外からの視点が、物事の流れを変える。最近そうした場面を見かけるようになりました。新しい視点が交わることで、人々の思考や関係がほぐれたり、新しい発想が生まれたり。F.I.N.では、5年先を見据えたとき「第三者の存在」が1つの鍵になると考えます。組織やチームの外にある視点がもたらすものや、そうした声の取り入れ方について、目利きの実践を辿りながら探っていきます。
建物を設計する「建築」の領域と、土地や建物の流通を担う「不動産」の領域。そのあいだに立ち、建築家と協働しながら、唯一無二の魅力を持つ物件を数多く世に送り出してきたのが、建築家と協働しながら、不動産仲介や企画・コンサルティングを手掛ける〈創造系不動産〉です。今回は代表の高橋寿太郎さんに、新しい価値を生み出すため、第三者としてどうふるまい、人や領域を繋いでいるのかを伺いました。
(文:末吉陽子/イラスト:黒須麟太郎)
高橋寿太郎さん(たかはし・じゅたろう)
1975年大阪市生まれ。2000年に岸和郎氏のもとで建築工学・デザインを修了。設計事務所で住宅や公共建築の設計を歴任後、不動産総合会社で開発・コンサル業務などに幅広く従事。2011年に〈創造系不動産株式会社〉を創業。「建築と不動産のあいだを追究する」を理念に、建築家との協働案件やスクール運営、研究所など多彩な事業を展開する。2022年より神奈川大学建築学部教授。著書に『建築と不動産のあいだ』(学芸出版社)など。
専門性の壁をほぐし、価値観を翻訳する
F.I.N.編集部
「建築」と「不動産」は地続きでありながら、ビジネスの現場では異なる専門領域として扱われがちです。〈創造系不動産〉では、2011年の設立時から「建築と不動産のあいだを追究する」という理念を掲げ続けています。高橋さんがこの言葉を大切にされているのは、なぜでしょうか。
高橋さん
建築と不動産に限らず、専門性の異なる領域のあいだには、どうしても壁が生まれるからです。思想や理念、大事にしているものが違う人同士が共存するためには、壁ができること自体は避けられません。
例えば、営業部門とマーケティング部門など、外からは近い領域に見えても、実際には専門性や大切にしている価値が大きく異なる例はたくさんあります。領域が分かれることは、多様性を生むうえでは必要です。ただ、イノベーションを起こすには、その壁をどう越えるかを考えなければなりません。その時に必要なのが、「あいだ」の存在だと思っています。
F.I.N.編集部
なぜ「あいだ」に立つ人が必要なのでしょうか。
高橋さん
異なる専門領域にいる人たちは、相手が何を大切にし、どのような仕事をしているのかを、意外なほど知りません。そのため、理解する前からイメージや先入観で相手を見てしまいます。
だからこそ、双方の考え方を伝え、それぞれが相手の専門性を認め合える場をつくる役割が必要です。大切なのは、言葉を置き換えるだけではなく、その背景にある価値観まで翻訳すること。「あいだ」に立つ人がその役割を担うことで、異なる領域の人たちが同じ目標に向かい、それぞれの専門性を持ち寄れるのだと思います。
「伝わっているだろう」を疑う。異なる視点を繋ぐ調整役の大切さ
F.I.N.編集部
〈創造系不動産〉の特徴は、建築のバックグラウンドを持つ人たちが、あえて不動産という異なる領域に立ち、その「あいだ」を繋いでいることですよね。そこには、どのような意義があるのでしょうか。
高橋さん
専門性は、ある領域の中だけで完結させず、別の領域に持ち込むことで、違う価値を生むのだと思います。その際に大切なのは、内容を薄めず、相手が判断できる形に変えること。〈創造系不動産〉が行っている翻訳には、建築のエンジニアリングやデザインと、不動産の営業や顧客志向、両方への深い理解や知識が求められます。
F.I.N.編集部
異なる専門家同士が協働するためには、具体的に何が必要だと考えていますか。
高橋さん
まず、お互いの状況や見ている景色の違いを「伝わっているだろう」で済ませず、丁寧に言葉にしていくことです。
そのうえで、「あいだ」に立つ人は、全員の意見を聞いて足して割るような「調整役」ではなく、ファシリテーターのように支える存在でいることが望ましいと思います。
実際には、ファシリテーションだけでなく、コーチング、マネジメントなど、支えるアプローチにはさまざまな方法があります。こうした「支える仕事」の解像度を高め、実践していくことが重要だと思います。
視点をずらし、選択肢をつくる。専門性を「外」で使う本当の価値
F.I.N.編集部
専門性を外側で使うことには、一般的に良いとされている価値を、別の視点から読み替えることも含まれますよね。
高橋さん
そうですね。業界やお客様が何となく共有している正解が、必ずしも正しいとは限りません。
例えば、戸建て住宅では「東南角地が良い」と考えられています。確かに、不動産の市場では高い価格がつきます。ただ、建築の観点では、土地の向きだけでなく、そこにどのような建物を建てられるかが重要です。場合によっては、北東や北西の角地の方が良いこともあります。
F.I.N.編集部
異なる視点から見ると、常識が変わるわけですね。
高橋さん
そうです。1つの領域の中にいると、その業界の基準を疑いにくくなります。そこに別の視点が入ることで、「本当にそうなのか」「別の考え方はないか」と問い直せます。
専門性を外に持ち出す価値は、正しい答えを一方的に教えることではなく、それまでの見方を少しずらし、新しい選択肢をつくることです。建築と不動産のどちらかを優先せずに、双方を繋ぐことで、新しい判断ができるようになります。
F.I.N.編集部
第三者の視点によって、すでにある価値を別の角度から見つけ直すことができるのですね。
高橋さん
価値は、誰にとっても同じカタチで見えているとは限りません。専門家には見えていても、お客様には見えていないことがありますし、その逆もあります。あいだに立つ人は、それぞれが見ているものを持ち寄り、別の人にも見える形にすることができる。その結果、新しい価値が立ち上がるのだと思います。
できることを、あえてやらない。抱え込まず、委ねる、引き算の選択
F.I.N.編集部
〈創造系不動産〉には、建築と不動産の両方を理解する人材がそろっています。それなら、設計から不動産まで、すべて自社で手掛ける道もあったのではないでしょうか。
高橋さん
もちろん、両方をやることもできると思います。その方が売上や知名度は高まるかもしれません。でも、私たちは設計まで抱え込まず、不動産の役割に集中することを選びました。できるのに、あえてやらないという選択です。
F.I.N.編集部
なぜ、その道を選ばれたのでしょうか。
高橋さん
自分たちで設計も不動産も手掛ければ、1つの良いプロジェクトはつくれるかもしれません。ただ、それでは世の中が変わるスピードが遅いと思ったからです。
私たちが目指しているのは、自社の売上や知名度を高めることだけではなく、建築と不動産の関係そのものを変えることです。建築家には建築家として力を発揮してもらい、私たちは不動産の領域を支える。その仕組みを多くの人と共有できれば、1社ですべてを抱えるよりも、広い範囲に変化を生み出せます。
F.I.N.編集部
専門性を持つからこそ、何を自分たちで担い、何を他者に委ねるかを選べるのですね。
高橋さん
そうですね。できることをすべて取りにいくのではなく、自分たちがどこに入れば、プロジェクト全体がうまく進むのかを考えることが大切です。
異なる専門家が協働すると、役割が曖昧になることがあります。だからこそ、どこが足りず、どこを補えば全体が前へ進むのかを見極めなければなりません。コミュニケーションの方法以前に、自分たちがどこに立ち、何を担うのかというスタンスを明確にする必要があります。
建築家、事業主、そして私たちの関係は、上下ではありません。三者がうまく機能して初めて、プロジェクトは前へと動き出します。
F.I.N.編集部
すべてを担うのではなく、それぞれの専門家が力を発揮できる仕組みを広げていく。その方が、より大きな変化に繋がるということでしょうか。
高橋さん
そうですね。我々のような「あいだ」に立つ人は、すべてを自分で決める人ではありません。相手の価値観を翻訳し、専門性を持つ人たちがリスペクトし合える関係をつくる人です。だから、自分たちの専門性を外へひらき、自分たちが担うべき場所を選びます。ある時は前に出ますし、ある時は一歩引いて黒子に徹する。その都度、「いま、全体のために何が必要か」を考えます。そうすることで、1人では生み出せない価値がカタチになります。
自分たちが表舞台で有名になることよりも、良い建築やプロジェクトがこの世の中に増えていくこと。そのために「あいだ」に立ち続けること。それこそが、私たちの役割なのだと思っています。
【編集後記】
私はこれまで、「あいだに立つ」第三者の役割とは「つなぐ」「翻訳する」ことだと思っていました。しかし今回の取材を経て、第三者の本質的な力とは「支える」「導く」だったのではないかと感じています。複数の価値観や考え方を見渡せる「あいだ」の人だからこそ、新しい選択肢を考え出すこと、パートナーのまだ見ぬ力を発揮させることが可能になるのではないでしょうか。
異なる領域のプレイヤーが組んで共に価値を創りあげることが求められる今、「誰と組むか」ではなく「自分たちはどんな“あいだ”に立てるか」を探ることにもっと意識を向けてみたいと思いました。
(未来定番研究所 渡邉)