2026.03.06

本屋を始めたくなる仕組みをつくる。コピーライター・渡辺潤平さんが「HONYAL」に込めた可能性。

ここ数年、応援を通じて何かを支える行為は、誰にとっても身近な習慣になりました。一方で、その熱量に疲れを感じたり、応援の対象や方法を見失ったりする人も増えているように思います。以前よりも日常に溶け込んだからこそ、応援との距離の取り方が改めて問われているのかもしれません。そこで今回は「応援はどこへ向かうのか」という問いを手がかりに、その行方とそこから生まれる新たな関係性や可能性を目利きたちとともに探ります。

 

今回着目するのは、大手出版取次会社〈トーハン〉が立ち上げた「HONYAL」。開業初期費用や運営にかかるコストを抑え、これまでよりも低いリスクで本屋を始められる小型書店開業支援サービスです。「本屋をやりたい」という個人の意思に寄り添う新しい流通スキームとして注目を集めています。立ち上げやブランディングを担当したのは、コピーライターであり、山梨県・八ヶ岳で〈のほほんBOOKS & COFFEE〉を営む渡辺潤平さん。精神論としての「応援」ではなく、挑戦を阻む「構造」そのものを変えていく。渡辺さんが実践する、これからの時代の「応援」の姿を伺います。

 

(文:船橋麻貴/写真:大島明子)

Profile

渡辺潤平さん(わたなべ・じゅんぺい)

コピーライター、クリエイティブ・ディレクター。1977年、千葉県船橋市生まれ。早稲田大学卒業後、〈博報堂〉に入社。2007年に〈渡辺潤平社〉設立。広告キャンペーンの企画立案のみならず、コーポレートスローガンの策定や商品・企業のネーミング、作詞など、言葉を中心としたコミュニケーションを幅広く手がける。

https://www.watanabejunpei.jp/

義務感としての応援を超えて、

本来の姿に立ち返る

F.I.N.編集部

今回の特集テーマは「応援のこれから」です。渡辺さんは今の応援のあり方をどう捉えていますか。

渡辺さん

応援の根っこにあるものは、「共感」だと思っています。スポーツチームやアスリートなどのどこかに自分が共感して、一緒に並走したいと思う。その能動的な感情や熱量が自然に湧きあがってくるのが、本来の応援の姿ですよね。だから、最近の「推し」という言葉には少し危うさも感じていて。本来はもっとフラットなものだったはずなのに、今は何かを応援し続けなければならないような空気もある。そういう義務感や、推している自分の立ち位置や存在感が前に出てしまうこともある気がしています。

F.I.N.編集部

応援がパフォーマンスに変わりつつあるということでしょうか。

渡辺さん

そうです。「応援しなきゃ」という思いが先行すると、応援する側もされる側も疲弊してしまいますよね。相手を支えているつもりが、いつの間にか自分の存在を証明するための手段になってしまう。本当の意味での応援は、相手に寄り添いながらも、自分自身も健やかでいられる、もっと緩やかで持続的なものであるべきだと感じています。

大きな変革を起こせなくても、

小さな変化を積み重ねることはできる

F.I.N.編集部

渡辺さんが手がける「HONYAL」は、まさにその持続可能性を仕組みから解決しようとする試みに見えます。そもそも、なぜこれまでの出版流通システムでは、個人の「本屋をやりたい」という熱意を拾いあげることが難しかったのでしょうか。

渡辺さん

私自身、〈のほほんBOOKS & COFFEE〉を始める時に痛感したのですが、これまでの流通システムは、個人で本屋を開業したい人にとってはあまりに高すぎる壁がありました。大手の出版取次会社との取引には多額の信認金(保証金)が必要で、毎日大量の本が届き、売れ残れば返品作業に追われる。それは、山の中でひっそり店をやりたい個人が太刀打ちできる次元ではなかったんです。まるでシステムそのものから、「お前みたいな素人はやっちゃダメだ」と言われている感覚もありました。

渡辺さんは都内の書店で書店経営の基本を学んだ後、二拠点生活をしていた山梨で〈のほほんBOOKS & COFFEE〉を2022年にオープンした

F.I.N.編集部

その高い壁に対して「HONYAL」では、原則「信認金不要」や「週1回の配送」といった、非常に身軽な設計を導入されていますよね。

渡辺さん

街の本屋が廃れている理由の1つは、やめにくいことなんです。これまでの本屋は、やめたくても在庫を抱えているし、物件も簡単には手放せない。「やめられない」ということが、挑戦の足枷になっていたんです。だから、「始めやすく、やめやすい」ことを一番大切にしました。やめる時のコストが低ければ、人はもっと軽やかに挑戦できるはずだ、と。

 

一方で、利益率の低い本を売る本屋だけで食べていくのは非常に難しい。だから、カフェやヘアサロンなど自分の生業の一部に本屋を差し込む。そういう兼業本屋、副業本屋が増えることが、結果として街に本のある風景を取り戻す近道になると思ったんです。今、全国の自治体の28.6%が無書店状態にあるとされています。年間で数万冊売る中央集権的な効率も大事ですが、1,000冊売る本屋を全国に数十軒作る。1つひとつは小さくてもこの小さな個の集合体こそが、これからの文化の支えになる。それが、私たちが提示した新しい効率のカタチなんです。

F.I.N.編集部

実際には「HONYAL」を通して、どんな本屋が生まれているのでしょうか。

渡辺さん

例えば、荒川区の商店街のなかにできた〈暮らしの思想〉は、ブックディレクターと華道家のおふたりが作った店です。目白の〈ブックカフェ・ノーム〉は、まるで誰かのご自宅にお邪魔しているような雰囲気。どちらも店主の好きが漏れ出しているような、とても素敵な空間です。「本屋をやりたい」という個人的な夢が、「HONYAL」という仕組みを通じて具現化され、その結果として、その街に新しい文化の拠点が生まれる。都心の一等地に巨大な本屋を作るのとはまったく別の、新しい本屋が生まれていく可能性を感じています。

F.I.N.編集部

そもそもネットで本が買える時代に、渡辺さんはなぜ街に本屋があることが重要だと考えているのですか。

渡辺さん

目的がはっきりしているなら、ネットが一番効率的ですよね。でも、本屋がやっているのは、物販だけではないと思うんです。自分の興味の外側にあるものと偶然出会える場なんですよね。何かを買うためだけじゃなく、ふらっと立ち寄って知らなかった世界に触れることができる。私が山梨で店を続けているのも、そういう風景を街からなくしたくないという思いがあるからです。

F.I.N.編集部

誰かの挑戦を支えることは、街の文化や社会にどんな影響を与えると思いますか。

渡辺さん

無書店地域の増大や、本を読まない人が増えているという社会課題に対して、何かしらの起点にはなっているんじゃないかと思っています。本屋があることで、人の流れが変わることもあるんですよね。私自身もそうでしたけど、〈のほほんBOOKS & COFFEE〉ができたことで、「この街に行ってみよう」と思う人が増える。そういう小さな変化が、街の空気を少しずつ変えていく気がします。

F.I.N.編集部

大手取次の〈トーハン〉が、そうした小規模な個の挑戦を支える側に回ったことも大きなインパクトがあります。

渡辺さん

最初は「そんな効率の悪いことできるか」と言われるかと思ってました(笑)。だけど話してみると、〈トーハン〉のなかにも危機感はあったんです。だから、実現のハードルはそこまで感じませんでした。

 

ただ、出版業界全体への波及や、風向きの変化を感じているかといわれたら、私自身は正直そこまでの手応えは感じていなくて。出版業界って昔からある構造が根強くて、広告畑の自分から見たら大きな岩がどんと置いてあるような感じで、「これは動かないな」と思う瞬間もあります。その大きな岩を動かすことは簡単にはできないし、ここから一気に風向きが変わるとは思っていません。だけど、小さな変化を積み重ねることはできる。そのくらいの距離感で見ています。

〈のほほんBOOKS & COFFEE〉はカフェも併設。近隣から遠方の人まで、たくさんの人が訪れる

「競争」から「共感」へ。

経済の原点に、静かに回帰する

F.I.N.編集部

「HONYAL」のように、従来の構造を見直すことで挑戦の門を開くアプローチは、本屋以外の分野にも展開できると思いますか。

渡辺さん

ありますよね。例えば、役所の手続きとか、ハンコ文化とか。昔から続くものだからこそ、根源的な部分が変わらないままだと、最終的には人が動かないといけない。そういう「詰まり」がまだたくさんある。構造が変われば、救われる人はいると思います。

F.I.N.編集部

構造を変えることで、誰もが「挑戦の門」に立てるようになる。その先にある「理想的な応援」とは、どんな姿でしょうか。

渡辺さん

最近、面白いなと思ったのが、Z世代に続くα(アルファ)世代の人たちは、「競争」よりも「貢献」「仲間」「承認」を重視しているという新聞の記事でした。私たちの世代では当たり前だった「競争」や「金銭的成功」のスコアがぐっと下がっているんです。これって実は、道徳哲学者・経済思想家のアダム・スミスが3世紀前に説いた「共感(シンパシー)が経済や社会の基盤になる」という原点に回帰している気がするんですよね。誰かに勝つのではなく、それぞれの「好き」や「意思」を尊重し合う方向に、少しずつ価値観が移っているのかもしれません。これからの応援は、共感が経済の原点だとする考え方に改めて変わっていく気がします。

F.I.N.編集部

既存の構造を変えることでイノベーションを起こしたい、または新たな応援のカタチをつくりたいと思っている方に、どんな言葉をかけたいですか?

渡辺さん

「今までやってきたことは、本当に正しかったのか?」と、自分自身に問いかけることは、とても大事だと思います。既存のルールや構造を疑い、そこにある「詰まり」を見つけることは、変革の第一歩になるのではないでしょうか。ただ、新しいことを始めようとすれば、必ずといっていいほど「前例がない」といわれます。そこを越えていくには、根気も必要だし、相手を納得させるための理論も必要になる。感情だけでは動かない部分もありますから。

 

結局、やってみないとわからないことばかりですが、時代や価値観は確実に変化しています。もし、自分の心の中に「やってみたい」という小さな種があるなら、それを既存のルールだけで諦めるのはもったいない。私としても、その種が芽吹くための土壌をこれからも整えていきたいと思っています。

「HONYAL」

https://honyal.jp/

 

〈のほほんBOOKS & COFFEE〉

https://www.nohohonbooks.jp/

【編集後記】

個人で本屋を開業する難しさを個人的に解決するのでなく、そのなかで得た実感をもとに、障壁となる構造自体を変えようと試みられた渡辺さんの行動力にとても感銘を受けました。これからの応援は「共感」から広がるのではないか、というお話がありましたが、「HONYAL」もまさに共感を基盤とした新しい仕組みといえるかもしれません。

そして、個人が抱える困りごとをタネに、そのハードルを誰もが乗り越えられるようにする、という考え方は未来の応援のヒントとなるのではないかと思います。何らかの障壁に直面した時、同じように困っているかもしれない人を救えるような解決方法を考えてみる。そういったシンパシーが新しい応援に繋がるのではないでしょうか。

(未来定番研究所 高林)