ここ数年で疲れている人が増えた気がします。情報に常に晒され、他者との関わりの中でも相手を傷つけないようにとどこか緊張感を抱えながら過ごす日々。社会のあり方が変わるにつれ、疲れのかたちもまた変わってきているように思います。私たちはいま、何に疲れているのでしょうか。疲れとどう向き合えば、よりよく暮らしていけるのでしょうか。F.I.N.では、日々疲れの原因や疲労回復を探求する目利きたちとともに、5年先の定番になりそうな「疲れとの付き合い方」を探ります。
今回F.I.N.編集部が訪れたのは、特別企画「ツカレからの脱出 ~疲れとやすみのサイエンス」を開催中の東京・青海にある「日本科学未来館」。現代人の「ツカレ(疲れ)」に着目し、科学的な視点や最新のテクノロジーを交えて解き明かす展示です。会場では、企画を担当した科学コミュニケーターの渡邉桂佑さんに案内していただきながら、疲れを軽減するためのアイテムを体験。F.I.N.編集部員が、おすすめのアイテムをピックアップします。
(文:大芦実穂/写真:西あかり)
「疲れ」は細胞レベルで起きている
仕事終わりや運動後、季節の変わり目など、日常的に感じる「疲れ」。でも一体「疲れ」とは何なのでしょうか?まずは「疲れの正体」について、「日本科学未来館」の科学コミュニケーター・渡邉さんに教えていただきました。
「疲労とは、私たちの体や臓器、さらに細かくいえば細胞レベルで起こる現象です。何らかのストレスや負荷によって、それまでうまく機能していた細胞が働きにくくなったり、本来の機能を果たせなくなった状態のことを指します」
「疲労」と「疲労感」にも違いがあると続けます。
「疲労感とは体が私たちに送るアラートシステムのこと。細胞が自分の処理能力を超えて働き続けると、最終的には死んでしまいます。そこで、細胞が死んでしまう前に『体は疲れているよ』と知らせるため、サイトカインと呼ばれる物質を分泌します。このサイトカインが脳に届くことで、私たちは『疲れた』という感覚を自覚するようになります」
今回、「疲れ」を展示テーマとして取りあげたのには、多くの人が疲れを感じているにも関わらず、それを科学的に解説する取り組みが少ないと感じたからだといいます。
「10万人規模のアンケートで、約8割の人が『普段から疲れを感じている』と回答しています。ストレスが多く、仕事も忙しい現代社会では、疲労はもはや現代病といっていいほど大きな問題になっています。でも、『疲れの正体って何ですか?』と聞かれて、すぐに答えられる人は少ないと思うんです。身体の現象を科学的に説明するのは簡単ではないですし、関心の高いテーマだけに、怪しげな情報もあふれています。それに、科学館の展示で『疲労』を正面から扱った例は実はほとんどありません。だからこそ今回、疲労科学にしっかりと向き合い、科学的な視点から発信しようと、この展示を企画しました」
疲れと上手に付き合うための3つのステップ
疲労について少しだけ理解したところで、さっそく展示会場を見てまわります。
「ツカレからの脱出 ~疲れとやすみのサイエンス」は、「自分の疲れに気付く」「疲れの正体を科学的に知る」「自分らしく疲れと付き合う方法を見つける」という3つのパートで構成されています。順を追って観ることで、疲れと付き合うためのコツを掴むことが最終目標です。
また、休息のための7つのアクションも提案。「やすめる」「たべる」「ふれあう」「たのしむ」「つくる」「きりかえる」「はなれる」のなかから、来場者が自分に最も適した休息方法を発見できるプログラムになっています。これらは疲労科学が専門の東京慈恵会医科大学 疲労医学講座 特任教授である近藤一博さんと一緒に考案したそう。
さて、まずは「自分の疲れに気付く」ためのコーナーから観ていきます。大きなボードに日々を忙しく生きる現代人たちの心の声がフキダシになって描かれています。満員電車に乗った人が「人多いよー。暑いし、眠いしもうやだ、帰りたい……」とつぶやくシーンが。「ご自身と重なる人はいませんか?」と渡邉さん。(確かに、こんなふうに感じたこと、あります!)このように、今まで「プチストレス」と思っていたことが、実は「疲れ」だったと気づけるような仕掛けになっています。
続いて、「疲れの正体を科学的に知る」パートへ移っていきます。ここでは疲れの生理的メカニズムについて、パネルでわかりやすく解説しています。渡邉さんによると、最新の研究ではウイルスで疲れを測定できる可能性がでてきているそうです。
「私たちの体には、ヘルペスウイルスがたくさん潜んでいます。唇の水疱や帯状疱疹を引き起こすウイルスの仲間といえば、皆さんにも馴染みがあるのではないでしょうか。このウイルス、普段はおとなしくしているのですが、疲労が蓄積されてくると活発に動き出し、外に出てくるという性質があります。そこで注目されているのが、唾液中のウイルス量を測定することで肉体の疲労度を把握するという研究です。実際、残業時間がない人と残業を重ねている人の唾液を比較したところ、残業している人の方が口の中により多くのウイルスが検出されるというデータが得られています。将来的にはこのような客観的な測定方法を活用することで、過労死の予防に繋がる可能性があるのではないかといわれています」
疲れを科学的に理解できたら、最後の「自分らしく疲れと付き合う方法を見つける」コーナーへ。こちらには最新のテクノロジーを使った、疲れを癒すためのアイテムが展示されています。実際に手に持ったり、耳で聴いたりできるアイテムを体験してみました。
最先端のテクノロジーを駆使した癒しアイテムを体験
7つの休息方法である「やすめる」「たべる」「ふれあう」「たのしむ」「つくる」「きりかえる」「はなれる」のどれかに当てはまる、疲れを癒すアイテムがずらり。まずは編集部員の気になるものから試してみます。
Qoobo(クーボ)
しっぽのついたクッション型セラピーロボットQooboは、すでに高齢者介護現場などで活躍しているそうです。撫でるとしっぽがまるで生き物のように動きます。
甘噛みハムハム
こちらは口の中に指を入れると、甘噛みをしてくれるというぬいぐるみロボット。噛み方にもバリエーションがあり、なんともいえない心地良さを与えてくれます。
シンコキュウ
ゆっくりと上下に開いたり閉じたりして、深い呼吸を促す卓上デバイス。人が持つ、目の前の動きにつられる性質(運動共感)を生かし、呼吸のリズムを整えることを目的に開発されたそう。
ZZZN sleep apparel system
こちらは最適な睡眠環境を提供するアパレルシステム。眠りたい時にすぐに眠れる、ウェアラブルな布団のようなもの。心拍数やストレス値などの生体データをモニタリング・記録し、それに基づいて照明や音響を調整することで、最適な睡眠環境を提供します。
デジタル森林浴
森林浴をすると、副交感神経が活性化して、怒りや焦りの感情が減るという効果があるといわれており、同様の環境をデジタルで再現。映像や音響、香りなどを駆使し、実際に森林浴をした時と近い水準の癒し効果が期待できるそう。
tumi-isi
「何かに集中することで、無になった経験はありませんか?」と渡邉さん。こちらは、積み石を木のブロックで再現した積み木。1つ1つ職人の手作りで、それぞれ微妙に形が違うのだとか。子供から大人まで人気の玩具です。
休み方が多様になり、自分らしく休める未来
一通り見たり体験したりしたところで、特に推したいアイテムをF.I.N.編集部員がバイヤー的観点からピックアップしてみました。
1つ目は「デジタル森林浴」。
「実際に森林浴に出かけるのは難しくても、ちょっとした隙間時間に体験できたら、気軽な癒しになりそうだなと思いました。個人が導入するのは大変なので、企業などが休憩スペースに設置するのがよさそうです」(榎)
2つ目は、大人もハマってしまう「tsumi-ishi」。
「無心になれるというか、仕事や今日の晩御飯のことを忘れてすっかり夢中になってしまいました。小さいものの上に大きいものを乗せるという自分の課題に挑戦して、それが達成できた時には快感を得られました。ダイレクトに達成感を得られる『ゆる挑戦』が自分に合っていて心地よかったです。」(内野)
最後に、5年先、10年先の未来、疲労との関わり方はどのように変化するのでしょうか?渡邉さんに聞いてみました。
「テクノロジーが進歩すればするほど、私たちの生活は便利になる一方で、疲労も蓄積しやすくなっていきます。とはいえ、疲労回復のために活用できる技術や手段もどんどん増えていて、休み方もますます多様化していくのでは、とも思っています。近年はカスタマイズ性が注目されていますよね。例えば、外食でもトッピングをしたら、自分だけのメニューが作れるように、休み方も寝るだけじゃなくて、いくつもの休み方を組み合わせて、自分だけの『最強休みプラン』を作ってもいいと思います。この展示をきっかけに、自分らしい休み方を発見して、そのうえで適切な時にきちんと休んでほしいなと思いますね」
「日本科学未来館」Mirai can NOW 第10弾
ツカレからの脱出 〜疲れとやすみのサイエンス
開催期間:9月15日(月・祝)まで※一部、休館日あり。
開催場所:日本科学未来館1階シンボルゾーン(東京都江東区青海2丁目3番6号)
料金:無料 (常設展、特別展、ドームシアターは別料金)
【編集後記】
今回の取材を通じて、疲れは単なる気分ではなく、細胞がサイトカインを分泌し、脳に届くことで生まれる「体や脳のシグナル」なのだと初めて知りました。
誰もが感じる「疲れる」というテーマだからこそ、改めて考える意義を感じました。中でも「デジタル森林浴」や「tsumi-isi」は新鮮で、自分に合った休み方を考えるきっかけになりました。便利さが疲労を生む一方で、それを癒す方法も進化している。「最強休みプラン」という言葉に、自分の疲れに合った休息を選べる未来を感じました。
(未来定番研究所 榎)