目利きたちと考える、季節の新・定番習慣。<全10回>
2024.12.27
満たす
最近「満たされた」と感じたのはいつでしょうか。時代が進むにつれて世の中はモノがあふれ、「贅沢」を味わう手段も増えていきました。一方で、たくさん消費することよりも1点1点の質を重視する人、お金ではなく時間をかけること自体を「贅沢」に感じる人も多いよう。「贅沢」や「豊かさ」の定義が変化する今、私たちを「満たす」ものはどういったものなのでしょうか。目利きたちに自身の経験やアイデアを伺いながら探っていきます。
今回着目するのは、138億年前にビッグバンによって誕生した宇宙。いまだに謎の多い存在ですが、なぜ私たちは昔から地球を飛び越えて宇宙を求めるのでしょうか。宇宙には私たちを満たすような「何か」があるのでしょうか。その秘密に近づくため、銀河天文学者の大内正己さんにいくつかの問いを投げかけます。
(文:船橋麻貴/イラスト:妹尾香里/サムネイルデザイン:久保悠香)
大内正己さん(おおうち・まさみ)
銀河天文学者。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。アメリカ宇宙望遠鏡科学研究所ハッブル・フェロー、カーネギー天文台カーネギー・フェローを経て、現在、東京大学と国立天文台の教授を兼任する。研究テーマは、宇宙史初期、銀河形成、宇宙の大規模構造、観測的宇宙論。
Q.宇宙の神秘に初めて触れたのは?
「小学校1年生の時、宇宙の本を見て泣きました」
今から40年以上前、私はあまり本を読む方でもなく、科学にもまったく興味がなかったのですが、同級生の間で「あの本、すごい」と噂になっている本が小学校の学級文庫にあったんです。その本を借りてみたら、46億年前に隕石が合わさって地球ができ、隕石に含まれる水が海となり、やがて生命が誕生したというようなことが書かれていて、それを見た瞬間にものすごく感動してしまって……。
なぜかというと、その本で知った地球の姿が自分の見ている世界とは全然違ったから。46億年前の地球では漆黒の闇の中で隕石がビュンビュンと行き交っているのに、今の自分の周りには豊かな緑があって生命が満ちている。まったく同じ場所なのに、遠い昔にあった危うい世界と今の美しい世界、そのコントラストに衝撃を受けて、気づいたら涙があふれていました。
Q.宇宙を研究していて、満たされた瞬間は?
「130億光年かなたの宇宙に、巨大天体を見つけた瞬間です」
私たち人類はどこからきたのか。46億年前の地球はどんな姿だったのか。宇宙の大きさと悠久の時に興味があり、銀河天文学者になりました。私の研究対象を一言でいうと「宇宙の歴史」。例えば、100光年かなたにある星を見ると、100年前の姿を見ることになる。つまり、遠く離れた宇宙を見ることは、昔の宇宙の姿を捉えることになります。1990年代以降に完成した巨大望遠鏡を使うと、100億光年超の宇宙の様子を知ることも可能です。
そうした研究を続ける中で、満たされたと思えるような瞬間はいくつもありました。なかでも、2009年にハワイの観測所で見つけた古代の天体「ヒミコ」はとても思い出深い。本来は違う天体を探すために望遠鏡を見ていたのですが、130億年前の古代の宇宙にこれまでの常識を覆す大きな天体が偶然見つかった。この時の経験は何物にも代え難く、科学者として満たされた瞬間だったように思います。
Q.果てしない宇宙研究。壁にぶつかることはないのですか?
「失敗ばかりですが、宇宙に差し込む光を信じています」
宇宙を研究すればするほど、自分の無知を思い知らされます。それに科学の世界は非常に厳しい。自分で仮説を立てて観測で検証できたと思っても、第三者がやって同じ結果が出なければ認められることはありません。もちろん自信はなくなりますが、たとえうまくいく確率が1万分の1だとしても、やらなければ成功に近づくことすらできない。成功する確率が低くてうまくいかなくても、それは科学にとっては重要なプロセスです。「失敗は成功の母」。そう自分に言い聞かせて、宇宙の研究に取り組んでいます。
Q.今、宇宙はどんな状態になっていますか?
「高齢化社会が進んでいます」
138億年前に誕生してから宇宙では、新たな星が次々と生まれ、100億年くらい前にピークを迎えています。ところが、その時期を境に星が生まれるスピードがだんだんと落ちているんです。今でも新たな星は生まれていますが、最盛期と比べると10分の1ほど。超高齢化社会といえます。
ではこの先、宇宙はどうなるのか。宇宙空間が収縮してつぶれる「ビッグクランチ」、急膨張して宇宙の物質が散り散りになる「ビッグクリップ」、永遠にゆっくりと膨張し続ける「ビッグフリーズ」などの可能性が考えられています。結論はまだ出ていませんが、最新の観測結果を見ると、宇宙はつぶれもしないし、引き裂かれもしない「ビッグフリーズ」になっていきそうです。
ただ、星が輝き続けると水素ガスを使ってしまうので、次の世代の星の誕生に必要な水素ガスがほとんどなくなってしまう。だから100兆年後くらいには、新しい星が生まれなくなっているかもしれません。
Q.宇宙人っていますか?
「そろそろ見つかるかもしれません」
地球は宇宙の一部。そこで暮らす私たちだって宇宙人です。
宇宙にある生命は私たち1種類だけしかいないのか、それともたくさんあるのか。科学的な根拠は何も見つかっていないので、「わからない」というのが今の私たち科学者の答えです。
もちろん、推測することはできます。宇宙にある星の数、その中で惑星があって水や生命が存在する確率、さらにその生命が高度な文明を獲得する確率などを掛け合わせると、一生かけても数えられないような数字が算出されたりします。
もっと単純に、これだけ多くの星があるならば、地球外生命は存在する可能性はおそらく0にはならないでしょう。私個人としては、いたらいいなという思いが半分。残りの半分はマズいことになるかもしれないという不安があります。理由は、友好的な地球外生命ならそれは宇宙が楽しくなるでしょうし、そうでない場合は私たちより文明が進んだ地球外生命が私たちに何かしらの危害をもたらすかもしれないから。
今、地球外生命を見つけるだけの技術はすでに獲得していて、宇宙研究を行う科学者たちが研究を進めているところです。だから、そろそろ見つかってもおかしくないです。自分たち以外の生命が宇宙で見つかった時、それはそれは満たされるものがあるでしょうね。「私たちは宇宙の中で孤独な存在なのか?」という、人類が抱いてきた長年の問いへの答えになりますから。
Q.宇宙に行ってみたいですか?
「乗り物酔いがひどくて、行けそうにありません(笑)」
ジェットコースターはおろか、ぐるぐる回るのも苦手。乗り物酔いをする方なので、まず宇宙船に乗るのが難しそうです。でも1度くらいは、地球を離れて、自分が住んでいる素晴らしい世界を見てみたいです。
Q.私たちが宇宙に惹かれるのはなぜですか?
「未知のことに憧れがあるのだと思います」
わからないことを知ることは、なんとも言えない高揚感があると思います。それは私たち科学者も同じ。例えば山に囲まれた土地にいるならば、山の向こうが知りたくなる。その山を越えてみると、また新たな山が見えてくる。そうなるとやはり登ってみたくなるわけです。とくに宇宙の謎は無限にあるので、登っても登ってもまた新たな山が広がっています。その連続ですがこれまで登った山を振り返ってみると、自分の知の地平が広がっていることに気づきます。わからないことを追求したり探究したりして答えに近づくことは、自分を満たしてくれると思います。
Q.大内先生にとって、宇宙はどんな存在ですか?
「大きすぎる存在です」
宇宙の謎を研究しても解けないことはたくさんあるし、解けたとしても新しい謎が次々と出てきます。だから、全部理解できたということにはなりません。宇宙の真実に近づくためには、これまでの研究を元に、次の世代の天文学者にバトンを繋ぐ必要があると思います。自分の生涯をかけてもすべての謎を解き明かすことは難しい。科学者としても私個人としても、宇宙はそのくらい大きな存在です。
Q.この先、どんな宇宙の謎が解けますか?
「近い将来、宇宙と人類の始まりが明らかになります」
初期の宇宙は熱いガスだらけだったというところまでわかっているのですが、その後、どのように星が生まれ、どのように銀河ができたのかはまだわかっていません。だから、初めて生まれた星や銀河の様子をなんとかして捉えたい。それが科学者としての私の希望です。
それから、宇宙はどうやって今の世界になっていったのか、 私たち人類はどこから来たのか、他の宇宙生命は存在するのか。さらには、今は謎だと思われていない、新しい謎も出てくるでしょう。そのような新しい謎に出会いたいですし、それらの答えに少しでも近づきたい。昨今の技術の発展は著しいとはいえ、全ての謎には答えられないでしょう。尽きることのない謎に満ちた宇宙を、私たちは生涯をかけ、世代を跨ぎ、長い長い時間の旅をし続けることになることでしょう。
【編集後記】
今回、銀河天文学者の大内正己さんにお話を伺い、物質的な豊かさを超えた知識の探求が心を深く満たす力を持っていることを実感しました。未知の事柄を探求する喜びは、答えに簡単にたどり着かないほど大きく、知ることの充実感を改めて認識させられました。
また、すぐに答えが見つからない複雑な問題に立ち向かう過程が、暮らしの中に充実を与えてくれるとも感じ取れました。未知への挑戦から得られる達成感は、日々の忙しさの中で見過ごしてしまいがちな「豊かさ」を発見する手がかりになるのだと思います。
(未来定番研究所 榎)
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