な活動もされているんですか?

吉田さん

はい。例えば年に一回、森の晩餐という、山で食材を採集しそれをフルコースで食べるワークショップを企画しています。参加者たちは森の先達とともに食材を探し、料理の下拵えや保存食を作ります。最終的にはシェフが腕を振るい料理として体に入ります。だんだん森が見えてくるようになり、ただの木々の集まりだった森がキノコや植物、動物などいくつもの世界が折り重なったもの、なんというか“野生への解像度が上がる”プログラムです。2016-2017年は、「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」にアーティストとして参加し、山形県内で自ら山へ入り、採集し制作、加工まで行っている人を集めた市「山姥市」などを行ないました。

「山姥堂」

吉田さんが参加するリトルプレス「アトツギ編集室」が企画運営した、山と人の関わりを山形から出発しユーロアジア圏と比較検討するディスカッションプログラム。山形ビエンナーレの関連企画として実施された。

F.I.N.編集部

何とも幅広いですね……。そもそもデザインの仕事に進んだのには、何かきっかけがあったんですか?

吉田さん

大学1年生の時に、ある廃映画館で展覧会を企画し、僕は立体作品と告知媒体を制作しました。特に印象に残ったのはフライヤー作り。フライヤーに載っている拙い地図を頼りに見にきてくれる人がいたことがとても面白く、作品本体と伝わる内容は違いますが、僕が考えていることがそのフライヤーを通して伝わっていると実感し、デザインに興味を持ちました。

F.I.N.編集部

民俗学に端を発するデザインのルーツも、大学時代にあるんでしょうか?

吉田さん

当時、僕が通う大学には地域振興系の補助金が落ちていたらしく、学生の学外活動が盛んでした。その中で、民俗学者の先生と山間地域に入り、フィールドワークを行ない、民俗文化を冊子にまとめたことがあります。他にも色々な機会で地域へ入ることがあり、山間集落の社会を理解するために民俗学や文化人類学の本を読む機会が多かったことはルーツのひとつだと思います。

山形では4月下旬から11月頃まで山へ入ることが可能。季節ごとの食料や素材、染料を採集できる。(撮影:稲葉鮎子)

F.I.N.編集部

それが今の、土地の背景や文脈を丁寧に読み解くというスタイルに繋がっていったんですね。普段、デザインをする際には、どんなことを心がけているんですか?

吉田さん

クライアントワークの場合はまず、クライアントの仕事をクライアント自身がどう考えているのか、民俗史や人類史だとどうなっているのかを考えます。そしてを踏まえて現代にどう成立させるか、ということを僕なりに考えるんです。その際には、話を聞くこと、本を読むこと、博物館のウェブアーカイブや実際に博物館・民俗資料館に行くこと、日本国内や世界各国の似たようなことをやっている文化を見つけ比較すること、現代に至る流れを考えてみること、実際に真似してやってみること、などを一つひとつやっていく場合が多いです。

F.I.N.編集部

丁寧に過去から現在までを読み解いていかれるんですね。永田さんは、吉田さんは手間を惜しまない方だとおっしゃっていました。吉田さんにとって働くとは、どのような意味を持っていますか?

吉田さん

僕が住んでいるところから、山形-東方-日本の地理や環境などの要因で立ち上がっている民俗や文化の背景と、家系的な職業や定住地などの血縁的な背景を回収し、これまで個人的に生きて来た中で体に入っている技術を駆使して、現代の社会の中で生きて行く方法を探るということでしょうか。

F.I.N.編集部

まさにライフワークなのですね。山形の土地でデザインをすること、どんなところに面白みを感じますか?

吉田さん

山形では、デザインという言葉が空っぽだと思います。意味が空っぽというか。デザインという言葉の音は聞いたことあるんだけど、意味は分からない。だから、その都度直訳していく、そんな感じです。デザインという言葉の意味は、歴史を見ても広がり続けています。僕が当たり前に知っているデザインの意味が通らないことは、やりづらくもあるけど、面白くもあるんです。デザインという言葉に新しい意味を加えられそうだなと。風土や民俗とデザインが接続できたら山形らしいデザインの形ができるんじゃないかと思っています。

F.I.N.編集部

今後に向けて、何か個人的な目標はありますか?

吉田さん

考えてみたら、ここ何年か、山形の仲間たちと「縁側ごろつき市」というマルシェ的なものや「山姥市」を行なったこと、宙郷さんたちが運営している「ててて見本市」に関わらせてもらったことを通じて市や流通を人類史やいくつかの業界から眺めているなと思いました。まだ、具体的なアイディアにはなりませんが、もう少し経済について勉強し、何か形になったら面白いなと思います。あと、下の世代を応援できるようになりたいです。まずは東京の実家のマンションから一室借りてシェアオフィスとして開きたいなと考えています。心地よい空間で安価だったら東京の若い人が喜ぶかなと。余裕があれば山形から野菜などを送りたいですね。

「ててて見本市」

2017年から、吉田さんがグラフィックワークを担当している。

F.I.N.編集部

最後に、地域社会のあり方の未来について、お考えをお聞かせ下さい。

吉田さん

僕が住んでいる大江町を例に挙げると、僕は引っ越して来てから3年ほどたちますが、その間、引越しを考えている友達に「いいところだよ」と誘っていたら、2世帯の夫婦が大江町に来てくれました。1組は、農家と食料品の移動販売、もう1組は設計・大工と洋服屋さんです。その設計・大工をやっている友達と何かお店でも始めようかと準備中です。そういう中で、商工会や行政レベルの政策や補助金を見ていると、移住や創業に支援するものが多く、ありがたいですが、運用しづらい点もあります。例えば、移住者は空き家バンクで家が見つかっても、不動産の契約は大家さんと直接交渉ですし、改修に補助金を利用したい場合は、地域をよく知らない段階で町内業者に依頼する必要があるなど、苦労が多い印象です。なので、行政と移住者の間に入り、不動産価値の再設定、リノベーションの設計もしくは紹介などできる民間組織があれば良いなと思います。これは一例ですが、行政と住民の間で法律や条例を補うような組織が増えて来たらもっと住みやすいなと思います。

F.I.N.編集部

新しい取り組みが継続していくための仕組みづくりが今後の鍵になりそうです。ありがとうございました。

編集後記

その土地に身を置くことで見えてくる文化的な背景を感じ、家族や自分のバックボーンを見つめ、できることを楽しみながら探していく吉田さんの仕事スタイルに強く共感します。

(未来定番研究所 安達)

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