2024.04.01

二十四節気新・定番。

第11回| 花を活けることは、自分自身、ひいては世界のより良い在り方を願う養生術でもある。〈温室〉主宰・塚田有一さん。

赤坂氷川神社花活け教室「はなのみち」生徒による桃の節供のめぐり花

「二十四節気」とは、古代中国で生まれ、日本でも古来親しまれてきた暦です。めぐる季節の変化に寄り添い、田植えや稲刈りの頃合いを告げる農事暦でもありました。今でも折々の季節を表す言葉として愛されています。「F.I.N.」では、季節の変化を感じ取りにくくなった今だからこそ、改めて二十四節気に着目する潮流が生まれ、季節の楽しみ方の新定番が出てくるのではと考えました。

 

最終回となる第11回目に話を伺ったのは、ガーデンプランナーでフラワーアーティストの塚田有一さん。「植物を通して、人と自然の経路を開くこと」を信条に、個人邸の作庭からランドスケープ、舞台装飾や花活けまで、幅広く活動されています。また、二十四節気七十二候など、季節のめぐりや言葉が持つ意味についても探求を深めている塚田さんに、人が植物から得ているものや、自然を意識することでの気づきについてお話を伺いました。

 

(文:大芦実穂)

花の「旬」から

エネルギーをいただく

始まりの季節でもある春。春分(3月20日)頃に咲く花といえば、やはりサクラ。それからユキヤナギやヤマブキなど。まさに百花繚乱の時を迎えます。花屋に行けば、チューリップにラナンキュラス、ヒヤシンスなど、さまざまな花に会うことができます。

 

花の名前にはいわれがあります。アネモネの語源はギリシャ語で、「風」という意味。つまり春風が吹く頃に咲く花ということ。立春の七十二候の初候は「東風解凍(こちこおりをとかす)」でもあります。東風とは春風のことですね。風でいち早く春を感じ、ヨーロッパではその頃咲く花に風の名前をつけたのでしょう。ラナンキュラスは、ラテン語の「カエル」と関係があります。カエルが地上に出てくるのも、やはり春ですよね。どうしてその名がついているのか、国語や漢字、外国語でそれぞれどう呼んでいるのか、語源や意味を大事にしています。まだ文字がない時代にも花はあったわけですから、名前には人間が共通で持っていた、それぞれの花に対する想いが込められているはずなんです。

旬のものにはエネルギーが満ちています。例えばお祭りなどでカズラを巻いたり、手に花を持ったりするのは、聖性を示すとともに、植物の力を身に宿すためでもあります。活け花のルーツは仏教の立花(りっか)だといわれていますが、日本は仏教が入ってくるもっと前から、神事で榊(さかき)や竹を立ててきました。これは依代(よりしろ)という、神様の仮の家のこと。花を立てることは、訪れる気配によって見えないものの到来を感知することです。ですから、春に咲く花で、「これを飾りたい」と思ったら、その気持ちのままに花を活けるのが一番。ぜひ身体にめぐる感覚的なものを大事にしてほしいです。僕自身、花を活けることで何かから解放されるような感覚があり、「道」とつくものの多くは養生術だと思っています。花を活けていると、ちょっとした体の不調は治っちゃうような気がする。少なくともあまり不安にとらわれることがありません。それは植物がそういう存在だからだと思います。

予定調和じゃないから面白い

連句を元にした「めぐり花」

連句(*)という文芸があります。そこから着想を得て、「めぐり花」という華道の型を生かした共創の場を開催しています。連句には春夏秋冬を織り交ぜること、「花の座」「月の座」「恋の座」を詠むことなど決まりはありますが、決して予定調和ではありません。良い連句というのは「当意即妙」座につく人の個性がそれぞれ活かされつつ、調和していくもの。それぞれ違う植物を調和させていく活け花と通ずるものがあるんです。

普通は一人でやることが多い活け花ですが、共創することで、それぞれの関係性が結ばれ物語となり、新たにこの国の風土やそこで生きていることのかけがえのなさを発見できます。

 

*連句・・・最初の句に対して、その情景から次の句を想像する文芸。長句(五七五)と短句(七七)とを二人以上で交互に連ねる。

赤坂氷川神社花活け教室「はなのみち」でめぐり花の前に「桃夭」を音読している様子

今年の3月1日(金)に、東京の赤坂氷川神社で今季最後のクラスを実施しました。まずは二十四節気七十二候から今の季節について参加者全員で学び、「桃の節供」についてお話しし、次に今回のめぐり花をしました。中国最古の詩集『詩経』の、読み下し分、現代語訳、超訳(ラップ調)の3つの訳を、3チームそれぞれ音読してもらってから花を活けてもらいました。そうしたモードや音感などが花に影響して共創する形は結構変わってきますので楽しいですよ。

二十四節気を意識すると

植物や虫や鳥の視点が見えてくる

もともとこの「めぐり花」は、東日本大震災をきっかけにスタートしました。震災から 10日経ったお彼岸の頃に、被災した方に花を手向けるくらいならできると思い、当時スペースをお借りしていた代官山ヒルサイドテラスの屋上にあった温室(*)へ出かけました。ところが、水盤を置いて花を活けようとしても活けられない。ただその水面にはらはらと花びらを散らすだけでした。その浮かんだ花の様子が、多島海列島にも、また、津波で流されてしまった魂にも思えて。その時に日本が「花綵(かさい)列島」と呼ばれていることを思い出しました。花綵とは花を編んで作った綱のこと。桜前線が北上し、紅葉前線が南下する、いつでも多様な植物によって彩られている列島が幻視されます。僕は「はなづな」と読んでいます。それが連句のようにも感じられたんです。日本は生物多様性のホットスポットでもある。その風土を身体的に取り戻したいと思って始めたのが「花の連句めぐり花」です。

 

(*)温室・・・塚田さんがパフォーマンスや展覧会、撮影の場所として運営していた空間。都心ではなかなか見つけられない背の高い樹木に囲まれた場所で、塚田さんや訪れる方々に大切にされてきたものの、2011年老朽化のため空間としての温室は解体となった。

 

「めぐり花」のクラスで二十四節気七十二候について知ることから始めるのは、季節にそれぞれの身体をチューニングするためです。例えば3月10日頃の七十二候に「桃始笑(モモハジメテサク)」とありますが、昔は「笑う」と書いて、「咲く」と読んでいました。大きく笑うというよりは、ほころぶような恥じらいのある「笑み」を想像してみてください。桃が咲き始めるところをイメージしやすいのではないでしょうか。七十二候には人間のことが書かれていないところが素晴らしいと思っています。この世界はもちろん人間だけのものではなく、生き物は皆「環世界」という多様な独自の領域を持って生きています。その輪っか同士がときには触れ合ったり、混じり合ったりしながら時間と空間を共有しています。人間だけでなく、鳥の時間、虫の時間、微生物の時間もあるということ。

季節を実感することは

すべての生命の大切さを知ること

1年という季節がめぐる中、今この瞬間も生命は生成と消滅を繰り返しています。その命の瞬きや、私たちがいる土地の風土を理解するということにも、二十四節気を知ることは役に立つと思います。季節のサイクルは変化してこそなので、大きな波に抗わず、そのまま乗ってしまった方が、生きるのが楽になりそうです。植物は自ずとそうしてますよね。生命とは、変化し続けいつも新たに生まれているからこそ美しいのだと思います。それを生け取りにするのが活け花とも言えます。動くことをやめないこと。しかも自分で動いているようでいて、実は周りのものによって動かされています。そのことを実感できていると、自分の命を俯瞰して、また他の命も大切に考えられるんじゃないでしょうか。

 

毎年手帳を買って僕がまずやることは、二十四節気七十二候と、月の満ち欠け、旧暦を書き込み、日々の時間の動きを円で書き込んでいます。節供を気にすることで、七草粥を食べようとか、満月だから月を見上げてみようとか、自然に目が向いたりもするかもしれません。都心でも最近は赤坂にはフクロウが来るんですよ。教室を持たせてもらっている赤坂氷川神社には、アズマヒキガエルもいろんな鳥もやってきます。都市にいても、少し見方を変えるだけで、人間以外の別の命の営みに目が留まり、豊かな気持ちになれると思います。

弔いの意味を込め、水盤に花びらを散らした際の様子

 

Profile

塚田有一さん(つかだ・ゆういち)

長野県生まれ。〈温室〉主宰。ガーデンプランナー、フラワーアーティスト、グリーンディレクターとして、オフィスから個人邸までの作庭、花活け、オフィスのgreeningなど空間編集を手がけ、赤坂氷川神社で花の連句「めぐり花」などのワークショップもさまざま展開している。

https://onshitsu.jp/

https://www.akasakahikawa.or.jp/about/class/ikebana/

【編集後記】

活け花や旧暦を通して自身をチューニングし、養生しているというお話に、季節を体現する生き物である花と日々対峙されている塚田さんならではの感覚を感じ、とても興味深くお伺いしました。ここでいうチューニングとは、現代の都市生活では忘れてしまいがちな、自然や動物たちと共生し自身もその一部であるという感受性を取り戻すことなのだと思います。

一年間この連載を通して、社会を人間中心に考えることは、社会そのもの、またわたしたち人間にとっても、いよいよ限界を迎えているのではないかと考えるようになりました。二十四節気をはじめとした旧暦への関心の高まりが表すように、都市部においても自然や人間を含む動植物の息吹と触れる暮らしが、これからの豊かさの定番の一つになっていくように感じました。

(未来定番研究所 中島)

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