2022.02.18

前篇|食を研究する立命館大学の教授5名に聞く、「未来の食のキーワードは?」。

「食」は暮らしの一部で、一生つづくもの。これを考えることは、私たちの生活や人生に向き合うことと同義です。今は社会や生活様式が急スピードで変化する時代。では、ポストコロナ時代の食の“当たり前”は一体どうなっていくのでしょう? 立命館大学の「食マネジメント学部」で教鞭をとる教授5名に、こんな質問を投げかけてみました。「今気になる“未来の食のキーワード”はなんですか?」

2018年4月に開設された立命館大学「食マネジメント学部」では、「食」に関する深い知見と社会での実践力を養う、多角的な学びを展開しています。前篇となる本記事では、5名の教授に、今気になる“未来の食のキーワード”をお答えいただきました。

(文:池尾 優)

キーワード① 【共食】

サービス工学や生産システムなどを専門としながら、「がんこ寿司」などを展開するがんこフードサービスの代表取締役でもある新村猛教授。同社は国内外に店舗を展開していますが、あらゆる現場を見てきた上で、新村先生が今注目しているのは「共食(きょうしょく)」だと言います。

 

「コロナ禍によって孤食、黙食が一般化するとともに、デリバリーや通信販売がより身近なものになりました。コロナの収束後、食はどのように進化するか?そのキーワードが『共食』です。

 

人類がかつてサピエンスと呼ばれた時代、食は弱肉強食の世界。強者が食を独占し、弱者は淘汰されていました。しかしそのなかで、強者も弱者もなく、ともに食を分け合った種が淘汰の波を超えました。それが、人類の祖とされるホモ=サピエンスです。人類の生存にとって食とは、単に栄養を摂取するだけではなく、食物と場所、時間を分かち合うものであり、そのDNAは連綿と続いています。加えて、人類は約20万年の歴史のなかで数百回のパンデミックに遭遇し、共生と克服の歴史のなかで今の生活文化を確立しました。果たして、1度のパンデミックが数十万年繰り返されてきた人類の共食とコミュニケーションを破壊するでしょうか?私はそうは思いません。

 

前提として、人類は常に進化しているため、元の状態に戻ることはあり得ません。人類は、コロナ禍でも学習し、食行動に新たなものを取り入れ、前進していくでしょう。実店舗をもたずに共同キッチンで食事を調理しデリバリーする『Ghost Restaurant』や最先端技術を使った『Food Tech』など、新たな食の概念が次々に生まれていますが、それらを『共食』の視点で見ると、より踏み込んで食の未来を考えられると思いますよ」

「Ghost Restaurant」を、単に、デリバリーの需要を受けて生まれたサービスと見たり、飲食業の開業のハードルを下げる仕組みと見るのではなく、ホモ=サピエンスが共に食を分かち合うための新たなシステムとして構築したと考えると興味深い。

Profile

新村猛

立命館大学 食マネジメント学部 食マネジメント学科 客員教授

専門はサービス工学、生産システム、人的資源管理。がんこフードサービス株式会社代表取締役、立命館大学食マネジメント学部客員教授、近畿大学次世代基盤技術研究所客員教授、国立研究開発法人産業技術総合研究所人間拡張研究センター客員研究員などを併任。筑波大学大学院博士課程システム情報工学研究科修了、博士(工学)。

キーワード② 【格差】

食と農の観点から、現代の社会問題を研究している安井大輔准教授。私たちにとって身近な「食」ですが、その食が営まれる国・地域の歴史、異なる文化との相互作用、政治・社会的資源など、実際はあらゆる要素が混じり合って構成されています。なかでも今現代人が目を背けてはいけない問題として、安井先生は「格差」というキーワードをあげます。

 

「社会生活においてさまざまな格差があること、また社会全体で中間層が縮小し富裕層と貧困層に二極化する傾向が強まっていることは、よく知られるようになりました。同様に、社会科学的な食研究の分野においては、日々の食生活にも格差が見られることが指摘されています。

 

社会経済的地位による食の格差は健康の格差にもつながる重要な問題であるものの、必ずしも有効な対策がとられているとは言えません。そうした、あまり明るくない未来の食問題を考えるために、『格差』は重要なキーワードです。

品質に問題がないにもかかわらず市場に流通できなくなった食品を、企業から生活困窮者などに提供する「フードバンク」。1980年代からアメリカに倣う形で広まり、日本でも2000年代から見られるようになった。近年ではファミリーマートなどの大手企業も実施している。

日本でも食の格差が明るみになりつつある今、こうした現実に目を向ける人は増えています。『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』(速水健朗・著/朝日新書)『お腹いっぱい食べさせたい』(阿部彩ほか/大月書店)などの書籍を読んでみると、より理解を深められますよ」

Profile

安井大輔

立命館大学 食マネジメント学部 食マネジメント学科 准教授

社会学、食研究(フードスタディーズ)が専門。近年の共著に『フードスタディーズ・ガイドブック』(ナカニシヤ出版)、『マルチグラフト:人類学的感性を移植する』(集広舎)、『世界の食文化百科事典』(丸善)。

キーワード③ 【新しい食のリアリティ】

イタリアの食文化やスローフード哲学など、イタリアの食を専門としている石田雅芳教授。コロナ禍の2年間では学びを模索し、リモートで計60人あまりの方々を授業に招いたそう。そこで先生が実感したのが、リモート教育の可能性。とくにこれからの食の学びのポイントになるのは「新しい食のリアリティ」だと言います。

 

「現時点で、イタリアでの実習は丸2年行えていません。試行錯誤をするなかでわかったのが、予算や審査などの制限で通常なら大学に呼べないような方々も、リモートならお呼びできるということでした。例えば、トスカーナ地方の丘陵地帯で鷹狩り(猛禽類を使ってジビエを獲る人)をする男性やペコリーノチーズの生産者など、研究者ではない一般の方々を、これまで60人あまり授業にお呼びしました。チーズを朝の市場に持って行くのに同行させてくれるなど、画面越しにその世界をつぶさに体験できたのは驚きでした。

2021年9月に食マネジメント学部で行われた「イタリアに行かないイタリア実習(GSP)」の様子。コロナ禍で現地実習が叶わない中、オンラインでイタリアのシェフたちとつなぎ、オフラインで実習を行った。(実習のレポートはこちら

また、日伊の食文化を出会わせるインタラクティブなプロジェクトにも取り組んでいます。例えば先日は、仙台の地方テレビ局のスタジオをお借りして、牛祭りのある北イタリアの牛農家と岩手県・岩泉町の短角牛の生産者を繋ぎました。市長さんや農業担当者もお招きし、シェフが2種の牛肉の違いを説明しながらその場で焼く実演も行い、後日その内容はテレビで放映されました。来年度からは、宇宙衛星を活用して、世界の食を繋ぐ高度な学びのネットワーク作りに力を入れます。衛星なら電話などの通信回線のない僻地にも届くので、例えば海や山での収穫の様子をリアルタイムで見せてもらうこともできる。そうした画面越しに繰り広げられる『新しい食のリアリティ』は、教育面だけでなく、あらゆる可能性を秘めていると思います」

Profile

石田雅芳

イタリアの食文化、スローフード哲学と食のアクティヴィズム専門。スローフード協会イタリア本部の唯一の日本人スタッフとして、スローフード・ジャパンを創立を始め、食の国際ネットワークにアジア初として日本の参加を促進。2018年4月より立命館大学食マネジメント学部教授。同志社大学大学院文学研究科修士課程修了。共著に『スローフードマニフェスト』(木楽舎)、『食と農のコミュニティ』(創元社)、訳著に『スローフードの奇跡』(三修社)。

キーワード④ 【環境にも健康にもやさしい食】

食をめぐる資源循環や環境影響に関わる研究をする天野耕二教授。水質汚染や廃棄物などの問題をデータで解析する手法を研究し、各種の環境問題に応用してきました。そんな環境問題を目に見える形で捉えてきた天野先生は、現代人の喫緊の課題として「食生活の見直し」をあげます。

 

「最近の世界各国における気象災害は、食料の生産・流通へ大きな影響を及ぼしていますが、食は、気候変動など環境問題の被害者でありながら加害者の側面をもっています。食料生産から消費まで、フードシステムにかかわる温室効果ガス排出量は、排出量全体のおよそ4割を占めると言われています。気候変動の原因である温室効果ガスを削減するには、食生活そのものを見直す必要があります。

野菜や肉が生産者から消費者のもとに届くまでには、飛行機や船、トラックなどをさまざまな輸送機関を経由し、大量の温室効果ガスを排出している。SDGsの認知が高まるいま、環境負荷の少ない食品を選ぶことも定番になっていくかもしれない。

人間の活動で排出される温室効果ガスのうち約1〜2割は家畜由来であるとも言われており、動物倫理意識や環境配慮に加えて健康志向などから増えつつある完全菜食の『ビーガン』に食生活が変わると、食に関わる温室効果ガスの排出量は4分の1程度まで減らすことができます。菜食主義だが卵や乳製品は取る『ベジタリアン』でも、半分以下まで温室効果ガスの排出を減らすことができます。

 

近年は植物肉や培養肉という畜産によらない代替タンパク源の製品開発も進んでおり、牛肉が植物肉などに置き換わると温室効果ガスの排出や淡水資源の消費が確実に減少します。環境にも健康にもやさしい食を実現するために、私たちはいつ、どこで、なにを、どのくらい、どのように食べるかを選択することが重要です」

Profile

天野耕二

立命館大学 食マネジメント学部 食マネジメント学科 教授

環境システム分析と、食をめぐる環境問題と資源循環が研究テーマ。立命館大学理工学部教授を経て、2018年4月より立命館大学食マネジメント学部教授。東京大学工学系研究科都市工学専攻修士課程修了。近年の共著に『SDGs時代の食・環境問題入門』(昭和堂)。

キーワード⑤ 【つくる人と食べる人をつなぐ】

まち・地域づくりや環境教育を専門とする吉積巳貴教授。地域の食資源を再評価し、利用・管理しながら、地域住民が主体的に地域づくりを行う手法を、国内外のフィールドで探求してきました。近年先生が注目しているのが、生産者と消費者の関係性です。

 

「つくる人と食べる人をつなぐ。このキーワードは、世界初の食べ物付き情報誌『東北食べる通信』を創刊し、生産者と消費者を直接つなぐオンライン産直サービス『ポケットマルシェ』を開設した高橋博之氏のコンセプトでもあります。

全国の農家や漁師とオンライン上で直接やりとりしながら、食材を買えるオンラインマルシェ『ポケットマルシェ』。コロナ禍の影響も相まって、2022年時点で約48万人の消費者が利用している。

近年では食の流通システムが発展し、グローバル化することで、季節や場所に関係なく、同じような食品を入手できるようになりました。それとともに消費者は、食が誰によって作られているか、どのように作られているかがわからない状態になっています。

 

食料の生産から消費までのフードシステム活動による温室効果ガスの排出量は、世界全体の約4割を占めることが指摘されており、消費者の食生活は地球全体の持続可能性にも大きく影響しています。また、新型コロナ感染症により『食の安全性』も大きな課題に。一方で、日本では農業、水産業の従事者が減少しつづけており、地域内の食料生産の持続可能性も大きな危機に直面しています。

 

食べることは個人的な事象ではありません。地域や地球の持続可能性にも関わることを認識できるような仕組みを再構築することが、未来の食には不可欠です」

 

入門書として吉積先生が勧めてくれたのが『SDGs時代の食・環境問題入門』(吉積巳貴ほか/昭和堂)、『食べる経済学(未来のわたしにタネをまこう 1)』(下川哲・著/大和書房)、『都市と地方をかきまぜる「食べる通信」の奇跡』(高橋博之・著/光文社新書)の3冊。どれも食と地域を考える良い足がかりになりそうです。

Profile

吉積巳貴

立命館大学 食マネジメント学部 食マネジメント学科 教授

専門は環境まちづくり、環境教育、持続可能な発展のための教育(ESD)など。地球環境学博士。国連地域開発センター防災計画兵庫事務所リサーチアシスタント、京都大学大学院地球環境学堂助教、京都大学学際融合教育研究推進センター森里海連環学教育ユニット特定准教授、立命館大学食マネジメント学部准教授を経て、2019年4月より立命館大学食マネジメント学部教授。近年の共著に『SDGs時代の食・環境問題入門』(昭和堂)。

後篇では、5名の教授にお答えいただいた中から、F.I.N.編集部がさらに深堀したくなったキーワードについて、お話をお聞きします。