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2018.04.17
未来を仕掛ける日本全国の47人。
毎週、F.I.N.編集部が1都道府県ずつ巡って、未来は世の中の定番になるかもしれない“もの”や“こと”、そしてそれを仕掛ける“人”を見つけていきます。今回向かったのは、北海道目梨郡羅臼町。山伏の坂本大三郎さんが教えてくれた、シマフクロウの保全活動に取り組む佐藤紳司さんをご紹介します。
この連載企画にご登場いただく47名は、F.I.N.編集部が信頼する、各地にネットワークを持つ方々にご推薦いただき、選出しています。
※シマフクロウ
国内において、北海道及び北方領土に生息する世界最大級のフクロウ。環境省のレッドリストでは絶滅危惧ⅠA類(ごく近い将来に野生での絶滅の危険性がきわめて高い種)に指定されている。
人間とシマフクロウの共存を、アイヌ民族の教えから紐解く人。
絶滅の危機にさらされるシマフクロウが自然に活動する姿が見られる民宿として、方々から多くの人が集まる〈鷲の宿〉。その敷地内に、2015年にシマフクロウ観察の拠点として整備されたのが〈シマフクロウオブザバトリー〉です。推薦してくれた坂本さんは、「動物と人間の関係をアラスカ先住民やアイヌ民族など、北方の民から学びを元に設計・実践しているところに、動物と人間が共存する方法の未来を感じる」と。観察の仕組みづくりを手がけた佐藤さんに、早速お話を伺ってみましょう。
F.I.N.編集部
佐藤さん、はじめまして。東京は新緑の季節に移り変わりつつありますが、羅臼はいかがでしょうか?
佐藤さん
地面の雪も消え、フキノトウが一斉に芽吹いてすっかり春らしくなりました。これから草が育つまでのわずかな期間には、あちこちの丘の上にあるアイヌのチャシ跡、擦文、オホーツク文化時代の住居跡などをくっきりと辿ることができます。
F.I.N.編集部
訪れるには絶好の季節ですね。そもそも、羅臼の人々とシマフクロウの付き合いは、いつから始まったものなのですか?
佐藤さん
シマフクロウは、人間が知床に暮らすようになる前から、〈鷲の宿〉の横を流れるチトライ川の河口に棲んでいました。チトライとは、アイヌ語で「皆が泊まる場所」。河口すぐ近くの洞窟に縄文時代から人々が宿泊し始め、縄文から擦文時代には夏のキャンプ地として、江戸時代から戦後まもなくまではアイヌのコタン(集落)として活用されてきました。シマフクロウは、1万年もの長い月日、人々のすぐ隣で暮らしてきたんです。
F.I.N.編集部
1万年……! 気が遠くなるほどの長い間ですね。そんな中、〈鷲の宿〉はどういう経緯でできたんでしょうか?
佐藤さん
今から約50年前、現在〈鷲の宿〉を経営する川村千恵子さん一家が、現在の宿の場所に入植してきました。この場所は偶然にも、シマフクロウの餌場の真ん前だったんです。ここで川村さんたちは水産加工所を営み、シマフクロウはその暮らしの灯りを利用して魚を捕らえ、しかし、お互いにその存在を気にしない生活が20年ほど続きました。平成元年になり、自宅を改装し民宿〈鷲の宿〉を始めると、宿泊するお客さんがシマフクロウの存在に気が付き、徐々に写真愛好家が集まるようになったんです。
F.I.N.編集部
〈鷲の宿〉は、自然とシマフクロウの観察拠点になっていったんですね。
佐藤さん
〈鷲の宿〉が有名になり、撮影するお客さんが増えるにつれ、シマフクロウと人間の関係性を考え直す必要が生まれてきました。2015年にストロボを使う必要のない特殊な照明を開発し、撮影観察者を全て収容できる観察小屋〈シマフクロウオブザバトリー〉が出来上がったことで、シマフクロウから見て人間の動きがいつも一定で予測ができるものになったんです。そこでシマフクロウは再び、人間の存在を知りながら無視するという行動をとるようになっていきました。
F.I.N.編集部
佐藤さんは、どんなきっかけで〈鷲の宿〉やシマフクロウの保全に関わるようになったんですか。
佐藤さん
以前、大学で長い間、カリフォルニア大学バークレー校との共同研究に従事しており、自然保護の先進地であるバークレーからいろいろなことを学んできました。中でも大きかったのは、社会教育が自然保護の一番の原動力になることを知ったこと。知床羅臼では、人と動物の距離を離して守るという方法論が主流であり、良い関係性を築きながら、できるだけ多くの人々に野生動物を見てもらい、知ってもらうことで自然を守る、という考えはあまり見られませんでした。〈鷲の宿〉でシマフクロウと人間の関係性を再構築する必要が叫ばれた際、撮影観察者とシマフクロウの両方にとって良い結果をもたらす特殊照明のアイデアが思い浮かび、これを実際に制作し設置したことが、〈鷲の宿〉に関わるきっかけとなりました。
F.I.N.編集部
「距離をとる」のではなく社会教育を通して「良い関係性を築く」ことで人間と動物との共存を図るという考え方。確かに日本ではあまり一般的ではない気がしますね。
佐藤さん
アイヌの人々は自然と実践してきたことなんですよ。アイヌの人々とシマフクロウは、争うのではなく、1つの場所を分け合うことで安全な共存関係を築いてきました。野山で人が歩く道、行動を厳しく規定し、森や藪に入る際には必ず声をかける。誰も見ていないところで人としての行動規則をきちんと守ることがアイヌ文化の1つの特徴で、野生動物に対しても人の行動を規制していたことが、シマフクロウとの暗黙の信頼関係を築くことへと繋がったんです。
F.I.N.編集部
それは、他の民族や地域にも見られるものなのですか?
佐藤さん
アラスカ先住民のアリュートやクリンギットも、同様の方法でヒグマと共存関係を築いてきました。現在も、アラスカのカトマイ国立公園内にある、クカックベイやハローベイでは、この先住民の方法を取り入れ、人とヒグマの道を厳密に分け、来訪者に、物理的にも心理的にもヒグマの行動の邪魔をしないことを徹底させています。その結果クマたちは、人を自分の生活に関係の無い、石や流木と同じようなものと認識し、人を全く見ることなく、ほんの2m横を歩いたり、すぐ近くに座ったりする光景が日常的に見られるんです。
F.I.N.編集部
なるほど。〈鷲の宿〉が目指すのも、動物に対して人を風景の一部にするような共存方法なんですね。
佐藤さん
はい。来訪者は全員必ず観察小屋に入り、許される動きは、決められた経路での宿、駐車場と観察小屋間の移動のみ。しかし、観察小屋の中では電灯を点けたり話したり、窓の開閉をしたりという事を自由に行うことができます。シマフクロウから人間の姿は丸見えですが、人間の行動を毎日きちんとパターン化することで、シマフクロウにとって人々は生活に関係無いもの、立木や石と同じく風景の一部になるんです。
F.I.N.編集部
給餌はどのような方法で行っているんですか?
佐藤さん
観察小屋の前の水面に野生の魚が多く集まるように、サケやカラフトマスの産卵床を作り、大きな石を集めて川虫の住処や魚の休み場所を多く作っています。また、シマフクロウがさかんに活動する日没30分後の照度で川を照らし、川魚を探しやすい環境を作っているんです。その上で、川の一角に水深の深い石囲みを作り、生きたヤマメを少数放しています。シマフクロウには人間がヤマメを仕込んでいることを知られないように、昼間の明るいうちに放し、途中で補充することはありません。シマフクロウがいつ、何回やって来るかは、シマフクロウの生活サイクルで決まるもの。観察者は辛抱強く待つことしかできません。
F.I.N.編集部
シマフクロウの生活パターンを崩さない工夫をしているのですね。
佐藤さん
〈鷲の宿〉の大切な役割の1つは、シマフクロウの生態や生息環境を広く知ってもらい、生息地の保護に繋げていくという社会教育活動です。人間が観察することが、シマフクロウの本来の行動に大きな影響を与えることは避けなければいけません。
F.I.N.編集部
佐藤さんは、シマフクロウのどんなところに魅力を感じていますか?
佐藤さん
知的で複雑な社会行動、家族行動を観察できることでしょうか。特にオスは、自分よりも家族を優先する行動が目立ち、自分が餌を食べるのは最後なんです。目線や顔の向き、姿勢や通常と違うわざとらしい動作などで、相手に言葉を送ったり教育したりすることもあります。目が慣れれば人間もその一部を理解することができるので、「野生動物の心」に少しだけ触れることが可能になりますよ。
F.I.N.編集部
そんな魅力が垣間見えるのも、〈シマフクロウオブザバトリー〉が推し進める観察方法だからこそですね。最後に、人間と動物が未来も共存していくため、どのようなことが必要なのでしょうか?
佐藤さん
〈鷲の宿〉での観察の蓄積により、羅臼のシマフクロウたちは人間の光を積極的に利用し、人間の居住する空間を使って生活していることが分かってきました。人を恐れない柔軟で賢い性格のため、街ができた後も、変わらずに同じ空間で暮らし続けているのです。しかし、ほとんどの人たちは、この奇跡的な共存関係を意識しないで生活しています。人と近い環境で暮らすシマフクロウの復活のためには、シマフクロウの好む生活をより良く理解し、人々との関係性を再構築することが必要です。人の居住空間の中で、野生動物と場所を分け合うこと、人間の行動を自ら規制することがシマフクロウの復活の鍵になる可能性がありますね。
F.I.N.編集部
人間と動物、双方にとってベストな方法が定着するよう、世の中の理解も深まるといいですね。ありがとうございました。
シマフクロウオブザバトリー(民宿〈鷲の宿〉内観察施設)
〒086-1816 北海道目梨郡羅臼町共栄町 鷲の宿
TEL:0153-87-2877
定休日:無休(年末年始を除く)
編集後記
絶滅危惧種のシマフクロウの保護活動は、様々な団体がされています。そのなかで「鷲の宿 シ マフクロウオブザバトリー」は、アラスカ先住民やアイヌ民族など北方の民から学んだ方法で 設計・実践されていたとは驚きの発見です。羅臼についてもそうですが、絶滅危惧種の保護 活動についてより調べてみたいと思いました。
(未来定番研究所 安達)
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