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2020.04.28

18歳の噺家・桂枝之進さんが考える新しい落語論

前編 テクノロジーを使って、落語との距離を近づける

クリエイティブなで実験的なスポットでの落語会や、SNSを駆使した発信など、これまでの落語家の活動とは違ったアプローチでその魅力を伝える、10代唯一の落語家・桂枝之進さん。その半生を振り返りつつ落語への想いを伺えば、伝統文化や古典芸能という、ややとっつきにくいイメージを払拭する新しい落語のカタチにたどり着きました。

(撮影:鈴木慎平)

5歳で落語に出会い、

小学生でアマチュア噺家に。

18歳の落語家・桂枝之進さんが落語に出会ったのは、なんと5歳のとき。両親に連れられて近所の落語会にふらりと訪れたことにさかのぼります。

 

「落語という言葉を知らないくらいの頃です。あまりに幼い僕にとっては、伝統文化や古典芸能というより、見知らぬおじさんが舞台に出てきて、右を向いて左向いておもしろいことを話しているという印象でした」

 

両親が落語好きなわけでもなく、それは本当に偶然の出会い。そして落語家の道への決定打となったのは、小学4年生の枝之進さんが、自室で何の気なしにラジオを聴いていた時だったと言います。

 

「部屋にテレビがなかったので、当時のエンタテイメントはもっぱらラジオでした。そんな時に流れてきたのが、1週間落語会を放送する番組。知らない話を耳で聞いて頭で想像するという体験が新しくて、めちゃくちゃおもしろくって。もう感激しちゃったんです」

 

こうして運命に導かれた枝之進さんは、学校の図書室で落語の本に出会い、夢中で読破。落語のネタを暗記するまでになり、お楽しみ会などで友人たちの前で披露するように。テレビやネット、ゲームに熱中する同級生の間では、極めて異質な存在だったに違いありません。

 

「自分ではなんとも思ってなかったんですよ(笑)。ただ好きな落語を夢中でやっているって感じで。周りの友達も、変わったことをやってる、おもしろいじゃんって、すんなりと受け入れてくれていました。それから家族や親戚の前でも披露するようになって、アマチュアの落語会で高座に上がるようになったんです」

周りの大人に反対されても、

中学生でプロの道を目指す

幼少期に出会った落語が、アイデンティティとして形成されていった枝之進さん。アマチュアの落語会の舞台を踏んでいくうち、中学生になるとプロへの道も視野に入るように。

「小学校の文集に夢は落語家って書いていたんですけど、いつなれるんだろうとは思ってました。そんな悩みをプロの落語家さんたちに話していたんですが、『本当に落語家になりたいなら早いほうがいい』と言ってくださる方がいて。周りの大人たちには反対されていましたけど、僕はこの言葉を信じたかった。何より落語家になれない人生なんて考えられなかったんで」

中学3年生の冬、かねてより落語会に足を運んでいた六代文枝一門三代目桂枝三郎さんの門を叩きます。

「落語には新作と古典があるんですけど、古典にはおよそ1000もの演目があるんです。でも実際に全ての噺を習得している落語家はいません。例えば十八番(オハコ)という言葉には、自分の持ち味を投影できるネタが18あれば生活できる、という意味があります。ところが師匠の枝三郎は、600席全部違う話をやる落語会をライフワークにしているんですよ。だから師匠の落語会に行くと、いつも知らない話が聞けてワクワクしたんです。誰もやらないようなことにあえて挑む姿がかっこよくて、師匠の弟子になりたいと思いました」

 

弟子入りを志願しに枝三郎さんの元を訪れた時のことを、枝之進さんはこう振り返ります。

 

「今でもはっきり覚えています。2016年11月12日の日曜日、朝から師匠の落語会でした。僕はもうめちゃくちゃに緊張していて、その日の落語も耳に入らなくて(笑)。いざ舞台が終わって師匠に話しかけようにも、この一言で落語家の人生が決まると思ったらそれができない。モジモジしていたら、『この後メシ行くか?』って師匠から声をかけてくださった。それでごはん屋さんでもなかなか言い出せないでいたら、『弟子入りしに来たんやろ?』って言ってくださったんです。はいって即答したら、『桂枝之進って名前考えているけど、どうや?』と。師匠に助けてもらって入門した形ですが、その日の帰り道は、嬉しいやらホッとしたらやで、ふわふわしていて地に足がついていませんでしたね」

同世代に落語を知ってもらうため、

ライブ配信を活用していく

入門後は、アルバイトをしながら、師匠の仕事に同行する日々。落語家としてだけでなく、社会人としての立ち振る舞いも学びながら、枝之進さんはいよいよ初舞台の日を迎えます。2017年1月の入門から1年経った、16歳の時でした。

 

「“軽業”というハードルの高い演目でした。アマチュアの時のクセを直すために師匠があえて難しいネタを選んでくれたので、僕も気合が入りましたね。落語家にとって一番怖いのは言葉が詰まることなんですが、初舞台でまさにそうなりました(苦笑)。アドリブでつないでどうにかなったんですが、師匠に怒られるだろうなって思って袖に戻ったら、なんか喜んでいて。後で聞いたら、『落語家に大事なのは、100遍の稽古より、1遍のごまかしだ』と」

その後、渋谷100BANCHIという実験的なクリエイティブスポットで落語会を開いたり、SNSを駆使して活動したりと、枝之進さんは高座に上がりながらも縦横無尽に活躍の幅を広げていきます。ジャンルを飛び越えて活動することで、若い世代にはとっつきにくい古典芸能のイメージを変えていきます。

「18歳の落語家として、今何をやるべきなのか。そう考えて最終的に行き着くのは、同世代の人たちに落語の魅力をもっと知ってほしいということですね。現状、同世代にあまりにも落語が知られていないし、知るきっかけもなかなかない。たとえ知っていても、伝統文化・古典芸能というイメージ。僕は一生落語家でいるつもりですが、同年代が落語を聞かない世界ではそれが叶わない。だから僕自身の課題として、漫才やコントと同じようにエンタテインメントとして落語を楽しんでもらわなきゃならないと考えています」

 

そのアプローチ方法は、実に画期的。テクノロジーの進化を使って、伝統芸能と若年層との距離をぐんと近づけることを構想しているようです。

 

「同世代のテレビ離れが進んでいるなら、落語と親和性の高いメディアを使えばいいのではないかって。“間”が大切な落語本来のポテンシャルを存分に発揮できる媒体を考えたら、今の時代ならライブ配信が最適だと思うんです。1対Nの関係でコミュニケーションが取れるし、5Gの出現によってよりリアルタイムでお客さんの反応が見られるから、ちゃんと間を読んで落語ができる。テクノロジーを駆使して、僕はもう一度、落語をメインストリームに送り込みたいんです」

落語家とお客さん、双方向でのコミュニケーションが成立する5Gでのライブ配信ならば、10代・20代へ落語をつなぐ架け橋になり得るかもしれません。落語の魅力を伝えるべく奮闘する枝之進さんが思い描く、少し先の未来とは?

 

「落語のライブ配信がエンタテインメントの1つの選択肢になって、実際に寄席にも足を運んでくれたら嬉しいですね。もっと言えば、同世代から日常的に落語というフレーズが出るくらい、当たり前の存在になるといいなって思っています」

Profile

桂枝之進

落語家。2001年6月20日生まれ。兵庫県神戸出身。5歳で落語に出会い、9歳でアマチュアで落語をスタート。2017年、中学在学中に六代文枝一門三代目桂枝三郎に入門し、プロの落語家として活躍する。

https://www.instagram.com/edanoshin/

https://twitter.com/edanoshin/

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