2026.07.29

価値観が違うからこそ、新しい視点は生まれる。批評家・宇野常寛さんが実践する〈庭プロジェクト〉。

外からの視点が、物事の流れを変える。最近そうした場面を見かけるようになりました。新しい視点が交わることで、人々の思考や関係がほぐれたり、新しい発想が生まれたり。F.I.N.では、5年先を見据えた時「第三者の存在」が1つの鍵になると考えます。組織やチームの外にある視点がもたらすものや、そうした声の取り入れ方について、目利きの実践を辿りながら探っていきます。

 

建築家、哲学者、人類学者、ケアといった分野の異なる専門家が集まり、これからの都市や社会のあり方を議論する〈庭プロジェクト〉。発起人は、批評家の宇野常寛さんです。あえて「結論を出さない」「ベタベタした関係を作らない」という独自のアプローチを取っているそう。企業や個人が「外の視点」と出会い、社会や組織の変化へと生かすために必要なことを伺いました。

 

(文:船橋麻貴/写真:森本絢)

Profile

宇野常寛さん(うの・つねひろ)

批評家、批評誌「PLANETS」「モノノメ」編集長。著書に、『庭の話』(講談社)、『遅いインターネット』(幻冬舎)、『母性のディストピア』(集英社)、石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、猪子寿之との共著『人類を前に進めたいーチームラボと境界のない世界』(PLANETS)など多数。立教大学社会学部兼任講師も務める。

X:@wakusei2nd

組織や社会を変えるのは、「横からの視点」

現代のSNSに見られるような不毛なコミュニケーションに対する失望から、〈庭プロジェクト〉をスタートしたという宇野さん。以前はネットの言論空間を内部から良くしようと試みていましたが、コロナ禍を経てその問題意識は大きく変わったといいます。

 

「検索しても答えが出ないウイルスへの不安から、人々が陰謀論などにすがりつく姿を見て、情報空間のなかだけで問題を解決するのは無理だなと圧倒的な敗北感を抱いたんです。スマートフォンの外側にある、僕らの身体レベルや暮らしそのものから変えていかないと対抗できない。スマホのなかに収まらない『実空間』に、まだポジティブな可能性が残されていると考えたんです」

宇野さん自らプロデュースする〈宇野書店〉には、多岐にわたる思想や批評が詰まった著書の数々が並ぶ

さらに当時は、効率第一で進む「スマートシティ化」の弊害が世界中で指摘され始めた時期でもありました。

 

「もっと人文社会科学の立場から、『人間のための都市』という視点を持って迎え撃つ運動が必要だと思いました。そのためには、インターネット言論空間の外部、スマートフォンの外部、既存の都市論の外部の『3つの外部』からアプローチすることが必要でした。内部の視点だけで物事を考えてしまうと、必ず閉塞していきます。優れた職人ほど自分の包丁で切れないものを知っているものですが、それを共同体の内部だけで自覚するのは極めて難しいので」

 

宇野さんの言葉通り、一部の専門家を除き、〈庭プロジェクト〉の中心となるボードメンバーは、既存の都市論の外側にいる研究者や実践者たちで構成されています。発起人である宇野さんのほか、慶應義塾大学総合政策学部教授の井庭崇さん、文化人類学者の小川さやかさん、建築家の門脇耕三さん、哲学者の鞍田崇さん、慶應義塾大学SFC環境情報学部教授の田中浩也さん、精神保健福祉士・社会福祉士の鞍田愛希子さんらが名を連ねます。

 

「例えば建築学科の学生にとって建築は『目的』かもしれませんが、一般の利用者にとっては生活のための『手段』でしかない。この決定的な視点のズレは、内部にいるだけでは絶対に出てきません。そこで必要なのは、上から見下ろすような超越的な存在ではなく、横からの視点を持っている第三者です。『私はあなたの隣の村にいます。だからこそ、あなたの村の隠れた側面がよく見えます』と言える人。自分の持っている武器や立っている場所からしか見えない対象についてちゃんと言葉にし、その物事自体に向き合ってくれる人こそが、組織の流れを変える本当の第三者だと思います」

あえて仲良くならない、あえてまとめない

文化や価値観の異なる第三者を招き入れると、当然そこには「ズレ」や「違和感」が生まれます。しかし宇野さんは、対話において「皆で1つの結論を出すこと」をあえて目指さないといいます。

 

「〈庭プロジェクト〉を運営するうえでも、意見を無理やりギュッとまとめるようなことはしていません。◯◯さんはこう言っている、◯◯さんはこう言っているという『グラデーション』をそのまま見せる。それが、実際に手を動かす現場の人にとって一番参考になるはずだからです。もしぶつかることがあっても、それは専門分野が違って『餅は餅屋』だからであって、対立や相容れない部分こそがむしろお互いの新たな視座になります。普段の研究会の議事録も公開していますが、無理に足並みをそろえない方が今のところプラスに作用しています」

さらに宇野さんは、「仲良くやっていこう」というアットホームなコミュニティのノリに対しても、強い警戒感を隠しません。

 

「このプロジェクトは3年ほど活動していますが、実は全員で食事をしたのは2回しかありません(笑)。それはリモート開催が多いからという理由もありますが、基本的には僕がやりたがらないからです。飲み会で仲良くなるようなコミュニケーションを取っても、プロジェクトベースではまったく意味がありません。近年はコミュニティスペースのような場所が増えましたが、ああいう場は一歩間違えると、その場のボスの機嫌を取ったり、そのために誰かを排除したりと、陰険な人間関係の吹き溜まりになりがちです。経験上、こうした身内の人間関係のノリはプロジェクトを崩壊させます。お互いの仕事へのリスペクトと、プロジェクトへの情熱さえあれば、ベタベタした身内意識をつくらなくても十分に繋がることができるはずです」

勝手に始めた提言が、街を越えて波紋を呼ぶ

〈庭プロジェクト〉では実際に、行政やデベロッパーに対する外部の第三者として、「神奈川県村岡・深沢地区の再開発」に対する具体的な提言書を提出。そこには、「中都市のアップデート」という強い問題意識がありました。

 

「今の都市開発の議論って、都心のタワーマンションのような大規模開発か、過疎の村の町おこしの2択になりがちです。しかし、日本人口の6〜7割が住んでいるのは、国道沿いにショッピングモールが広がるような、平成中期からライフスタイルが止まってしまっている『中都市』なんです。スマホのなかの世界は激変しているのに、外側のリアルな空間や郊外の建売り住宅は、専業主婦を前提とした構造のまま30年近く変わっていない。だから僕らが変えるべきなのは、この中都市のあり方なんです」

 

こうした視点には、メンバーそれぞれの専門性も生きています。文化人類学者の小川さんは「生活のついでに立ち寄る余白」という発想を、ケアの実践者である鞍田愛希子さんは「人と会って回復するより、環境と触れて回復する」という視点を、それぞれ研究会に持ち込み、中都市の開発に対して新たな視座をもたらしています。

2025年4月、〈庭プロジェクト〉は大規模な再開発計画が進行中の神奈川県藤沢市(村岡地区)と鎌倉市(深沢地区)に、提案書を提出した

自分たちの研究成果として、外側から勝手に提案する。そんな第三者としての自由な実践は、すでにリアルな空間に波紋を広げ始めています。

 

「『勝手に提案書を作っている人たちがいる』という事実が可視化されたことで、それを見た他の自治体から、新しくリサーチや提案の相談が舞い込むという予期せぬ化学反応が起きています。自分たちが直接コミットした場で、すぐに目に見えるカタチでのリアクションがなかったとしても、それを外側から見た別の場所で新しい種が芽吹いていく。それこそが、第三者が外から波紋を起こすことの本当の面白さであり、ポテンシャルなのだと思います」

提案書には、シンボル道路の「ウォーカブル化」や、地域の自然と歴史を生かしたランドスケープデザインなど、中都市をアップデートする具体的なアイデアが並んでいる

バラバラの個人として、リスペクトし合う関係へ

これからの5年先、10年先の社会を見据えたとき、企業や組織における「第三者」や「外の視点」の重要性はますます高まっていくと宇野さんは分析します。それは、少子高齢化や長寿化によって「家族」や「国家」というこれまでのアイデンティティーの置き場が機能しなくなるなかで、私たちが「価値観も背景も異なる、知らない人とバラバラのまま生きていく」社会を迎えるからだそう。

 

「人間には、何者かとして認められたいという承認欲求と同じくらい、『自分が何者であるかに関係なく、ただそこにいることを許容されたい』という欲望があります。僕がチェーン店のカフェで仕事をするのが落ち着くのも、何者でもない自分を受け入れてくれる匿名的な公共空間だからです。これからの企業や空間づくりに求められるのは、メンバーシップで人々を縛るコミュニティではなく、何者かを問わずに許容する『余白』をどうつくるかです」

 

では、こうした「外の視点」を拒絶せず、新しい変化を受け入れられる柔軟な組織に変わるために、企業や生活者が今すぐできる一歩とは何でしょうか。そう問いかけると、宇野さんからは同世代の管理職に対する、痛烈でいて愛の詰まったメッセージが返ってきました。

 

「今日この瞬間に、出社強要と飲み会をやめることです。明確に書いてもらって構いませんが(笑)、今の40代・50代の男性管理職には、自分が強い立場で関われる部下と接することでしかプライドを維持できない『寂しいおじさん』があまりにも多すぎます。管理職の仕事が調整ばかりで面白くないせいもあって、出社や飲み会を強要して、部下に対して優位に立つことでしか生きがいを感じられなくなっている。でも、生産性のために社員の雑談が必要だといった形骸化した言い訳はやめて、まずは1人の独立した個として自分の人生に向き合うべきです。会社の肩書きやポジションに依存するのをやめ、お互いをバラバラの個として尊重し合う。無理に一体感を求めず、独立した個としてリスペクトし合う関係をつくること。管理職もプレイヤーとして現場に戻り、自分の仕事に充実感を持つこと。それらができれば、組織は勝手に新しく、健全に生まれ変わっていくはずです」

【編集後記】

人生100年時代を実感するこの頃です。50歳以上の〝家族〟を終えた人が圧倒的に増えていき、この先は知らない人と共に生きていくことを考えたらいいという宇野さんのお話はたいへん腑に落ちました。私自身コワーキングスペースで働く機会が存外あり、快適だなと思っていたのですが、その理由もようやくわかりました。バラバラのものを無理やりくっつけるのではなくバラバラのまま繋がればいいという概念は、5年先・10年先に不可欠な視点だと感じます。チームはお互いの仕事へのリスペクトに基づき個の力を出していくことが大切だと改めて感じましたし、自分の武器を磨き、その一員として、自分も誰かにとっての良き第三者たり得るよう日々研鑽していきたいと思います。

(未来定番研究所 内野)

編集部からのおすすめ記事