2025.11.24

「魅力的な人を探すと、よき人生の先輩にたどり着くんです」。『つるとはな』編集長・岡戸絹枝さん。

誰もが避けられない「老いる」こと。生物のなかでも人間だけが「老い」と向き合うといいます。近年、「老い」にまつわる書籍を目にする機会や、年齢を問わず自身の「老い」について語る人が増えてきたように感じます。年齢を重ねることの意味づけや価値観が少しずつ変わりつつある一方で、「老い」とは何か、どう向き合うべきか、その輪郭をいまだ十分に掴めていないのも事実です。「老い」そのものを知ることは、これからの暮らしを前向きに捉え直すきっかけになるのでしょうか。今回の特集では、年齢を重ねることと向き合う目利きたちとともに、「老い」の価値と可能性を探ります。

 

2014年に創刊された雑誌『つるとはな』は、「人生の先輩に聞く」をテーマに、70歳以上の人たちの生き方や言葉を丁寧にすくいあげてきました。編集長の岡戸絹枝さんは、創刊当時59歳。以来10年に渡って、数多くの人生の先輩を取材し続けてきました。そして今年、岡戸さん自身も70歳を迎えました。年を重ねることを見つめてきた岡戸さんが、自らの人生を通して感じた「老い」の捉え方とは。

 

(文:船橋麻貴/写真:嶋崎征弘)

Profile

岡戸絹枝さん(おかど・きぬえ)

1955年埼玉県生まれ。立教大学文学部英米文学科卒業。1981年〈マガジンハウス〉入社(当時は平凡出版)。『週刊平凡』、『平凡』、『Olive』、『Hanako』編集部を経て、1998年から『Olive』の編集長を務める。2002年より不定期刊行の『ku:nel』を創刊。2003年3月から隔月刊行の『ku:nel』をスタートさせる。2010年に29年勤務した〈マガジンハウス〉を退社。2014年に『つるとはな』を創刊する。

https://www.tsuru-hana.co.jp/

個性が際立つ先輩たちの話を聞きたかった

F.I.N.編集部

2014年に『つるとはな』を創刊されました。なぜ立ち上げようと思ったのですか?

岡戸さん

私が前職の〈マガジンハウス〉を辞めたのが55歳の時で、2010年だったと思います。その後、4年ほどふらふらしていたのですが、その間に仲間と「何かできないかな」という話になったんです。

 

大きなきっかけは、『ku:nel(クウネル)』という雑誌を作っていた頃、おじいちゃんやおばあちゃんをたくさん取材したこと。私にとってそれがとても貴重だったので、彼ら彼女らに取材を特化する雑誌はどうかなって。それでもうまっすぐ、「おじいちゃんおばあちゃんだけが出てくるような雑誌にしよう」と進めてしまったわけです。

F.I.N.編集部

当時は今ほど年を重ねることに対して、前向きに捉えるというような動きは見られなかった気がします。

岡戸さん

そうかもしれませんね。ただ、私は社会情勢を読むとかがあまりできないので、自分の興味のあることで進めたかったんです。『ku:nel』の前は『Olive(オリーブ)』編集部にいたんですが、その時も仲間たちと「早く年を取りたいね」なんて話していたくらいでした。だから、『つるとはな』が世間に受け入れてもらえるかどうかより、人生の先輩方に話を聞きたい気持ち一心でした。

 

取材対象者は、当時自分が60歳に近かったので、60代の人たちだと近すぎるなと思い、70代、80代の方たちを意識していました。自分の行く先を生きていらっしゃるというよりも、『ku:nel』の時に取材した人たちの話がすごく印象に残っていて、「この人たちの話をもっと聞きたい」という感じだったんです。

F.I.N.編集部

岡戸さんが「もっと話を聞きたい」を思われる方々の共通点はあるのでしょうか?

岡戸さん

言葉にするのが難しいのですが、一言でいうと「個性が際立っていること」でしょうか。生きてきた月日を積み重ねることで、自分の個性が練られていくというか、より一層自分らしくなっているように見えたんです。その個性が際立っているところに魅力を感じていました。

F.I.N.編集部

取材対象者はどのように決めたのですか?

岡戸さん

『つるとはな』に登場する人たちは普通の方だったりもします。街中で見つけた素敵な方に「取材させてください」と声をかけたり、銀座の街中でスタッフと一緒に探したりと、本当にいろいろなことをして探し出しました。「この人、素敵」と直感で惹かれて声をかけても、本人からすると「なんで私なの?」「私が出てどうするの?」って。今思えば、創刊前で雑誌はまだできていなかったので、そう思われるのは当然ですよね(笑)。

「死」について問うのを辞めた日

F.I.N.編集部

取材時に大切にされたことは何ですか?

岡戸さん

最初の頃に聞きたいと思っていたのは、自分の最期についてどんな風に考えているか、つまり、「いずれ迎える死をどう感じていますか」ということでした。だけど取材を重ねていくうちに、「あまり意味がないな」と思うようになって、その質問は必要なくなった気がします。

F.I.N.編集部

なかなか勇気のいる質問ですね。なぜその質問をしなくなったのでしょうか?

岡戸さん

きっかけは、創刊号で取材させていただいたアイルランドでパブを経営している姉妹のおふたりでした。その方たちに「ご自身の最期について不安はないですか?」とたずねると、「いいえ」と即答してこうおっしゃったんです。「そんなことを考えたこともないわ。どちらかが病気ならともかく、起きてもいない未来を恐れるのは無意味よ。恐れて準備しても、その通りになるわけではないし、私たちにできるのは日々起きる現実をただ受け入れて、そのなかでベストを尽くすことだけ」と。それを聞いて、「ああ、それがすべてなんだな」と腑に落ちました。

 

それから、「仕事のどこが好きですか?」と聞くと、「忙しいこと」という答えが返ってきたことも印象的でしたね。夏は忙しさを楽しみ、静かな冬は夏が忙しくなることを思って、静けさを楽しむ。まさに、日々ベストを尽くして生きている。その姿勢に納得できたんだと思います。

『つるとはな』創刊号での取材が、岡戸さんの「いずれ迎える死」についての捉え方を変えた

F.I.N.編集部

その創刊号からほぼ毎年1冊ずつ出版されて、2024年に『つるとはな ミニ?』が出版されるまでの7年間お休みされます。それはなぜですか?

岡戸さん

雑誌の制作を休んでいたのは、ちょっと疲れちゃったことと、コロナ禍でマスクをしている人の顔写真を誌面に載せるのもなぁ……と思ったからです。そうこうしているうちに気づけば7年経ってしまって。

F.I.N.編集部

7年経って再び雑誌を出そうと動いた時、どんな変化を感じましたか?

岡戸さん

世の中的には人生100年時代といわれ、70代なんて若いという認識になっていて、元気な100歳の方がたくさんいらっしゃるような社会になっていました。駅に行っても、デパートに行っても、明らかに元気な年配の方が増えている。創刊当初より、健康年齢が10歳ぐらい上がったように感じました。私自身も70歳に近かったので、今後は「取材対象者は80歳以上にしなきゃ(笑)」って。

F.I.N.編集部

ここ数年でそう変化したのはなぜだと思いますか?

岡戸さん

医学の進歩はもちろん、コロナ禍を経て、「買いたい」「出かけたい」という気持ちがよみがえってきたのも、理由の1つかもしれませんね。自分の欲に対して前向きな気持ちがあると、行動的になれるのかなぁと感じています。

『つるとはな』5号から7年の時を経て、2024年に『つるとはな ミニ?』が出版された

自らの足で立ち、生活を楽しみ、今を生きる

F.I.N.編集部

岡戸さんは今年70歳を迎えられました。創刊時の取材対象者の年齢になられて、どんなお気持ちですか?

岡戸さん

もちろん、肉体的な衰えは自覚しています。昨年『つるとはな ミニ?』を制作した時も、デジタル化が進んでいてこれまでのような雑誌の作り方ではなくなっていたし、細かい校正の作業などが難しく感じたり。だけど、まわりのスタッフが助けてくれたし、「どうにかなる」という気持ちもありました。年を重ねると、若い頃よりも自分やまわりのことを俯瞰的に見られるというのはあるのではないでしょうか。自分がそうできているかはわかりませんが。

F.I.N.編集部

「老い」に対して前向きに捉えられるような社会になりましたが、それでも不安を抱える人は少なくない気がします。そんな方々に岡戸さんならどんな言葉をかけますか?

岡戸さん

これまで取材をしてきた方々の共通点は、自分を律し、自分で立つという精神を持ってらっしゃること。そして今を生きているという肯定的な感じがしました。ある新聞記事で読んだのですが、人生の生き甲斐をどんなところに感じるかという問いに、「目標を持つこと」と書いてあったんです。それは、小さな目標であってもいいと思うんです。目標があると、それに向かって努力する、顔を上げるということに繋がるのかなと思いました。

 

「老い」や病気、死といった、いずれやってくることに怯えていても、もったいない気がします。「老い」に不安を感じるのはしょうがないこと。だから受け入れるしかありません。それは肉体的な衰えだけでなく、日常に対してもまずうれしかったり悲しかったりする今日を受け入れて生きていく。それが大切だと思います。

【編集後記】

この取材で強く感じたのは、過ごしてきた時間が個性を深めてくれるということです。年齢を重ねることで、自分らしさが研ぎ澄まされるという視点は、老いと向き合う鍵になると思いました。そして、「未来を恐れて準備するより、今日という現実に向き合い、ベストを尽くす」という考え方に心が動きました。老いを知ることは、今をどう生きるかを問い直すきっかけになる。そんなことを実感した取材でした。

(未来定番研究所 榎)