外からの視点が、物事の流れを変える。最近そうした場面を見かけるようになりました。新しい視点が交わることで、人々の思考や関係がほぐれたり、新しい発想が生まれたり。F.I.N.では、5年先を見据えた時「第三者の存在」が1つの鍵になると考えます。組織やチームの外にある視点がもたらすものや、そうした声の取り入れ方について、目利きの実践を辿りながら探っていきます。
第三者の視点を組織に取り入れる方法の1つとして、今、大手企業の人材育成の場面で注目を集めているのが、〈株式会社ローンディール〉の「レンタル移籍」です。社員がベンチャー企業へ一定期間出向し、外で得た経験や視点を持ち帰るこの取り組みについて、自らもレンタル移籍を経験した代表取締役・後藤幸起さんに話を伺いました。
(文:大芦実穂/イラスト:松井琢朗)
後藤幸起さん(ごとう・こうき)
〈株式会社ローンディール〉代表取締役。2016年、中堅システム開発受託会社の取締役在任中に、自らレンタル移籍有償第1号として教育系スタートアップへ出向。帰任後、新規事業創出や既存事業の変革を実施。その後、会社を売却。2018年に〈株式会社ローンディール〉へ最高執行責任者として参画。2023年に取締役、2025年より代表取締役。
企業に属したまま越境し、外の世界を知る「レンタル移籍」
F.I.N.編集部
「レンタル移籍」とは、具体的にどういう仕組みなのですか?
後藤さん
大手企業の社員に、在籍したまま半年から1年間、ベンチャー企業へ出向していただく仕組みです。送り出す側にとっては、越境することで大企業では得にくい、経営や事業の意思決定に近い経験を積んでもらう人材育成の機会になります。受け入れ側も、少人数でイノベーティブな挑戦をしている会社なので、期間限定とはいえ選抜された人材が事業を推進してくれる。双方にメリットがある仕組みです。現在、大手企業側は約90社が導入し、累計400名を超える社員が移籍を経験しています。
F.I.N.編集部
そもそもの始まりは、どんなところにあったのでしょう?
後藤さん
創業者の個人的な思いをきっかけにスタートしました。転職はどうしてもリスクを伴いますが、辞めずに外に出られたら、個人にとっても、所属する組織にとってもいいよね、と。外でいろいろなものを得て戻ってくれば、その人が「第三者の視点」を持ち込んでくれますから。
このアイデアは、実はサッカーのレンタル移籍から生まれているんです。若手が自分のチームで十分に実戦経験を積めない時に、一時的に別のチームへ移って試合に出て、経験を積んでまた戻ってくる仕組みがありますよね。あれをビジネスパーソンでもできないか、というのが最初の発想でした。そして僕自身、このサービスの利用第1号なんです。
F.I.N.編集部
後藤さんが第1号!取締役という立場でありながら、なぜご自身が行くことになったのでしょうか?
後藤さん
当時、僕は別の会社で取締役をしていて、自社での新規事業創出を考えていた時期でした。ただ、自分自身も含めて既存事業のことしかわからないメンバーばかり。新規事業を推進できる人を育成したい、と考えていた時期でした。いろいろ調べるなかでローンディールのレンタル移籍を知り、うちにも取り入れてみたいと思ったんです。ただ、まだサービスが始まったばかりで事例もほとんどなかったので、それなら自社で試す意味でも、まず自分が行ってみようと。それで第1号になりました。
F.I.N.編集部
経営の側にいた方が、いきなり1人で外の現場へ。
後藤さん
そうなんです。半年間、教育系のベンチャー企業に移籍しました。学校の先生向けのサービスを運営している会社で、元々いたのはシステムの受託開発の会社だったので、業種も職種もまったく違う。普段なら出会わない人に出会うし、やったことのない仕事の進め方をする。何もかもが新鮮で、学ぶことばかりでした。
そこで持ち帰ったものを生かして、新しいサービスの立ち上げや、既存事業の大幅なコスト削減を実現することができました。ただ、その後会社を売却することになり、移籍でできた縁からローンディールに入ることになって、気づけば会社の経営に加わっていました。レンタル移籍で人生が変わってしまったんです(笑)。
送り出す側、受け入れる側で
それぞれ見えてくる組織の輪郭
F.I.N.編集部
実際に移籍するのは、どんな方が多いのでしょう。外に出てみて、自分の会社の見え方は変わるものですか?
後藤さん
移籍する方は、新卒で入って10年ちょっと、30代前半くらいの中堅の方が多いです。仕事を一通り回せるようになって、ちょっと刺激が足りなくなってきた頃に、外に興味が出てくる。隣の芝生は青いのかなと思って外に出てみると、ベンチャーには整っていない面もたくさんあるんです。そこではじめて、「あれ、うちも結構青かったんだな」と気づく。自分の会社には優秀な人が多くて、リソースもふんだんにあった、と。
あと、ベンチャーでは頻繁に「ありがとう」と言われる、という声も最近よく聞きます。大企業で働いていると、当たり前のことだと思われて、あまり感謝の言葉を言われないんですよね(苦笑)。でもベンチャーは人数が少ないぶん、コミュニケーションを大事にしている会社が多くて。毎週みんなで集まって「今週この人のここが良かったよね」と伝え合ったり、チャットで気軽に「ありがとう」を送り合ったり。外に出てはじめて、感謝を言葉にする文化っていいな、と気づく方も多いですね。
F.I.N.編集部
そうなんですね。では逆に、受け入れる側からすると、外から人が入ってくるのは、どう映るのでしょうか。
後藤さん
受け入れ先は、多くても20〜30人くらいの会社が多いんです。その規模だと、コアメンバーは知り合いや前職のつながり、リファラル(紹介)で採るケースが多くて。そうした環境に、大企業から人がポンと入ってくると、最初はやっぱり、少し異質な存在に見えるんですよね。でも、その異質な人がいることで、自分たちだけでは気づけなかった当たり前の価値観とか、これからどんな人を採りたいか、みたいなことが、見えてくる。第三者が入ると、自分たちの輪郭がはっきりするんです。それが、次はどんな人と組織をつくっていこうか、という話にも繋がっていく。受け入れる側にとっても、自分たちを見つめ直すいいきっかけになるんだと思います。
F.I.N.編集部
そういう出会いから、一緒に何か新しいことが始まる、といったこともあるのでしょうか。
後藤さん
はい。例えば、NTTドコモから「チカク」というハードウェアのベンチャーへ移籍したケースでは、移籍をきっかけに事業提携の関係になったり、移籍した本人が戻った後にそのベンチャーのプロダクトを自社で導入したり。協業プロジェクトが立ち上がることもあります。
コンサルやアドバイザーとの違いは、
中の人が外の視点を持ち帰れること
F.I.N.編集部
外から視点を入れるという意味では、コンサルタントやアドバイザーとも近い気がするのですが、どういった点が違うのでしょうか。
後藤さん
一番大きいのは、その会社のことを理解している人が、第三者の視点を持ち込んでくるところですね。コンサルタントやアドバイザーは、あくまで外から助言をくれる存在ですよね。でもレンタル移籍だと、もともとその会社にいた人が、第三者の視点を持ち帰ってくる。つまり、外の視点を持ちながら、自分の会社のこともちゃんとわかっている人となるんです。
というのも、外で得た経験を実際に自社で生かそうとすると、社内の承認プロセスとか、誰にどう話を通していけばいいかとか、ウェットで生々しいノウハウが要るんですよ。そこは、外部の人にはなかなかわからない。内部をわかっている人が持ち帰ってくる、というのが、一番大きな違いだと思います。
F.I.N.編集部
外の世界を知ってしまうと、そのまま転職してしまう、なんてこともありそうな気がします……。
後藤さん
帰任後、1年以内に辞めた人は、全体の3〜4%ほどです。これは、日本の平均的な離職率よりも低い数字なんです。戻ってから何かを成し遂げるには周囲の巻き込みが不可欠です。でも、ベンチャーと違って大きな組織なので、一定の時間がかかることから「上司がわかってくれない」「周りに伝わらない」と、早まってしまうケースが多いように思います。
だから、戻ってきた時の上司のスタンスがすごく大事で。経験を尊重して「その経験、こういうところで発揮してみたら」と言ってアサインしてくれると、本人も行った意味があったと感じて活躍する。逆にそうじゃないと「あれ、何のために行ったんだろう」となってしまう。せっかく持ち帰った視点を生かせるかどうかは、実は、受け止める側にもかかっているんですよね。
情報がすぐに手に入る時代だからこそ、
経験値そのものに価値がつく
F.I.N.編集部
最近は、AIに聞けば外のことも手軽に調べられるようになりました。そんな時代に、人が実際に足を運んで経験することの価値は、どう変わっていくと思いますか?
後藤さん
AIは、正解や選択肢はくれます。でも、問いそのものはくれない。問いって、人が実際に体験したこと、経験したことから、ふっと湧いてくるものだと思うんです。だとすると、1つの決まった価値観や考え方だけを持っているより、一人ひとりが、どれだけ多様な経験を自分のなかに持っているか。それが、多面的な問いを生むことに繋がっていく。だからこそ、いろんな経験を持っていることが、これからますます大事になるんじゃないかと思います。
F.I.N.編集部
5年先、10年先を見据えた時、企業における「第三者の視点」はどんな意味を持つようになりそうですか。
後藤さん
これからの企業にとって、第三者の視点は競争力そのものになっていくと思います。人員構成の面でも中途採用を増やさざるを得なくなっていくでしょうし、社会とどれだけ接点を持っているかが、その会社の強さに直結してくる。自分たちだけで閉じた組織よりも、外と一緒に何かをやったり、共創したり、学び合ったりする組織のほうが、これからは強いんじゃないかなと。5年先、10年先には、越境がもっと当たり前になって、一部の人だけの特別な経験ではなく、誰にとっても普通の選択肢になっているといいなと思います。
F.I.N.編集部
最後に、私たち一人ひとりが、日常に第三者の視点を取り入れるとしたら、どんなことから始められそうでしょうか?
後藤さん
大事なのは、自分の「当たり前」が何なのかに気づくことです。そのためには、普段会わない人に会ってみたり、普段行かない場所に行ってみたり。極論、本屋さんで、目をつぶって手に取った1冊を読んでみるのでもいいと思います。日常の当たり前から、ほんの少しだけ離れてみると、いつもの自分とは違う考え方に触れますよね。それに気づくことが、第三者の視点への入口になるんじゃないかと思います。
【編集後記】
新しい考え方を聞いた時、ついこれまでの考え方や手法に当てはめたり、すぐに「わかる・わからない」で判断したりしてしまいます。今回のお話を伺って、私は、相手の考えを理解しようとするうちに、自分の知っている言葉や考え方に当てはめ、相手ならではの視点を見落としてしまっているのではないかと思いました。
まずは、「相手には何が見えているのか」「なぜそう思っているのか」に目を向け、話を聞いてみる。すぐに結論を出したり、わからない部分を無理に埋めたりせず、そのまま受け止めてみる。そうすることで、相手が持ち込んだ「違い」を自分の枠に収めず、これまで見えていなかった選択肢として受け取れるのかもしれません。意見を聞く時は、自分の物差しで急いで測らないことを大切にしたいと思います。
(未来定番研究所 榎)