地元の見る目を変えた47人。
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2018.05.22
未来を仕掛ける日本全国の47人。
毎週、F.I.N.編集部が1都道府県ずつ巡って、未来は世の中の定番になるかもしれない“もの”や“こと”、そしてそれを仕掛ける“人”を見つけていきます。今回向かったのは、埼玉県飯能市。暮らしかた冒険家の伊藤菜衣子さんが教えてくれた、野口種苗研究所の野口勲さんをご紹介します。
この連載企画にご登場いただく47名は、F.I.N.編集部が信頼する、各地にネットワークを持つ方々にご推薦いただき、選出しています。
長い年月をかけて育まれた生命力のある野菜を、未来へ繋ぐ人。
私たちが日頃口にしている野菜の多くは、「F1」というタネから作られています。F1は、異なる性質のタネを人工的に掛け合わせて作った雑種の1代目で、形や大きさが揃い、生育が早く、安定的な多収を実現できることから、世の中の定番となりました。〈野口種苗研究所〉は、そんな流れに異を唱え、何世代もかけてその土地の風土に合わせて選抜淘汰を繰り返してきた、自家採取できる「固定種」のタネを専門に扱っています。暮らしかた冒険家の伊藤さん曰く、店主の野口さんは「持続可能な食べ物のあり方に一石を投じる活動を続けておられる方」とのこと。固定種のこと、〈野口種苗研究所〉のこと、そして食の未来のことについてご本人にお話を聞いてみました。
F.I.N.編集部
野口さん、こんにちは。
野口さん
こんにちは。
F.I.N.編集部
〈野口種苗研究所〉のある埼玉県の飯能市は、どんな土地なんですか?
野口さん
市としては「森林文化都市」を標榜していますが、市域の80%近くを杉・檜の植林地帯が占める中山間地です。ご多聞にもれず輸入外材に押され、林業経営は成り立たなくなりました。また、西武池袋線に乗れば、都心まで1時間程度で行ける通勤圏でもあります。
F.I.N.編集部
そうなんですね。農業は盛んなのでしょうか?
野口さん
平坦地が少ないため、水田や畑がほとんどなく、農業に従事する人は、果樹、茶園などごく少数です。わずかな畑は自給用の野菜栽培が多いので、東京近郊にしては、収量や効率性よりも味を重視した、固定種の野菜を好む人が比較的多い地域です。
F.I.N.編集部
そもそも、固定種の野菜とは、具体的にはどういうものなのでしょうか?
野口さん
固定種とは、何世代にも渡って自家採取を繰り返すことによって、その土地の環境に適応するように、遺伝的に味や形などの形質が固定されたタネのことです。以前は、世界中の野菜はこの固定種がメインでしたが、F1(一代雑種=First filial generation)と呼ばれるタネの時代になりました。それは、雑種になると「雑種強勢」という力が働き、生育が早まったり大柄になったりして、収穫量が増大するため。また、明治以後、メンデルの法則が知られ、雑種の1代目には両親の対立遺伝子の顕性(優性)形質だけが現れるため、見た目が均一に揃うので、市場にはこのF1というタネを使った野菜ばかりが流通するようになっています。
F.I.N.編集部
今、私たちが日常的に口にしている野菜は、F1のタネから作られているんですね。このF1が台頭した理由はどんなところにあるのですか?
野口さん
大量生産、大量消費社会の要請と言えるでしょう。固定種は、形質が固定されたとは言っても、一粒一粒の種が多様性を持っているので、生育の速度も大きさもバラバラ。一方、F1の野菜は、均一で安定的な収穫が見込めます。経済成長の時代を迎え、収穫物である野菜も工業製品のように均質であらねばならないという市場の要求が強くなりました。箱に入れた大根がどれも規格通りに揃っていれば、1本いくらというように同じ価格で売りやすくなりますよね。効率最優先の時代には、F1こそが理想のタネだったわけです。
F.I.N.編集部
なるほど。野口さんは、F1のタネからつくられた野菜のどんなところに危機感を持たれていますか?
野口さん
昭和30年代以後、F1が全盛となり、生産技術についても、雄しべを取り除く「除雄」から「自家不和合性」利用、そしてミトコンドリア遺伝子の突然変異による無精子症を使った「雄性不稔」利用へとどんどん変化しています。花粉(=精子)が無い植物は、タネ(=子)をつくることができません。アメリカ生まれの「雄性不稔」技術は、品種改良のグローバルスタンダード技術として世界中に広まっています。世界中の人間が子孫のできない植物(=食べ物)を食べているということなのです。
F.I.N.編集部
そうなんですか……知りませんでした。野口さんご自身は、以前は手塚治虫氏の担当編集をされていたこともあるそうですね。どういう経緯で家業の種苗店を継がれたのですか?
野口さん
手塚治虫を例外として、漫画が消耗品として生産され続け、大衆受けしたものしか評価されないことに、漫画雑誌の一編集者として希望を失いました。一方で、家業の種苗業界の商品も、大量生産を目的としたF1品種に席巻されるようになったため、自家採種して生命が続いていく昔のタネを売る種苗店が、一軒だけでも生き残っている必要性があると思ったからです。
F.I.N.編集部
野口さんは今、どんな思いで〈野口種苗研究所〉を続けておられますか?
野口さん
昔は、世界中の農業者が自家採種していました。原産地がどこの植物でも、移動した土地で自家採種すると、その土地の気候風土に適応(馴化)して、多様性が生まれ、新しい生物種が生まれました。人類と植物は共同進化していたのです。今は、世界中の農業者が換金を目的としているため、毎年品種改良された大手企業のタネを買い続けています。地方にわずか残っている自家採種できる固定種のタネだけを売ることで、自家採種する人を増やし、植物をはじめ、生き物の生命力を復活させたいです。昔から作り続けられてきた固定種は、家庭菜園で味わいを楽しむにはぴったりなんですよ。
F.I.N.編集部
最後に、野菜、そして食に関して、理想の未来を教えてください。
野口さん
時代遅れと言われようと、多様性を保ちながら、品種としての純度を高めた意味合いを持つ「固定種」という言葉にこだわりを持ち続けていきたいです。そして、いずれはタネから始まる自給自足が社会の定番になればいいですね。
F.I.N.編集部
持続可能な食べ物の考え方やF1のタネと固定種のタネがあるということを知ることは大切ですね。ありがとうございました。
参考文献:『タネが危ない』(日本経済新聞出版社)野口勲著
編集後記
私が小学生だった35年ほど前は、ニンジンも大根もすごく味がはっきりしていたように記憶しています。大人になってからは、年齢を重ねて味覚が変わったからか、味が薄くなったなと感じていましたが、もしかしたらそこにも、野菜の主流が「固定種」から「F1」へと移り変わったことが関係しているのかもしれません。
固定種とF1の両方を選択できる、多様性がある時代がくるといいですね。
(未来定番研究所 安達)
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