2023.12.11

笑いのチカラ

お笑いと教育現場を横断するからできる。「オシエルズ」が伝えたいこと。

絶えず変化する情報や価値観に振り回された1年、「最後くらいは笑って過ごしたい!」という人も多いはず。12月のF.I.N.は、社会の価値観を映す鏡とも言われ、近年さらに盛り上がりを見せる「笑い」について掘り下げます。

 

今回は、共に教員免許を持ち、お笑いと教育の二足のわらじを履く「オシエルズ」の2人に会いに行きました。「日本一学校をまわるお笑いコンビ」として、漫才授業やワークショップを行っている2人に、今教えたい「笑いのチカラ」を聞いてみました。

 

(文:花沢亜衣/写真:鍵岡龍門)

Profile

オシエルズ

2013年3月結成。矢島ノブ雄と野村真之介によるお笑いコンビ。お笑いライブのネタやMCの出演だけでなく、企業や子どもを対象にしたワークショップ・講演・研修などを行っている。ともに大学で教育学を学び、専門領域を活かして活動。矢島ノブ雄は、人を笑わせること(楽しませること)において重要な「心理的安全性」の重要性を伝えるため、学校や企業等の研修・ワークショップ講師を務める。野村真之介は、インプロ(即興演劇)を通じた子どものコミュニケーション能力・表現力向上について研究している。

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お笑いと教育を横断しながら伝えるコミュニケーションの重要性

写真左:矢島ノブ雄さん/写真右:野村真之介さん

F.I.N.編集部

オシエルズの活動について教えてください。

矢島さん

2人とも教員免許を持ち、今も大学の非常勤講師で教える仕事をしながら、漫才をやっているので「オシエルズ」です。2013年結成で、6年くらい前からこのコンビ名でやらせてもらっています。

野村さん

小中学校、高校へ講師として出向いて漫才をしていて、去年は131校の学校に行きました。お笑いを通して、いじめや人権、進路の問題の向き合い方などをお届けしています。あとは『M-1グランプリ』に出たりね。今年は3回戦までいきました。

F.I.N.編集部

学校では、どんなことを教えているんですか?

野村さん

僕自身、大学時代に演劇を通して表現教育を学んでいました。なので、非常勤講師を務める大学で教えているのも表現教育の分野です。具体的には「インプロ」という体を使ったコミュニケーションゲームを通して、自分のコミュニケーションのくせを知ってもらうような授業をやっています。

高校でも非常勤で授業を持っていて、そこでは一年間かけて漫才を作ったりしながら、コミュニケーションについて学んでもらっています。

矢島さん

僕は教育学部の大学院で、「笑いと教育」について取り組んでいて、いじめとイジリの違いなどを研究していました。それが今、教えている内容につながっています。今は、円滑なコミュニケーションに必要な心理的安全性をどうしたら作れるかというのを看護学部の学生さんに、教育学の授業を通じて教えています。

野村さん

その他にも小学校ではお笑い教室として漫才を披露したり、中学校ではコミュニケーションの授業を持っていたり。高校では漫才を通して進路について考えるきっかけを届ける進路漫才をするなど、お笑いと教育を横断しながらコミュニケーションについて教えていますね。

お笑いがコミュニケーションのハードルを下げてくれる

F.I.N.編集部

なぜ、コミュニケーションにおいて笑いが必要なのでしょうか?

矢島さん

笑いって言いづらいことを言いやすくするための突破口になるんですよね。例えば、みんなで意見を出すような場で、「誰か意見がある人!……って言っても言いにくいよなー」という上司の一言で空気が和んだみたいな経験ってあると思うんですけど、そういう小ネタが突破口になることってありませんか?笑いにはそういうアイスブレイク的な効果があるなと思います。真之介 はどう?

野村さん

質問なんでしたっけ?

矢島さん

えっ!??

野村さん

ごめん、ごめん(笑)。僕にとってはあまりにもお笑いが身近すぎて……。うーん、なんだろうな。お笑いがコミュニケーションのハードルを下げてくれる感じはありますよね。僕は緊張しいなんですけど、一回笑いが起こると、「こんなこと言って良い場所なんだ」と安心できる。笑いがあると本音を言える場所になるんだろうなと思いますよね。

矢島さん

笑いがあるかないかで、クラスの空気とか全然違うよね。

野村さん

違うね。同じネタをやっても、笑いが起きるクラスと全然ウケないクラスがあるけど、笑いが起きるクラスって、友達同士のコミュニケーションも活発だし、授業の理解度も高いんですよね。

矢島さん

先生との信頼関係があるクラスも反応が良いよね。

野村さん

そうそう。仲の良い学校だと、先生が前に出るだけで笑いが起きるよね。裏を返すと関係がギクシャクしているクラスだと笑いが起きづらかったりします。

F.I.N.編集部

ちょっとギクシャクしているクラスが、オシエルズの授業を通して変わっていくことはありますか?

矢島さん

コミュニケーション不全というのは共通言語がないことが理由だったりするので、僕たちは共通言語を作る手助けをしている感じです。笑いが起きたら「これは全体で笑って良いことなんだ」と共有できるわけですよね。修学旅行や文化祭などの行事で仲良くなるのと同じで、授業の50分間で一緒に笑い合えたことは思い出になる。それが「一緒に笑ったこと」という共通言語になるし、コミュニティの帰属意識にもなるんだと思います。

F.I.N.編集部

笑いには「良い笑い」だけでなく人を傷つける笑いもあるということで、お二人も「いじり」と「笑い」の線引きについても教えているんですよね。どんなことを伝えているのでしょうか?

矢島さん

自分の話をしますね。小学校4年生の頃太っていて、仲の良い友達からデブとかゴリラとか呼ばれるようになったんです。そういう話をして、「人が気にしていることを、あだ名にしていじっちゃうことってあるよね」とか問いかけると、どこからともなくクスクス笑いが聞こえるんですよ。それはきっと誰かが同じようにいじめられているということだと察するんです。

「俺は、嫌なあだ名で呼ばれた時、学校に行きたくなかったけどね」と、自分のエピソードを伝えると、生徒たちも自分ごととして考えてくれる感じはありますね。

野村さん

そうだね。僕も「誰かがモヤっとする笑いはだめだよ」という話をした時に、生徒から感想をもらって。「今まであだ名で呼ばれていたけど、みんなが笑うから良いと思っていた。でも、授業を通して自分にとっては嫌な笑いだったんだと気づいた。先生に伝えたら、あだ名で呼ばれなくなった。ありがとう」と。

笑いって楽しいから、良いものなんだと思いがちで、誰かが傷ついていることに気がつかないこともある。なので、人を傷つける笑いもあると伝えることが大事なんだと思っています。

共通言語がなくても、体験を共有できれば笑いは生まれる

F.I.N.編集部

YouTubeやTikTokなどお笑いに触れる環境が変わる中で、中高生の子どもたちのお笑い観が変わったなと感じることはありますか?

野村さん

子どもたちは最近テレビを観ないからね。『M-1グランプリ』も観ないし、『キングオブコント』という番組があることを知らないなんてことも普通にありますからね。そうなると共通言語がないんですよね。

矢島さん

僕らの頃は、『アメトーク』、『ロンハー』、『めちゃイケ』を見て、明日はこれを話そうって考えていたと思うんですけど、今の子はそういう共通言語が少ない。韓流アイドルが好きな子もいれば、東海オンエア、ビートルズを観ている子もいる。共通言語がないから、すべての会話に事前説明が必要で、そうなると好きなものを話すことが面倒になってしまうことも多いみたいですよ。

だけど、共通の体験自体は求めているんだろうなとは感じます。同じ習い事をしたり、体験をしたりというような。

野村さん

たしかに体験の共有は求められているよね。演劇の授業をやっていると、最初は嫌がるけど、終わったらみんなで連絡先を交換しているんですよね。興味のないものでも、共通の体験ができると楽しいし、それで仲良くなれるというのはあるよね。

F.I.N.編集部

共通言語で笑わせるのが難しい中で、どう笑わせる?

矢島さん

原始的な笑いの一つのかたちはスポーツなんだと思う。ゴールを決めて「わーっ!」と盛り上がるじゃないですか。『人はなぜ笑うのか―笑いの精神生理学』という本があるのですが、笑いには「期待充足の笑い」、「本能充足の笑い」があると紹介されています。期待したことが叶うと、こぼれる笑いが期待充足の笑い。スポーツの歓喜がそれです。よく眠れた、おいしいものを食べたなど本能的な三大欲求を叶えると笑顔になるのが本能充足の笑い。

 

あと笑いには「Smile」と「Laugh」があって、ゲラゲラ笑う「Laugh」は共通言語の中でセンスのあるギミックで笑わせたりするので、かなり人為的と言えるから、共通言語があった方が良いですよね。でも、何かのミッションを達成すると快感情が生まれて笑いにつながる「Smile」や期待充足の笑いなら共通言語がなくてもできる。

野村さん

実際、野球部やバレー部の子たちってすごくよく笑うんだよね。普段から練習や試合で、体験を共有しているからなんだろうね。

逆に言うと、多様性を尊重する時代の中では、一体感を持って笑うというのが今後より難しくなると思う。そこでどう一体感を作るのかというのは教育現場での課題でもありますね。

F.I.N.編集部

先生や親御さんからの反応で印象的だったことはありますか?

矢島さん

僕らの授業を見てくれる先生や保護者は多いよね。質問もよく出るしね。子どもたちに伝えたいことは、大人にも響くことでもあると思います。例えば、相手が嫌なことをするのは「いじめ」、周りが迷惑することは「ふざけ」だよ、という話を子どもたちにするんですけど、それって大人のコミュニティでもあることですよね。

野村さん

笑いの違いで言うと、人のアイデアを受け入れる笑いが良い笑いで、ブロックする笑いは良くない、と言う話もします。「知らねえ」「黙れ」とかは、一瞬のノリでは面白いかもしれないけど、あなたと仲良くしたいと思える笑いじゃないよね、と。

それを聞いていた保護者の方から、「感覚としてはわかっていたけど、判断基準ができた」という声をもらったことがありますね。子どもに伝えたいことは、大人も顧みないといけないことなんだろうなと思います。

現在進行形で挑戦する姿を見てもらいたい

F.I.N.編集部

お笑いと教育現場を行き来するからこそ見える視点、伝えられることってありますか?

野村さん

多いですね。昔は、ライブに行けば「教師がなにやってるんだ」と言われ、学校に行けば「なぜお笑い芸人がいるんだ」と言われていて……。居場所がない中で始まったけど、自分たちの興味関心がそこにあったのでやり続けていた。

芸人でありながら教師でもある存在として、ワークショップで笑わせられるというのは自信になっているし、ネタを通して授業ができるのも強みだと思っています。共通言語がない場所でもネタがあれば、共通体験を作って笑わせることができるので。それは自分たちにしかできないことですよね。

矢島さん

「5年後、10年後、教育と笑いの世界で俺らがメインになっている。お笑い、教育界で俺らをバカにしていた奴ら見てろ」と思ってやってきました。そういう想いは忘れちゃいけない。自分たちのできることを昇華したいと思って続けてきて、「日本一学校をまわるお笑いコンビ」と言われるようになった。

野村さん

そうやって、チャレンジしている姿を見せるのが僕らの伝えられることでもあるよね。

矢島さん

そう。チャップリンも「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」と言っていたけど、短期的に見て悲観的にならず、「人生はすべてお笑いである」と思いたいから続けている。滑っても、失敗しても全部フリだから。

 

子どもたちには、現在進行形の僕らを見てもらうことが刺激になると思っています。先生というと偉い人みたいな扱いになっちゃうけど、「たいしたことのない人間だよ。まだまだ人生を完成させようともがいている途中」という姿を見てほしいですね。

野村さん

ライブでスべると、自我が痩せるんですよね。逆に、先生と呼ばれ続けると自我が太っていく感じがする。前に、「研修医が先生と呼ばれるようになると、失敗が怖くなって、なにもできなくなる」と教えてもらったことがあるんです。だから、先生という言葉におごらず、ちゃんとライブに出て、ちゃんと滑ることも僕らにとっては必要。

F.I.N.編集部

最後にお二人が考える「笑いのチカラ」ってなんだと思いますか?

野村さん

なんだろう。僕自身は毎日、笑えて「最高!」って思っているからな。笑っている時が一番幸せ。芸人のネタで笑っている時、生きていて良かったって毎回思う。それが笑いのチカラなんだろうな。

矢島さん

笑いって、豊かな国でも貧しい国でも関係なくあるじゃないですか。相対的な幸福ではない、絶対的な幸福なんだろうなと。過酷な環境に行っても、どこかに笑いはあるし、笑顔はある。笑いというのはどんな状況においても立ち上がれるチカラなんだと思います。

「ユーモアとは、『にもかかわらず』笑うことである」というドイツの諺があるけど、いろんな状況や境遇を乗り越えて、笑いを通してコミュニケーションしてほしいし、していきたいですよね。

野村さん

これ、俺が言ったことにしてください(笑)。

矢島さん

おい(笑)。本当のダイバーシティって、どんな価値観の人も笑いあえる空間をつくることかもしれないなって最近思う。僕らが5年後、10年後のメインストリームの中で、それが達成できる世の中になるよう推し進めていきたいです。

野村さん

本当そう。ダイバーシティというのは、ダイバーシティを認めない人も認めることであるはず。わかりあえない自由もあるわけですから。笑いのチカラでなんとかそこを乗り越えたいとは考えていますこれからの5年でやらなきゃいけないことだよね。

とにかく、どうしたって笑えることは大事。いろいろな価値観の人がいたとしても、同じことで笑えると良いですよね。大爆笑じゃなくても良いので。笑いならそれができると思っています。

矢島さん

その人それぞれの幸せと笑いがあって良いわけで。野村真之介の幸せと矢島ノブ雄の幸せがあって、そこで生まれる笑いで、みんなでわかり合えたら良いなとは思っています。

【編集後記】

取材中はお二人の和気あいあいとした掛け合いで話がどんどん広がっていき、私を含めた編集部一同は自然と笑顔になっていました。気が付けば、取材後も笑いのチカラをあれやこれやと紐解く会話を続けていました。振り返ってみると、”笑いがコミュニケーションのハードルを下げる”という言葉通り、お二人がつくった空気感によって、その時その場所で私たちはリアルにそれを体験していたんだろうと思います。

(未来定番研究所 小林)