地元の見る目を変えた47人。
2022.12.02
分かち合う
オンライン上に集まった人たちがそれぞれ黙々と作業をする「もくもく会」、会話をするわけでもなくLINE電話をつないだままにする恋人たち。テクノロジーの進化によってかたちは変わっても、根源にある人間の「つながりへの欲求」は普遍的なものです。言葉のコミュニケーションや情報交換を目的とするのではなく、ただ誰かと「音の気配を分かち合いたい」と思うのは、なぜなのでしょうか。
その場にいない誰かと音で気配を分かち合う行為の心理、そして未来について、サウンドスケープ(音風景)を研究する金沢工業大学の土田義郎教授と、音で空間を超越するスピーカーのプロトタイプを手掛けたプロダクトデザイナーの鈴木元さんの対談から探ります。
(文:末吉陽子/イラスト:ミヤザキコウヘイ)
土田義郎(つちだ・よしお)さん
金沢工業大学建築学科教授。
早稲田大学理工学部建築学科卒。東京大学大学院工学系研究科博士課程(建築学)修了。1992年に金沢工業大学講師。助教授を経て、2004年教授に。教授として、建築環境工学、特に環境心理・音環境評価(サウンドスケープ)を専門に研究。
鈴木元(すずき・げん)さん
プロダクトデザイナー。
金沢美術工芸大学卒業。Royal College of Artデザインプロダクツ科修了。パナソニック株式会社、IDEOロンドン、ボストンオフィスを経て2014年にGEN SUZUKI STUDIOを設立。スタジオを自宅に併設し、生活とデザインを隔てないアプローチで、国内外の企業とデザインを行う。2022年3月には、NTTドコモが主催した「少し先の未来とデザイン『想像する余白』」展に参加。
上野駅の音に故郷を求めた歌人。
技術進歩が「つながりの濃淡」を滑らかに。
F.I.N.編集部
なぜ人間は「音の気配」を必要とするのでしょうか。
土田先生
人間の動作で生じる気配の知覚は、人間に安心感をもたらすからです。古来より人間は集団に所属してきた生き物なので、音を通して「自分は集団の中にいる」と感じることで安堵します。音の気配を必要とするのは、本能に刷り込まれていると言っていいでしょう。
ただし、人が発する音の気配にほっとするのか、逆にうるさいと感じるかは、集団への親近感によって変わってきます。石川啄木が上野駅について詠んだ「ふるさとの訛(なまり)なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」という歌があります。これは、啄木が故郷の岩手県を恋しく思い、訛りを聴くために上野駅の雑踏に足を運ぶという歌です。自分と同じコミュニティから発せられる音を感じ取り、安心感を得ていることを示唆しているこの歌に共感する人は多いのではないでしょうか。
鈴木さん
土田先生のおっしゃる通り、「誰かとつながりたい欲求」は本能として人間に内在するものであり、かつ集団や個人への心理的距離で欲求の強さは変わりますよね。その普遍的な欲求を満たす方法は、テクノロジーの進歩によって多様化してきました。かつては直接会うか、会わないかの二択しかありませんでしたが、時代を経て、電話、メール、チャット、メタバースと、今はいろいろな方法が可能になったことで、「つながりの濃淡」が滑らかになったのではないでしょうか。
最近面白いなと思ったのが、Slackの新機能「ハドルミーティング」。何気なく立ち話しをする感覚で、気軽に会話することを目的にしたものです。「ハドル(Huddle)」とは、生き物が「群れる」「身を寄せ合う」という意味。正確に情報伝達するためには言語だけで十分なはず。でも、こうした新機能を搭載したところに、音声でしか伝わらないニュアンスや表現の重要性を感じ取ることができます。
土田先生
コロナ禍でオンラインでの授業やミーティングが増えて便利になった一方で、やはりリアルな場のザワザワ感やコソコソ感などノンバーバルなコミュニケーションの厚みには叶わない、と実感している人も多いのでは。でも、ハドルミーティングのような機能が拡充されていくことで、オンラインでのコミュニケーションはさらにアップデートされる気がします。
鈴木さん
オンラインでのコミュニケーションは、いろいろな種類に分別できると思いますが、特に難しいのは雑談で、「ハドルミーティング」はその難しさを乗り越えようとしているのかもしれません。雑談は「同じ空間を共有している」と思えたときに、自然発生するものですが、バラバラの場所にいると言葉が出にくくなりますよね。今、オンラインのコミュニケーションに物足りなさを感じている人が増え始めている頃だと思うので、新たなテクノロジーの開発が進みそうですね。
空間を音で変える・移動する。
音の気配を調整するというアイデア。
F.I.N.編集部
鈴木さんは、NTTドコモが主催した「少し先の未来とデザイン『想像する余白』」展(2022年3月開催)で、音世界のオンラインとオフラインの境界をなめらかにするスピーカーを構想されました。着想の背景について教えてください。
鈴木さん
近年、VRグラスでオンラインとオフラインを視覚的に融合させる技術が進んでいますが、どうもぎこちなく感じてしまうんですよね。でも、あるとき「そういえば音の世界はオンラインとオフラインが自然に融合しているな」と気づいたんです。
ストリーミングサービスを介して流れてくる音楽や、ビデオ会議の音声は、現実世界に重なるオンラインのレイヤーとして、ごく自然に現実世界と融合しています。これから通信技術が進歩してデータの送信量はさらに大きくなるでしょう。それをあえて映像ではなく、音に振り向けるとポテンシャルがあるんじゃないかなと。
そして、ひとつのアイデアとしてまとめたのが、スピーカーのようなデバイス。働き方が柔軟になるにつれ、家の使われ方も多様化するでしょう。リビングで仕事に集中したいときに音が邪魔になることがあるかもしれません。このスピーカーは音量ダイヤルを右に回すと通常通り音が大きくなりますが、左に回してゼロのメモリを超えてさらに回し続けると、今度は逆に周囲の音がスピーカーに吸い込まれて無音状態になります。イヤホンのノイズキャンセリングの仕組みの応用です。
また、ラジオをチューニングするように、オンライン上の空間や現実の別空間に接続して、音で空間を共有することもできる。それにより、なかなか会えない家族と同じ空間に居る感覚になれるかもしれません。また、周囲の環境音を拾って加工すれば、小さな部屋にいながら、部屋の壁が消えて自然の中にいるような開放感を得られるなど、さまざまな可能性が広がるはずです。
もし空間を丸ごと共有できれば、言葉のやり取りで抜け落ちてしまうようなコミュニケーションが可能になり、会話の質が変わるのではないか、そんな期待を込めたアイデアです。
土田先生
スピーカーにマイナスのダイヤルがあるという発想が面白いですよね。これまで建築の防音技術を進化させることや、ノイズキャンセルなど主に音を遮断することに注力する傾向がありました。もちろん騒音は健全な生活を脅かすものなので、遮断することが望ましいでしょう。ただ、人の気配を完全に消してしまうと、コミュニティ形成の可能性が失われてしまうこともあるので、そのせめぎ合いを自分の意思で調整できるソリューションになりそうな気がします。
鈴木さん
音の気配を完全にシャットアウトする社会は、あまりにも寛容性がないので、テクノロジーで雑音の面白みや豊かさを上手に取り込むことが大切なポイントだと思います。家の中にパブリックな空間が混ざる、喫茶店でも周囲の人に迷惑をかけずにプライベートなミーティングができる、直接会わなくても会っている感覚になれる。音の気配の分かち合い方をどうするか次第で、人とのつながり方は多様で豊かになるのではないでしょうか。
テクノロジーの進展で変わる、
音の気配の在り方。
F.I.N.編集部
では、音で気配を分かち合う未来がどうなっていくのか、最後にお二人の考察を伺えればと思います。
土田先生
視覚的な次元で、二人でいると動きが似てくる「引き込み」という現象があります。これと同様のことが、音をトリガーに起きているのではないかと予想しています。人の声にも見えない呼応があるはずなので、それを解明することで、音の気配の分かち合い方も変化していくのではないかと思っています。
あと、音の気配の出し方は、時代によって変わるものですよね。テレビ番組でも、スタジオで撮影したものに、スタッフの笑い声が収録されていて、気配を伝えていますよね。これは以前にはなかった演出です。人の音が発する気配そのものの在り方も、時代とともに変わっていくのかもしれませんね。
鈴木さん
今後、まるで人がそこにいるかのような気配や、自然の息遣いを感じられるくらい通信や音のテクノロジーが進化したら、親密で落ち着いた空間や、深呼吸したくなるような爽やかさを、音の気配を通して作り出せるようになるかもしれませんね。
デザインの仕事は、「ちょうどいい」をつくることです。視覚が注目されがちですが、人が快適で「ちょうどいい」と感じる時は、実は音の存在も重要な役割を果たしているんですよね。日常の背景として、普段は意識されることが少ないですが、音の気配をコントロールするテクノロジーがこれから注目される気がします。
■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント
・現在は物足りなさを感じることが多いオンラインコミュニケーションも、テクノロジーの進歩により、音声情報を通して双方のニュアンスや空間の雰囲気を共有することで、リッチな体験を得られるようになる。
・オンラインとオフラインが自然に融合する音の世界をコントロールできれば、遠隔地の相手とも音で気配を分かち合い、空間ごと共有できるようになりうる。
・気配の在り方は時代と共に変わるなかで、今後自身の快適な暮らしをつくるには、音の気配による心地よい体感を得ることが重要になる。
【編集後記】
音声メディアにはホラーのコンテンツが少ないそうです。その理由は「怖すぎてしまうから」。映像よりも情報量は少ないはずなのに、それ以上の恐怖心を煽るような「空間や状況を共有する要素」が音声情報にはある、ということが改めて窺えます。鈴木さんが構想された音で空間を分かち合えるスピーカーが実現されたら、家をはじめとする「場」や「移動」の価値すら変わる、暮らしの転換期を迎えるのではないか?と感じました。
(未来定番研究所 中島)
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わたしのつくり方
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