2024.08.26

言葉

細谷功さん、言葉の意味がズレて伝わってしまうのはなぜですか?

日頃から私たちそれぞれが思いを伝えるために使っている「言葉」。近年はインターネットやSNSが生活に定着し、以前よりも個人が言葉を発信する機会が増えたように思います。SNSを発端に新しい言葉やそれにまつわる文化が次々と生まれる一方で、不特定多数の人に触れられることから、違う意味合いで思いが伝わってしまうことも。言葉の楽しさにも難しさにも直面している今こそ、F.I.N.ではその可能性を信じて探求していきます。

 

今回は、「抽象化のツール」としての言葉の不完全さを研究している細谷功さんに、言葉によるコミュニケーションでズレが生じる理由やこれからのコミュニケーションのあり方について伺いました。さらに、細谷さんが開発した思考を可視化するツール『DoubRing』(ダブリング)をF.I.N.編集部員で実践。日頃当たり前のように使っている言葉のズレを可視化します。

 

(文:大芦実穂/写真:西あかり/サムネイルデザイン:岡本太玖斗)

Profile

細谷功さん(ほそや・いさお)

神奈川県出身。株式会社東芝を経てビジネスコンサルティングの世界へ。外資系/日系コンサルティング会社を経て独立。執筆活動のほか、問題解決や思考に関する講演やセミナーを国内外の大学や企業などに対して実施している。

著書に『地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」』、『アナロジー思考 「構造」と「関係性」を見抜く』『問題解決のジレンマ イグノランスマネジメント:無知の力』(以上、東洋経済新報社)などがある。

https://www.isao-hosoya.com/

https://twitter.com/isaohosoya

言葉は私たちが思っているほど“よくできたもの”じゃない?

F.I.N.編集部

言葉によるコミュニケーションにおいて、共通の言語を使っていても、話す側と受け取る側で解釈がズレてしまうことがあります。細谷さんはなぜだと考えますか?

細谷さん

それは言葉が抽象化の産物だから、仕方がないことなんです。言葉は、話す人にとって都合のいい性質を抜き出している状態。例えば、今このテーブルの上にはコップがありますが、これを「コップ」と言った時点で、物体のある特徴だけを抜き出していることになります。「円柱」「液体が入っている」「高さが10cm」など、実はたくさんの性質があるにもかかわらず、それらを全部取り除いて、都合よく「用途」として見た場合に「これはコップです」と言っているのです。

細谷さん

よく「表現が切り取られた」なんて聞きますが、我々が使っている言葉自体、100%切り取りなんですよ。私は、言葉とは欠落商品だから、そもそも完璧なコミュニケーションなんて成り立つはずない、というのが大前提だと思っています。

F.I.N.編集部

なぜ、私たちは同じものを見ても、異なる特徴をピックアップしてしまうのでしょう。

細谷さん

それぞれの関心領域によって無意識の前提が違うからです。例えば、「成功」と「失敗」の関係について考えるとき、答える人が大企業の社員なのか、はたまたスタートアップの起業家なのかで、それぞれの言葉の捉え方が変わりますよね。

 

例えば、ある小学校で、先生が朝教室に着くと、掃除用具が出しっぱなし。でも先生は昨日生徒に「しまって」と伝えたと思っている。そこで生徒に、「昨日掃除道具しまってね、と言っておいたでしょう」と言うと、生徒は「先生は掃除道具をしまってなんて言ってない」と。なぜこのズレが起きてしまったのかというと、生徒は嘘をついていたわけではなく、先生は「教室を片付けてから帰ってね」と伝えていたのです。先生の認識では、「教室の片付け」=「掃除道具もしまう」だったのですが、生徒は掃除道具までしまうとは言われてないと。

 

このすれ違いは、マンションの異なるフロアで話しているようなもの。「部屋をきれいにしてね」は抽象的なので高層階、「掃除道具しまってね」は具体的なので低層階のようなイメージです。どのフロアで話をしているか、その前提をすり合わせずに話をするから、さらにそもそも複数のフロアが存在していることそのものにお互い気づいていないから、すれ違いが生まれてしまうのだと思います。

すれ違いは、簡単な方法で回避できる

F.I.N.編集部

言葉によるすれ違いを防ぐためにはどうしたらいいでしょうか?

細谷さん

まず、言葉は切り取られたものであることを認識する必要があります。その認識ができていないと、自分のいるフロアが正しくて、他のフロアは間違いだと思ってしまう。でも、「そもそも複数のフロアが存在している」と認識することで、最初から欠落しているものなんだとわかっていれば、「今、どのフロアから話しています?」と聞き返すことができるんですね。

 

それから、「正しい」と「間違い」というボキャブラリーを自分の中からいったん外してみることも大切です。「正しい」というのは、前提があってはじめて成り立つもの。試験問題やスポーツなどがいい例です。例えば、試験の問題には、あらかじめ「正しい」とされる答えが用意されているので、そこから外れていれば「間違い」になりますね。

 

一方で、例えば気候変動について考える時、何が「正しい」か「間違い」なのか、おそらく国によってそれぞれ解釈が異なります。にもかかわらず、国同士「正しい」を押し付け合うことは、国家間の争いを生むことにもつながりかねません。これはそもそも「前提条件の違い」によることがほとんどであって、「正しい」「間違い」の言葉を使う前にしつこいぐらいに「その前提条件は何なのか?」を確認することが重要だと思います。だから個人で他人に対して「正しい」「間違い」を言いたくなった場合も同様です。他人と意見が異なった場合に、それを「自分が正しくて相手が間違っている」という方向に考えがちですが、最終的には意見の違いは(前提条件を重ねていくことで)「好き」「嫌い」という「好みの問題」に変換していくぐらいがいいんじゃないかと。そうすれば、SNS上でよくあるような無用の争いも減ってくるのではないかと思います。例えば誰か「なすは嫌いだ」と言っても、「それは間違っている!正しくない!」いう人はいませんよね。「嫌いなんだね、わかった」でいいですよね。多様性という話にもつながると思います。

F.I.N.編集部

言葉で相手と完璧にわかりあうことは難しいという認識は、なかなか世間に浸透していないようにも思います。なぜだと思いますか?

細谷さん

そもそも言葉には計り知れないメリットがたくさんあるからです。言葉を使えるのは動物の中で人間だけですし、人間の知能そのものだともいえます。つまり、言葉がどれだけ人間を賢くしているかと考えると、使用して得られるメリットのほうが大きすぎて、言葉の不完全さに気付きにくいのだと思います。

SNSでは抽象的な話を飛ばしてしまいがち

F.I.N.編集部

近年はオンライン上でコミュニケーションが完結することもよくあります。オンライン上で起こるコミュニケーション不和の原因は何だと思いますか?

細谷さん

インターネットが出てくる前は、双方向のコミュニケーションというのは、家族や友達など比較的狭いコミュニティの中で行われていました。その場合、具体的な表現だけでも話が進むので、抽象的な話はなくても成立します。でも同じことを会ったこともない遠方の人に説明するとなったら、「いつものそのコップ」では伝わらないから、ガラスでできた筒状のもの、など抽象的な描写が必要になります。つまり、遠くにいる人や、会ったこともない人と話す場合は、ある程度抽象概念を交えないと伝わりづらいんです。ただしそうすると今度は具体性を捨てることになるので、今度は受け取った方は勝手な解釈をし始めて結局「違うものを思い浮かべながら同じものだ」という認識でコミュニケーションが始まってしまいます。

細谷さん

そのことを踏まえたうえで、現在のSNSに何が起きているかというと、具体と抽象の区別がわからずに発言している人が多く、それによりコミュニケーションギャップが生じているんですね。家族の前で話す「今日は〇〇に会ったよ」というような具体的な話を、何十万人に向けて発信してしまっている。本来、多くの人によりわかりやすく届けたいのであれば、普遍的な要素も含めて話す必要があります。

 

あるいは逆に中途半端に抽象的な表現をすると、それは人によって具体化という解釈が千差万別になってしまうために各人が勝手な解釈をしている(ことにすらお互いが気づかない)という状況が発生します。

 

また、異なるフロア同士が会話をしている(ことに当人同士が気づいていない)のも問題です。例えば、大きな競技場でサッカーをやっている選手と観客という構図を思い浮かべていただくといいかもしれません。局所的、かつ「結果が出た後」にものを申せる観客と、全体をさまざまな経緯や先の展開を考慮しつつ結果が出る前にリスクを取って行動しなければいけないプレイヤーとでは、「前提条件」が全く異なる土俵にいることになります。(→この表現は実際の競技場での「高低」と異なるので理解されるのが難しいかもしれません)。観客は試合中に「なんで簡単なミスするんだ」とか好き勝手言いますよね。以前であれば、選手には観客一人ひとりの声は届きませんでした。しかし、SNSができたことで観客の声が選手に届くようになりました。以前なら「そもそも競技場でプレイできるだけでごく特別な限られた特別な人間であること」は明確に線引きがされていたのが、いまではあたかも同等の人のように直接会話をすることができるようになってしまいました。本来は違う場所にいる具体と抽象の人が同じ場所で話しているので、コミュニケーションがグチャグチャになってしまっているんですね。

言葉のズレを可視化するツール『ダブリング』が叶える未来とは

F.I.N.編集部

これまでのお話で、人によって言葉に対する定義が曖昧なことがわかってきました。『ダブリング』開発のきっかけを教えてください。

細谷さん

実は最終的には「世界平和」のためにつくろうと思ったんですよ(笑)。例えば将来、私が世界の知らない国をぶらぶら歩いていたら、子供たちが壁に2つの円を書いて、これとこれはどうだとかそれぞれの意味について話し合っている。そんな未来を思い描いてつくりました。

『ダブリング』の回答画面。Web上では、8つの質問を誰でも試すことができる。2024年8月時点で世界中から約5,000人が回答。

細谷さん

それから、ビジネスコンサルタントとしていろんな企業の話を聞いている中で、言葉が違う定義で使われているということに気づいたんですね。「マーケティング」という言葉1つ取っても、広報やPRをマーケティングと定義している会社もあれば、戦略そのものや市場調査のようなものを指すところもあって、すごく違いがあることが見えてきた。そこを可視化したいと。先ほども述べた「言葉は欠陥商品」だということ実証できれば、さまざまな場所で発生しているコミュニケーションのギャップを解消することができるんじゃないかと思ったのがきっかけです。

F.I.N.編集部

どのように言葉のズレを検証していくのでしょうか?

細谷さん

2つの言葉を用意して、その言葉の関係を円のみで表現するものです。「大小関係」と「重なり関係」によって9パターンに単純化してしまったことで、比較や統計処理が可能になったところがポイントです。図を見てもらうとわかりやすいかもしれません。それから、実際に結果を見て、それぞれどのように感じているのか、他の回答者はどうか、比べてみるといいと思います。

Webで公開している『ダブリング』の回答結果の一部。約5,000人が、「成功(A)」と「失敗(B)」の関係を表す円を、下部の9パターンから選んだ結果。

F.I.N.編集部の思考を、『ダブリング』で可視化してみた

F.I.N.編集部

今回は『ダブリング』を使って私たち編集部の思考を可視化してみました。検証した言葉はこの4項目です。

1. AIA)と人間(B)との関係を2つの円でどのように表現しますか?

2. 現在(A)と未来(B)との関係を2つの円でどのように表現しますか?

3. 伝統(A)と革新(B)との関係を2つの円でどのように表現しますか?

4. 定番(A)と流行(B)との関係を2つの円でどのように表現しますか?

細谷さん

回答を集計してきました。結構ばらけていますね。

F.I.N.編集部の回答結果。

F.I.N.編集部(内野)

「AI」と「人間」の質問は、どちらが良い・悪いではなく、単純にAIの方が人間より分母が多いのではと思って、AIの中に人間がすっぽり収まっているパターン3を選びました。それに今はまだ人間がAIを使っているけれど、これからはAIに使われるかもしれませんし。

F.I.N.編集部(榎)

私はまったく逆のパターン9を選びました。人間がいなければAIは存在していないという理由から、人間の中にAIがいるという図を選びました。

F.I.N.編集部(渡邊)

AIと人間を区別できるか考えて、一部が重なっているパターン5を選びました。AIが人間そっくりの発言や作品を生成できる一方で、再現できない人間味やAIにしかない能力もある気がして。

細谷さん

いつも使っている言葉でも、人によって違う側面から見ていたことがわかると思います。ワークショップのアイスブレイクや、会社のプロジェクトの意識合わせとして使ってもらうこともありますね。小中高などの教育現場で、概念を教える時に使ってもよさそうだなと思います。例えば「戦争と平和」の関係について考えてみるとか。もちろん何が正解というのはありませんが、いろいろな考え方があるというのを共有するきっかけになります。

F.I.N.編集部

最後に、5年先、10年先の未来、言葉とコミュニケーションはどうなっていくのか、細谷さんのお考えを教えてください。

細谷さん

言葉とコミュニケーションは、人間が何千年も前から使っているという意味においては、5年、10年で基本的には変わらないと思います。ただ、今後数年単位で大きく変わっていくとすれば、やはりそれはAIだろうと。今後開発してみたいのは、思い違いのパターンをいくつか用意しておいて、それをAIに学習させ、人間の言葉の争いが起きた時に、「あなたたちは今パターンAにはまっていますよ」など言葉による解釈のズレを教えてくれるツール。インターフェース的なところができてくれば、SNSにうまく組み込めるんじゃないかなと思っています。自動化することで、無用な争いや思い違いを防いで、コミュニケーションのすれ違いを改善できるかもしれないですね。

【編集後記】

細谷さんが冒頭におっしゃった「言葉とは欠落商品だから、そもそもコミュニケーションなんて成り立つはずない、というのが大前提」というお話に感銘を受けました。具体と抽象を使い分けて話すこともそうですが、日々何気なくおこなっている会話に難しさを感じていた私にとって、少し心が軽くなる思いでした。

また今回ダブリングにより個々の言葉に対するイメージがこんなにもはっきりと異なるのだということを目の当たりにして驚きました。AIが認識のズレを教えてくれる未来に期待をしつつも、まずは前提の確認や歩み寄りを忘れずにやっていきたいと思います。

(未来定番研究所 榎)