スマホ1つで、欲しいものがすぐ手に入る現代。買い物は、かつてないほど便利になりました。画面を眺めていると誰かのおすすめやヒントが次々と流れて、選択肢は増えていきます。そんななかで、「買いたい」という感覚はどのように生まれ、どう変化していくのでしょうか。今回は、私たちが「何に納得して買うという選択をするのか」に目を向けながら、これからの買い物のあり方を探ります。
私たちは日々、無数の選択肢のなかで「何を買うか」を決めています。けれど、その選択は本当に「自分の意思」だけで成り立っているのでしょうか。そして、情報やモノがあふれる今、これからの豊かさはどこへ向かっていくのか。今回は、著書『STATUS AND CULTURE 文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学』で、ステイタスという視点から流行や文化のメカニズムを解き明かした文筆家のデーヴィッド・マークスさんに、購買行動のメカニズムから、5年先の未来の価値観について話を聞きました。
(文:大芦実穂/写真:幸喜ひかり)
デーヴィッド・マークスさん
文筆家。ブランド・コンサルタント。1978年、アメリカ・オクラホマ州生まれ。2001年ハーバード大学東洋学部卒業後、慶應義塾大学大学院で博士号を取得。著書に日本の服飾文化を分析した『AMETORA 日本がアメリカンスタイルを救った物語』(DU BOOKS)や、流行や文化のメカニズムを解き明かす『STATUS AND CULTURE 文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学』(筑摩書房)など。
Q. 人は何を求めてものを買うのですか?
A. 機能性は建前。社会的なステイタスと、自己表現のためです。
例えば、ランニングシューズを買う時、多くの人は「足にフィットするから」「走りやすいから」といった、個人的かつ合理的な理由を語るでしょう。しかし、それだけで選ばれている商品はほとんどありません。実際には、社会的なステイタスを求め、「あるブランドを履く自分」というアイデンティティーを周りに示すために買っている人が多いのです。
商品は単なる道具ではなく、自分が何者であるか、どの集団に属しているかを示す「記号(=ステイタス・シンボル)」でもあります。世の中のランニングシューズは、どれも「走る」という機能を満たしているにもかかわらず、時代によってブランドの流行り廃りがあります。その差を生んでいるのは、機能性ではなく、ステイタス価値の移動です。
ただし、本音はデータには表れません。ほとんどの人は「ステイタスのために買った」とは言いたくないため、機能性を理由として語ります。これが、消費者調査を難しくしている本質的な理由です。
Q. なぜ人は「みんなと同じ」ものを欲しがるのに、「みんなと違う」ものも求めるのですか?
A. 本当に誰も持っていないものを欲しがる人はいないから。
一見、矛盾しているように見えますが、ここでいう「みんな」とは、文字通り社会全体を指しているわけではありません。自分が入りたい、あるいは属しているステイタス・グループの人々を意味しています。
人は、自分が属したいグループのメンバーが持っているものを自分も持つことで、その集団への帰属を示そうとします。しかし同時に、そのグループのなかで埋もれず、少しだけ特別でありたいという欲求も持っています。
「みんなが持っていないからほしい」というのは、そのグループのなかで特別感を出したいということ。本当に誰も持っていないものを欲しがる人は、ほとんどいません。同じグループという枠組みのなかで、共通のものを持ちながら、互いに差別化を図っているのです。
そして、ステイタスが高まるほど、この構造的なプレッシャーは強くなります。「みんなと同じ」であることへの抵抗が増し、より希少なもの、より特別なものを求めなければならなくなる。上に行けば行くほど、差別化のハードルは上がっていきます。それが、ステイタスのメカニズムです。
デーヴィッドさんの著書『STATUS AND CULTURE 文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学』。流行や感性といった文化の謎を、「ステイタス」の希求という視点から解き明かした一冊。
Q. 白いTシャツが5万円でも売れるのは、なぜですか?
A. 商品やブランドが持つ物語が、自分を納得させる理由として機能しているからです。
かつては、いいものを作れば売れました。品質そのものが、差別化の武器だったからです。しかし今は、ほとんどの商品が一定以上の品質を備えています。安価なものでも作りが良くなり、機能性だけでは差がつきにくくなりました。一方で、大手ブランドは大量生産によって品質を落としていきました。かつて「いいものの証明」だったブランド名が、その意味を失いつつある。そこに生まれた空白を埋めたのが、ストーリーです。
例えば、「イタリアの特別な牛革からつくられた」とか、「デッドストックのジーンズを使っている」とか。そうした特別なストーリーは、購入前の背中を押し、購入後の自分を守る「言い訳」として機能します。なぜ白いTシャツが5万円なのか。機能性だけでは説明できないからこそ、ストーリーが必要なのです。
ただし、そのストーリー自体も、やがてインフレを起こします。みんなが同じように「職人の技」や「特別な素材」を語り始めると、消費者は疲れてくる。差別化のための言葉は、使われるほどに力を失っていきます。
Q. 5年先の未来、何が新しいステイタス・シンボルになりうるでしょうか?
A. ソーシャル・キャピタルです。
情報があふれすぎた今、「自分だけが知っているブランド」という知識は、もはやステイタス・シンボルにならなくなりました。
現代では、SNSのフォロワーが100万人いても、リアルな人脈がないという人も少なくありません。だからこそ、誰を知っているか、どんな場に招かれているかといった、個人間のつながりや信頼を含めた人間関係、つまり社会的資本(ソーシャル・キャピタル)が価値を持ち始めています。
背景にあるのは、「お金を持っていること」と「憧れられること」が、一致しなくなっていることです。例えば、イーロン・マスクは世界一の富豪ですが、必ずしも憧れの対象にはなっていない。先日、マーク・ザッカーバーグが〈プラダ〉のショーに招待された際も、「なぜ彼が?」という疑問がSNS上で飛び交い、スキャンダルに近い話題になりました。
現代では、経済的な豊かさだけでは「クール」は成立しない。どんな人とつながっているのか、どんなコミュニティに属しているのか、といった文脈まで含めて、人の価値が見られるようになっているのです。
デーヴィッドさんが最近買ってよかったと思っているものは、オーディオインターフェース。「最近、昔やっていた音楽制作を再びはじめました。人に見せる訳ではないのでステイタスとは関係がないのですが、これで遊んでいる時間が本当に楽しくて買ってよかったと思います」。(写真:デーヴィッド・マークス)
Q. 5年先の未来、定番のブランドになるために必要なものは何ですか?
A. 時間をかけて、有機的なコミュニティをつくること。
本当にいいものをつくり、その価値を理解している人たちを集めながら、コミュニティを育てていくことが重要です。ただし、それには時間がかかります。
例えば、〈シュプリーム〉はニューヨークの小さな店舗からスタートし、誰とコラボするか、誰に着てもらうかを慎重に選びながら、長い時間をかけてブランドを形成してきました。一方で、同時期に登場した〈ハイパーカラー〉というブランドは、熱で色が変わるTシャツで一気に有名になり、翌年には姿を消してしまいました。
流行を狙えば認知は獲得できるものの、持続性にはつながりにくい。定番として残るものは、ゆっくり育っていくものだと思います。
問題は、投資家から資金調達をしているブランドが多く、ゆっくりとした成長を求められていないことです。「売れるもの」と「かっこいいもの」は、必ずしも同じではありません。むしろ、かっこいいものほど、初期には売れにくい傾向があります。
でも、そこに向かって育てていくという目標を持てるかどうかが、長く愛されるブランドになれるかどうかの分岐点になると思います。
Q. 5年先の未来、人々は何に豊かさを感じるようになりますか?
A. 「何もない」時間と場所に、価値が生まれていくと思います。
デジタルから少し距離を置こうとする動きは、今よりも強くなっていきそうです。子どもの頃からスマホを使ってきた世代が、あえてデジタルカメラや音楽プレーヤーを楽しんでいるのも、その流れの1つのように感じます。これは一時的なトレンドではなく、しばらく続いていくのではないでしょうか。
かつては、常に情報を収集していること自体がステイタスでした。でも今は、情報がありすぎて、多くの人が疲弊しています。去年の夏、時間ができたので軽井沢に出掛けたんです。スマホを置いて読書をしたり、大自然を眺めたりしているうちに、「情報がない」ということそのものに価値を感じました。これからは、「何もない」時間や場所に、少しずつ価値が生まれていくのではないかと思います。
夏の軽井沢での一枚。(写真:デーヴィッド・マークス)
【編集後記】
今回の取材で強く心に残ったのは、「機能性は建前」という言葉でした。私たちは買い物の理由を、品質や使いやすさ、価格で説明しがちです。しかし実際には、自分をどう見せたいか、どんな人でありたいかという自己表現や、社会的なステータスが選択を大きく影響していることを教えていただきました。だからこそ、商品にまつわるストーリーは、購入前の背中を押し、購入後の納得を支える存在になりますが、語れば語るほど良いわけではない、という点も印象的でした。大切なのは、その人にとって自然に受け取れる「選ぶ理由」になっているかどうか。お客様への提案とは、商品の機能や背景を伝えるだけでなく、その人自身がどんな自分でありたいのかを想像しながら、納得できる理由を一緒に見つけることなのだと感じました。
(未来定番研究所 榎)