地元の見る目を変えた47人。
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2018.10.04
未来を仕掛ける日本全国の47人。
毎週、F.I.N.編集部が1都道府県ずつ巡って、未来は世の中の定番になるかもしれない“もの”や“こと”、そしてそれを仕掛ける“人”を見つけていきます。今回向かったのは、愛媛県の大洲市。〈森岡書店〉の森岡督行さんが教えてくれた、〈Sa-Rah〉オーナー兼デザイナーの帽子千秋さんをご紹介します。
この連載企画にご登場いただく47名は、F.I.N.編集部が信頼する、各地にネットワークを持つ方々にご推薦いただき、選出しています。
日々の心地良い暮らしを大切に、真摯で丁寧な洋服作りに向き合う人。
かつては城下町として栄え、“伊予の小京都”とも称される愛媛県の大洲市。市の中央を流れる美しい肱川のほとりに、帽子さんのお店〈Sa-Rah〉はあります。リネンを中心に、天然素材やコットンなどを使って作られた帽子さんのお洋服は、県内外の多くの人を惹きつけているのだとか。推薦してくださった森岡さんは、「日常を大切にするものづくりと、何といっても帽子さんの陽気で明るい人柄に惹かれます。つい帽子さんを訪ねて愛媛に行きたくなってしまうんです。」と話してくれました。帽子さんご本人にお話を伺ってみました。
F.I.N.編集部
帽子さん、こんにちは。
帽子さん
どうも、こんにちは。
F.I.N.編集部
帽子さんが暮らす愛媛県の大洲は、どんな土地ですか?
帽子さん
碁盤の目状の小さな城下町で、小京都とも呼ばれる街です。そして、大洲市の真ん中には、肱川という大きな川が流れています。街の象徴でもあって、季節ごとの美しい景色や、情景を見せてくれますよ。ですが今年7月、この肱川が氾濫してしまって、大洲市の3分の1ほどが水没してしまいました。
F.I.N.編集部
西日本豪雨は大変深刻な被害をもたらしましたね。
帽子さん
〈Sa-Rah〉も、肱川の川岸に建っているので、ストックの倉庫が水没してしまって、衣装ケースにして30ケース以上の秋冬物のお洋服がダメになってしまいました……。
F.I.N.編集部
それは本当に大変でしたね。
帽子さん
私は日々、肱川の美しさに癒され、朝夕を過ごしています。今年は水害で大きな被害を受けたのだけど、それが自然ですし、やっぱり肱川は美しいんです。被害を受けた今の状況を恨んだり、肱川のことをマイナスに捉えたりするのではなく、自然に寄り添って生きていくのが人間のあるべき姿。自然の猛威を改めて知って、もうちょっと私たち人間が謙虚にならなければいけないな、ということを教えられた出来事でした。
F.I.N.編集部
大変な状況の中、お話を伺う機会をいただきありがとうございます。帽子さんの今のお仕事の内容について、具体的に教えていただけますか?
帽子さん
お洋服を作って、〈Sa-Rah〉で販売しています。生地選びからデザイン、パターン、サンプルをひとつ作るところまでを私がやっていて、最終的にお店に並ぶお洋服を作るところはファクトリーで働く3人の女性スタッフが担当してくれています。〈Sa-Rah〉に並ぶお洋服は、全てオリジナルなんです。
F.I.N.編集部
生地選びからサンプル作成までとは……、幅がとても広いですね。そもそも洋服作りを始められたきっかけはなんだったんですか?
帽子さん
実は私は、パターンや縫製、デザインなどを学校で勉強したことは一度もないんです。きっかけは、24年前に娘が生まれたこと。ただただ彼女にお洋服を作ってあげたいという思いで、スタイやスカートなどから作り始めました。手作りのお洋服って、どうしてもちょっと安っぽく見えることがありますよね。それは嫌だったので、市販のお洋服と合わせて、いかにそこに馴染めるか、全体のバランスを見ながらお洋服作りをしていきました。そして、娘が小学校1年生になる頃に、自分でホームページを立ち上げたんです。銀行員として働いていたのですが、自分が作ったお洋服を娘に着せて、娘の様子を写真に撮って毎日アップするというのが趣味になっていました。
F.I.N.編集部
仕事に子育てと、忙しい毎日の中で、どんな風に洋服作りの時間を確保していたんですか?
帽子さん
仕事の取り返しはいくらでもできますが、あの時の子供をもう1回抱きしめることや、あの時の子供と一緒に寝る、遊ぶというのは絶対にできません。なので、まずは子供第一でした。その上で、子供が邪魔で趣味ができないのは、子供にとっても可哀想なことなので、「あ~気持ちいいね」って言って早くに寝させて……(笑)。子供が寝た後が、趣味の時間。なので、1日何枚作るとか無理をするのではなく、自分の心地良いペースで作っていましたね。そこから、娘に作るものを2、3枚多めに作って地元のフリーマーケットで販売するなど、少しずつ広げていきました。
F.I.N.編集部
ホームページを見た方からの反応はいかがでしたか?
帽子さん
ホームページによって、地元愛媛に限らず、全国の人と繋がることができました。ネット上で購入したいという方がご連絡をくださったり、新しい生地屋さんに出会って素敵な生地を仕入れることができたり。あと、子供服のパターンを次の本で出版させてください、というビジネスのお話が入ってきたことは大きかったですね。
F.I.N.編集部
まさに大反響ですね。
帽子さん
そうだったんです。当時は子供服を中心に作っていた中で、大人服を作ってほしいという声をいただくようにもなりました。でも、当時の私は絶対大人服は作らなかったし、作れなかったんです。技術的なことはもちろん、私が大人服なんか作れるわけないと思い込んでいて、お断りをしていました。ところが、娘が小学校5年生になった時に、身長が155センチくらいにまで成長していました。自然と大人服を作ることになっちゃったんですよね(笑)。その時に、今までのスキルややり方を、1回本で勉強し直して、〈Sa-Rah〉春夏コレクションとしてやっと大人服のラインを立ち上げました。
F.I.N.編集部
それを機に店舗を持たれることになったんですか?
帽子さん
いえ、銀行員もすごく楽しかったから、辞めることなくずっと続けていました。ある時、私のホームページを見た支店長さんに、「独立するなら応援するよ」と声をかけてもらいました。でも当時の私は、お店を出すなんて全く考えていなかったので、「いえいえ、私は骨を埋めますよ」と言っていたんです。でも、展示会を何回か繰り返すうちに、前回のお洋服を着て展示会に来てくれる方や、「お友達も好きだから」と友達を紹介してくれる方なども出てきて、すごいリアルな反響が大きくなったんです。その時に、「ちょっと1回お店屋さんをしてみようかしら」と思いました。世の中そんなに甘くないんだろうなとは思いつつも、お店を作ることで、持っている方達の自信や信頼につながるなと思ったんです。ネット上だけで販売しているよりも、私の感性を発信する拠点を作ることで、私も多くのことが伝えられるし、受け手の方も何かを感じてくれるのでは。そんな思いで、突然お店を始めることにしたんです(笑)。
F.I.N.編集部
心境の変化があったんですね。
帽子さん
支店長さんには、「この間、骨を埋めるって言ったじゃないか!」と爆笑されましたが(笑)、笑顔で送り出してくださいました。銀行には全部で18年ほど働いていましたね。
F.I.N.編集部
それだけ長く働かれていたのであれば、さぞ一大決心だったのでしょうね。
帽子さん
それが、そういうわけでもないんです。本当に腹をくくって「私はここで生きていくのよ」と決心したというよりも、とりあえずやってみて、ダメだったら、皿洗いでもなんでもして家賃を払って借金返して……、なんとかなるかなって。成功しようというよりも、「やりたい」っていう気持ちを形にしたらどうなるかな、という実験のような感じでした。
F.I.N.編集部
ポジティブですね……!
帽子さん
はい、流れです(笑)。
F.I.N.編集部
森岡さんが、帽子さんのことを「陽気で明るい」と表現されていたことも頷けます。帽子さんのお洋服には、リネンを中心にコットンなどの天然素材が使われていますが、素材へのこだわりは当初からあったんですか?
帽子さん
ありましたね。私は、洋服は生地だと思っていて、生地選びは、私の中で最も大切な作業なんです。今は、20代も50代も同じ服を着るような時代になっていると思います。感性が一緒だったら、年齢を超えて着続けられるんです。リネンは、洗えば洗うほどしなやかに強くて、長持ちする生地。すごく気に入ってきてくださる方が、5年、10年と着続けても、柔らかく、味わいの出てくる生地はなんだろうと考えると、リネンだったんですよ。
F.I.N.編集部
なるほど。
帽子さん
今はほつれたお洋服をお直しに持ってこられる方が多いんです。お洋服って普通は破れたら捨てちゃうものだと思います。生地が擦れれば買い換えることが普通の中、毎日のように着た上で、まだこれからもお直しをして着てくれようとしているお客さんがいることが、すごく嬉しい。ビジネスのことだけを考えると、お直しを1000円、2000円でするよりも、1万円、2万円のお洋服が売れる方がありがたいのだけれど、心が一番喜ぶのは、お直しをしてでもこの洋服に付き合ってくれるオーナーさんに出会えること。長く愛してもらえる洋服を作り続けられたらいいなと思います。
F.I.N.編集部
素敵なお考えですね。
帽子さん
お直しをした場所自体も思い出になって、それが何度も何度も続いて、素敵なパッチワークのお洋服になっていくのも素敵じゃないですか。数字から得る幸せよりも、思い出を共有できる幸せの方が、いくらか人生が豊かになるんじゃないかなと私は思っています。
F.I.N.編集部
本当にそうですね。
帽子さん
もちろん、世の中にはいろんな正解があるので、数字を求めて本当に豊かな人生を送ることも正解だと思います。けれど、まずは自分の心に正直に生きていって、どうなるかを知りたい。その上で、やっぱり世の中お金ですよって言えたら面白いかなって。やってみたけど無理だったって(笑)。
F.I.N.編集部
そうなった時はまたインタビューさせてください(笑)。地方でお店を持ち、ものづくりをする意義とは、どんなことだとお考えですか?
帽子さん
私は、生まれてこのかたずっと大洲に住み、家族と暮らしていたので、そもそもこの土地でお店を出すこと以外に選択肢はなかったのですが、その上で、私は大洲の中でも街から外れた田舎にポツンとお店を立てました。不動産屋さんには、「何でこんなに車通りのない、辺鄙なところに作るんですか?」と不審がられたのですが、自分の感性を表現していたら、きっと自分に寄り添って訪ねてきてくれる人はいると思っていたんです。そして何よりも、居心地の良さや目の前の景色は、自分を一番に満たしてくれること。私はこの店舗で、目の前の美しい肱川を眺めつつ、コーヒーを飲みながら仕事をするっていう風に決めたんですよ。
F.I.N.編集部
ご自身にとって、無理がなく、心地よい場所だったんですね。
帽子さん
今の時代、田舎に住んでいても、多くのものや情報は、インターネットを通して都会と共有できますよね。もちろん、展覧会で絵を見る、オーケストラのコンサートに行くなど、都会でしか体験できないこともあるのですが、多くの情報はフラットになってきているので、それらをありがたく楽しませてもらいながら、自分の目の前の景色や居心地はそのままで過ごすことができるんです。
F.I.N.編集部
ある意味、良いとこ取りですね。
帽子さん
そうなんですよ! 目の前の景色が素敵だと聞いて、結構県外から〈Sa-Rah〉に遊びにきてくれる方がいらっしゃるんですけど、その方達には、存分にこの景色をたくさん満喫して帰って行って欲しいなと。情報では知っているけれど、やっぱり実際に体験することはもっと良い。都会と地方、お互いが体験の交換をしながら、元の位置に戻っていけたらいいんじゃないのかなと思っています。
F.I.N.編集部
何か未来に向けて目標はありますか?
帽子さん
もともと、目標とかを全く持たないタイプで……(笑)。目標は、捉え方によっては、制限になってしまうとも思っているんです。例えば年商1000万を達成するという目標を立てたなら、その1000万に近づくための努力しかしなくなって、他の回り道をしなくなると思うんですよね。いろんな枝葉が落とされて、いかに目標に早く到達するかの、杉の木ヒノキのようなまっすぐなものになるじゃないですか。でも、実際は、日々過ごしている中で、心が震えるような絵と出会ったり、興奮する音楽に出会ったり、いろんなことが起きます。そうやって、ちょっと興味の芽が出た時に、「あ、こっちにも芽が出ちゃった。あ、こっちにも!」みたいに寄り道をすることで、盆栽のような、すごく味のある人生になるような気がするんです。もしかしたら、枝葉だと思ってたところに実がなったり、枝葉だと思ってたのが、メインの幹になったりするかもしれませんよね。
F.I.N.編集部
余白を残す、ということなんでしょうか。
帽子さん
そう。だから、突然何かが起こったとしても、後悔はないんです。もし目標を作ってしまうと、「あともう少しだったのに……」みたいに思い残すことができちゃうけど、今までにできるベストは尽くしているから、思い残すことは何もないんです。目標がないからね(笑)
F.I.N.編集部
まさに、帽子さんのお人柄や生き方を表すお話ですね……! 本日はありがとうございました。
Sa-Rah
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