F.I.N.的新語辞典
2021.10.18
最近、書が面白い。F.I.N.編集部の周りでは、墨を使ったアートや、書とも絵とも形容しがたい作品を目にする機会が増えてきました。書道や墨は、昔から馴染みのあるものなのに、今なぜ改めて魅力的に映るのか。その答えを探しに、「書」の表現者・鎌村和貴さんのアトリエにお邪魔しました。
(写真:Shintaro Ono)
デザイナー、そして「文字を書く人」。
鎌村和貴さんを訪ねる。
自身を「文字を書く人」と称する鎌村さん。多くの書家を輩出する大東文化大学書道科で学び、卒業後はデザインの道へと進んだ異色の経歴の持ち主でもあります。大学院でデザイン科に進学した鎌村さんは、その後、化粧品会社のデザイナーとして活躍。2019年に独立して以降は、墨と筆による作品作りを本格的にスタート。2021年5月に開催した個展「文字が呼んでいる」では「書」の固定観念を覆すような自由な筆致や配置の表現で、新しいアートの形を示しました。
鎌村さんの作品は、エレファントカシマシのボーカル宮本浩次さんのソロアルバム『宮本、独歩。』のタイトルを始め、秋田米新品種「サキホコレ」のパッケージの文字に採用されるなど、多方面から注目が集まっています。
人を驚かせる作品が、どのようにして生まれるのか。編集部は、秩父に暮らす鎌村さんを訪ねました。
森の中は書きにくいです。
でもそれはそれでいいかなって。
2018年に東京から秩父へ移住したという鎌村さん。作品作りは、主に自宅横のガレージで行っているそう。しかし、森へ行って書くこともあると教えてくれました。
「ガレージで書くのもいいんですけど、森で書く方がやっぱり心地いいんです」
どうやら森での作品作りは鎌村さんにとって欠かせないものであるご様子。
森の中の鎌村さんの”アトリエ”へは徒歩約8分。鎌村さんとともに息を切らせながら山道を登っていくと、雑木林の中にひらけたスペースがありました。鎌村さんは時々ここへ道具を持って来ては、即興で作品を書きます。
「今日はそっちの雰囲気がいいから行ってみようかな、とか、その時の感覚で決めています。書くものも、森に来てから考えますね。今日もなんとなく考えてきましたけど、決めてはいないです。その時にそれを書きたくなるかはわからないので」
この日はまず、一番開けた場所を選んで地面に紙を広げ、書き始めました。鎌村さんは、紙を前に空中で手を動かして何かをなぞる動作をとると、次に墨をたっぷりとった筆を紙に強く押し付けて、まっすぐな線を引き始めます。
落ち葉や枝、下生えの草がある森の地面は、当然室内のように水平ではありません。地面の形に沿ってガタガタと線が揺れるのもお構いなしに、鎌村さんはひたすら線を書きつけます。
「森の中は書きにくいです。でもそれはそれでいいかなって」
この日の天気は、あいにくの雨。それを反映したように、完成した作品には雨垂れのような線たちが書かれていました。
線を書くというのは、
痕跡をつける、跡を残すような作業かもしれない。
次に鎌村さんが、作品を書くキャンバスとして選んだのは、木に巻きつけた紙。「機」の文字を連続して書きはじめました。なぜその文字を選んだのかを尋ねると……
「あんまり『機』って見ることがないし、それをあえてクローズアップする人もいないですけど、何となく『機械の機っていいかも』と思って」
かと思うと、次は同様に木に貼り付けた紙を、黒く塗りつぶしていきます。
「雨みたいな線と、『機』を書いて、次も文字を書こうかと思ってはいたんです。でも、この木でこの場所だったら、陰みたいに塗りつぶすのがいいかなと」
鎌村さんが作品作りで最も大切にしているのは、その時々の“感覚”なのだそう。その時、その場所で鎌村さんが感じたことを、映しとるように墨を使い表現する……。
「線を書くというのは、痕跡をつける、跡を残すような作業なのかもしれないと思います」
鎌村さんが森で製作した作品をよく見ると、その言葉通り、墨のかすれや汚れ、真っ直ぐではない蛇行した線の中に、その線を書いている鎌村さんの生々しい息遣いや力の加減があらわれていることに気づきました。キーボードで打たれたフォントのように整えられた文字にはない、人の痕跡が墨と筆の表現の中にはあるのです。
僕は“正解がわからないこと”を見たい。
鎌村さんの作品から気がつくことがもう一つあります。それは、あらゆる意味でいわゆる「書道」とは異なることです。「書道」であれば、使う筆や墨、紙にはスタンダードがありますが鎌村さんは道具には「全くこだわらない」そう。使う道具は300円だったという小筆。
その筆を紙に押し付けるようにして書くのが鎌村さんのスタイル。筆に力を強く込めるため、同じ小筆を何本も常備して筆が折れる度に新しいものを使うのだそう。
書き方は「書道」らしいトメ、ハネ、配置などの型からも外れています。私たちが持つ“書道とはこういうもの”という予想は、ことごとく裏切られます。
伝統ある大学の書道学科で学んでいた鎌村さんが、こうした革新的な表現手法を取るようになったのはなぜなのでしょうか。
「書家になろうと思って書道学科に入ったんですけど、周りの環境を面白いと思えず馴染めなかったんです。『どうしようか』と悩んでいた時に、友人の鞄ブランドのカタログ作りをして欲しいと頼まれました」
それまで鎌村さんは、カタログ作りの経験はもちろんデザインソフトの知識も皆無。「デザインがどういうものかもわかっていなかった」と振り返ります。それでも完成したカタログを飛び跳ねて大喜びする友人の姿を見て、デザインに興味を持ちはじめました。そして大学院はデザイン科に進学。そこでは、個性豊かな同級生たちに出会いました。0.3mmの細いペンでストッキングの網やセーターの編み目をひたすらに描く人、街の看板に描かれた文字を全て収集して3D空間に浮遊させる人、窓から見える景色からホテルを選ぶという新しい提案をする人……。デザイン学科で鎌村さんは、「書道」のような型がなく、自由な表現の世界を知ったといいます。
「今の僕のベースはこの大学院でできたと思います。文字の表現としてやってはいけないことはないんだと気づきました。
文字や線がなぜ気になるのか、その奥には何が隠れているのか、その線の中にどんな可能性があるのか……。
きれいに文字を書くよりも、僕はそういう“正解がわからないこと”を見たいと思ったんです」
デザイン学科の修了制作に鎌村さんが選んだのは、6帖の部屋で10mの紙を自分の身体一つ分だけ広げて、回転と移動をさせながら文字を書き続けるという実験的なもの。
「書道学科ではできない」と鎌村さんがいうこの作品は、デザインの世界に触れたことから生まれたものでした。
文字って平面ではないはず。
実は深さだったり、距離もあるはずなんです。
そして、鎌村さん自身も自分の作品を見て驚かされることがあるといいます。
「僕も毎回、新しい線と出会っているんです。一本線を引くにしても、筆の傾きとか、墨の量とか、かすれによってどんな結果になるのか、全然分からない」
作り手自身、予想のつかないものが出来上がっているからこそ、私たち鑑賞者も新鮮な出会いを経験しているのかもしれません。
それでは、未来に私たちはどんな「書」と出会う可能性があるのでしょうか。鎌村さんに未来予想を伺いました。
「空気中にふわふわと文字がさまようような未来が来たら面白いと思っています。指で描いたものが線に変わって、風が吹いたら文字が消えちゃったり」
平面の紙を超えて、三次元の空間に文字を書ける未来。それを可能にする技術が生まれれば、紙の中では表現しきれないものを表せるのではないか。鎌村さんは期待を込めて語ります。
「文字って平面ではないはずで、実は深さだったり、距離もあるはずなんです。そういうのを含めて、書く人の体温を感じられるような表現ができれば、文字の可能性は広がるような気がします」
常に新しい線との出会いを求めている鎌村さんは、最近では文字から線そのものへ興味が移っているのだとか。
「線の塊である言葉から、線を開放してみたいということを考えています。どうやったら線がもっと自由になってくれるかな、ということを考えて最近は書いています。僕が目指す未来はそういうことの中に含まれているのではないかと」
型にとらわれない発想と方法で「書」に挑み続けている鎌村さんによって、正解を必要としない新しい「書」のあり方が開かれているようです。
鎌村和貴(かまむら・かずき)
1985年生まれ。大東文化大学文学部書道科卒業。武蔵野美術大学大学院基礎デザイン学コース修了。卒業後は株式会社資生堂デザイン部でデザイナーとして働く。2019年に秩父へ拠点を移すとともに独立。文字を中心としてイラスト、グラフィックデザインなどの製作をしている。また、アトリエ敷地内でカフェ「HAIL」も手がけており、ここではオリジナルのアイテムや作品を購入することもできる(2021年10月現在、コロナ対策のため休業中)。
Instagram:@kazuki_kamamura
Instagram:@hail_chichibu
【編集後記】
今回、編集チームは森にある、鎌村さんの創作の場にも同行させていただきました。木々が生い茂る自然の中で、白と黒のコントラストが、まるで生き物のような躍動感がありました。
自分たちの生活をふりかえると、パソコンの文字入力ばかりで、書くことが事態が減っている中、この書く動作に可能性を見出している鎌村さんの姿は、唯一無二な作品作りであると同時に、人間らしい未来のクリエティブのように感じました。
(未来定番研究所 窪)
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