もくじ

  • case1|

    〈ニシイケバレイ〉バラバラな住宅をつなぎながら生活圏をつくる。

2024.09.02

未来場スコープ

case1| 〈ニシイケバレイ〉バラバラな住宅をつなぎながら生活圏をつくる。

街の一角が変わると、その場で行われる営みが変わり、人々の流れが変わり、街自体が変わっていきます。そんな変化の真ん中にある空間や建物を紐解いていくと、未来の街並みが見えてくるかもしれません。この連載では、街の未来を変えるようなポテンシャルを持った場所を訪ね、そのデザインや企画を担当した建築家やディベロッパーがどのような未来を思い描いているのかを探っていきます。

 

再開発が続き、現在進行形で刷新されている池袋の大通りの一本裏、高層ビル群の谷間に、趣きのある平屋や緑が豊かに残る〈ニシイケバレイ〉。さまざまなメディアからも注目される、人気スポットになっています。各建築とエリア全体の設計を手掛ける、建築家の須藤剛さんにお話を聞きました。

 

(文:贄川雪/写真:白石和弘/イラスト:SHOKO TAKAHASHI)

ニシイケバレイ(東京都・池袋)

オーナーの深野家が代々所有し暮らしてきたエリアを〈ニシイケバレイ〉と新たに名づけ、2020年頃からエリア内の住宅を段階的にコンバージョン(既存建物の用途を変更して新しい建物へ再生させる手法)している。木造平屋を改修したカフェ〈チャノマ〉をはじめ、木造アパートの1階を「ショクタク」として和食屋〈和酒酔処 わく別誂〉 〈寄り道処 ふう〉を誘致し、2階はコワーキングスペースとシェアキッチンからなる「アティック」として運用。そして鉄筋コンクリート造の集合住宅1階角部屋に〈うつわbase FUURO〉をオープンした。現在は、1階に店舗、2、3階に小商いなどができる土間スペースがついた住居を有する鉄筋コンクリート造3階建ての建築を新築中。長年住宅だけだったこのエリアを、より豊かにするような場所づくりを継続している。

 

用途:飲食店、店舗、オフィス、シェアキッチンなど

所在地:東京都豊島区西池袋5丁目12-3(池袋駅徒歩5分)

敷地面積:2,887㎡

設計:須藤剛建築設計事務所

住む以上の豊かさを創出する

F.I.N.編集部

須藤さんは、どのような経緯で設計に携わることになったのでしょうか?

須藤さん

オーナーの深野弘之さんは、この西池袋のひとまとまりの敷地内に、規模や構造もバラバラな複数の不動産をお持ちでした。そして、今後これらの建物をどう運用すべきかという以上に、エリア全体の未来をどう描くべきか、長期的な展望を思索されていた。そんななかで、エリア全体を建築的な観点から考えられる人が必要になり、以前から面識があった僕に声がかかりました。

 

深野さんをはじめ、計画に携わる皆さんとは、住む方々が気軽に戸外に出て、住まいを拡張しそうな機能が外に広がっていけば、それはここらしい暮らし方になり、さらに、このエリアの周辺の人たちが食事をしたり働きに訪れたりするようになれば、エリア全体がたくさんの人に親しまれる。そんな場所になるといいですね、と話していました。そこで、住宅ばかりだったこの場所に、カフェやコワーキングスペースなどの新しい機能を導入しながら段階的につくっていくことになりました。

建て替え前、この場所が持つ機能は住居のみだった。(写真:須藤剛建築設計事務所)

エリア全体をなじませるデザイン

F.I.N.編集部

建築家として須藤さんは最初にどのような課題を見出し、どんなデザインを生み出されたのでしょうか。

須藤さん

当たり前ですが、基本的に古い建物は残そうとしないと残りません。経済的な合理性が優先されると、建物だけでなく、街の余白や長年そこにあった植物や生物、そして風景はどんどん喪失されてしまいます。それに〈ニシイケバレイ〉の建物たちは、まだまだ充分に使えるものばかりでした。そこで、なるべく当時のものは残して、元々この場所にあった「質」みたいなものをきちんと引き継ぎながら、それがさらに良くなるように手を加えていこうと考えました。

具体的な話をすると、エリアとしては、木造の平屋の改修から着手しました。最初に、四方をぐるりと囲んでいた背の高い塀をすべて壊したんです。発想としては非常にシンプルですが、そのインパクトや効果は本当に大きかった。周囲との関係性が、一瞬でガラリと変わったように思います。

〈チャノマ〉(右)と敷地内通路(左)。塀をなくしたことで、外からも店内の様子が伺える。

須藤さん

その後は、塀や壁によってはっきりと区切られてしまっていた、内と外の境界をぼかしながら馴染ませていくためのデザインをしました。例えば、平屋の壁を部分的に木製のガラス戸にして、光や視線を通すことで内外の分断を和らげています。

〈チャノマ〉店内からの様子。壁をガラス戸にしたことで、空間に広がりを創出。(写真:Kenta Hasegawa)

須藤さん

また、新たにパーゴラ(*1)を設け、緑豊かな庭を屋内と屋外の中間領域にして、建物から通路へのグラデーションをなめらかにしています。他にも、室内床と外構に同じ板材や仕上げを採用することで、内外に連続性を持たせるといった工夫をしています。

*パーゴラ・・・軒先や庭に取り付けて、つる性の植物を絡ませることができる格子状の棚。

前庭や通路との間にパーゴラを設けて、植物を這わせることで、屋内と屋外をゆるやかにつなぐ中間領域に。(写真:Kenta Hasegawa)

F.I.N.編集部

〈ニシイケバレイ〉は、規模や建築年もバラバラな建物が集まっているにもかかわらず、1つのエリアとしてまとまっているように感じられます。

須藤さん

平屋以外の建物でも同様に、木製建具を採用したり、パーゴラを設置したりしました。つまり、平屋で施した工夫を〈ニシイケバレイ〉全体のデザインコードとして広く展開したわけです。その要素を場所に合わせて足し引きして調整することで、建物同士の統一感をゆるやかにデザインしていきました。

 

これが「外壁を全部同じ色で塗装する」のだと、良くない気がします。エリア内では何となく一体感が出るかもしれないけれど、近隣の建物との区別を明確にし、差を強調することになってしまいます。しかし、こうした部材や素材、植栽を手掛かりにしたゆるやかなデザインコードであれば、もしかしたら近隣の人たちにも取り入れてもらえる可能性がある。それが伝播し、周囲の高層ビルやタワーマンションのような目線も規模も違うものたちと、低層の〈ニシイケバレイ〉がつながったら、すごく面白いと思います。

和食屋(1階)とコワーキングスペース(2階)が入った木造アパートにも、〈チャノマ〉と同様にパーゴラを設けたことで、用途も構造もバラバラの建物に統一感が生まれた。

須藤さん

複雑ではない、単純な手法を用いることも、すごく大事だと思います。建物にパーゴラをくっつけるとか、通路の舗装にちょっと切り込みを入れるみたいな、簡単な工夫や手入れで空間をつなげていければ、分断されていた街の風景はもっと連続的になっていくと思うんです。ちょっとしたことで、全然性質の違うものがゆるやかに繋がって風景ができていったら、それはとても素敵ですよね。

敷地内通路にもスリットを入れて土を露出させるなど、細やかなデザインが施されている。「アスファルトは、敷地と通路の境界をはっきりと視覚化してしまうけれど、そこに土が少し侵食しただけで、敷地と通路の境界がぐっと和らいだように感じましたね」(須藤さん)

デザインが誘発した
生き生きとした「場」の使われ方

F.I.N.編集部

「場」を一体的にデザインしたことで、どんなアクティビティが生まれたのでしょうか。須藤さんの予想を超えた使われ方やエピソードはありましたか。

須藤さん

2021年7月に〈ニシイケバレイ〉の1周年のような形で、イベントを開催しました。敷地内の通路や〈チャノマ〉を開放し、その中で路上で1時間だけ手持ちの花火を自由にやってもらえるような場を設けました。

 

多分、その一瞬だけでも100人は集まったと思います。通路は、にぎやかな子供たちの花火の煙で真っ白になって(笑)。〈チャノマ〉には、室内で食事をしている人や、縁側で晩酌をしながら子供たちの花火の様子を眺める人がいました。本当に内と外、庭と通路が一体的に使われていて、場所ごとにいろいろな居場所ができていたんです。かつてのように、塀があって建物と通路が分断されている状態では、起き得ない状況だと思いました。とても新鮮で、想像していなかった風景を目の当たりにし、設計者としてもすごく嬉しかったです。

1周年のイベントで、手持ち花火のスペースとして解放した〈チャノマ〉前。「にぎわいを嗅ぎつけたのか、依頼したわけでもないブラスバンドの人たちが、たまたま何かの演奏会の帰りにやってきて。いきなり演奏を始めてくれるという嬉しいハプニングもありました。場所の力を感じさせられる、不思議な時間だったなと思いますね」(須藤さん)

未来を見据えながら

時間をつないでいく

F.I.N.編集部

〈ニシイケバレイ〉のように、同じ建築家が広いエリア内の複数の建物を手掛けるような事例は珍しいと思います。加えて、最初に須藤さんが「段階的に」とおっしゃっていたように、すべてを同時にデザインして一斉に建設するのではなく、建物を1つずつ丁寧につくって街に開きながら、エリアとして絶えず変化し続けている点にも、独自性があるように思います。

須藤さん

〈ニシイケバレイ〉は、改修した部分の面積だけを見れば決して大きな規模ではありませんが、時間軸や、先々の見立てのスケールみたいなものには、その規模以上の広がりを感じます。僕たちは、どんな建築を設計するときも、敷地単体ではなく、周辺のことや、その建築が残っていく10年、30年、50年先の未来を考えているけれど、〈ニシイケバレイ〉は2つ、3つと段階的に設計していくことで、1つの建築をつくる以上に新しい反応が連鎖して起きていく。そういう部分に可能性を感じています。

集合住宅〈コーポ紫雲〉の1階には器のお店〈うつわbase FUURO〉を誘致。池袋駅から徒歩5分という立地ながら、窓からは豊かな緑が望める。

須藤さん

実際に〈ニシイケバレイ〉は、これまで5年ぐらいの時間をかけてゆっくりつくってきました。既存の建物をベースに用途や色合いを段階的に広げていったことは、とても良かったと思います。現在3階建ての店舗と集合住宅を新築していますが、もしこの場所に、ニシイケバレイが出来る前にそんな建物ができたら、こんなところに店舗を作っても人が集まるのかと、皆さん違和感をいだいたと思いますから。ずっと何かがここで行われ、更新され続けているというプロセス自体も、住人の皆さんと新しい機能や建物との間をうまくつないでいるのかもしれません。

F.I.N.編集部

一方で、社会はかつてないほどに先が見えない、不安定な状況にもなっています。未来に繋がる「場」づくりのためには、ネガティブな意味だけではなく、建築の改修しやすさ・解体しやすさを含みおきながら考えておくことも必要不可欠だと思われます。建築家として、須藤さんはどのようにお考えですか。

須藤さん

ものの成り立ちや技術が高度で複雑になったせいで、それらに使い手がアクセスしづらくなり、壊したり捨てたりするしかできないという状況は、建築に限らずさまざまな場面で起きていますね。僕たちも、特に〈ニシイケバレイ〉では、ものの成り立ちやつくられ方がダイレクトに現れている、みんながアクセスしやすい建築デザインを心掛けています。

 

進行中の新築の集合住宅も、制約上、構造は鉄筋コンクリート造にせざるを得ませんが、最低限の躯体に絞って使用しています。その上で、柱や梁などの構造材をあえて見せ、断面も可能な限り化粧材を貼らずに仕上げておけば、あとから剝がしたり壊したりして改修もしやすくなりますから。

自分でも場づくりを実践していく

F.I.N.編集部

今春、須藤さんは事務所に併設する形で、目白に〈CaD(カド)〉をオープンされました。〈ニシイケバレイ〉の設計に加え、ご自身でも「場」の運営を始められたいま、須藤さんは「未来の場づくり」についてどんなことを考えていますか。

須藤さん

〈CaD〉は、店舗と飲食店をベースに、ギャラリーやイベントスペースを5坪に集約した小さな複合施設です。ふらりと立ち寄って、ハムやソーセージ、お酒の購入や、店内で飲食をすることもできます。ちなみにカフェの立ち上げは〈チャノマ〉の店長の加藤寛さんに手伝ってもらいました。これまでの設計活動を通じたご縁を繋ぎなおして生まれた場所でもあります。

2024年4月にオープンした目白の〈CaD(カド)〉。(写真:Kenta Hasegawa)

須藤さん

〈ニシイケバレイ〉もそうですが、都市計画法で用途地域を定め、住宅地には住宅以外を建てにくくしてしまった結果、僕らはさまざまな暮らしの豊かさを手放してしまったと、あらためて気づきました。同じマンションや地域に住んでいて、本当は気が合うかもしれない人同士でも、エレベーターや通り道だけではなかなか会話も弾まないし、関係性も発展しない。近所に居場所があり、出来ることを増やして繋がっていけたほうが、合理的で暮らしも豊かになるはずです。店舗兼用住宅には、そんな場所になれる可能性があるように思います。ただ制度を嘆くのではなく、読み解いてうまく利用していくことで、街づくりにも新しい見立てが生まれていくんじゃないかな、と。

 

街には、さまざまな人が住んでいるじゃないですか。あまねく人に届けることも大切ですが、自分の好きな街を自分でつくるそのために仲間を増やしていく、その結果に汎用性や社会性のような部分を見出し、自分たちだけではなく、たくさんの人に使ってもらったり、共感を広げたりしていけるか。それは難しいことだけど、いつも考えています。僕たちはまだ始めたばかりだから、試行錯誤を繰り返し、いろいろな人を巻き込みながら、出来ることを増やしていきたいという感じですね。

Profile

須藤 剛さん(すどう・つよし)

建築家。1980年埼玉県生まれ。2003年法政大学工学部土木工学科卒業。北川原温建築都市研究所などを経て、2012年須藤剛建築設計事務所を設立。手がけた作品に〈神田ポートビル〉〈狛江の住宅〉〈サウナラボ神田〉〈いまでや清澄白河〉などがある。

【編集後記】

初めて〈ニシイケバレイ〉を訪れたとき、東京の副都心にほど近い場所であるにもかかわらず、どこか懐かしく、おおらかさと温かさを感じるエリア全体の雰囲気に、ほっとしたのを覚えています。取材時にお会いした須藤さんも柔らかな空気をまとった方で、お話しされる言葉の端々から、〈ニシイケバレイ〉への温かなまなざしを感じ、これまでゆっくりと丁寧にこの場と向き合ってこられたのだということがうかがえました。
何か新しいものをつくるとき、一気に変えてしまうことは簡単ですが、時間をかけてその場に馴染ませ、生活者にとって欠かせない日常のシーンの一部となりながら、ともに変化・成長していける場が、これからは求められていくのかもしれない、とお話を伺いながら思いました。
今回から新たに連載がスタートした「未来場スコープ」では、将来どんなところにどんな人々が集まっているのか、時代の目利きである建築家や街づくりを行う人々はどんな未来を見据えて、人と場を繋ぐ関係性をデザインしたのか、魅力ある場所を訪れながら、お話を伺っていきます。これから、未来へ繋がるたくさんの場に出会えることが楽しみです。
(未来定番研究所 岡田)