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2023.08.08
二十四節気新・定番。
「二十四節気」とは、古代中国で生まれ、日本でも古来親しまれてきた暦です。めぐる季節の変化に寄り添い、田植えや稲刈りの頃合いを告げる農事暦でもありました。今でも折々の季節を表す言葉として愛されています。「F.I.N.」では、季節の変化を感じ取りにくくなった今だからこそ、改めて二十四節気に着目する潮流が生まれ、季節の楽しみ方の新定番が出てくるのではと考えました。
第5回目は、今年の立春に二十四節気がテーマのEP『室礼』をリリースした音楽家の冥丁さんと、その制作を提案した、「余白をしつらふ」をテーマに表現活動をしているWARAの絵里さんに話を伺いました。環境音を使って楽曲を制作する冥丁さんの自然との向き合い方とは。
(文:大芦実穂)
季節の巡りを感じられる
EP『室礼』の4曲
EPには、立春・立夏・立秋・立冬の4曲が入っています。季節が立ち上がり、また巡っていくというコンセプトです。すべてのトラックにピアノの音色が使われていますが、これは聴く人に、一年を通して流れる季節の巡りの中にたたずんでいる、という感覚を与えたかったからです。次に、時間(季節)を表現するために、各楽曲に異なる要素のアンビエント(環境音)を配置しました。
例えば、春は1年の始まりをイメージして、ピアノの音だけで構成しつつ、夏はピアノに加えて潤いと湿度、そして涼感を意識したアンビエントを配置しました。秋は虫の音やノイズなどをブレンドし、哀愁のある雰囲気に。冬は白い吐息と澄んだ空気を思わせる環境音を背景にして、やはりピアノを展開しました。この4曲を通して聴くことで、季節の一巡を感じてもらえたらと思います。(冥丁さん)
「季節を聴く」をテーマに
非言語での表現に取り組む
WARAは、余白にまつわる様々な表現活動をしています。稲藁を使ったしめ縄や、「関守石」という千利休が始めたという印、それから日本の暦や月の巡りをテーマにした催しなどをしています。新型コロナウイルスが流行して緊急事態宣言が出された2020年頃より、インスタグラムなどを表現の場としてスタートしました。次の表現を考えるにあたり、五感にまつわる 表現がしたいと考え、WARAを始めた頃に出会った冥丁の音楽がぴったりなのではと思い、楽曲を作ってほしいとオファーしました。
最初は二十四節気というよりは、「時をしたため 季節を聴く」という言葉を冥丁に渡していました。その中のアイデアが二十四節気でした。日本には四季があり、お正月には年賀状を書いたり、夏には残暑見舞いを出したりと行事があるわけですが、そうしたように親しい人に手紙を綴るイメージで楽曲が欲しいなと考えていました。そこで、春夏秋冬のイメージ写真と、それに対して、春は「雪解け・芽吹き・目覚め」、夏は「打ち水・半夏生・憂鬱」などの言葉を事前に投げかけて、あとは最低限のリクエストをしました。
曲が完成するまで全てお任せしていたのですが、実は楽曲ができてから互いの意見が交わらず、一旦白紙にする話まで出たんです(笑)。私が当初思っていた冥丁の雰囲気とは違う作品ができあがって、こうしてほしいというのを伝えて、調整しようとしてくれたのですが、それではやはり全く別のものになってしまうからと言われて。そのときに私が、「冥丁ってこうだと思っていた」というようなことを言ったら、彼が「僕は自分らしくやろうと思ったことはありません。題材が変われば、選ばれる音も変わるのが僕の作曲です」と。そしてWARAの雰囲気を考えて制作してくれたんだということがわかって、スッと自分の中に落ちてきました。今となっては笑い話ですが、当初はお互いどうしようかと(笑)。(WARAさん)
二十四節気を知ると
世界の見え方が変わる
季節を意識するきっかけは、コロナ禍で散歩が日課になり、身の回りの自然が気になるようになったことです。WARAの活動を始めて、二十四節気について調べると、どんどん楽しくなっていきました。例えば、七十二候ですが、3月下旬の頃には「雷乃発声 (かみなりすなわちこえをはっす)」という一節があって、それまでは雷って嫌だなと思っていたことが、この言葉を知ることで怖いものではなくなったり、春の知らせなのだと感じられるようになりました。暮らしそのものが豊かになる気がしました。(WARAさん)
僕はコロナ禍でも生活があまり変わらなかったんです。広島の自然がたくさんあるところで生まれ育って、今もその生活を続けています。実家は農家で、さっきも桃の収穫をしてきました。昨日まで大雨で、土もベチャベチャだし、そういうところに朝から立っていると、わざわざ「自然」を考えることもないんです。それから、少し変わっているかもしれませんが、ゲリラ豪雨がくると、傘もささずに雨に打たれに行く(笑)。ずぶ濡れってこんな感じかぁと。虫の音を録音しに行くと、虫にたくさん食われて、なるほどなぁと思ったりする。そういう感覚とか体験そのものが、音楽づくりに大きな影響を与えている気がするんですよね。二十四節気って、人が自然に対して感じることを言語化したり、記号化したものなんじゃないかと。農業の指標だったり、後世に伝えていくためだったり。おそらく現代の人や、都会に住んでいる人は、その記号から季節や自然を知っていくと思うのですが、僕はちょっと逆なのかもしれません。(冥丁さん)
「巡り」に身を任せたら
物事がうまくいくように
季節の巡りだけじゃなく、月の満ち欠けも気になるようになって、新月や満月を意識した活動をするようになったら、物事がうまく進んでいくような感じがありました。WARAを始めるまで、大きなイベントをするとか、仕事で何かを達成するとか、アドレナリンが出る喜びでしか幸せを感じられなくなっていた時期もあるのですが、それが立ち消えたときに、もっと緩やかな幸福感や充足感を与えてくれるセロトニン的な幸せを感じられるようになって。二十四節気を感じる、月の満ち欠けを知る、そういうことでも人って幸せになれるんだと、驚きました。生活に余白があるということだと思うのですが。(WARAさん)
自然と僕の距離は、曲を作る前も今も変化はありませんが、季節をテーマにした曲をリリースしたことで、リスナーの方が立夏に合わせて僕の曲をソーシャルメディアでシェアしてくれたりして、音楽が日本の季節を知るツールになっているっていうのは、面白いなと感じました。サブスクリプションサービスで世界の方にも聴いていただけるので、日本だけじゃなく、世界にも二十四節気の文化が広まったらいいですね。(冥丁さん)
冥丁さん
音楽家。広島県在住。「LOST JAPANESE MOOD(失われた日本のムード)」をテーマに楽曲制作を行う。これまで、小泉八雲の「怪談」や民間伝承をテーマにした『怪談』(2018)や、夜をテーマにした『小町』(2019)、『古風』と『古風 II』の4枚のアルバムをリリース。2023年の立春に二十四節気をテーマにした新作EP『室礼』をリリース。
WARAさん
“余白をしつらふ”を合言葉に表現活動を行う。稲藁を使った作品制作を軸とし、古の文化を現代に訳し日本の美意識を伝える月に一度新月の日にお茶と茶酒を振る舞う「新月喫茶」も主宰。2023年の立春に音楽家・ 冥丁とコラボレーション楽曲『室礼』を発表した。
【編集後記】
『室礼』を聴いていると、その季節の中に自身がただポツンと居る、というような感覚になります。そして冥丁さんと絵里さんのお話しの通り、季節に意識が向かうと同時に、身の回りの自然や時間にも意識が及び、ひいては日々の自身の暮らし方を振り返るきっかけとなったように思います。
今年の立秋は8月8日。ぜひ音楽配信サービスで『立秋』を流しながら、日々の暑さの中にある微かな季節の移り変わりを感じてみるのはいかがでしょうか。
(未来定番研究所 中島)
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