2024.04.22

ときめく

ときめくのは、人類が発展しながら生き続けるため。生物ハンター・平坂寛さん。

いつの時代も人は恋をしたり、アイドルを応援したり、ときめきを求めています。ときめきの対象は人に限らず、モノやコトを含めあらゆる事象に広がっています。なかには思いもよらない対象にときめきを感じる人も。最近は「推し活」や「偏愛」という行動が注目されるなど、人のときめきのかたちはより多様に、面白く変化を遂げているのではないでしょうか。F.I.N.では、衝動的に心が踊る感覚をときめきと捉え、さまざまな対象にときめきを感じる目利きの話から「私たちはなぜ、ときめきを求めるのか」を探ります。

 

今回お話をお聞きしたのは、生物ハンターの平坂寛さん。平坂さんは、多種多様な生物を追い続け国内外を旅しています。いつまでもまだ見ぬ生物を追い続けていたいと夢を語る平坂さんにとって、ときめきの感情とはどんなものなのでしょうか。

 

(文:宮原沙紀/サムネイルデザイン:藤原琴美)

Profile

平坂寛さん(ひらさか・ひろし)

生物ハンター、YouTuber。1985年長崎県長崎市生まれ。筑波大学大学院生命環境科学研究科博士前期課程修了後、生物ハンターとして活動を始める。〈公益財団法人黒潮生物研究所〉の客員研究員を務めるほか、ライター、YouTuberとして生物の魅力を発信。YouTubeは67万人の登録者を有する人気チャンネルになっている。www.youtube.com/@HIRASAKA-H

著書に『刺された!噛まれた!危険・有毒虫図鑑』(カンゼン)など。2024年5月7日に最新著書『釣って 食べて 調べる 深海魚』(福音館書店)が発売予定。

Q.はじめて生物にときめいた瞬間はいつですか?

カブトムシにしがみつかれて激痛を感じた瞬間です。

自分でも覚えていないのですが、物心つく前からどうやら生物が好きだったそうです。両親が言うには、まだ歩く前から昆虫に興味を示していたらしい。僕自身に記憶があるのは、3歳くらいの頃のこと。両親がカブトムシやクワガタムシを捕まえに、森へ連れていってくれました。はじめてカブトムシを捕まえた時、指にとげのある足でしがみつかれてとても痛かったのを覚えています。しかし恐怖を覚えるより先に「こんなに力が強いんだ」と感動しました。そしてそのまま捕まえたカブトムシ、クワガタムシをペットにしたんです。こんなすごい生物を、これからはいつでも自分の家で見られることに幸せを感じました。それから毎日どうやって餌を食べるのか、どんなふうに喧嘩をするのか観察することが日課に。生物が好きという気持ちがますます大きくなっていきました。

Q.今「ときめき」を感じる生物と、その理由を教えてください。

危険な生物や深海生物にときめいています。

歯が鋭かったり、毒があったり、一般的に危ないと言われている危険生物に惹かれます。そういう特性は、僕にとってはすごくかっこいいものなんです。子どもは怪獣が好きですよね。怪獣は牙が生えていて強い、電気を出して攻撃するなどの特殊能力を持っている。恐怖さえ感じるからこそかっこよく見える。その感覚に近いと思います。

危険生物のグンタイアリ。働きアリと比べると数倍の大きさで、湾曲した大きなアゴが特徴。平坂さんはそれら身体構造の謎にときめき、その謎を解き明かしたいという思いから、実際に咬まれてみたり、毒針に刺されてみたりしたという。

他にも好きなのは、深海生物。僕らは光がある世界に暮らしていますが、深海に住む生物は光の届かない真っ暗な環境で暮らしています。そのせいか深海魚は見た目が面白いんです。異様に口が大きいものや、体が真っ黒なもの、体から光を出すもの。想像もしなかったような生物が住んでいるのが深海です。深海には、まだまだ知らない新種が残っていて一番ロマンがある場所でもあります。

新種の深海魚、キホシサザレヒメコダイ。平坂さんがはじめて発見し採集した。

今2つの例を挙げましたが、あらゆる生物にときめく要素があります。その理由のひとつは、生物の体が合理的にできていること。その辺に茂っている葉っぱでも、ちゃんと目を凝らしてみるとその環境に適応した形になっていることがわかります。とても細長い魚や派手な虫など変わった姿をした生物を見つけた時に、なぜこんな形や色になったのかと理由を考えることがすごく好きなんです。どんな生物も理にかなった形をしているので、自分なりに理由を推測しその答え合わせができた時に喜びを感じるんです。ただし生物多様性が極めて高い熱帯地方に生息する生物の中には、合理性では説明のつかない姿のものもいます。そういう説明のできない謎が残っているところも面白いんです。

北アメリカ大陸最大の淡水魚、アリゲーターガ―。人を襲うという噂のあるアリゲーターガーがひしめく川を毎日泳いだ平坂さん曰く、「危険生物扱いされているがそんなに危険じゃないと思う」。

Q.動物や昆虫にもときめく感情があるのでしょうか?

多分、人間に近い感情は持っているのではないでしょうか。

とても難しいんですが、ときめきに近い感情はあるような気がします。例えば犬は、飼い主が遊んでくれそうな時尻尾を振って喜びますよね。餌をくれそうと感じると、すり寄ってきます。あれはときめきのような感情なんじゃないかな。犬以外でも、餌や配偶者を見つけた生物は背筋が伸びる、息が荒くなるなど動きが変わります。サメは激しく泳ぎ出すことも。明らかに活発になる生物が多いんです。あの行動は多分、人間で言う「ときめいている状態」に近いと思います。

Q.「ときめく」を言語化すると?

生存と繁栄のチャンスをものにするための感情です。

人間以外の生物が、餌や配偶者を目の前にしてスイッチが入る。それを「ときめき」だと仮定すると、それは「生存と繁栄のチャンスをものにするための感情」ですよね。人間のときめきは必ずしも食欲や性欲に結びつかないとしても、もしかしたら人間も生物と同じ理由でときめいているのかもしれません。人間は社会性の生き物です。個人だけの生存と繁栄を考えていると成り立ちません。いろんな人が、いろんなものに興味関心を向けて調べることで技術や知識が蓄積されてきて、今の繁栄した社会ができたのだとしたら「ときめき」は、人類が発展しながら生き続けるために欠かせないものということになります。

Q.「ときめき」の先に何があるの?

ときめきを追求した先に、今の僕の活動があります。

実家が古書店だったこともあり、幼い頃から生物関連の本をたくさん読んでいました。そしていつか僕もこんな本を書きたいと夢見ていました。その頃の夢が今叶っているのは、ときめきを追求した結果かもしれません。追求とは、好きだと感じた対象にもっと大きなときめきを求めること。僕は生物を見るだけでは飽き足らず、さらに深く知りたいと思ってしまいます。そのための手段のひとつが食べることです。魚を食べる場合、まず身をさばきます。それは解剖と同じこと。解剖してお腹の中はどうなっているのか、筋肉がどうついているのかなどを観察します。実際に口に入れると、舌は化学物質を感じるセンサーなので、味から多くの情報を得ることができます。例えば、鯉、フナ、ドジョウなどの川魚と、スズキやタイなどの海の魚、どちらも白身魚ではあるけれども、味が違うので食べれば川魚か海の魚かわかります。しかしブラックバスは川魚なのに海の魚の味がするんです。なぜかというと、ブラックバスはもともと海の魚だったから。それが川に入り込んで、閉じ込められてしまい川魚になりました。ブラックバスの味には、進化の過程や歴史の一面が現れているんです。また、都会のあまり水が綺麗ではない場所に住んでいるブラックバスは臭くなります。現在住んでいる環境も食べることで推測できるんです。そうやって興味を突き詰めていくことが、今の自分をつくっています。

不用意に触ると強い力で噛みつかれる可能性があることから危険生物と言われているワニガメ。

Q.「ときめき」の効能って?

頻繁にときめいていた方が、生活にハリが出ると思います。

僕の周りを見ていても、幸せに暮らしている方は、あらゆるものに頻繁にときめいているように感じます。ときめきやすい人、あるいはときめきやすい環境にいる人は、日々の暮らしにハリが出て活力がみなぎるのかなと考えています。この現象は、人間以外の生物に置き換えてみるとわかりやすい。家畜やペットなど、何匹も同じ生物を同じように飼っていると、食が細かったり、食いしん坊だったりなど個体差があります。そしてよく食べる個体ほど早く大きく育っていきます。そう考えるとやはり頻繁にときめいて、貪欲に行動していた方が生存に有利な気がします。

 

人間は、ときめいた後にどう行動するのかも重要です。例えば僕の場合、ずっと見たかったトカゲが急に道端に出てきたとします。たくさん人が歩いていて恥ずかしいけれど、人目をはばからず、ときめいた感情そのままに飛びかかるか。それとも社会的な立場を考え、今は我慢して次のチャンスを待つか。多分、飛びかかったほうが結果としては幸せになれると思います。もちろん日常生活では心の赴くままに行動しないことが正解な場合もあります。どう冷静に選択肢を見極めるか。感情をどう有効的に使い原動力にするか、それが大切です。

2017年に新種記載されたばかりの深海魚アオスミヤキを釣った平坂さん。「捕まえた魚の名前がわからないのはほとんどはじめての経験でした」。

Q.平坂さんの「ときめき」の感情は、5年先も変わらないと思いますか? それとも     カタチが変わったり、なくなったりすると思いますか。

地球に未知の生物がいる限り、僕のときめきは尽きません。

38年間、生物に魅了されているので、それはこれからも変わらないと思います。でも、小学生の頃と今ではときめきのカタチが変わっています。昔は図鑑でしか見たことのない生物を捕まえることが喜びでした。でもだんだんと「図鑑で見たやつだ!」ではなく、図鑑に載っていないものを見つけられたことに感動するように。そして今では、図鑑に載っていないどころか、もしかしたら人類史上まだ僕しか見たことがないのではないかという生物に出会えるようになりました。まだまだ地球上には洞窟、ジャングルの奥地、地下水脈など人間が簡単には覗けないような環境がたくさんあります。そこには数えきれないくらいの未知の生物がいるはず。そう思うと僕のときめきは死ぬまで尽きないでしょう。最終的な僕の目標は、人魚とかっぱを見つけること。想像上の生物が実在するとわかったら、これ以上のときめきはない。そのためにも今後は、僕個人の活動を同じ感性を持つ人たちとのチーム戦にしていきたいです。多くの人たちと一緒にもっと活動の幅を広げていけたらいいなと思っています。

【編集後記】

取材の日も、「この後深海魚を釣りに行く」とおっしゃっていた平坂さん。生物の魅力を嬉々としてお話してくださる様子を拝見し、長きにわたって情熱を注いでいらっしゃる方なのだと思うと共にときめきが持つチカラを見せていただいたように思います。

また、ときめきの感情から発せされるお話はとても面白く、話を聞く側がいつまでも聞いていたい心地のよい時間になるということを体感しました。

(未来定番研究所 榎)