思いを伝える、贈り物の選び方。<全8回>
2023.04.03
贈る
3月のテーマは「贈り物」。対面で人に会う日常が戻ってきた今日この頃。お久しぶりの友人や仕事でお世話になっている人に、贈り物で感謝を表したい人も多いかもしれません。定番からユニークなものまで贈り物は多種多様。若年層を中心にソーシャルギフトも浸透してきた今、これから贈り物の未来はどう変わっていくのでしょうか。3人の目利きたちのお話から探っていきます。
(文:末吉陽子/写真:小野奈那子)
裏地桂子さん(うらじ・けいこ)
ギフトコンシュルジュ。草月流師範。ハイエンドな女性誌のライターとして活躍後、雑誌や企画展などの商品セレクションをはじめ、ショップのプロデュースや商品の企画・開発を手掛ける。『最上級のプチプラギフト100』(光文社)など、著書多数。毎日、更新しているインスタ(@k.uraji)が好評。
越智康貴さん(おち・やすたか)
1989年生まれ。株式会社ヨーロッパ代表取締役。2011年にフラワーショップ『DILIGENCEPARLOUR』をオープン。店頭小売のほか、イベントや広告などの装飾を手掛ける。
武田俊さん(たけだ・しゅん)
学生時代から編集者・ライターとして活動を開始、2011年に代表としてメディアプロダクション「KAI-YOU,LLC.」を設立。「KAI-YOU.net」の立ち上げ・運営のほか、カルチャーや広告の領域を中心にプロジェクトを手掛ける。「TOweb」「ROOMIE」「lute」「M.E.A.R.L.」などのWeb マガジンにて編集長を歴任。
贈り物は「お福分け」。大切なのは自分の価値観と少しの工夫
武田さん
最初に、皆さんの贈り物のセオリーについて教えてください。僕は最近都心から多摩エリアに引っ越したんですけど、近所に老舗の和菓子屋さんがあって、久しぶりに対面で仕事をするときなんかは、そこのロールケーキを持参するようにしています。値段も手ごろで味も素朴なんです。セオリーというほどではありませんが、相手が気兼ねなく受け取れるものを選ぶようにしています。
越智さん
「和菓子屋さんのロールケーキ」っていうところが気になるし、その地域でしか手に入らないものは特別感があって素敵ですね。僕はもっぱらお花を贈ります。贈る相手に合いそうなお花を選ぶようにしているんですけど、白やグリーンのように清潔感があって上品な雰囲気のお花は鉄板です。あと、花束は1種類でまとめるようにしています。そうすると「お花もらってうれしいな」ではなくて、「チューリップもらった」のように、記憶や印象に残ると思うんですよね。
武田さん
お花以外の贈り物をするときのこだわりってありますか?
越智さん
基本的には「消えモノ」を選びますね。器やグラスのように残るものは好みが分かれてしまうし、贈り物は捨てられないじゃないですか。お花じゃなくても、ちょっといいスイーツとかなら、もし相手の好みじゃなかったとしても、家族や友達にシェアしやすいですよね。あと、お花と同じでいろいろ詰め合わせるのではなく、イチオシの一品に絞ります。
裏地さん
種類を絞るのはすごく大切な観点だと思います。お菓子にしても、いろいろな種類の詰め合わせではなくて、そのお店のスペシャリテを選んでほしいですね。そうしないと、複数人で食べたいときに取り分けにくいですしね。
越智さん
「詰め合わせから好きなものを選んでもらいたい」という贈り手の心理もあるのでしょうけど、僕は本当に良いと思うものを贈りたいし、贈られたいなって。その方がエレガントな気がするんです。
武田さん
裏地さんは贈り物の達人ですが、カジュアルな贈り物をするときに工夫していることはありますか?
裏地さん
最近、東京都現代美術館の「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展に足を運んだときに、展覧会限定で販売されているピンクのノートを友人にプレゼントしました。ただ、透明な袋に入っているだけなので、ちょっと太めのピンクのリボンを結んでから差し上げました。
武田さん
ひと手間かけることで贈り物感が増しますね。贈り物をきっかけに展覧会の話題でも盛り上がれそうです。
裏地さん
手間をかけすぎると贈る方も気疲れしてしまうので、ほどほどで。私にとって贈り物はコミュニケーションツールであり、「お福分け」です。まずは気持ちが大事なので、自分が「幸せ」「素敵」と感じるモノを渡すことを大切にしています。
越智さん
贈り物を媒介して気持ちが連鎖することが大事ですよね。自分の中での定番アイテムがあるに越したことはありませんが、贈る側にこれが好きという気持ちがあればうれしいです。贈り物の代名詞のような虎屋の羊羹やゴディバのチョコであっても、「自分で自分のためにわざわざ買わないけど、あれっておいしいよね、素敵だよね」みたいなものを贈り物として頂くと、僕は喜びを感じます。
最近の贈り物事情。
ソーシャルギフトはあり?なし?
越智さん
最近はSNSで気軽にプチギフトを贈れるサービスが登場するなど、手段は多様化していますよね。それについては、どう感じられますか?
武田さん
「あなたのためにこれを選びました」というよりも、気軽に物を贈ることでカジュアルに感謝を伝える行為のように感じます。
越智さん
サービスの多様化は大賛成なんですけど、気軽過ぎて「心を込める」という文化が損なわれてしまう気がしなくもないなって。
武田さん
確かにソーシャルギフトは、贈り物をしたという行為があるだけで、文化的なふくよかさはすっぽり抜けますよね。けれども、今の日本は昔ほど経済的に豊かだとは言いがたい。特に若い人にとっては、カジュアルでありながら、切実な贈り物の手段として重宝されている気はします。
裏地さん
コミュニケーションが乏しい時代なので、会話が生まれたり、誰かとつながろうとしたり、その気持ちの受け皿としてソーシャルギフトは便利かもしれませんね。
越智さん
なるほど。確かにこれからはデジタルで贈る方法が合理化していくことは明らかですよね。ただ、僕は気持ちの動き方がシステマチックになることに懸念があります。贈り物の内容についてもマーケティングの要素が強くて雰囲気づくりをしているものよりも、クラシカルで本質的なものに惹かれるんですよね。
武田さん
マーケティングを強く意識した商品なのか、普遍的な価値を追求している商品なのか、違いはわかりやすいですもんね。
越智さん
贈り物には人柄だけではなく、意図がにじみ出るので、内容や渡し方によって相手の心への響き方が変わってしまうなと。どういう気持ちでその贈り物を選んだのか、相手は些細な部分で感じ取ると思うんです。リボンが結ばれたノートを渡されたら贈り物だと感じるし、赤いバラ1輪なら好意を示す贈り物だと察知しますよね。実物としての贈り物の奥にある気持ちが大事かなって。
裏地さん
お誕生日や特別な日の贈り物であれば別ですが、何気ない日常の贈り物であれば贈られる側のプレッシャーにならない配慮も必要です。手紙やメッセージカードはちょっと重いかもしれないので、リボンをかけるくらいがちょうどいいですね。
日常の買い物に自分への贈り物に。
目利きが考える「これからの贈り物」。
武田さん
これからの贈り物はどのように変わっていくでしょうか?
越智さん
普遍的でクラシカルな商品は、常に新しい工夫を取り入れているので、これからも時代の要請に合わせてかたちを少しずつ変えていくと思います。例えば、虎屋も羊羹を小分けにしたり、ゴルフボールの最中のようにユニークな商品が登場したりしていますよね。きっと商品は変わらないと思いますが、贈り合う文化そのものはデジタル化で大きくかたちを変えそうな気がします。
武田さん
最初にシステムから変化し、贈り物の文化があとから付いてくる感じですよね。ソーシャルギフトがいい例で、新しい技術をもとに便利なシステムが登場して、それを使う行為によって、文化が再帰的にかたちづくられることもあると思います。
越智さん
基本的には、決済から流通まですべての手段はAmazon化していくと思っていて、ボタン一つで贈り物が届くという流れになるのかなと。
裏地さん
気軽に贈り合える環境が整うことで「贈ろう」という気持ちをかたちにできるので、贈り合う行為がデジタル化していく流れはすごくいいことだと思います。ただ、コロナ禍でお中元やお歳暮は減ったので、伝統的な贈り合いの文化は変わっていく気がしますね。
武田さん
僕は加速主義的なものが好きじゃないんですけど、アルゴリズムとAIの進化はもう止められないですよね。贈り物についても勝手に「最適解」がレコメンドされると思うんですけど、そうなると逆張りで「贈り物ってこうじゃなかったはずだぞ」っていう本質を突いてくるサービスも登場するはず。
越智さん
ただ、商品はもう飽和状態になっていますし、時間の洗礼を受けた伝統的な商品も充実しています。付加価値バトルに参入するのは厳しそう。それならば、流通を新しくするとか、購買体験を変えるサービスを考えた方が良さそうですね。それが100年後に新しい贈り物のスタンダードをつくっているかもしれません。
裏地さん
最近はバレンタインデーにしても、「自分へのご褒美」が流行っていますよね。でも、特別な日に限らず、どのようなものなら毎日楽しく、機嫌よく生きることができるのかを一人ひとりが考えるために、自分の買い物は常に自分への贈り物だと発想を変えると良いかもしれません。
越智さん
さっき「わざわざ自分では買わないけど、ちょっといいもの・おいしいものを贈る」という話がありましたが、自分自身に買ってあげるということですよね。
裏地さん
そうですね。自分が楽しくなる贈り物が何なのか考えると結構難しいので「機嫌が良くなる」くらいがちょうどいい。そこまでハードル上げないで、日常生活の中で機嫌よく過ごすための工夫の一環で、買い物=贈り物だという考え方が広まると贈り物の未来が変わる気がします。
■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント
・贈り物の内容は工夫を重ねながらも大きく変わらないが、贈り合う文化はテクノロジーの進化とともに変容していく。
・AIやアルゴリズムが発達し「最適な贈り物」が誰でも簡単にできる現代では、相手への心を込める贈り物文化の本質に立ち返るサービスも登場する。
・一人ひとりが日常を機嫌よく過ごすための工夫として、自分の買い物=自分への贈り物と考えてみる。
【編集後記】
詰め合わせは「数種類をいろいろ」ではなく「イチ押しの一種類に絞る」など目利きならではの贈り物セオリーに唸ってしまいました。同時に贈り物を媒介して連鎖する気持ちは、贈り物文化のとても豊かな側面の一つだと改めて感じました。自分の好きなものを相手に贈り、受け取る側もうれしい気持ちになる。この体験は、贈り合う文化がデジタルサービスによって変容したとしても普遍的なのかもしれません。
(未来定番研究所 中島)
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