若い作り手たちの、これまでとこれから。<全3回>
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2018.05.01
未来を仕掛ける日本全国の47人。
毎週、F.I.N.編集部が1都道府県ずつ巡って、未来は世の中の定番になるかもしれない“もの”や“こと”、そしてそれを仕掛ける“人”を見つけていきます。今回向かったのは、岩手県八幡平市。モノ・モノ代表の菅村大全さんが教えてくれた、“安比塗(あっぴぬり)”と呼ばれる漆器の塗師として活躍する工藤理沙さんをご紹介します。
この連載企画にご登場いただく47名は、F.I.N.編集部が信頼する、各地にネットワークを持つ方々にご推薦いただき、選出しています。
女性ならではの目線で、古くからの漆器の産地を蘇らせる人。
椀や皿、カトラリー……、時代に左右されないシンプルで飽きのこないデザインを特徴とした漆器を手掛ける安比塗漆器工房。この安比塗漆器工房では現在、20〜30代の4名の女性塗師が活躍しています。推薦してくれた菅村さんは、「かつて漆器の産地だった地域を、女性の力で復興しようという勇気と行動力に共感。今後の活躍に期待が持てます」と太鼓判。工房を率いる代表の工藤さんに早速お話を伺ってみましょう。
F.I.N.編集部
工藤さん、こんにちは。八幡平市ってどんなところなんですか?
工藤さん
岩手山や八幡平といった山々が連なった自然豊かな土地です。冬は雪が多く、寒さも厳しいですが、温泉やスキー場などの観光資源が豊富です。夏はトレッキング、冬はウインタースポーツが盛んで、リゾート地としても知られていますよ。
F.I.N.編集部
そうなんですね。なんとも空気がおいしそうです。漆器の生産は古くから盛んな土地なんですか?
工藤さん
はい。現在安比塗漆器工房がある八幡平市北部(旧安代町)は、古くから“荒沢漆器”という名の漆器づくりが盛んでした。ですが戦後、プラスティックの台頭や後継者不足により、産業が衰退してしまったんです。
F.I.N.編集部
一度は廃れてしまっていたんですね。
工藤さん
そうなんです。なんとか町の伝統を復活させようと、昭和58年に「安代漆器センター(現安代漆工技術研究センター)が誕生。まず後継者を育てるべく、育成を担う研修所が建てられ、その時に名前も新たに「安比塗」としました。そして、平成11年に製造販売の部門を担う場として誕生したのが、「安比塗漆器工房」です。暮らしに根ざした器を製作し、漆本来の質感を活かしていることが特徴です。
F.I.N.編集部
工藤さんご自身は、どうして塗師になられたんですか?
工藤さん
私は、大学時代、漆について学んでいました。漆は樹液で、自然のもの。人間の思い通りにならない部分が多いところに魅力を感じ、これを一生の仕事とするにはどうしたらいいかと悩んでいたんです。そんな時、大学の先生の勧めで「安代漆工技術研究センター」を見学し、我々の現在の師匠である同センターの冨士原文隆先生が、「2年間の研修で自分が持っている漆の技術をすべて教える!」と言ってくださったんです。「もうここしかない!」と思い飛び込みましたね。
F.I.N.編集部
素材に惹かれたのがきっかけだったんですね。安比塗は初めて見た時にどんな印象を持たれましたか?
工藤さん
初めて見た時は、シンプルすぎて、他の漆器との差別化が難しそうだと思いました。ですが使ってみると、器が自分の生活にすっと馴染んで違和感がなくなります。手に持つと温かく、柔らかく、漆の質感が存分に味わえるところが魅力だと思っていますね。
F.I.N.編集部
制作の工程では、どんなところに一番苦労されますか?
工藤さん
安比塗の器はシンプルであるがゆえに、ちょっとした粗でもとても目立つんです。塗って乾かして、という工程を6回繰り返す際は、薄い塗膜の積み重ねで美しい曲線を整形し、仕上げの塗りはゴミ一つない塗膜を作ることに神経を費やします。いかに漆を美しく塗り、ムラもゴミもなく塗り上げるか、これが簡単なようでとてもとても難しいのです。
F.I.N.編集部
考えただけで神経がすり減りそうです……。大変な作業を日々繰り返す中、どんな時にやりがいを感じますか?
工藤さん
漆器は、使えば使うほどツヤが増すもの。お客様が長年使ってくださったピカピカのお椀を拝見した時は、食卓で活躍したであろう様が見て取れて、作っていてよかったなーと思いますね。
F.I.N.編集部
現在の安比塗漆器工房は、所属する4名全員が女性と聞いています。女性ばかりが集まった理由はあるんですか?
工藤さん
4名とも「安代漆工技術研究センター」の修了生で、女性だけを採用したわけではないんです。研究センターには女性の希望者が8割と多く、この工房にも自然と女性だけが集まりました。
F.I.N.編集部
なるほど、塗師さんには女性が多いんですね。女性だからこそ進めやすいこともあるんですか?
工藤さん
漆器は、購入する方もほとんどが女性です。私たちは作り手でもあり、使い手でもあるので、自分たちが使いたい、使いやすいという目線を入れて商品開発ができることは強みですね。粘り強く淡々と仕事をこなせるのも女性ならではかなとも思います。4名全員とも年齢も近いことから話しやすく、ワイワイと作業を進めています。話が盛り上がって、長くなるのがたまにキズですが……(苦笑)。
F.I.N.編集部
女同士だとついつい話し込んでしまいますよね(笑)。楽しそうに仕事をされているのが素敵です。今後、安比塗をどんな風に成長させていきたいですか?
工藤さん
最近は、自分よりも若い世代の人たちが研究センターを修了して、それぞれ独自のものづくりを始めています。そういう方たちが今後も続いて、互いに切磋琢磨しながら漆器を作っていけたら。ライフスタイルがどんどん変わっていく中で、若い人たちの感覚を生かして、世の中に必要とされる漆器を作っていく体制を整えていきたいですね。今は価格帯もさまざまな漆器が流通しているので、100%漆を使って、手で塗る漆器は高価なものです。必要ないと言われればそこまでだと思うので、そこに価値を見出していけるようなものづくりが出来たらと思っています。また、安比塗は生産者の顔が見えるものづくりを昔から実践しています。生産者がお客様と対話しながら漆器の良さを伝えていく。地道な作業ですが、手を抜かずに続けていきたいです。
F.I.N.編集部
最後に、地域の伝統産業の未来について、工藤さんのお考えをお聞かせください。
工藤さん
どこに未来を繋いでいける道があるのか、各産地で模索されていると思います。我々も、漆器という文化を未来に繋ぐためには今何が必要かを常に考えています。答えはみつかっていませんが……。伝統と、その時代に生きる人たちの知恵を合わせて、柔軟に変化していく。そうして今日まで続いていた伝統を繋いで、次の時代へバトンを渡していく。その繰り返しができたらいいですね。
F.I.N.編集部
志を持った若い世代がどんどん続いていくことが未来の鍵ですね。貴重なお話をありがとうございました。
安比塗漆器工房
〒028-7533 岩手県八幡平市叺田230
営業時間:9:30〜17:00
定休日:月曜日(月曜日が祝日の場合は営業)、年末年始不定休
編集後記
日本人と漆との関わりは7000年前とも9000年前とも言われています。触れるとかぶれる樹液を採取し、木や陶器などに塗って長持ちさせてきました。日本の漆自給率2%を切る国産漆の国内生産量の70%を占める岩手県の漆を使用して、若い女性4人で漆産地を復興しようとする安比塗漆器工房に強く共感しています。
(未来定番研究所 安達)
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