地元の見る目を変えた47人。
2021.08.26
街で暮らしていると、自然はどこか遠いものに感じられるかもしれません。けれども、実は日本の国土の約7割が山林。少し足を伸ばせば、自然と出合うことができるのです。一方で、そのほとんどが経済的に価値がないと思われたり、扱い方がわからなかったりなどの理由で手入れされずに放置されているという状況にあります。宝の持ち腐れになってしまっている日本の山。今はただの山でもアイデア次第で”宝の山”にできる可能性があるかもしれません。そこで、山のエキスパートや各分野でユニークな活躍をするクリエイターの方々にお話を伺い、未来の山の活用方法を探りました。
山の価値は下がっている?
放ったらかしにさせないために必要なこと
「いきなり秋田の山林を相続したとしたら、困る人がほとんどでしょう」
そう話すのは、松本林業の13代目松本直樹さん。日本には約70万人の山林所有者がいますが、松本さんによるとその多くが東京のサラリーマンたち。相続でいきなり山を受け継ぎ、どう管理したら良いか分からない山林所有者が多いことが放置林の原因になっていると言います。放置林は土砂崩れなどの災害を引き起こす危険性もあり、日本の山が抱える大きな問題です。こうした現状を解決するために松本さんが開発したのが、〈YAMAMORI〉。スマートフォンアプリ上で山林情報が一覧できるようになっており、山を持っている人と林業従事者が簡単につながることができるサービスです。
「所有者が山のことを何も知らないとしても、日本全国のどこか、例えば秋田の山奥に住んでいる林業従事者は山のことをよく知っているはずです。だから、そういう人たちをマッチングすれば、山の管理の問題は解決できる。そう考えて作ったのが〈YAMAMORI〉です」
〈YAMAMORI〉は山の新しい価値を生み出すことにも注力しています。放置林の問題に加えて山が抱える問題の一つが、木材一本の価格が低下していること。今では、70年かけて木を育てても一本数千円にしかなりなりません。そのために、ますます山は手間をかける価値のないものとして放っておかれるという悪循環が起きています。
「でも、これからの山の価値は木一本の値段だけじゃないはずです」
山の価値を上げ、山を守って行くために松本さんが注目したのは、近年のキャンプブーム。山林の価値は、土地の広さや植えられている樹木などで決められることが一般的で、現状では、小川がある、高速のインターが近い、見晴らしがいいなどのキャンプをするのに適した土地であるという要素は山の価値に全く反映されません。しかし、アウトドアアクティビティを求めて山を買いたいと思う人にとって、こうした要素こそ重視するもののはず。そこで〈YAMAMORI〉では、そうした情報もデータベース化しユーザーが見られるようになっています。
「山を相続して困っている方からの問い合わせは全国から届きます。それと同時に、山に興味を持っている人というのは一定数いるはずです。そういう人たちが山を面白がって遊んでくれれば、崖崩れを起こすような放置林は無くなっていくんじゃないでしょうか」
松本直樹
奈良県出身。代々続く松本林業の13代目。立命館大学大学院理工学部情報処理学科を卒業後、ITコンサルタントとしてシステム開発に従事。2012年からはIT企業の経営者に就任。2017年から家業を継ぎ、ITを活用した山林管理サービスを提供することで、山を守ることを目指す。
山の活かし方①
山を学び山で遊ぶための学校
ここからは新しい視点でクリエイティブな活動を行う3名に、それぞれ山での楽しみ方や未来の山の活用法を考えてもらいました。
まず山の活用アイデアを伺ったのは、クリエイティブディレクターとして活躍する於保浩介さん。嵐のラストライブコンサートでの映像・AR演出を担当するなどデジタルアートと関わりの深い於保さんですが、実はプライベートではキャンプ歴20年のアウトドア好き。会社の保養所としてキャンプ施設を作る計画を立ち上げ、2019年長野県・八ヶ岳に完成させました。
「山仕事は究極のクリエイティブで、山は究極の遊び場なんです」
キャンプ場となる山を切り拓く作業は、林業に従事する大学時代の友人の手助けを受けつつ於保さん自ら行いました。チェンソーを使い木を一本一本切り倒していく。ほぼ2人のみでの開墾作業は相当な重労働のはずですが、於保さんは「新鮮で刺激的」だったと振り返ります。
現在も月に2回は八ヶ岳のキャンプ場で草刈りや薪割りをして過ごすという於保さん。こうした山で身体を動かしリアルなものに触れる時間と東京での生活の振り幅が「人間らしい生活を保ってくれている」と話してくれました。
於保さんが未来の山の活用方法として考えるのは、「山の学校」。木こり、林業家や地元の人など山に詳しい専門家に、山の開墾や整備に必要な知識を教えてもらえる場所です。山の学校は会員制。生徒たちにはある程度の授業料を負担して、山を共同所有してもらいます。十分な知識をつけて卒業すると、めでたく山の一部が与えられ自分なりの計画を立ててその土地を活用することが許されます。
「キャンプブームで山を買う人が増えていますが、山のことをよく分からないままに普通の家を建ててしまう人もいますよね。でも、僕が友人に教えてもらったように山のことを学べたら、適度に手入れされて良い状態の山を作っていくことができると思います」
於保さんの考える山の学校は、その時に山初心者と山を結びつける場所になるでしょう。そして、技術が進みデジタルでできることが増えるであろう未来には、あえて山での原始的な経験が求められるようになるかもしれません。
於保浩介
ビジュアルデザインスタジオWOWのクリエイティブディレクター。広告を中心とした映像全般(CM、VI、PV)のプランニング及びクリエイティブディレクションを手がける。近年ではWOWが培った3Dデジタル技術を駆使し、日本のものづくりに新しい価値感を見出そうとしている。
山の活かし方②
素材から考えて作る山丸ごと建築
次にお話を伺ったのは、ユニークな視点で建築界に新しい風を呼び込んでいる建築ユニットo+hの大西麻貴さんと百田有希さん。
林業と深く関わるプロジェクトを主導した経験もあるお二人。滋賀県多賀町の公民館建設プロジェクトでは、多賀町産の木材のみを使用して2600平米の木造平家を設計しました。地元で育まれた素材を使うことで、その土地の歴史をも伝えるような雰囲気を作り出しましたが、百田さんは心残りがあると言います。
百田さん
山のことを考えて作ったつもりでしたが、材料を起点にして設計したわけではありませんでした。今思うと、山に生えている木からどういう建築を作るか、ということから考える方法もあったのではないかと感じています。
レシピに材料を当てはめて作るのではなく、もともとある材料からレシピを考える。素材先行の建築のポテンシャルは、大西さんも指摘します。
大西さん
山に行くと、ものすごく長い木や大径木に出合うんです。でも、そういう木は大きすぎて使う人がいないから細切れにされて燃料になることが多くて。もったいない使われ方をされてしまいます。
それならば、とお二人が考えるのは、山の環境そのものを活かして建築を作ること。最近山小屋の設計を始められたお二人は、山に入る度に緑や岩の色など自然が作り出す色に感動すると言います。そうした木々や岩を建築の一部として使うとどうなるのでしょうか。
例えば、一般的な住宅では使われないような大木を存在感のある柱や梁として使います。そうすることで、素材が意思を持って生きているような建築を作れるのではないかと考えているそう。 さらには、山全体を空間づくりの場として考えるアイデアも出てきました。山を歩き回って居心地の良い場所を見つけたら、そこに空間を作るのです。
百田さん
その時、その場所でしかできない居場所みたいなものを作ってみたいんです。そこに小屋があるからここでご飯を食べる、というのではなくて、ここが気持ち良いからここでコーヒーを飲もう、みたいに。
大西さん
登山をするときにどこに寝床を作るのか考えるのと同じように、建築を作るようになったら面白いですよね。そうやって作った空間はすごく心地いいんだろうなと思います。
大西麻貴
愛知県出身。京都大学工学部建築科在学中に百田さんに出会いユニットとして設計をするように。東京大学大学院卒業後、共同で;大西麻貴+百田有希/o+hを主催。「二重螺旋の家」(2011年)のように、小説のナラティヴから着想を得て作る物語性のある建築を得意としている。
百田有希
兵庫県出身。京都大学工学部建築学科卒業後。同大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程を修了。2008年から大西麻貴+百田有希/o+hを共同主宰。伊東豊雄建築設計事務所で経験を積み、2014年からユニットでの建築活動を本格的に開始。その土地に根ざした建築を作ることに取り組んでいる。
山の活かし方③
子供たちと地域を育むプレイパーク
山には、人と地域コミュニティを育てるポテンシャルもあると教えてくれたのは、教育クリエイターの鈴木健太郎さん。2018年の北海道胆振東部地震で被災した安平町に新しく公立の小中一貫校を建設するプロジェクトに参加しています。鈴木さんがプロジェクトで提案するのは、デジタル技術を活用した新しい学校の使い方。スマートフォンから鍵の開け閉めができるスマートロックや、オンラインで学校施設の利用予約ができるサービスを開発し、地域住人がいつでも安全に学校を利用できる仕組みを考案しました。
「安平町は人間の数よりも牛や馬が多い場所です。だからどうしたって、都会の子どもたちに比べて人に出会う機会は安平町の子どもたちの方が少ない。都心と地方では、得られる情報量の格差があるんです」
それを解決するのが、地域の大人たちが学校を利用できる仕組み。従来の学校と家の往復という閉じた世界に地域の人が入り込むことによって、新しい世界との出会いを生み出すことを目指しています。こうした空間づくりとしての学校を研究する鈴木さんは、山も子どもたちを育てる環境として活用できるといいます。
「科学的に、山のような自然の中で過ごすことで子どもの成長に良い影響があるということが分かっています。一つには免疫力、もう一つには脳の発達を高めます」
幼い頃から土に触れて有機的な菌にさらされることで免疫や抗体が作られ、五感への情報量が多い中で過ごすことで脳の機能が発達するのだそう。
安平町では、実際に山林を子どもたちのために活用している例があります。それが、はやきた子ども園の北進の森です。もともとは保護者の1人が所有していた土地を園が譲り受け、今では園の子どもたちの遊び場に。また、毎週定期的にプレイパークとして開放することで、子どもだけでなく大人も参加して自由にアウトドアを楽しむことができる、地域コミュニティとしての役目も果たしています。
「森を管理できない人の多くは役場に寄付しますが、役場も維持費がかかるために所有林にするだけで何も活用しないという実情があります。こんなふうに教育機関に山を寄付して役立ててもらうのが一番価値のある使い方なのではないでしょうか。安平町のやっていることは、日本中のどの地域でも可能性のあることだと思います」
鈴木さんは、現代社会において、教育業界全体の山への注目度は高くはありませんが、「これからの教育現場での山需要はあるはず」だと話します。これからの時代を作っていく子供たちのために、山ができることはまだまだあるようです。
鈴木健太郎
神奈川県出身。2007年にデジタルアート集団「チームラボ」に新卒1期として入社。その後独立し、教育を楽しく出来る仕組みをつくる教育クリエイターとして、日本最大の数学イベントや、不登校生向けの修学旅行プラットフォーム、日本最大のオンライン授業展などの立ち上げを行う。
山の学校、山丸ごと建築、プレイパーク……。今回お話を伺った中で出た活用方法以外にも、まだまだ可能性が眠っているはずです。山でのアクティビティに注目が集まっている今、新たなアイデアが見つかるかもしれません。そうなった時、5年後の山のあり方は放ったらかす以外のものに変わっているでしょう。
【編集後記】
林業が盛んだった頃には、人が山に入り丁寧に手入れされていたものの、林業の衰退とそれに伴う後継者不足、廃業などが重なり放置される山が増えているなかで、今回お話を聞かせて頂いた皆さんは、それぞれのアプローチでその問題を解決しようとされています。
その根底には山(自然)に魅力を感じ、それを周りや次世代に伝えていくことで山に興味をもつ人を増やし、ひいては関わる人を増やしていくことにあり、こうした地道な取組が放置林(山)問題の解決に繋がり、今後の山の活用に繋がっていくのだと思います。
(未来定番研究所 織田)
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